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第三章 ホームの獲得⑦

 第三章 ホームの獲得⑦


 俺たちは、第四階層の町のスラム街に来ていた。スラム街は道幅が狭く建物が不規則かつゴチャゴチャと建ち並んでいる。


 スラム街は構造そのものが迷宮と化しているので、奥に進めば道に迷ってしまいそうだった。


 それでなくても、町は絶えずその構造を変化させているからな。昨日まであった道が今日はないと言うこともあり得るのだ。

 

 ただ、大きく変わることはないので、俺はニックから渡された地図を頼りに盗賊ギルドのアジトがある廃屋へと向かっていた。

 

 ちなみにニックの本業は情報屋なので、盗賊ギルトのアジトを見つけ出すことくらい朝飯前らしい。

 

「確かに、この辺りは治安が良い場所じゃなさそうだし、盗賊が潜んでいてもおかしくはないよな」


 俺は迷宮に潜っている時と同じ警戒心を漲らせながら歩く。


「モンスターが出て来る迷宮より、よっぽど怖そうな通りだね。こんな汚いところには住みたくないなぁ」


 カロリーヌは嫌悪感を露わにした。


「やっぱり、人間は綺麗が一番だよ」


 カロリーヌはそう言い張ったが、俺は綺麗なものだけに価値を見出しているわけではなかった。


 汚いものが価値があると認められることは芸術の世界なんかでは良くあることだからな。


「アタシはあんまり気にならないけどね。あんな汚らしい倉庫に半年も住み続けてきたせいで、この手の空気にはなれてるから」


 セティは首筋の汗を拭う。セティも制服を洗濯した方が良いんじゃないのか。襟の辺りなんて黄ばんでいるぞ。


「とはいえ、君子危うきに近寄らず、という言葉もあるからな。危険な匂いがする場所にはなるべく近寄らないようにするに限る」


 イルザの言葉には俺も頷けた。


「でも、賭博場が何軒かあったのにはワクワクさせられたぜ。大人だったら、店に入って一勝負してたところだ」


 リードは生き生きした顔をしている。賭博場がたくさんある場所に来た途端、リードの目の色も変わったし。


「男の子が好きそうないやらしい店もあったからね。裸に近い格好をした女の子が客引きをしてたし」


 カロリーヌがニターッと笑った。


「ま、アタシは男の子がああいう店に入っても軽蔑はしないけどね。アタシだってクシャトリエルの店で働かないかって誘われた時は相当、迷ったし」


 セティは可愛いから、ああいう店では人気者になれたのかもしれない。


「私は男の子とは普通に付き合いたいから、ああいう店で働くのはパスだよ。ま、男の子のそういう欲求の強さが分からないわけじゃないけど」


 カロリーヌは舌を出しながら笑った。


「でも、カロリーヌも夜遅くになると、ディン、ディンって言って、下半身に指を這わしていたからね」


 セティは肘でカロリーヌを突っついた。その言葉には俺も頭の天辺にまで血が上るのを感じた。


「セティったら余計なことは言わないでよ。私だって若さを持て余してる女の子なんだからしょうがないじゃない」


 カロリーヌは真っ赤な顔をして叫んだ。


「だったら、綺麗が一番なんてことは言わないことね。あんなはしたないことをしている間は、そんな言葉を言っても説得力ないし」


 セティはニタニタと笑っている。


 ま、セティも当然、カロリーヌと似たようなことはしているんだろうな。この年頃の女の子は本当に盛りが付いている。

 

「別に良いのよ。ディンだってきっと私たちの裸を思い出しながら、気持ち良いこととかしてるんだから」


 カロリーヌはそう言ったが、俺はそんなことはしていないぞ。一人部屋で暮らしているわけじゃないし。


「二人ともみっともない猥談はそれくらいにしておけ」


 セティとカロリーヌの言い合いにストップをかけたのはイルザだ。


「ま、私は自分の清さはいつまでも保ちたいと思っている。それも剣の道で生きるための修行だからな」


 イルザのこういうところには俺も安心できる。自分を厳しく律することができる人間は信頼するに値するからな。


「もっとも、この手の場所が好きになる人間の心理に理解がないわけではないが」


 イルザは心が広いな。


「盗賊をやっている生徒たちはこういうアンダーグラウンドな空気に引かれたのかもしれないな」


 俺は上にも下にも建物があるのを見ながら言葉を続ける。


「何となく、この場所の雰囲気は悪神ゼラムナートの影響力が強い校舎の東館に通じるものがあるし」


 光石の発する光の色なんかが、それを物語っている。まさか、この場所にもゼラムナートの手が伸びているわけじゃないよな。

「なら、こういう空気を好む人間は必ずいるってことだ」


 俺にとってスラム街は好きにも嫌いにもなれない場所だ。ま、住めば都という言葉もあるし、慣れれば人間どこでだって暮らしていける。


「そうだな。俺も綺麗なところにある賭博場っていうのには抵抗を感じちまうから、この辺りの雰囲気は嫌いになれないぜ」


 リードは明かりの灯っている酒場のような店を見ながら言った。


「何で人間って汚いものまで好きになっちゃうんだろうね。何事も綺麗なことに越したことはないって分かってはいるのに」


 カロリーヌはまだそんなことを言っていた。


「光りがあれば闇があり、昼があれば夜がある。光と闇、昼と夜のどちらが悪かなど、誰にも決められはしないだろう」


 イルザは説得力のあることを言うと言葉を続ける。


「であれば、汚いものが悪だとは一概には言えないものさ。もっとも、汚いものが悪いものを引き寄せやすいというのは紛れもない事実だろうがな」


 でも、正しい心で人を殺す人間も多いからな。ま、人間、綺麗なものだけでは生きていけないものだ。


「そうだな。その辺の答えは悪神ゼラムナートに聞くのが一番、早いかもしれない。ゼラムナートなら人間の汚さに対しては確固たる意見を持っているだろうし」


 まあ、俺もそんなことをわざわざ聞きに行く気にはなれないけど。


 俺たちがそんな話をしていると、光りが灯っていない大きくて不気味な廃屋に辿り着いてしまった。


 廃屋の窓ガラスは全て割れていて壁には汚い落書きがある。いかにもスラム街にある建物と言った感じだ。


 だが、ニックの地図が正しければ、ここに盗賊たちがいるはずだ。


 外からでは人の気配が感じ取れないが、今は盗賊たちが出払っていないことを祈るしかない。

 

 俺はみんなの顔を見てコクリと頷くと、気配を殺すように歩いて廃屋の入り口に足を踏み入れた。


 そして、中に入るとそこは大きな広間になっていて、汚らしい物で溢れかえっていた。

 

 しかも、広間には十二人の男たちもいたし。いや、その内の五人は学院の制服を着ている少年たちだった。


 魔界の人間と学院の生徒たちが、盗品と思われる物に囲まれながらだらけた格好で酒を飲んでいたのだ。

 

 これには俺も顔をしかめざるを得ない。

 

「お前たちが盗賊ギルドを結成した奴らだな。怪我をしたくなかったら、大人しく縄について貰おうか」


 俺は緊張をしていたが、それを顔には出さずに言った。こういう奴らを相手にするには少しでも退いたら駄目なのだ。


「てめぇはトップ冒険者のディンじゃねぇか。何でまたお前みたいな奴がこんなところに来るんだよ」


 頭に赤いバンダナを巻いた男子生徒が表情を歪めた。俺の登場はこいつらにとって完全に予想外だったと言うことか。


「ガナートス王から、盗賊ギルドを壊滅してくれと頼まれたんだよ。俺の力はお前たちも知っているだろうし抵抗はしないでくれ」


 俺はそう訴えかけた。


「やなこった」


 バンダナを巻いた生徒は、ヘラヘラと笑った。その笑い顔を見ていると、叩き斬ってやりたくなる。


「なら、痛い目を見て貰うしかないな。一応、聞いておくが何で盗賊なんかに身を落としてしまったんだ」


 俺はそう問い掛けながら剣の柄に手を乗せる。話し合いで解決すると思えるほど、俺は楽観主義者じゃない。


「生徒会のせいだ。あいつら俺たちパーティーを活動停止にしやがったんだよ。しかも、生活保護の金もくれやしねぇ」


 バンダナの男子生徒は憎々しそうに言った。

 

「だから、盗賊になるしかなかったのさ」


 生活保護も貰えないとなると、よっぽど酷いことをしたんだな。


「どうして活動停止なんかになったんだ」


 俺はいつでも剣を抜けるような態勢で尋ねる。容赦なく痛めつけてやるためにも、それくらいは聞いておきたい。


「ちっとばかし、規則を破っただけよ。それに反発して見せたら、生徒会の奴らは問答無用で俺たちのパーティーを無期限の活動停止にしやがった」


 規則を破った上の反発はまずいよな。


「そうか。なら、俺たちが盗賊なんてやらなくても良いように生徒会に生徒会に掛け合ってやる。これでも生徒会には顔が利くんでね」


 生徒会は行きすぎた規則を押しつける傾向があるし、酌量の余地はあると思う。


「もう無理だぜ。俺たちは人を殺しちまったんだからよ。幾ら謝ったって許される道理がねぇ」


 バンダナの男子生徒は手にしていたナイフの切っ先を光らせた。そのナイフは既に人間の血を吸っていると言うことか。


「なら、これ以上、罪を重ねるな」


 俺はこんな連中の心には届かないと分かっていても、そう諫める。


「善人を気取ってるんじゃねぇ。俺たちはこのスラム街で盗賊として生きていくことに決めたんだ」


 バンダナの男子生徒は立ち上がるとナイフの切っ先を俺に突きつける。


 だが、俺は怯みはしない。

 

 こいつらを退治することは容易いと判断していたからだ。だが、殺さずに、という制約があると、一気に難しさが増す。

 

「それを邪魔するって言うなら、てめぇらも殺してやる。どうせ怖いのはトップ冒険者のてめぇだけだ」


 バンダナの男子生徒は自棄になったように言った。


「他の奴らは、今までろくに活動してこなかったお荷物だって聞いてるぜ。なら、俺たちにも勝ち目はある」


 完全に冷静な判断力を失っているな。


 寄せ集めの人間で構成されたような盗賊に、武装した十匹ものリザードマンを一人で打ち倒した俺が殺せると思うのか。

 

 少し考えれば、俺がお荷物になるような人間をわざわざ連れてくるはずがないことは分かるだろうに。

 

 ま、その程度の判断力もない連中なら、今でなくても、いずれは誰かに壊滅させられていただろう。

 

「救いようがないな。だったら、掛かってこい。俺の仲間たちがお荷物かどうか、自分で確かめてみろ」


 俺はそう言うと、今度こそ鞘から剣を引き抜いた。


 すると、盗賊たちはナイフや扱いやすそうな剣を手にして、俺たちをジリジリと取り囲もうとした。


 が、それよりも早く俺は疾風もかくやというスピードで駆ける。俺は一人目の盗賊の前に踊り出ると、程良く力の乗った剣で腕を切り裂いてやった。

 

 その盗賊は床を転がりながらのたうち回る。人間を傷つけるのがこれほど、嫌なものだとは俺も思わなかった。

 

 でも、戦いは始まってしまったのだから、そんなことは言っていられない。

 

「思った通り、たいした実力は持っていないようだな。俺たちに戦いを挑んだのは完全に失敗だったぞ」


 他の盗賊もナイフを突き出してきたが、俺はそのナイフを器用に根元から砕いて見せた。それから、剣を一閃させると、心臓に届かない程度に肩を切り裂く。

 

 肩から血を吹き上がらせた盗賊は呆気なく崩れ落ちた。

 

 更に剣で斬りかかってきた盗賊には、滞ることのない動きで、足を切り裂いて見せる。その盗賊は足を押さえて蹲ってしまった。

 

 他の盗賊たちは俺の相手にすることを恐れて、組み合いやすいと思ったセティたちに襲いかかった。

 

 その判断は悪くない。

 

 が、セティは鋭く連続した突きで盗賊の腕や太股を的確に貫く。その盗賊はかなりの深手を負って倒れて動けなくなった。

 

「お荷物とはよく言ってくれたわね。でも、このアタシの突きをこんなに簡単に食らうなんて、あんたたちの方こそ雑魚なんじゃないの」


 セティはせせら笑う。


 カロリーヌも金属の鞭を盗賊の腕に叩きつけて、ボキッと骨をへし折った。

 

 それから、痛みのあまりナイフを落としてしまった盗賊に追い打ちをかけるように、その頬へと鞭が唸りを上げる。

 

 結果、その盗賊は鞭の棘で頬をザックリと抉り取られて、血飛沫を上げながら倒れた。鞭による攻撃も侮れないな。

 

「甘く見てるから、こういう目に遭うのよ。ま、炎の魔法で丸焼きにされなかっただけマシだと思ってよね」


 カロリーヌはそう言ったが、鞭による攻撃も相当、痛いと思う。抉り取られた頬の肉は回復魔法を使っても元には戻らないかもしれないし。


 イルザも剣を鞘から抜かずに、それを盗賊の体の脇腹に叩きつける。バキッとあばら骨が砕ける音が響いた。


 完全に打撃と化した一撃ではあったが、やはり攻撃力はある。棍棒で殴られるのに等しいからな。


「あばら骨が砕けたんだ。下手に動くと内臓出血で死に至るぞ」


 イルザの言葉を聞き、盗賊も苦痛に呻きながら倒れたまま動くのを止めた。


 リードも巧みなナイフさばきで、盗賊の腕を切り裂き、武器を持てないようにする。それでも、襲いかかってきた盗賊には、腰を低くして太股を切りつけた。


 その盗賊は倒れて床をゴロゴロと転がった。


「やっぱり、俺のナイフの腕前は確かだったな。ま、それでも人間を傷つけるなんて、あんまり良い気分じゃないが」


 そう言うとリードは小回りが効くような動きで、次々と迫ってくる盗賊たちを斬り付け、無力化していった。


 リードのナイフさばきは本人が並々ならぬ自信を見せていただけあって、たいしたものだった。

 

 盗賊の方もナイフによる一撃を繰り出したが、リードには掠りもしなかったし。

 

 非力なナイフも扱いしだいで、敵を翻弄できるような武器になり得ることをリードは証明した。

 

 そして、あっという間に残ったのは盗賊ギルドの首領と思われるバンダナ男子生徒だけになった。


 俺たちはさっきとは立場が逆になったように、男子生徒を取り囲もうとする。


 それに対し、バンダナの男子生徒は両手を上げて降参のポーズを取った。所詮、烏合の衆に過ぎない盗賊など俺たちの敵ではなかったな。

 

「盗賊ギルドの首領はお前みたいだし、抵抗せずに縄に付け。おかしな動きをすればたたじゃ済まないぞ」


 俺がそう言った瞬間、バンダナの男子生徒は、いきなり手にした白い球を床に叩きつけた。

 

 すると、視界を遮る煙が辺りに充満する。

 

 俺は煙に乗じて逃げる気かと思ったが、バンダナの男子生徒は煙を切り裂いて鋭利なナイフを俺の胸に突き刺そうとする。

 

 一矢報いようってわけか。

 

 俺たちも逃がすつもりはなかったが、それでも逃走に移った方が賢かったのは言うまでもない。

 

 俺はその不意打ちにも等しい攻撃に対し、手加減なしの雷撃のような斬撃を放った。

 

 その斬撃はナイフを叩き折ったが、勢い余ってバンダナの男子生徒の喉も切り裂いてしまった。

 

 結果、バンダナの男子生徒は口から血の泡を吹いて倒れてしまう。勢い良く血が噴き出したを見るに頸動脈が切り裂かれたな。

 

 これには俺もしまったと痛恨の表情を浮かべた。

 

 それから、倒れた男子生徒は少しの間ピクピクと痙攣した後、目を見開いたまま息をしなくなる。

 

 そして、最後には動かなくなった。

 

 煙が流れて消えると、そこには倒れている盗賊たちがいたが、バンダナの男子生徒以外はみんなかろうじて生きていた。


 でも、バンダナの男子生徒は白く濁った目で完全に死んでしまっていた。もうセティの回復魔法をかけても無駄だろう。


 これは俺も呆然とするしかなかった。

 

 そう、とうとう俺は人を殺してしまったのだ。

 

 せっかく、みんなが上手く戦ってくれたのに、それを台無しにしてしまった。

 

 人を殺さないようにしたいという方針を打ち出したのは俺なのに、その俺が自分の言葉を守れないなんて。

 

 俺は体から力が抜けていくのを感じながら、口を開く。

 

「これで俺も人殺しか。いつかは手を汚すことになるとは思ってたけど、その相手が学院の生徒になるなんて…」


 そう声を絞り出すと、俺は心が悲鳴を上げるのを感じながら静かに剣を下ろした。


《第三章⑦ 終了》



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