第三章 ホームの獲得⑥
第三章 ホームの獲得⑥
次の日、俺は寮の部屋でいつものようにリードと朝食を食べていた。
昨日は俺もニックが去った後、どっと疲れが噴き出したせいで、風呂にも入らずにすぐに眠ってしまったし。
なので、ニックが持ち込んで来た仕事については、リードとはまだ何の相談もしていなかった。
こうして朝食を食べている今も、俺は色々と思うところがあって、重い口を開けないでいるし。
リードも俺に対しては配慮してくれているようで、いつものような軽口を叩いたりはしなかった。
この場にジャハナッグがいてくれたら、色々な意見をぶつけ合う気にもなったんだろうけど。
そして、俺が朝食を半分ほど食べると、セティたちがやって来た。
セティたちはニックの持ち込んできた仕事の話など知らないのでいつもと変わらぬ顔をしている。
俺は少し迷ったものの、セティたちにニックが持ち込んで来た仕事の話をした。すると、セティたちもたちまち暗い顔をする。
この反応には俺も暗澹たる気分になった。
「盗賊ギルドねぇ。ついに犯罪者にまで身を落とす生徒が現れたってことね。世知辛い話だわ」
セティの口調からは、俺の話をどこまで深刻に受け取ってくれたのかは伝わってこなかった。
それとも、なぜ俺が今回の仕事に忌避感を抱いているのかも分からないのか。
「ああ。ま、盗賊ギルドは魔界の人間が結成したものだし、その中に何人、学院の生徒がいるかはまだ分からないけどな」
どういう形で学院の生徒が盗賊ギルトに引き込まれたのかは聞いていない。何か複雑な事情があるとしたら、それは知っておきたいけど。
「でも、リーダーが学院の生徒なら、盗賊をやっている生徒が一人、二人ってことはないだろうな」
リードはその可能性を示唆する。
まあ、魔界の人間が結成したギルドなのにリーダーは学院の生徒というのは皮肉を感じなくもない。
魔界の人間にはギルドを率いる器などないと証明しているように思えるし。
「だと思うよ」
俺はパンに齧り付きながら言った。
「でも、何で盗賊なんてやるんだろうな。別に働かなくたって、今の学院の制度なら問題なく暮らしていけるだろうに」
リードはピーナッツバターをパンに塗りながらぼやいた。
「でも、生活保護を貰ってるのって、けっこう心苦しいわよ」
セティが腰に手を当てながら言葉を続ける。
「だから、アタシだって自分の食い扶持くらい自分で稼がなきゃ、って思って、ディンの話に乗ったんだから」
セティもずぼらなところはあるが、考え方そのものは意外としっかりしている。ただのツンドラ女子ではないと言うことだ。
「そうだよ。私とセティもあまり仲が良くない女子からは、けっこう陰口とか叩かれてたし。女子の陰口ってホント、陰湿なんだから」
カロリーヌは険阻な顔で言った。
「そうか」
俺も陰で何を言われているか分かったもんじゃないな。ま、そういうのは気にしたら負けだ。
「まあ、迷宮という場所が犯罪のような行為をしたいっていう気持ちを駆り立てているのかもしれないわね」
セティはブレザーのボタンを一つ外すと言葉を続ける。
「クシャトリエルがやってるいやらしい商売だって、学院がこんな状況じゃなきゃ、誰もやろうなんて思わなかったでしょ」
ま、王都には歓楽街もあるから、そこでいやらしい商売のアルバイトをしている生徒はいるかもしれない。
制服の美少女が気持ちの良いことをしてくれる店なんて流行りそうだし。
「うん。もし、やったら教師たちに吊し上げられて停学か、もっと酷い時は退学処分も食らっただろうしね」
カロリーヌは茶目っ気のある顔で言った。
まあ、その教師たちの権威が、今は全くないといところに危機感を感じるよな。
ウルベリウス院長やガルバンテス先生は頼もしいけど、その二人だけじゃできることも限られているし。
「元々、サンクフォード学院は生徒たちの不純性交遊は校則でちゃんと禁止していたし。ま、隠れていやらしいことをしてた女の子はけっこういたけど」
カロリーヌは人差し指を唇に当てて笑う。
王都一の名門校なら、校則が厳しいのも当然だろうな。校則がいかに厳しかったかは今でも感じ取ることができるし。
「アタシだって、汗でヌルヌルしている体に、こんな暑苦しい制服を着てると、いやらしい気持ちにもなるわよ」
セティはブレザーとボタンを全て外してラフな格好をするとそう言った。
「私も同じだね。もし、ディンと同じ空間で生活するようになってたら、たぶん抑えが効かなくなってたと思うよ」
カロリーヌは蠱惑的に笑う。
これには俺もゴクリと唾を飲み込んだが、隣にいたリードは自分には関係のない話だと言った顔で、ポテトサラダを食べていた。
リードも自分が女の子に持てるような男ではないことは自覚しているのだろう。
「二人ともはしたないな」
イルザはげんなりした顔で息を吐くと「とりあえず、話を戻そう」と言って口を開く。
「おそらく、盗賊をやっている生徒たちはかなり悪い状況に置かれて精神的な余裕を失ってしまったのだろう。でなければ、自ら進んで盗賊をやる者などいないからな」
イルザは胸を覆うように腕を組みながら言葉を続ける。
「まあ、学院の秩序を守る【ホワイト・ナイツ】の影響力が落ちてきたというのも原因の一つだろうが」
【ホワイト・ナイツ】が活躍してる話って、ここ最近、全く聞かないからな。
最前線で迷宮の攻略をしなければならないと言ったエリオルド会長やオリヴィエは何をやっているのだろう。
第三階層は今までとは勝手が違うから手をこまねいているのだろうか。
「でも、【ホワイト・ナイツ】の面目を潰しちまったのは、【ラグドール】にいた時のディンなんだよな」
リードは喫茶店で買ってきた紙コップのコーヒーに口を付ける。
「だから、ディンもそれには責任を感じてるんだろ?」
リードは時々、鋭いことを言うよな。ま、図星だったので、俺もはぐらかしたりすることはできなかったけど。
「まあね」
俺はリードが買ってきてくれた野菜ジュースをゴクゴクと飲み干した。
まあ、俺がいなければ【ラグドール】の躍進もなかったし、今頃、ほとんどの冒険者の生徒が第五階層から抜け出せずにいたはずだ。
だから、俺も悪いことをしたとは思っていない。
「とにかく、相手は今までのようなモンスターじゃなくて人間なんだし、アタシは今回の仕事を引き受けるのは気が進まないわね」
セティも怯えとは違う感情を見せている。
「私も同じだ。既に人を殺しているような連中なら、私たちも殺す気で戦わなければならないだろう」
イルザの声は突き刺さるような鋭さがあった。
「その覚悟を背負うには、今の私たちはまだ精神的に未熟と言えるのではないか?」
イルザはそう言葉を投げかけた。
「イルザもそうなのか?」
俺は不快に思われることを承知の上で尋ねる。
「私は何度も殺しはしたくないと言った。だが、必要とあれば例え人間であっても情け容赦なく殺せるだろう」
イルザの目に殺気が宿る。
「剣の道を生きていくと決めた時から、いずれは人を殺すことになるであろうことは理解していたからな」
イルザは将来は騎士になるつもりなのだろうか。女性の騎士というのも華やかで良い感じがするが。
「なるほどね。まあ、その辺は俺も同じだよ。冒険者だって、人を殺さずにやっていけるほど甘い職業じゃないからな」
旅の途中で盗賊に襲われることなど多々ある。俺は襲われたことなどないが、盗賊に殺された冒険者は枚挙に暇がないほどだ。
それだけに俺も相手が学生じゃなかったら、盗賊に下手な情けをかけたりはしない。
「俺の爺さんだって勇者なんて呼ばれ方をしてるけど、その裏じゃ相当、人を殺してきたみたいだし」
爺さんは戦場にも出ていたから仕方がないと言えるけど。
「でも、相手は盗賊なんでしょ。あんまり難しく考えないで、モンスターと戦う時と同じような感覚で戦えば良いんじゃないかな」
カロリーヌは人を殺す怖さを実感できないのか、そう言った。ま、そんな風に考えられれば俺もどんなに気が楽か。
「魔法使いならそういう考え方ができるよな。でも、俺やディン、イルザは人間の肉を直に叩き斬らなきゃならないんだ」
リードはカロリーヌの言葉に絡む。
「そんな風には割り切れないさ」
リードはコーヒーを一気に飲み干した。
「だよね。ま、みんなが戦えないって言うなら、キラーアントの時みたいに私が炎の魔法を使って、まとめてやっつけちゃっても良いけど」
焼き殺された人間の姿はちょっと想像できないな。ま、キラーアントよりも後味の悪いものになるのは間違いないだろうが。
「私が本気で炎の魔法を使えば、人間なんてひとたまりもないからね」
盗賊の中に魔法使いがいたら、その限りではないけれど。
「でも、できることなら俺は死人を出さずに盗賊ギルドを壊滅させたいんだ。もし、学院の生徒を殺せば、理由はどうあれ必ず遺恨は残る」
特に元々、学院の生徒ではない俺がやったら非難も受けるだろう。人気者から一転して嫌われ者になることだってあり得る。
「だよな、今まで学院の生徒同士が殺し合うなんてことはなかったわけだし。そのタブーを破れば、次も似たようなことが起きかねない」
リードにしては思量を重んじた意見だった。
でも、その意見は本当に的を得ていたので、俺もその通りだと感心したように頷いてしまったが。
「そうだな。穏便に解決できるならそれに越したことはない。今回の仕事が、裏の仕事になっているのも、その辺の配慮からだろう」
イルザはそう考察して見せた。
ま、冒険者の館の掲示板に堂々と今回のような仕事を依頼する紙を貼り出したら、生徒たちに大きな緊張が走るのは間違いない。
公にできない裏の仕事は他にもあるだろうし、その内容は知りたいところだ。
「ああ。だからこそ、みんなも俺の方針についてきて欲しいんだ」
俺はリーダーとしての立場を感じさせるように言った。
「ディンがそう言うなら、私は構わないけど、その結果、アタシたちが死んだらどうするつもりなの?」
セティの言葉は痛烈に感じられた。
「そうだよ。ディンは私たちの命より、盗賊の命の方が大切なの。まさか、ディンに限って、それはないよね」
カロリーヌは悪戯めいた笑い方をしている。でも、その目は様々な感情が綯い交ぜになっているように感じられた。
「その通りだけど、たぶんセティの言うような責任は取れない。だから、無理強いはしないし、みんなも嫌なら今回の仕事だけは抜けて良いんだ」
ひょっとしたら、俺一人で戦った方が身軽に動けるかもしれないからな。ソロで活動していた時は十匹以上もいたリザードマンを一人で打ち倒したし。
「そう言われるとアタシも困るわね。ま、アタシは盗賊を相手に死ぬつもりなんて毛頭ないけど」
セティなら死ぬことはないだろう。自分が殺されるくらいなら、躊躇いなく相手を殺すだろうからな。
それで、くよくよ悩んだりもしないはずだ。
「ディンは本当は報酬なんてどうでも良いんだろ。ただ、盗賊をやっている生徒たちを何とかしたいだけで」
リードは俺の心を汲み取るように言った。
「ひょっとして、盗賊をやっている生徒たちも更正させることができるかもしれないとか思ってるじゃないのか?」
その言葉は強い皮肉が感じられたが、リードの声は穏やかだ。
「かもしれない」
俺も正義感に突き動かされて行動しようとしていることを否定できない。その正義感の危うさもきちんと理解していたし。
「なら、俺は付き合うぜ。俺のナイフなら相手を殺さずに、無力化することもできるだろうし」
リードもみんなに実力を見せる機会をずっと待っていた。その相手が人間となると不安も覚えるが、ここは任せるしかない。
「私もディンと共に戦おう。もちろん、できるだけ相手を傷つけないような戦い方をするつもりだ」
イルザは逞しさを感じさせるように言葉を続ける。
「とはいえ、私の武器は殺傷能力の高いバスターソードだからな。まあ、かなり難しい戦いになるだろうが、乗り切ってみせるさ」
イルザは本当に頼もしいな。
ま、イルザは将来、必ず大物になる人間だし、こんなところで躓くような人間じゃないだろう。
「アタシも抜ける気はないわよ。もし、アタシが怖じ気づいたせいで、ディンたちの身に何かあったら、自分を許せなくなるし」
セティは勝ち気に言うと、芯の通った目をする。
ま、その思いは俺も一緒だ。
もし、俺の安っぽい正義感でセティたちに何かあったら、俺はレイシアの時以上に苦しい思いをすることになるだろう。
それだけは絶対にご免だ。
「私もセティと同じだね。こういう時に頑張れなきゃ、冒険者どころか人間としても失格な気がするよ」
カロリーヌの言葉は少し気負いすぎている感じもした。が、本人があまり深く考えない分、今回のような仕事では活躍してくれるかもしれない。
精神的にデリケートになっているのは俺だけなのだ。もし、みんなの内の誰かが人を殺してしまっても俺は責めはしない。
「みんな、ありがとう」
俺はみんなにそうお礼を言うと、すぐにでもニックのところに行って、今回の仕事を引き受ける旨を伝えなきゃなと思った。
《第三章⑥ 終了》




