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第三章 ホームの獲得⑧

 第三章 ホームの獲得⑧


 俺たちは怪我をした盗賊たちの手当をすると、動けないように手足を縛って狭い部屋へと押し込んだ。


 それから、学院には戻らずガナートス王の屋敷へと足を向ける。

 

 報酬はガナートス王が直接、俺たちに手渡すことになっていたのだ。なので、仕事の報告もガナートス王にしなければならない。

 

 でも、俺は気が重かった。

 

 ガナートス王は俺の腕を信頼して、今回の仕事を頼んだのだ。おそらく、俺なら無益な犠牲は出さずに済むとも思っていたのだろう。

 

 なのに、俺は手下たちならともかく、一番、生きて捕らえなければならなかった盗賊ギルドの首領を殺してしまったのだ。

 

 もう少し気を付けて戦っていれば、殺すことなく無力化できたのに。

 

 正直、相手の実力を下に見るあまり気か緩んでいたのだと思う。

 

 しかも、ここ最近、何もかもが良い方向に向かっていたから、今回も何とかなるだろうと楽観してもいた。

 

 いや、そんな言葉は体の良い言い訳だな。

 

 どれだけ頭の中で綺麗な言葉を並べても、俺が人を殺したという事実は絶対に消えやしないんだ。

 

 それが罪だというなら、背負っていくしかない。

 

 俺はみんなとは一言も言葉を交わさずにガナートス王の屋敷の前にまでやって来る。ここに辿り着くまでみんなは本当に俺に気を遣ってくれた。


 リードは無理して明るい声を出したし、セティやカロリーヌも報酬の使い道について楽しそうに語ったりして見せた。


 でも、俺は何の言葉も吐き出せなかった。まるで、食べ物が喉に詰まってしまったかのように。


 ただ、イルザだけは切ない顔で沈黙を守っていたが。

 

 そして、俺は屋敷の中に入ると使用人に案内されながら、ガナートス王が待つ部屋へと足を踏み入れた。


 すると、そこには意外なことにガルバンテス先生がいた。ガルバンテス先生は俺を見ると少しだけ目を見開いたが言葉は発さなかった。


 ただ、何かを見通すような視線だけを俺に向けてくる。


「よく来たな、ディン。余の前に現れたと言うことは盗賊ギルトは壊滅させることができたようだな」


 ガナートス王は相変わらず貫禄たっぷりの笑みを浮かべた。それを見た俺は心が軋みながらも返事をする。


「はい。盗賊たちは手足を縛ってアジトの部屋に閉じ込めていますから、すぐにでも捕らえるための人を送ってください」


 逃げ出されては、せっかくの苦労が無駄になる。


「そうか。やはり、お前ならやってくれると思っていたぞ。だが、どうしてそのような重苦しい空気を漂わせているのだ」


 その問い掛けに、俺の横にいたリードとセティが気まずそうに視線を交わす。でも、俺は自分で言わなければならないと思い口を開いた。


「俺は盗賊ギルドの首領を殺してしまったんです。殺さずに済ませることは十分できたはずなのに」


 俺は握り拳を震わせた。これにはガナートス王も目を点にしたが、すぐに愉快そうな笑みを浮かべる。


「だから、そんなに思い詰めたような顔をしているというわけか。なるほど、そういうところはやはり若いな」


 ガナートス王は顎髭を撫でながら言った。


「はあ」


 俺はどんな反応をして良いのか分からず間が抜けたような声を上げてしまった。


「このような世の中だ。人を殺さなければならない機会など山のようにある。であれば、人を殺す度にいちいち思い悩んでいては身がもたぬというものだ」


 ガナートス王の言葉に俺への気遣いは感じられなかった。ただ、事実を淡々と語っているように思える。


 でも、おかげで俺の心も少し楽になった。下手な同情や慰めの言葉を期待していたわけではないからな。


「その通りですが、何分、人を殺したのは初めての経験だったもので」


 俺は恥じ入るような顔をする。


「なら、早く慣れることだな。もし、戦争にでも出ようものなら、一人でも多くの人間を殺さねばならんのだぞ」


 ガナートス王の声が剛質を帯びる。


「お前とて、そうした戦争が国の平和を守っていることが分からないほど、世間を知らないわけではあるまい」


 ガナートス王は大きく顎をしゃくった。


「はい」


 俺は少し遅れて返事をする。


「であれば、余からはとにかく慣れろとしか言えんな。それとも、今回のことを一生、引きずって生きてくつもりか」


 この心の暗さが一生、続くとしたら俺の人生は終りだろう。


「それは嫌です」


 俺はきっぱりと言った。


「なら、もっと気楽に考えることだ」


 ガナートス王は昔を懐かしむような声で言葉を続ける。


「余が初めて人を殺した時など、宮中でパーティーが開かれたくらいなのだぞ。余の父も良くぞ宮中に潜んでいた暗殺者を仕留めたと褒めてくれたからな」


 ガナートス王は俺ではなく、その背後にある壁に視線を向けながら更に口を開く。


「だから、思い悩む暇などなかったわ」


 ガナートス王はフハハと高笑いした。


「そうですか」


 俺はガナートス王の豪気さが羨ましくなった。さすが、世界でも有数の大国を治めていた国王だけのことはある。


「ま、その辺のことはガルバンテス将軍なら良く分かっているのではないか。なにせ、我が国で最も多くの人間を殺した男だからな」


 ガナートス王は目を伏せて立っていたガルバンテス先生に話を振る。


 将軍という呼び方には俺も眉を顰めたが、すぐにガルバンテス先生が元々、サンクリウム王国で将軍の地位にいたことがあることを思い出した。

 

 もっとも、それは百年以上も昔のことだが。

 

 ま、その繋がりを考えればガルバンテス先生がこの場にいたとしても、それほど不自然なことではない。

 

 一方、ガナートス王に話を振られたガルバンテス先生はこれといった表情を形作ることなく口を開いた。

 

「私は君の気持ちが分かるなどとは言わない。現に今の私は初めて殺した人間の顔すら忘れてしまっているからな」


 ガルバンテス先生の声はどこまでも平坦だった。


 まあ、ガルバンテス先生が百年以上、生きているのは確実だから、思い出せない記憶も多いのかもしれない。

 

「それに私が言いたいことは、ほとんどガナートス王が言ってくれたよ。だからこそ、今は剣で語ろうと思う」


 そう流れるように言うとガルバンテス先生は腰に下げているヴァルケヌンスの魔剣の柄に手をかけた。


「ディン、心が押し拉がれているのは分かっているが、私と剣を交えてくれないか。そうすれば、晴れる心もある」


 そう言うとガルバンテス先生はヴァルケヌンスの魔剣を鞘から引き抜く。黒曜石でできたような刀身からは肉眼で見えるような紫色のオーラが漂っていた。


 これには俺も肌が粟立つのを感じる。


「良いでしょう」


 俺は体から脂汗が吹き出るのを感じながら言った。


「ほう、ガルバンテス将軍が剣を振るうのを見るのは久しぶりだな。余も血が沸き立つものを感じるぞ」


 ガナートス王は面白い見世物が始まったとでも思っているのだろう。享楽好きも国王に必要な資質の一つか。


「はっきりと言っておくが、何があろうと私の剣が君の体に触れることはない。だが、君は私を斬り伏せるつもりで、剣を振るって構わない」


 ガルバンテス先生は粛々と言葉を続ける。


「もし、頼みたいことがあるとすれば、私の身を案じることなく本気で剣を振るって欲しいと言うことだけだ」


 ガルバンテス先生はゆっくりと自然体で剣を構えた。


「分かりました」


 俺も鞘から剣を引き抜くと、剣を構えてガルバンテス先生と対峙する。


 どこからでも打ち込める。

 

 そう思えるほどガルバンテス先生の体からは剣気が感じられなかった。まるで、小川のせせらぎのような空気さえ感じる。

 

 その一方でヴァルケヌンスの魔剣は禍々しいオーラを放っていた。あの魔剣に体が触れたら容赦なく命を吸い取られる。

 

 もちろん、ガルバンテス先生ならそんな間違いは絶対にしないと言い切れるが。

 

 俺は心に溜まったものを発散するつもりで剣を振るおうと決める。剣を振るう時に大切なのは技術よりも心だと言うからな。


 心のない剣はいつか自分の体すら切り裂いてしまうと爺さんからも教えられていたし。


 そう思った俺は頭の中を無理やり空っぽにして斬りかかった。その斬撃はガルバンテス先生を袈裟懸けに切り裂こうとする。


 だが、ガルバンテス先生は剣を少し傾けただけで、俺の斬撃をいとも容易くいなしてしまった。


 俺は手にしているのは木刀だと思おうと心に言い聞かせながら、何度も烈々とした斬撃を浴びせる。

 

 だが、ガルバンテス先生は剣の角度を変えるだけで、完璧にいなしてしまう。

 

「十五歳の少年としては申し分のない技量だな。よほどの者でも、君には歯が立たないだろう」


 ガルバンテス先生はそう称賛した。


「だが、剣に隠しきれない迷いがあるぞ。そのせいで、剣を扱う技術と心がバラバラになってしまっている」


 ガルバンテス先生の言葉には俺も考えさせられる。


 幾ら何も考えないようにしても、それで迷いが消えてなくなるわけではないのだ。無心の境地と、何も考えないようにすることは似て非なるものだからな。

 

「それでは真の達人には通用しない」


 ガルバンテス先生はそう言うと、目でもっと斬りかかってこいと訴えてきた。


 俺は何とか迷いを捨てて剣を振るおうとするが、意識すればするほど体が固くなってしまう。


 心と技術を一致させるなんて、口で言うほど容易くはないってことだ。

 

 もちろん、俺の中途半端な加減で繰り出された斬撃がガルバンテス先生の体に届くわけがない。

 

 全ての斬撃を押し返されてしまい、俺はその勢いで尻餅をついてしまった。

 

「くっ」


 俺は短く唸った。


 剣を振るいながら俺が無様に尻餅をついてしまうなんて、今までの戦いでは決してなかったことだ。

 

 やはり、俺とガルバンテス先生ではここまでの実力の差があるのか。剣の腕だけだったらガルバンテス先生は爺さんよりも上かもしれないな。

 

「あなたはアルゴルウスと戦わないんですか?」


 俺は無駄とは知りつつもガルバンテス先生の気を散らすように言葉を投げかける。


「あなたならアルゴルウスを倒して、みんなが地上へと戻る道を切り開くことができるはずです」


 そう言うと、俺は空に穴を穿つような突きを放った。だが、それも簡単に弾き返されてしまう。


 これにはどこから打ち込んでも俺の剣は永久にガルバンテス先生に届かないことを思い知らされる。


「アルゴルウスはそんなに甘い相手ではないよ。ヴァルストモロとアルゴルウスは共に剣の技を競い合った仲だからな」


 ガルバンテス先生の言葉に呼応するように、魔剣から漂うオーラが笑った。顔なんてないけど、本当にオーラが笑ったように見えたのだ。


「魔王ヴァルストモロは豪傑の魔将アルゴルウスとは戦いたくないと」


 アルゴルウスならそうは思わないだろう。強い相手と戦うためなら、どんな労力も惜しまないようなことを言っていたし。


「いや」


 ガルバンテス先生は即座に否定した。


「アルゴルウスは根っからの武人だ。だから、卑怯な戦い方は絶対にしない。それに対し、ヴァルストモロは勝つためなら手段を選ばないところがある」


 ガルバンテス先生は俺の雨あられのような斬撃を防ぎながら言葉を続ける。


「そんなこともあってか、二人は友と言えるほど、仲が良かったわけではなかった。まあ、互いをライバルと認めていたのは確かなようだが」


 ヴァルストモロとアルゴルウスとでは強さの質が違うのだろう。


 その辺に魔王と呼ばれたヴァルストモロと、魔将という立場に留まっているアルゴルウスの差がありそうだな。

 

「なら、剣を交えるのに遠慮は要りませんね」


 ガルバンテス先生にその気があればの話だけど。


「その通りだ。君が案じなくても私はアルゴルウスと戦うつもりだ。ヴァルストモロもそれを止める気はないらしいからな」


 それを聞いた俺は急に心が軽くなり、冴え渡ったような斬撃が繰り出せるようになった。でも、ガルバンテス先生には全く通じない。


 あと、何年、自分を鍛えればガルバンテス先生に勝てるようになるのだろうか。


「もちろん、私が勝てる保証はどこにもない。下手をしたら、私は命を落とすことになるだろうな」


 ガルバンテス先生は恐れを全く見せずに人事のように言った。


「アルゴルウスは本気で命の遣り取りができる戦いを望んでいますからね。一度、剣を交えれば相手の命を奪うことを躊躇いはしないでしょう」


 その厳しさがあるからこそ、魔王アルハザークの僕をやっていられるのだろう。


「ああ。ま、私はいつ死んでも構わない」


 ガルバンテス先生の声には淀みがない。その淀みのなさは剣のさばき方にも繁栄されている。


「心残りがあるとすれば、ヴァルケヌンスの魔剣を受け継ぐに相応しい人間を育てきれなかったことか」


 俺の斬撃を弾き返すガルバンテス先生の剣が僅かに鈍った。


「ギュネウスでは駄目なんですか?」


 俺はギュネウスはその器ではないと思っているけど。


「ああ。ギュネウスは私が大切に育ててきた弟子だ。できれば、ヴァルケヌンスの魔剣の後継者などにはしたくない」


 それがガルバンテス先生の愛か。もっとも、その愛はギュネウスの心には届いていないみたいだけど。


「そうですか。なら、その魔剣、俺が頂いても良いですか。不老の体は欲しいですし、先生にとって、俺は大切だと言えるほどの存在ではないでしょ」


 俺は冗談半分に言った。


「ああ。そんなに欲しいなら、私が死んだ後に持って行ってくれ。ヴァルストモロも君のことは気に入っているようだからな」


 ガルバンテス先生もどこまで本気か分からないことを口にする。それから、俺とガルバンテス先生は互いに言葉を発することなく、剣を打ち合わせた。


 そして、俺が剣を持ち上げられないほど疲労すると、ガルバンテス先生は涼しい顔で剣を下ろし、良い立ち合いだったと言って笑う。


 結局、俺はガルバンテス先生の体に剣を擦らせることすらできなかった。それどころか、ガルバンテス先生は一歩も、その場から動いていない。


 力の差は歴然だった。


 でも、ガルバンテス先生の笑みを見た俺は、自分の心にこびりついていた人を殺したことに対する罪悪感がすっかり消えていたことに気付く。


 むしろ、今の俺の心は晴れ晴れとしている。ガナートス王の館に来るまでの心の暗さが嘘のようだ。


 どうやら、ガルバンテス先生に良い形で、心を解放させて貰ったらしいな。これなら、明日もまた戦える。


 そう思った俺は全てを吹っ切った顔で笑う。


 その後、俺たちはガナートス王から五百万ルビィの報酬を貰い、町で売られているものを三割引で買えるようにして貰った。


 セティたちもアムネイアスの元で魔法を学ぶことができるようになったからな。


 そして、俺も今回の仕事を引き受けたのは失敗だったと思えなくなっていた。どうやら、冒険者としてまた一皮、剥けたみたいだな。


 ま、全ては共に戦ってくれた仲間たちと、ガルバンテス先生のおかげなのだが。


 そう思った俺は後はホームを獲得するだけだと、静かな青い炎のような心を沸き立たせたのだった。


《第三章⑧ 終了 第四章に続く》



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