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第四章 魔剣に取り込まれし者②

 第四章 魔剣に取り込まれし者②


 俺たちは解散したパーティーのリーダーだった男子生徒の元を訪ねる。そこでお金を支払うと、部室棟の部室の鍵を貰った。


 これでホームは手に入れられたことになる。

 

 俺たちはさっそく部室棟へと足を向けると、明け渡された部室の前にまでやって来る。入り口の扉のネームプレートは白紙の状態になっていた。

 

 俺は緊張しながら入り口の扉の鍵を開ける。すると、中は物が何も置かれていない殺風景な部屋になっていた。

 

 ずっと使っていなかったせいで、埃も溜まっていたし。でも、ゴチャゴチャと物が置かれたままになっていなかったことには安心した。

 

 物の置き場所が一番、困ることだからな。悪い場合だと処分するのにもお金がかかったりするし。

 

 そういう意味ではゼロから始められるこの部室の状況はありがたい。

 

「ここが俺たちのホームになるってわけか。広いとまでは言えないが、寮の部屋よりは色々な物を置いておくことができるな」


 リードは本当に物一つない部室の中を見回しながら言った。


「そうだな。【ラグドール】のホームは喫茶室に近い雰囲気になっていたから、できればここも同じようにしたい」


 俺はとりあえず空気を良くするために窓を開け放った。すると、埃っぽい空気が外へと流れていく。


 でも、部屋の中の埃は舞い上がってしまったので、咳が出そうになった。


「喫茶室か。何かワクワクするし、朝ここに来てコーヒーを飲みながら、ケチャップ味のスパゲティーを食べられたら最高だろうな」


 リードはそう言ったが、そのスパゲティーは誰が作るんだと突っ込みたくなる。


 【アビシニアン】には頼めば嫌な顔をせずに何でも作ってくれるアリスはいないんだぞ。それともこの機会にリードも料理でも覚えるつもりか。

 

「スパゲティーも悪くはないが、私は朝の喫茶室と来れば、コーヒーとトーストのセットと決めている」


 イルザは薄く笑いながら、気取ったように言った。


「私は朝じゃないけど紅茶とクッキーが良いね」


 カロリーヌは前にクッキーを作れると自信を持って言っていた。なら、焜炉が設置できたら、すぐにでも焼きたてのクッキーを食べさせて貰いたいもんだ。

 

「みんなでゆっくりとくつろぎながら、お茶とお菓子を食べられたら、さぞかし気分が良いだろうな」


 カロリーヌはアリスのような清純さは感じられないけど、普通の女の子としての反応を見せてくれるからそれには安心できる。

 

 カロリーヌの女の子らしい感性のようなものは参考にしていきたいな。

 

「アタシは食べるもんなんてどうでも良いわよ。今のアタシに必要なのは、十分なスペースで寝られる場所だし」


 セティはどうしてこう冷めた言い方をするんだろうな。


 せっかくホームが手に入ったんだし、もっとみんなと喜びを共有すれば良いのに。これだとドライと言うよりかは、ただのひねくれ者にしか見えないぞ。

 

「とにかく、まずは掃除を済ませないと。じゃなきゃ、買った物もここには置けないし、飲み食いもできない」


 俺は宙に漂う埃を見ながら言った。


 こんな埃の中に長時間いるのは体に悪そうだ。でも、この部室を綺麗にするには二時間はかかると思う。

 

「だよな。せっかく買った物が埃を被ったりしたら嫌だし、俺も掃除を先にやるっていうのは賛成だ」


 リードはいつになく乗り気だった。


 リードは意外と綺麗好きなところがあるから、寮の部屋も誰に言われるまでもなく定期的に掃除しているのだ。

 

 さすが気合いの入ったトイレ掃除ができるだけのことはある。

 

「掃除なんて面倒くさいんだけど」


 ボソッと言ったのはセティだ。これには俺も嗜めるようなことを言いたくなったが、グッと堪えた。


 せっかくホームを手に入れたのだから、パーティーに不和が生まれるような言動は避けないと。


 それができてこそのリーダーだ。


「何でセティはそういうことを言うかな。私たちはここで住めるようになるんだよ。なら、綺麗にしておかなきゃ」


 カロリーヌが手の甲でセティの脇を叩く。これにはセティもむくれたような顔をして口を噤んだ。


「ま、それが嫌だって言うならセティは、あの汚い倉庫で暮らし続けることね。私は止はしないよ」


 カロリーヌの言葉にセティも渋っ面をする。


「それだけは絶対に嫌だし、そこまで言うなら掃除だって何だってやってやるわよ。もう匂い嗅ぐだけで体がウズウズするような場所に押し込まれるのはご免だし」


 セティはカロリーヌの言葉に煽られたように言うと、気持ちを切り替えたような顔で口を開く。


「でも、ここに物を運ぶのは大変そうなんだけど。二段ベッドなんて、三階にあるここにどうやって運ぶの?」


 セティの疑問には俺が答える。


「ベッドは組み立て式の物を買えば良いんだよ」


 俺も【ラグドール】にいた時、とても持ち上げられそうのない二段ベッドはどうやって持ち込んだのか聞いていたのだ。


 なので、ベッドを運ぶのに心配はなかった。

 

「前に西館にある家具を売ってる店を覗いたら、組み立て式のベッドが商品として置いてあったからな」


 あの時は新しいホームを手に入れることなんて、想像していなかったけど。


「じゃあ、その組み立ては誰がやるわけ。アタシ、工作とかマジで苦手だし、できればディンにやって貰いたいんだけど」


 セティはそう言ったが、俺も工作が得意だとは言えない。思わぬところで才能を見せるリードなら簡単にやってくれるかもしれないけど。


「自分の寝るベッドくらい自分で作ろうよ」


 カロリーヌはセティの肩を揉んだ。


「ま、例え組み立て式でも私たちの力じゃ運ぶのは無理そうだし、ディンやリードの力は借りることになると思うけど」


 カロリーヌは俺に目を遣って、にっこり笑った。


「ちゃんと手伝うから安心してくれよ。それに力仕事を請け負っている生徒もいるみたいだから、もし、大変ならそいつらの手を借りても良いんだ」


 もちろんそういう連中を使えば金を取られるけど。でも、買った物を無理して運んで、どこかにぶつけて壊すよりは良い。


「なら大丈夫ね」


 セティもようやく笑った。


「問題なのは焜炉だな。幾ら鍛冶場にいる者たちに大金を叩いても一日や二日では、作っては貰えないだろうし」


 イルザは焜炉を設置するには良さそうな部室の隅を見ながら言った。


「そうだな。焜炉の設置は一週間くらいは待たされるかもしれない。ま、焜炉は急いで使う物じゃないし、気を長くして待とう」


 焜炉は絶対になければならないという物でもないのだ。ま、あれば助かるのは間違いないけど、コーヒーや紅茶なら、喫茶店の物を買えば良い。


「そうか。なら、さっさと掃除をしよう。掃除をするための道具なら校舎にあるから、それを借りてくれば良いし」


 イルザは壁を指で擦り、手に付いた埃を見るとそう言った。


「なら、その道具は俺が借りてきてやるぜ。俺は校舎の色々なところの掃除をやったから、何を使うのかはちゃんと分かっている」


 リードもトイレ掃除をテキパキとこなしていたからな。今回も間違いなく役に立ってくれることだろう。


「なら、頼むよ。とにかく、掃除を済ませておけば、椅子とテーブルくらいは今日中に運び込むことができるからな」


 俺はどんなテーブルを買おうか想像しながら言葉を続ける。


「そしたら、お菓子でも買ってきてみんなで食べよう」


 入れ立てのお茶はまだ飲めないけどな。


 その後、俺たちはリードが箒やチリトリ、雑巾やモップなどを持ってくると、全員で掃除に取りかかった。


 部室の中は思っていたよりも汚れていて、水で濡らした雑巾などはすぐに真っ黒になってしまった。


 でも、めげることなく、壁や床をゴシゴシと雑巾で擦って、天井にも手を抜くことなくモップをかけた。

 

 そして、二時間が経つ頃には、部室の中はピカピカとまでは言わないが、それでも埃が舞い散らないほどには綺麗になった。


 そして、俺たちは全員で西館にある家具屋に行く。そこには手作りの家具が幾つも並べられていた。


 家具も半額で買えるというのは大きいな。


 俺たちは良さそうなテーブルと椅子を買うと、それを部室へと運ぶ。


 さすがに部室棟の三階まで持って行くのは大変だったので、部室に辿り着く頃には腕が痛くなってしまった。

 

 ま、これで部室にテーブルと椅子を並べることができたんだけど、まだまだ殺風景な感じは否めない。

 

 俺はみんなにお金を渡すと、部室の中に置きたい物を自由に買ってくれと言った。もちろん、焜炉の設置は百万ルビィはかかるので、そのお金は取って置いてある。

 

 【ラグドール】の部室みたいに、学院が迷宮に飛ばされる前から焜炉が設置してあれば助かったんだけど。

 

 ま、そんなことを言っても仕方がないし、武器なんかはまたお金を貯めてから買おう。みんなの成長が目標なら、仕事はやり続けなければならないし。

 

 俺たちはテーブルに買ってきたお菓子を広げると、椅子に座って食べ始めた。

 

「やっぱり、ホームがあると気分が全然、違ってくるよな。何だか秘密基地みたいで格好良いぜ」


 リードは買ってきたクッキーを何個も口の中に放り込みながら言った。


「秘密基地だなんて、丸っきり子供の発想じゃない。リードももう少しマシな表現をしなさいよ」


 セティは当て擦るように言った。


「別に良いだろ、俺はまだ子供なんだし。それに秘密基地は男のロマンなんだから、お前みたいな女子には分からないさ」


 リードは俺に笑いながら目配せをしてきた。ま、リードの言っていることは俺も分かっているつもりだけど。


「そんなの分かりたくもないわね」


 セティはツンとした顔をする。


「大体、男のロマンなんてもんを女に押しつけてくる人間にろくな奴がいた試しはないんだから」


 セティは妙に説得力のあることを言うとプイッと顔を背けた。


「まあまあ」


 カロリーヌがオレンジジュースを飲みながら、二人を取りなす。それを見たイルザはフッと声を漏らして口を開く。


「そんなつまらないことで言い争いができる君たちは、この私からすればどちらも幼い子供と変わらないんだがね」


 イルザはからかうように言うと、形の良い顎に指を添える。


「にしても、テーブルは十八万ルビィで、椅子は一つ四千ルビィか。もし、半額でなかったら、かなり痛い出費になっていただろうな」


 イルザの言う通り、本当に半額で助かった。


「二段ベッドは三十万ルビィで買えるのよね。でも、運んだり組み立てとかをして貰うと、二万五千ルビィも取られるけど」


 セティの言う二万五千ルビィは半額にはならないらしい。人間がやるサービスは商品じゃないというのが向こうの言い分だからな。


「二万五千ルビィは払っちまった方が良いんじゃないのか。運ぶのはともかく、俺はベッドなんて組み立てられないぜ」


 リードは工作が苦手なのか。これはちょっと宛てが外れたな。


「使えない奴」


 セティはジト目で言ったが、その言葉は俺が言いたかった。


「悪かったな。ま、俺は渡された金で、ソファーとチェス盤を買わせて貰うぜ。言っておくけどソファーは俺専用だから、お前らは勝手に座るなよ」


 リードは心の狭さを見せ付けるように言った。


 まあ、それでも人の良いリードのことだから、実際にソファーを買えば他の奴が座ることも許してくれるだろう。

 

「私は食器類を揃えるから。もちろん、私が買ったお皿やカップ、スプーンなんかはみんなも使って良いよ」


 カロリーヌはみんなにはマイカップも用意してあげるからと言って笑う。


「アタシはベッドに使う清潔なシーツやタオルケットを買うわ。あと、服を掛けておける物も買わないと」


 セティが清潔な女の子になってくれるなら、俺も嬉しい。


 まあ、セティは普通の服も買った方が良いんじゃないのか。制服のブラウスの袖なんて、コーヒーが垂れたように変色してるぞ。

 

 可愛い女の子が不潔ないのは本当に勿体ない。

 

「私は自分の身なりを確認できる大きな鏡を買おうと思っているよ。後は時計なんかも買いたいところだが」


 イルザの買いたい物はごく普通の物だった。でも、部室にはなければ困る物だったので、何も文句はなかった。


「俺は朝の時も言ったけど、大きな本棚が欲しい。本を読む以外の趣味は俺にはないし。でも、みんなも少しは本を読んだ方が良いぞ」


 百冊は本を並べられる本棚を買わないと、と思いながら言葉を続ける。

 

「本は心の栄養になるからな」


 心の栄養が足りないから、セティみたいに心の中でカッカして、他人に突っかかりたくなるのだ。


「善処しよう」


 俺の言葉に応えてくれたのは、イルザだけだった。


 まあ、イルザは文武両道って感じがするし、良い本さえ置いてあげればきっと読んでくれることだろう。

 

「とにかく、みんなが自分に必要だと思う物を買って、この部室に置いてくれれば、きっと立派なホームができあがるよ」


 ホームの完成図が俺の頭には浮かんでいた。


 喫茶室のようにはならないかもしれないが、それでも絶対に良い場所になるという確信が俺にはあったし。

 

「そうだな。このホームがみんなにとっての憩いの場となるなら、私はそれで十分、満足できるよ」


 イルザはクッキーを噛み砕きながら言葉を続ける。

「ただ、我々の心を支えていくには、それ以上のものが求められているのかもしれない」


 イルザは透けるような白い肌の項にかかる黒髪を掻き上げる。


「ま、今はこのホームがみんなの絆を繋ぎ止められるような場所になることを期待しようじゃないか」


 イルザは綽然とした態度で言った。


「みんなとの絆か。まあ、そう考えると、みんながいつでも集まれる場所があるって言うのは重要だよな」


 リードはしみじみとした顔で言葉を続ける。


「解散しちまったパーティーのほとんどが、ホームを持ってなかったって言うし、その要因は無視できないぜ」


 リードが言った話は俺もハンスから聞いたことがある。


「そうだね。誰かと集まれる場所が精神的な支えになってくれることはあるよ。自分の家とかもその良い例でしょ」


 カロリーヌも自分の家に戻れないことには、寂しさを感じているのだろうか。


「アタシは自分の家に思い入れみたいなものはないけどね」


 セティはどこか自虐さを感じる笑みを浮かべる。


「アタシは親が大嫌いだったし、学院がこうなる前は家に帰るのが苦痛でしょうがなかったから」


 セティの家庭の事情は複雑そうだな。ま、立ち入ったことを聞き出そうとするほど、俺も無神経にはなれないけど。


「だから、アタシもみんなと力を合わせて手に入れたこのホームが苦痛を感じる場所にならないように祈るわ」


 俺もそう祈りたい。


 とはいえ、俺はみんなといつまでもいられるわけではない。不活発な冒険者の指導と育成はまだまだやらなければならないと思っていたからだ。

 

 俺もリードやセティたちと接して、改めてオリヴィエから任された仕事の重要性を実感したからな。

 

 なら、必ずみんなとの別れは来る。

 

 そのためにも、みんなには俺がいなくても立派にやっていける冒険者になって貰わなければならない。

 

「そうだな。このホームが良い場所になるかどうかは、みんなの心しだいだと思う。物だけを置いても駄目だからな」


 俺はみんななら、それくらいのことは分かってから大丈夫だと思いながら言葉を続ける。


「やっぱり最後にものを言うのは心だよ。心を込めて、このホームを良い場所にしたいって思えば、自然ととそうなるものさ」


 俺の臭い台詞にみんなも眩しい笑みを浮かべてくれた。


《第四章② 終了》



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