第三章 ホームの獲得⑤
第三章 ホームの獲得⑤
俺は冒険者の館で百万ルビィも報酬を貰った。
パーティーの冒険者ランクはBのままだったが、ランキングの方は三十八位にまで上がった。
また目立ち始めると、他の冒険者の生徒たちからあれこれ言われるかもしれない。セティたちは周囲の目を気にせずにいられるだろうか。
ちなみに、今回手に入れた報酬と俺が持っているお金と合わせると二百万ルビィ以上が貯まったことになる。
ホームを獲得できる日は遠くない。が、その前にホームを他の生徒に取られたら、元も子もなくなる。
ここは祈るしかないな。
俺とリードはセティたちと別れると寮の部屋に戻ることにする。
リードは宴会を開きたいと言ったが、お金は使いたくなかったので俺は我慢してくれと嗜めた。
ま、俺も高いワインが飲みたくなかったと言ったら嘘になるけどな。でも、ホームが獲得できれば、手に入れたお金は好きなだけ使うことができる。
だからこそ、今は我慢だ。
そして、俺は寮の部屋に戻ってくると、腹が減ったのでお菓子を食べようとする。
食費もなるべく抑えた方が良いだろうから、高級なお菓子を大量に買い込むようなことはできなくなるな。
ホビットのチョコレートは大切に食べないと。
そんなことを考えていると、いつものようにジャハナッグが計ったようなタイミングでやって来た。
「よっ、二人とも。かなり疲れ切った顔をしているが、何か大きな仕事でもやり遂げることができたのか?」
ジャハナッグは来るや否や、皿に広げられていたポテトチップスを鷲掴みにして、一気に口の中に放り込んだ。
この食べ方には俺も顔をしかめたくなる。
「大きな仕事じゃないけど、今回は二つの仕事を一度にこなしたからな。だから、いつもより疲れたよ」
失敗したら冒険者ランクが下がるかもしれないと言うプレッシャーもあったからな。上手くいってほっとしている。
「ああ。俺たちはスターラビットを探すために一時間以上も歩き続けて、気持ち悪いキラーアントの巣も駆除したんだぜ」
リードはジャハナッグに負けまいとポテトチップスを頬張る。
「今回の仕事は精神力が求められたよ」
リードは疲れたように笑った。
「そうか。スターラビットの肉は俺も食いたかったな。あれはじっくり煮込むと、とんでもなく美味しくなるんだ」
ジャハナッグは食べたことがあるのか。とんだグルメだな。
「なら、俺も食いたいぜ。自分で狩ったモンスターの肉が、自分の口に入らないなんて何だかなって気持ちにさせられるし」
リードは首を傾げながら言った。
国に税を納めるために自分が育てた作物が、自分の口に入らないという話は良く聞いたことがある。
爺さんもそのことには憤りを示していたからな。
持っている者には更に与えられ、持っていない者からは更に奪い取られる。
などと言う宗教の教えがあって、俺もその言葉には腹立たしさを感じていた。が、それは否定できない真理だと今なら理解できる。
果たして、俺は持つ者なのか、それとも持たざる者なのか、一体、どちらだろうな。
「それは俺も同じだよ」
俺は塩っ気のあるものを食べているので何か飲みたいなと思いながら言葉を続ける。
「ま、今までの俺ははただ戦う仕事ばかりやって来たからな。今回の仕事じゃ、いつもと違った苦労をさせられた」
ハンスたちのパーティーにいた時にもっと経験を積んでおけば良かったな。できることが狭い冒険者という言葉は今の俺にも当て嵌まるし。
「でも、冒険者なんてもんはそうやって成長していくんだから別に良いんじゃないのか。遠回りもたまには悪くないぞ」
ジャハナッグは良いことを言った。
こういう言葉を発せられると、俺も悪魔は人間以上に物事を知悉していることを思い知らされる。
「そうだな」
俺も頬を緩める。
「ホームを獲得するのに必要なのはあと百万ルビィなんだよな。次はどんな仕事を引き受けるかな」
リードは酒の摘みにもなるサラミを豪快に食い千切りながら言った。
「俺としては中ボスクラスのモンスターの討伐の仕事が良いんだけど、たぶん先に取られてしまうだろうな」
そう言って、俺はサクサクとラスクを噛み砕く。常に冒険者の館の掲示板の前に張り付いていられるわけではないし。
「ああ。ま、キラーアントの巣の駆除ならまだまだ引き受けられるんだが、カロリーヌは絶対に嫌だって言うだろうぜ」
今日のリードはカロリーヌとは少し衝突をしてしまったので、その辺は反省しているようだった。
「俺もキラーアントの巣の駆除は嫌だな」
キラーアントの巣はそう簡単には撲滅できないだろうな。
「だよな。やっぱり、楽な仕事をして金が入るなんてことはないか。となると、迷宮で光を失っている光石の交換なんかもやらなきゃならないかもしれないぜ」
リードはサラミの脂が付いた指を舐めながら言った。
「光石の交換は指定された階を隅々まで歩かなきゃならないから、相当、疲れるだろうな。しかも、正確な地図も必要になる」
その地図もタダで手に入るわけではないのだ。
大ざっぱな地図はタダでも出回るが、詳細に書かれている地図はやはりお金を出して買わなければならない。
「ああ」
リードは二本目のサラミに取りかかった。
「二人ともちまちました考え方をしないで、財宝を手に入れたらどうだ。第三階層の迷宮にはまだ手つかずの財宝があるぞ」
サラミを軟らかい肉のように咀嚼するジャハナッグはそう言った。ジャハナッグの顎の強さには羨ましくなる。
「でも、そのためにはボスクラスのモンスターと戦わなきゃならない。それをやるには今の俺たちのパーティーじゃ、力不足だと思う」
俺は分析するように言葉を続ける。
「例えば、ドラゴンを倒すにはオリハルコンかアダマンタイト製の武器が必要になるし、炎を防ぐ魔法も習得できてなきゃならない」
炎が防げなければ確実な死が待っている。
竜王ガンティアラスよりは弱いとしても、ドラゴンの力は決して侮るわけにはいかない。だからこそ、死人も出ているわけだし。
「セティもカロリーヌもブレス系の攻撃を防ぐ魔法は全く使えないって言うからな。やっぱり、ドラゴンとは戦えないか」
リードは精彩を欠く顔をした。
「そうだよ。ミノタウロス・ロードなんかも良いけど、俺は死ぬ思いでミノタウロスと戦ったことがある」
アンデットと化していたミノタウロスとの戦いはちょっと思い出したくない。
「あの時の苦労を考えると、今のセティたちをミノタウロス・ロードと戦わせるのはやっぱり、早すぎる気がするな」
俺は慎重さを滲ませた。
もちろん、俺がソロとして戦うなら、ミノタウロス・ロードとも十分、渡り合えるだろうが、それではあまり意味がない気がする。
「そうか。まあ、お前の判断は正しいんだろうな。財宝が取られてないと言うことは、単純にそれだけ手強いモンスターが守護していると言うことなんだから」
ジャハナッグはサラミを食べ尽くすと、次は豆に手を出した。
「ああ。俺がしなければならないのは、あくまで不活発な冒険者の指導と育成だ」
俺は自分の心に言い聞かせるように言葉を続ける。
「なら、宝物のように大切にしなければならないのはパーティーのメンバーだと言うことになる」
その初志は胸に刻んでおかないと。
「それを忘れて、危険を顧みずに財宝を手に入れに行くようじゃリーダー失格だよ」
少なくともハンスだったら、そんなことはしない。
「まあ、それが正論だよな。最近はパーティーのメンバーを使い捨てるような連中もいるみたいだし、それに比べればディンは立派だよ」
リードは鼻先を擦りながら笑った。
「そうか」
そういう言い方をされると、肩に力が入ってしまう。ま、重責というほどのものではないけれど。
「だが、仲間を大切にするあまり、結果が出せなくなるようじゃ、やっぱりリーダーとしては失格なんじゃないのか」
ジャハナッグは宝石のような目をクリクリさせながら言葉を続ける。
「お前に求められているのは、今まで燻っていた冒険者を誰もが認めるくらい活躍できるようにさせることなんだから」
ジャハナッグはそのことを再確認するように言った。
「その通りだよ」
俺は無表情で頷く。
「ま、そこら辺は平行の取れた見方をしながら、やっていくさ。こういうことは幾ら焦っても駄目なんだ」
ハンスのような落ち着きが求められているのだ。
俺がハンスたちは今頃どうしているかなと思っていると、部屋の入り口のドアがノックと共に開いた。
「ディンの旦那。いきなり来てすいませんが、入らせて貰いますぜ」
部屋の入り口のドアを開けたのは、ヨレヨレの制服を着ている小太りの男子生徒だった。あの顔には見覚えがある。
「お前は仲介屋のニックじゃないか。わざわざ俺の部屋まで来るなんて、どういう風の吹き回しだ」
俺は何となく嫌な予感がした。ニックの顔からは不吉とも言えるオーラが漂っていたからな。
「ちょっと、旦那にやって貰いたい仕事があるんですよ。旦那もアッシが裏の仕事を斡旋していることは知っているでしょ」
ニックはしたり顔で笑う。
そのまるで人を食ったような顔を見て、こういう奴には弱いところは見せられないなと思った。
「そういえばそんなことも言っていたな。でも、俺は怪しげな裏の仕事なんてやるつもりはないぞ」
裏の仕事なんて言われると犯罪の臭いもするし、そんなものに手を染めたら周囲からの信頼を失いかねない。
「そう言わないでくださいよ。アッシが紹介したいのはあのガナートス王が依頼している仕事なんですから」
ニックは贅肉のついた頬を掻いた。
「あのガナートス王が」
なら、少しは安心できるな。
ガナートス王は人格者だし、悪いことをさせるような人物ではない。あのアムネイアスもガナートス王の傍に付いてるし。
「はい。ガナートス王は第四階層の町にある盗賊ギルドを壊滅させて欲しいと言っているんです」
ニックは笑みを掻き消しながら言った。
盗賊ギルドという言葉には、俺も背中から冷たい汗が噴き出す。盗賊ギルドの悪辣さは俺も爺さんから聞いていたからだ。
「盗賊ギルドだって」
俺の声は上擦ってしまった。
「そうです。その盗賊ギルドは魔界の人間が結成したものですが、その首領はどうも学院の生徒がやっているらしくて、色んな人間に危害を加えています」
酷い話だな。
「しかも、魔界の人間の中には盗賊ギルドの連中に殺された者もいますし」
それを聞き、俺の心に怒りが沸き上がった。
もし、盗賊ギルドを構成しているのがモンスターたちの集団だったら、俺も迷うことなく壊滅させてやると思っただろう。
だが、相手が人間となると、話は違ってくる。
「そうか」
とうとう人殺しをする生徒が現れてしまったと言うことだな。問題と言うには大きすぎることだと思う。
「だからこそ、ガナートス王もさすがに盗賊ギルドを野放しにして置くわけにはいかないと考え、重い腰を上げたんですよ」
ニックは襟元を緩めた。
「それで、この俺に盗賊ギルドを壊滅させて欲しいって言うのか」
結局、人頼みじゃないか。
まあ、ガナートス王にしてみれば適切に使える人間を選んだつもりなのだろう。人を上手く使うのも国王に求められる才覚だからな。
「はい。これは元々、学院の生徒ではなく、世間の荒波に揉まれた本業の冒険者の旦那を見込んでの仕事です」
ニックはスラスラと言葉を続ける。
「報酬は五百万ルビィと破格ですし、他にもガナートス王の支配する町では色々な優遇を受けられるようにするそうですから、どうか引き受けてくれませんかね」
悪い条件の仕事ではないことは確かだ。
まあ、俺の返答しだいでは、ニックの面子を潰してしまう可能性がある。
ひょっとしたら、ニックは仲介料として既に幾らかのお金をガナートス王から貰っているのかもしれないな。
ニックも次は金を取るって俺に言ってたし。
「でも、相手が人間となると、俺も気後れしてしまうな。俺も剣の力で人を殺したことなんてないし」
相手を殺さずに無力化するなんて言う芸当が、徒党を組んでいる盗賊を相手に通用するかどうか。
「それは学院の生徒たちも同じです。だからこそ、今回の仕事は、裏の仕事として扱われているんですから」
ニックは声を潜めながら言った。
確かに俺がやらなければ、誰かがやらなければならなくなるだろう。
その誰かが人を殺してしまい思い悩むことになったら、手を汚すことを嫌った俺は自分を許せるだろうか。
「ちょっと、考える時間をくれないか。俺の一存では決めかねるし、パーティーのメンバーとも相談したい」
セティたちはどんな反応を示すだろうか。もし、セティたちが難色を示すような、この仕事は断るしかなくなる。
それがリーダーとしての英断だ。
「分かりました。では、良い返事を期待していますよ」
そう飄々と言うと、ニックは部屋から出て行った。
《第三章⑤ 終了》




