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第三章 ホームの獲得④

 第三章ホームの獲得④

 

 俺たちは第四階層の迷宮の中にいた。そこでスターラビットかいるという密林地帯に足を踏み入れていたのだ。

 

 密林地帯の通路には草や木が生えていて、かなり歩きにくい。

 

 前に一角獣を狩った時も似たような歩きにくさを感じたが、難所という意味ではこちらの方が上だな。

 

 俺は毒蛇でも潜んでいるのではないかと思える、草の上を歩きながら、スターラビットを探した。

 

 でも、なかなかスターラビットは現れなかった。一応、ラビット系のモンスターが好む匂い袋は所持しているのだが。

 

 さすがはレアモンスターだし、そう簡単には捕まえられそうにないな。

 

「スターラビットの奴、なかなか現れねぇな。もう一時間近くも歩いてるって言うのに。その匂い袋は本当に役に立つのか」


 リードはナイフを回転させながらぼやいた。


「さあ。でも、冒険者の館で手に入れた情報じゃ、みんなこうやってスターラビットを捕まえてるって言うからな」


 その情報に嘘はないと思う。


「なら信じるしかないだろう」


 ま、そう簡単に見つかるようなモンスターなら、六十万ルビィも報酬をかけられたりはしないはずだ。


「これなら、リザードマンやオーガが持っている武器を集めた方がまだ楽だったんじゃないのか」


 リードはナイフで邪魔なツタを切りながら不平を口にした。


「かもしれないな。でも、最近は武器を買い取る値段も安くなってきてるから、苦労に見合うだけの価値があるかどうか」


 長く使える質の良い武器や防具が作られるようになったのも、買い取りの値段を低めている原因だろうな。


 物が溢れかえれば、その価値が下がるのは自然の成り行きだ。


「そうか」


 リードはナイフを腰の鞘に戻した。


「とにかく、今の学院は物には困ってないんだよ。二つの町との交易もできるようになったから、手に入らない物はないし」


 町の存在は本当にありがたい。


 町に行けるおかげで、手に入れられる物の幅はグーンと広がったからな。今までのように魔界からやって来る行商人に頼る必要もなくなった。

 

「ま、武器や防具なんかはなくても生きていけるが、食い物はなきゃ絶対に生きていけないからな」


 リードは草を踏みしめながら言葉を続ける。


「食料系の仕事が減らないのはそのためか」


 ま、食料系の仕事が変化してきたら、俺も迷宮との付き合い方を考え直さなければならないのだろう。


 前兆も言えるものを感じ取るのも必要なことだ。


「そういうこと。良くも悪くもみんな前よりも良い生活ができるようになった。それも戦う仕事の需要が減っている理由の一つだろうな」


 何か寂しい気もするけど。


「それは困ったな。私は剣を振るうことしかできないし、剣の力が必要とされなくなったら生きる術がなくなる」


 懸念を示したのはイルザだった。ま、俺も似たようなものだから、イルザの言っていることは良く分かる。


「迷宮で生活してる限り、それはないでしょ。どうしたって、モンスターとは戦わなきゃならないんだから」


 セティはすぐに口を挟むと言葉を続ける。


「現にこうやって歩いてれば、リザードマンやオーガ鉢合わせするかもしれないのよ。そうなれば剣の力の出番でしょ」


 その言葉にイルザはフッと穏やかに笑った。


「そうだな。だが、そのリザードマンやオーガたちが出て来てくれないのだから、私も退屈だよ」


 イルザは大剣の柄に手を置いている。


「もっとも、不必要な殺しはしたくないというのが私のポリシーだから別に構わないが」


 イルザの中では剣を振るいたいという気持ちと、できればモンスターを殺したくない気持ちが鬩ぎ合っているかもしれないな。


「私も人間に敵意を持って襲いかかってくるモンスターが減ってるって聞いたよ。まあ、食料系のモンスターは減ってないから良いけど」


 カロリーヌは枝毛を弄っている。


「魔界のモンスターも底が尽きかけているのではないか。それともモンスターを適度に供給していた魔王アルハザークが方針でも変えたか」


 イルザの言葉に俺も冷やっとする。


 もし、モンスターがいなくなったら、生活していけなくなるからな。

 

 魔王アルハザークは倒すべき相手だとは思うが、その一方で助けて貰っているのも事実なのだ。

 

 もし、アルハザークの方針が変わったりしたら、ただでは済まない気がする。

 

「ま、第三階層を突破すれば迷宮の攻略も折り返し地点に差し掛かるからな。魔王アルハザークは知らないが、ラムセスは何か仕掛けてくるかもしれない」


 俺は確かな危機感を持って言った。


 ラムセスのあの性格の悪さを鑑みるに、ただ生徒たちの行動を見守っているというわけでもあるまい。

 

「だとしたら、怖いよね。それで、ディンは第三階層のボスのアルゴルウスとは戦うつもりなの?」


 カロリーヌは不安げな顔で尋ねてきた。


「ああ」


 俺は真顔で答える。


 誰かが倒してくれるのが一番良いのだが、おそらくというか絶対に無理だという確信があった。

 

 前にフィズが言っていた通り、本当に迷宮を制覇したいなら他人の力を宛てにしていてはいけない。

 

「まさか、それに私たちも付き合わなきゃならないわけじゃないよね。私、レイシアって子みたいに死ぬのは嫌だよ」


 そう言って、カロリーヌはビクビクした顔をした。俺もレイシアの名前を持ち出され、胸に痛みが走る。


「大丈夫だ。俺は君たちを指導し育成するためにいるんだから。死地へ赴かせる気はさらさらない」


 イルザはともかく、リードやセティたちにアルゴルウスの相手は務まらないだろう。


「では、アルゴルウスと戦う時はどうするんだ。まさか、豪傑の魔将、相手に一人で戦う気ではないんだろう」


 イルザは自殺行為だとでも言いたそうな顔をする。


「その時はハンスたちを頼るさ」


 俺はどこか苦い顔で言葉を続ける。


「今もハンスたちはどんな形かは知らないけど自分を鍛えているはずだし、俺がアルゴルウスと戦うと決める頃には、更に凄い力を身につけているかもしれない」


 もっとも、ハンスたちも不活発の冒険者の指導と育成に手一杯で自分を鍛える暇もないかもしれないが。


「そうか。それは頼もしい話だな。まあ、私も一戦士としてアルゴルウスと剣を交えてみたいという思いはあるんだが」


 イルザ実直に言った。


「なら、アルゴルウスと戦う時はイルザも加わってくれよ。そうしてくれるなら俺も心強いからな」


 イルザを加えられない理由はどこにもない。もちろん、死ぬ覚悟があるなら、セティたちも歓迎するが。


「考えておこう」


 イルザはそう言って、大剣を抜き放つと、天井から垂れていた太いツタを切断した。


「ちょっとあんたたち、話すのはそれくらいにした方が良いわよ。あそこにいるのはスターラビットみたいだし」


 俺たちの前方には茶色いウサギがポツンと立っていた。ウサギはクルクルした目でこちらを見ている。


「うわぁー、話には聞いていたけど凄く可愛いね。あの茶色くてフカフカした毛並みなんて絵本の住人みたいだよ」


 カロリーヌがはしゃぐ。確かにあのまるで置物のようなウサギは可愛らしいよな。


「本当に絵本の住人なら殺して食べるわけにはいかないが、あいにくとスターラビットも魔界からやって来たモンスターだ」


 イルザは大剣の切っ先をスターラビットに向ける。その剣の先から放たれる殺気に、スターラビットもビクッと体を振るわせた。


「なら、仕留めないわけにはいくまい」


 イルザは獲物を狙う鷹のような目をして言った。


「よし、ここは俺に任せてくれ。俺のナイフを投げる腕はかなりのもんだし、この距離からでもスターラビットは仕留められる」


 リードは二本のナイフを手にすると、スターラビットと真正面から向き合う。距離にして、十五メートルほどだが当てられるか。


「分かった。なら、外すなよ」


 俺はここはリードに見せ場を譲ろうと思いそう言った。リードも次の仕事では絶対に活躍してやると豪語していたし。


 それから、リードはとスターラビットと向き合うと、フッと軽く息を押し出してナイフを投擲した。

 

 そのナイフは矢を凌ぐような早さで、飛来し見事スターラビットの胸に突き刺さった。スターラビットは声にならない声を上げると横に倒れる。


 これには俺も瞠目してしまった。


「よっしゃ、スターラビットを仕留めてやったぜ。久しぶりのナイフ投げだったから、俺もかなり緊張したが上手くいって良かった」


 リードは大きくガッツポーズを取った。


 俺もその喜びようを見て、改めてリードの可能性を感じた。リードにどんな技術を習得させるべきかは、俺も真剣に考えてやらないとな。

 

「やるじゃない、リード。ま、ここで活躍できないようじゃ、あんたの存在価値はないけどね」


 セティは意地の悪い笑みを浮かべる。


 それを見て、てっきりリードも怒るものと思ったが、当のリードは涼しい顔をしながら使わなかった方のナイフを腰の鞘に収めた。

 

「相変わらずセティは手厳しいことを言ってくれるぜ。ま、事実その通りだから、反論はしないで置いてやるよ」


 リードも笑い返した。これには俺もほっとしてしまう。


「でも、スターラビットはちょっと可哀想だったよね。ま、これも人間が生きていくためだからしょうがないか」


 カロリーヌは瞳を潤ませている。


 大袈裟だなと思ったが、カロリーヌは普通の女の子だから、これが当然の反応なのかもしれない。

 

 俺は小動物を食べたことは何度もあるので、そこまでは心も痛まなかったけど。

 

「そうだな。まあ、美食を求めるような奴らにスターラビットの肉が渡るのは、私としては業腹だが」


 イルザはドライに言った。


 ま、イルザの言う通り、スターラビットの肉は庶民のような生徒の元にはまず届かないだろう。

 

 もし、スターラビットの肉を食べられるとしたら金持ちだけだ。

 

「とにかく、スターラビットの死体を持ってくぞ。キラーアントの巣も駆除しなきゃならないから、死体はリードが持ってくれ」


 俺がそう言うと、リードはスターラビットが倒れた場所に駆けていき、その体を用意してあった袋に入れた。


 それから、俺たちは密林地帯の奥にあるキラーアントの巣に直行する。


 ここから先は余計なモンスターと戦って体力を消耗したくない。キラーアントの巣の駆除にどれだけの労力が必要になるか分からないし。

 

 そして、十分ほど歩いた通路の先には体長が二メートルもある大型のアリ二匹がいた。あれが冒険者の生徒たちを苦しめているキラーアントか。

 

 あの発達したような口なら、堅い木でもかみ砕けるだろう。もちろん、人間の骨だって同じだ。

 

 あんなアリに体を食われるのは絶対に嫌だな。

 

 俺たちがキラーアントの方に近づいていくと、巣と思われる黒くて大きな穴から、キラーアントが次々と這い出してくる。

 

 キラーアントが仲間を呼ぶことは知っていたが、ここまで数を増やすとは思っていなかった。

 

 そして、全部で九匹のキラーアントが巣の守りについた。

 

「ここはカロリーヌの出番だな。巣の前で固まってるキラーアントに一発、大きな炎の魔法をお見舞いしてやってくれよ」


 俺は剣で戦う相手でもないと思いカロリーヌにそう頼んでいた。キラーアントは火に弱いという情報も事前に掴んでいたし。


「分かったよ。ああいうモンスターなら、私も思いっきり炎の球を爆発させちゃうよー」


 そう勢い込むように言うと、カロリーヌは掌に特大の炎の玉を作り上げて、それをすぐに放つ。


 炎の玉は一直線に飛来するとキラーアントたちのいるところにぶつかり大爆発を引き起こした。

 

 その爆発をもろに食らったキラーアントはバラバラに弾け飛び、四散する。

 

 残っていたキラーアントたちもたちまち灼熱の炎に包み込まれて、もがき苦しむことになった。

 

 無事でいられたキラーアントは一匹もいない。

 

 そして、三分ほど経つとキラーアントたちは黒焦げになって動かなくなる。キラーアントたちは全滅してしまったのだ。

 

 でも、スターラビットの時とは違い、俺も可哀想だとは全く思わなかった。ただ、虫を噛み潰したような苦々しさが込み上げてくるだけだ。

 

 俺はカロリーヌの使う風の魔法で炎を消して貰うとキラーアントの屍をどかして巣の前に立った。

 

 巣は人間でも余裕で入れるような大きさになっていた。おそらく、この中にキラーアントの女王がいるのだろう。

 

 巣を完全に駆逐するには女王も倒さなければならない。でも、この中に足を踏み入れるのはかなり怖かった。

 

「みんな、ちょっと気持ち悪いけど勇気を出して巣の中に入ってくれ。キラーアントの女王は必ず殺しておかないといけないから」


 そう言うと、俺は巣の中に入った。


 巣の中は粘液のようなもので粘ついていて、白くて大きな卵がたくさん生み付けられていた。

 

 中には卵の中から顔を出しているアリもいる。幼虫だから可愛い、なんてことは全くなかった。

 

 正直、気持ち悪いとしか言いようがない。

 

 しかも、その更に奥には体が普通のキラーアントより一回り大きく、異様なほど腹が膨れ上がったキラーアントがいた。

 

 そのキラーアントの死魚のような目を見ると、俺もゾクッとする。どう見てもこいつは人間と仲良くなれるような知性は持ち合わせていない。

 

 俺は吐き気すら込み上げてくるアリの巣に頬を引き攣らせる。

 

「これがキラーアントの女王か」


 俺は壁に張り付いて動けない状態になっているキラーアントを見る。他のキラーアントはいなかったので、後はこいつを殺し、卵を破壊すれば良い。


 気持ちの良い仕事ではないが、確実にやり遂げないと。この手のモンスターを迷宮にのさばらせていてはいけない。


「すげー、グロテスクだな。俺もこんな奴は絶対に生かして置いちゃならないって気持ちにさせられるぜ」


 リードは俺と同じように今にも吐きそうな顔をしていた。


「ふむ。確かにさすがの私もこのアリだけは生理的に受け付けないな。特にあの腹はバスターソードで叩き斬ってやりたくなる」


 イルザも嫌悪感を露わにしている。


 美醜で生かすか殺すかを決めてしまうことに抵抗感を見せていたイルザもさすがにキラーアントの女王は許容できなかったか。

 

「同感。こいつは一刻も早くアタシの視界から消えて貰いたいわね。さっさと燃やしちゃってよ、カロリーヌ」


 セティは苦り切った顔でカロリーヌを見た。


「分かってるよ。この卵も全部、燃やさないといけないから、みんなは火を浴びないように下がってて」


 カロリーヌがそう言うと、俺たちは指示、通り後ろへと下がる。すると、カロリーヌはそこら中に炎を放って、後退する。


 そして、息を大きく吸ってから特大の炎の球をキラーアントの女王めがけて放った。

 

 すると、またしても大爆発が起きて、キラーアントの女王は地獄から呼び出したような業火で焼かれる。


 でも、死に切ることができずに、体液を吹き上がらせながら足掻くように手足をバタバタとさせた。


 あまり良い光景とは言えないな。


 例え、醜い昆虫のモンスターでも殺してすっきりするなどと言うことはないし。

 

 それから、キラーアントの女王は絶叫しながらも、為す術なく凄絶な炎の中で息絶えた。卵も一つ残らず炎に包まれていたし。


 そして、カロリーヌは巣の入り口まで後退すると、今度はより念入りに炎を放ってキラーアントの巣を火の海にした。


 俺たちは巣の中にいられなくなったので、外へ出る。


「これで巣は潰せたんじゃないかな。ま、キラーアントの巣は他にもあるみたいだけど、さすがにそれを駆除するのはパス」


 カロリーヌは汗が垂れている頬を拭って息を吐いた。俺もキラーアントの巣には二度と足を踏み入れたくない。


「そうだな。でも、今回の仕事は良い経験にはなったよ。他の冒険者たちはこういう仕事もこなして生活しているわけだし」


 俺が【ラグドール】で華やかな活躍していた頃、裏では日の当たらない冒険者たちがこういう泥臭い仕事をしていた。


 これには、どうしたって複雑なものを感じてしまうな。

 

「ま、とりあえず冒険者の館で引き受けた仕事は完遂できたわけだし、モンスターに気を付けながら学院に戻ろう」


 そう言うと、俺はまだ激しく燃え盛っているキラーアントの巣に背を向けて、学院へと戻ることにした。


《第三章④ 終了》




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