第三章 ホームの獲得③
第三章 ホームの獲得③
俺たち【アビシニアン】のメンバーは冒険者の館に来ていた。
そこでなるべく良い条件の仕事を引き受けようと掲示板を熱心な目つきで眺めていたのだが、なかなか思うような仕事は見つからなかった。
モンスターを討伐する仕事も以前よりだいぶ数が少なくなってきたし。やっぱり、みんな狙いは同じと言うことだな。
そんなわけで今、一番、多いのは食料系のモンスターを狩る仕事だ。みんな生活に余裕ができたせいか、色々なものを食べたがっているようだった。
かくいう俺も食堂の料理には少しずつ飽きてきたので、変わった食べ物も買うようになったからな。
ちなみに第三階層の迷宮では、襲ってこないモンスターが多い。
リザードマンやオーガたちにも知性があり、話すこともできるので、怒らせなければ戦いになると言うこともないそうだ。
その代わり、第三階層の迷宮には財宝が多いらしく、その財宝をドラゴンなどのボスクラスのモンスターが守っていると言う。
しかも、財宝を守るモンスターは手強くて、なかなか倒せないらしい。
痛ましいことに財宝に目が眩んだ冒険者の生徒たちの何人かがドラゴンに殺されたみたいだし。
俺もドラゴンの怖さは知っているから、今のパーティーの力では迂闊に手が出せない。
もちろん、第五階層や第四階層にも財宝はあったのだが、それを守るモンスターはいなかったので、みんな取られてしまった。
隠し財宝もないわけではないが、探し出すには相当な労力が必要になる。
みんなが我先にと新しい階層の迷宮に足を踏み入れるのは、誰よりも早く財宝を手に入れたいという理由もあるからだろう。
迷宮で手に入れたマジックアイテムが五百万ルビィで売れた、なんて話もあるくらいだからな。
迷宮と来れば、やっぱり、財宝だと言っても過言ではないと言うことだ。
それとジャハナッグは店の仕事があると言って、消えてしまった。あんな奴でもいてくれれば少しは精神的な支えになるのに。
「さてと、今日はどんな仕事を引き受けようかな」
俺は掲示板の貼り紙を眺めながら、頭を巡らせる。
でも、心なしか、仕事の数が少なくなった気がするな。冒険者の館の活気は前と変わっていないけど。
「今度もモンスターの討伐する仕事が良いんじゃないのか。あのデュラハンみたいなモンスターは狙い目だろ」
そう口にするリードはまだ冒険者の館の掲示板を見ることに慣れていないのか、視線を忙しなく動かしていた。
「俺もそう思ってるよ。でも、今日の掲示板には中ボスクラスのモンスターを倒す仕事が貼り出されてないんだ」
こんな日は初めてだな。
ま、それだけ他の冒険者たちが活躍してるってことだけど、それを考えると俺もどうしても焦りを感じてしまう。
ここにハンスがいれば良い感じに俺を嗜めてくれたのに。
「本当だな。やっぱり、ああいう仕事は早くしないと他の奴に取られちまうし、昨日は運が良かっただけか」
リードは腕を組みながら言った。
「そういうこと。第三階層の迷宮じゃ討伐しなければならないモンスターもいないからな。それも大きな原因だと思うよ」
俺もその事実には変化球を食らったような感じだ。
「そっか。せっかく、新しい階層の迷宮に足を踏み入れたのに、モンスターが襲いかかってこないんじゃ肩透かしも良いところだよな」
リードもその辺の話はちゃんと聞いている。
「そうなんだよ。だけど、第五階層と第四階層で冒険者の生徒たちに危害を加えるようなモンスターは粗方、倒されてる」
腕が立つパーティーは俺たちだけじゃないし、いつまでも俺一人がヒーローとして持ち上げられるわけではないのだ。
「そいつは困ったな」
リードはナイフの柄に触った。
「ああ。俺も戦うことに特化した冒険者だから、肉の切り分けとか、地図の作成は得意じゃないんだ」
二つともやってできないものじゃない。俺もハンスやチェルシーから一通りのことは教えて貰っていたからな。
でも、付け焼き刃な感じは否めないだろう。
「戦わないで、金を手に入れなきゃならないって言うのは、ディンにとっては難しい状況なのかもしれないな」
とはいえ、戦いこそ自分の生きる道などと言うつもりはないが。
「そうなんだよ。俺だけじゃなく、セティたちも戦うこと以外の技術は身につけていないし、そこら辺は課題だな」
今のところ【アビシニアン】は戦うだけしか能のないパーティーになってしまっているのだ。
そこから脱却するにはやはり地道な努力が求められるだろう。
「なら、スターラビットを狩ろうよ。一匹、六十万ルビィは破格だし、危険も少ないと思うからやってみても良いんじゃないの?」
弾むような声で言ったのはカロリーヌだ。
「食料系のモンスターを狩る仕事か」
俺は顎に手を這わせると思案するような顔をした。
食料系のモンスターは探さなければならない手間がある。中ボスクラスのモンスターのように特定の部屋の中で待っていてくれたりはしないのだ。
「悪くないかもしれないな。スターラビットは子連れでいることもあるって言うから、そいつらを全部、捕まえれば一攫千金だぜ」
リードは子供まで狩ってしまう気か。
モンスターという資源を保護する意味では、子供は極力、殺さない方が良いんじゃないのか。
モンスターたちだって無限に沸いて出て来るわけじゃないんだから。
「アタシはウサギと追いかけっこなんて嫌だからね。食料系のモンスターを狩るならゴールデンボアの方にした方が良いんじゃないの」
セティは相変わらずな態度を見せた。それに対し、俺も反論するように口を開く。
「ゴールデンボアは一匹、十万ルビィだけど、一頭、丸々抱えて運ぶわけにはいないから、肉を切り分ける必要がある」
大型のボアの肉の切り分けは、俺には手に余るだろう。現在の俺のスキルで切り分けられるのは鳥系のモンスターくらいだな。
「しかも、良い部分の肉を持ち帰るにはかなりの技術が必要だろうな」
肉の鮮度を落とさないようにすることも求められるのだ。
「じゃあ、アタシたちたちには無理ね。やっぱり、面倒くさいけどウサギを取っ捕まえるしかないか」
セティは憂鬱そうな顔をした。
「私は子連れのウサギを殺すのは気が進まないな。もちろん、他のモンスターなら躊躇なく殺せるというわけではないが」
イルザは命というものを本当に重んじている。さすがあのガルバンテス先生の指導に感銘を受けているだけのことはあるな。
でも、それが冒険者としての足枷になっている気もするのだ。
「それは言い出しっぺの私も同じかな。スターラビットはとっても可愛いって言うし、たぶん女の子の私には殺せないよ」
カロリーヌは肌をブルッとさせながら言った。
「つまり、スターラビットの息の根は俺たち男が止めなきゃならないってことか。こういう時の女はずるいよな」
リードは少しだけ粘り着くような言い方をした。が、それに対するカロリーヌの反応は敏感だった。
「そういう言い方はないんじゃないの、リード。人それぞれ向き不向きってもんがあるだけなのに」
カロリーヌは目を三角にして言った。
「それくらい分かってるよ。俺だって血を見るのは苦手だし、できることなら可愛いウサギなんて殺したくない」
リードはどういう顔をしたら良いのか分からないと言った感じで、肩を竦めた。
「美醜で生かすか殺すかを決めてしまうのが人間という生き物の罪深さだな。もっとも、私とて命は平等などと言う理想論を振り翳すつもりはないが」
イルザは涅槃に達したように言った。
「ま、誰かがやらなきゃならない仕事だし、好き嫌いは止めて、その仕事はやってみた方が良いかもしれないな」
俺は建設的に言った。
「今の俺たちにはどうしたって経験が必要だ」
色々なことにチャレンジしてみるべきだ。
別に一刻を争っているような状況ではないし、のんびりとウサギ狩りに精を出すのも良いだろう。
「そうだね。私も小さなことでムキになっちゃったよ。こんなことじゃ、冒険者としてはまだまだ半人前だよね」
カロリーヌも怒りを収める。
「俺もちょっと言葉が過ぎたな。こういう口の軽さが、俺の悪いところだって分かっちゃいるんだが」
リードも自戒するように言った。
ま、カロリーヌもリードもすぐに自分の悪いところを認め、それを変えようとする意識があるってことだ。
その意識は俺もリーダーとして大切にしていきたいと思っている。
「アタシも冷めた考え方ばっかりするのは止めた方が良さそうね。仲間くらいには血の通ったようなことを言いたいし」
そう口にするセティの唇は珍しく弧を描いていた。やっぱり、セティもカロリーヌとリードの遣り取りを見て良い刺激を受けたようだ。
「とにかく、ここはリーダーであるディンの判断に任せようじゃないか。みんなの意見を聞き、決定を下すのもリーダーの務めだ」
イルザは信頼の眼差しで俺を見た。
「分かったよ」
その言葉に応えないわけにはいくまい。
俺もリーダーとしての経験を積んでいかなければならないからな。指導し育成する相手がセティたちだけで終わることはないだろうし。
それに俺だってセティたちと同じで成長できる部分はまだまだたくさんあるのだ。
「なら、スターラビットを狩る仕事を引き受けることにする。ついでに増えてきたキラーアントの巣の駆除も引き受けよう」
キラーアントは仲間を呼ぶのが厄介なところと聞いているが、ま、今の俺たちなら倒しきれるだろう。
しかも、キラーアントの巣はスターラビットが生息しているフロアーからそんなに離れてないし。
「キラーアントの巣を一つ駆除できれば四十万ルビィになるし、けっこう良い仕事かもしれない」
俺がそう言うと、みんなは納得したような顔で頷いた。
《第三章③ 終了》




