第三章 ホームの獲得②
第三章 ホームの獲得②
俺とリードとジャハナッグが部室でのんびりと朝食を食べていると、いきなり部屋の入り口のドアが開いた。
現れたのは、セティたちだったので、俺もすぐに腰掛けていたベッドから立ち上がる。すると、セティたちはズカズカと部屋の中に入り込んできた。
これには俺も口に入れていた食べ物が喉に詰まりそうになる。せめてノックくらいはして欲しかった。
ま、セティたちにそんな配慮ができるわけがないか。
「食事中に来て悪かったわね」
セティは床に食べ物を広げている俺たちを見て、少し気まずそうな顔をする。汚い食べ方はしてないので、不快には思われなかったとはずだけど。
「でも、今日から本格的な活動を始めるって聞いてたから、私たちも居ても立ってもいられなくなって」
セティは腰に細剣を下げているし、今日も迷宮に潜るつもりなのだろう。
面倒くさがりを自称するセティにしては意外に思えるが、カロリーヌかイルザが焚き付けたのかもしれない。
「随分と積極的だな」
俺は揶揄するように言った。これにはセティもムッとする。その反応は少し可愛らしかった。
「からかわないでよ。アタシたちだって今までのような生活をしていたら駄目だと思って、やる気を出したんだから」
セティは首の後ろの髪を撫でつけながら言った。
貸してあげたシャンプーでしっかりと髪を洗ってくれたのか、セティの頭ももう臭くはなかった。
「それは良いことだ」
俺も今度は真面目な顔で言った。
「ま、セティたちは冒険者として見込みがあるよ。デュラハンをあんな風に倒せるなら、そこらにいるモンスターは敵じゃない」
昨日は俺の想像以上の力を見せてくれたし、次の仕事でも期待している。
「そう?」
セティは仄かに頬を赤く染めて見せた。でも、俺が視線を注いでいると、すぐにいつもの不機嫌面に戻る。
「ああ。でも、戦えるだけじゃやっていけないのが、迷宮の探索だ。モンスターの肉の切り分けとか、地図の作成とかもできるようにならないとな」
セティたちもいつかは俺の元から巣立っていかなければならない。
そのためには色々な技術を習得しておかないと、結局、できることが狭い冒険者になってしまう。
それでは、また不活発な状態に陥ってしまう可能性があるだろう。
「めんどい」
セティは吐き捨てるように言った。こういうツンダラした態度を見せなければセティにも好感が持てるのに。
「そう言わないでくれよ」
俺はセティの態度が柔らかくなるにはもう少し時間が掛かりそうだなと思いながら言葉を続ける。
「とにかく、そういう技術は少しずつ習得していけば良い。焦っても、すぐに身につくようなものじゃないからな」
ま、あのチェルシーのような器用さがあれば、すぐに身につく可能性もなきにしもあらずだが。
「で、これからの方針は聞かせて貰えるんだろうな、ディン。私の剣の力は君に預けているのだから、君が道を示してくれないと困る」
イルザはまるで騎士のような言葉を口にした。イルザにとって、今の俺は主君のようなものなのだろうか。
ま、悪くない感覚だけど。
「そうだよ。私たちだけじゃ、どんなことから手を付けて良いのか分からないし、ディンの指示が必要だよ」
カロリーヌもイルザの言葉に追従する。みんなには人から命令されなければ何もできない人間になって欲しくはないのだが。
「そうだな。とりあえず今の俺たちにはホームが必要だと思う。ホームがあればみんなで話し合いながら、くつろいだりすることもできるし」
俺の言葉にセティたちも良い反応を示した。
「確かに。みんなが集まって話す場としては、寮の部屋は狭すぎるからな」
イルザは大剣を片手に、部屋の中を見回す。
一応、イルザの気に障るようなものはこの部室には置いてないはずだけど。この部屋はまるで女の子が使っているみたいに綺麗だし。
「それに、迷宮の探索を続けていけば、武器や防具などを幾つも置いておけるスペースも必要になるだろう」
部室棟には倉庫になっている部屋もあったが、当然のことながらタダで使えるわけではないのだ。
たいした金額ではないが、【ラグドール】にいた時もお金は払っていたし。
「なら、ホームの取得は避けられない課題と言えるな」
イルザがそう理解を示してくれると俺も心強くなるな。
「そうだね。私とセティが暮らしている狭苦しい倉庫じゃ、とてもじゃないけどそんなものを置いておくことはできないし」
カロリーヌは唇に人差し指を当てながら言った。
「ま、そういうわけだから、俺は三百万ルビィで売りに出されている部室棟の部室を手に入れようと思っているんだ」
俺がそう言うとリードも調子に乗って口を開く。
「部室を手に入れれば、焜炉とかも設置できるからな。そうすりゃ、ちょっとした時にコーヒーや紅茶なんかも飲めるぜ」
リードは快活に笑った。
「それは魅力的だ。私も広くて落ち着ける場所で、優雅なティータイムを楽しみたいからな」
イルザの言葉には同感だ。
【ラグドール】の部室はまるで喫茶室のようだったし、あの空間では本当に気を楽にしてくつろげた。
俺もあんな空間を再現しようと計画しているのだ。
「寮の部屋にいたのでは、その望みは叶わない」
なら、喫茶店に行けば良いんだけど、やっぱりホームの居心地の良さには適わないんだよな。
「紅茶を飲みながらお菓子を食べたりできるのは良いよね。私とセティが暮らしている倉庫じゃ紅茶の味も不味くなるってもんだし」
カロリーヌの言葉には共感が持てた。あんな汚い場所で何かを食べたくはない。食べ物まで臭くなりそうだからな。
「それに焜炉が使えればクッキーなんかも焼けるよ。焼きたてのクッキーはみんなにも食べさせてあげたいな」
クッキーは良くアリスが焼いてくれたんだよな。カロリーヌとアリスではどちらの作るクッキーが美味しいだろうか。
「それもそうね。ホームにベッドを置けば、アタシもあんな狭い倉庫で暮らす必要もなくなるし」
セティたちが部室で暮らすようになったら、あの倉庫は本当に倉庫として使っても良いかもしれないな。
「その時は清潔さを心懸けてよね、セティ」
カロリーヌはクスクスと笑った。
「分かってるわよ。アタシだって女の子だし、別に好きで不潔な暮らしをしてるわけじゃないし」
セティはただずぼらなだけだ。でも、住む場所が変われば、そのずぼらさは改善できるかもしれない。
良くも悪くも環境が人の性格を形作ってしまうことはあるし。
「とにかく、ホームの獲得にはみんなの協力が不可欠なんだ」
俺は話を進める。
「せっかく何十万ルビィも貰える仕事をしても、それを五人で分けたりしたら、微々たるものになってしまうだろう」
それは痛いし、何かを買いたければ必要なお金はなるべく早めに貯まるようにするに限る。
時間を置けばダラダラと使ってしまうからな。お金を貯めるには思っている以上に気力と根性が必要になるのだ。
「そうだな。ホームを獲得するまでは、仕事の報酬の山分けはしないことにしよう。別にタダ働きをしてるわけではないし、私は我慢できる」
イルザは実直に言った。
何事に対しても、快く理解を示してくれるイルザは今のパーティーにとって不可欠な存在だ。
イルザがいるからこそセティを動かす手綱も上手く握れるってもんだし。
「そうだね。そういう先を見据えた計画があるなら、私も構わないよ。私もセティもお金を持ってるとだらけちゃうからね」
カロリーヌはテへっと笑った。
「みんながその計画に賛成しているなら、アタシが反対する理由はないわね。ここで我が儘を言うほど、アタシもガキには慣れないし」
セティは聞き分けの良さを見せるように言った。
ま、どんなに背伸びしたって俺たちは子供だし、俺も多少の我が儘は大目に見るつもりなんだけどな。
他の奴に遠慮して、自分の希望を何も言えなくなってしまうのが一番、悪い。
「よし、なら決まりだな。また昨日みたいな仕事をこなして、ガンガン金を稼いでやろうぜ」
リードがガッツポーズを取る。
こと戦いではリードが一番、役に立たないからな。リードを一人前の冒険者に育てるためにはどうするべきか。
それもしっかりと考えておかないと。
「それは良いけど、あんたもちゃんと戦いなさいよ。腰に下げてたナイフはただの飾りじゃないんでしょ」
セティは目を細めながらリードの腰の辺りを見た。
「当たり前だろ。ナイフ使いのリード様を舐めるんじゃねぇ。次の仕事じゃ、俺も絶対に活躍してやるからな」
リードはギュッと握り拳を作って言った。
幾ら馬鹿にされてもふて腐れることなく、意地の強さを見せられるリードには俺も未来を感じられるのだ。
案外、リードは誰もが認めるような偉大な冒険者になれるかもしれないな。
「あんまり気負いすぎると思わぬ怪我をするわよ。特にあんたのようなお調子者は」
セティはそう切り込むように言った。
「その時はセティの回復魔法のお世話になるさ。セティだってかすり傷を治すくらいの力はあるんだろ」
リードの口は減らないし、これにはセティも鼻白んでしまった。こういう切り返しができるのがリードの強みなんだよな。
「まあね」
言い合いをしても口の上手いリードには勝てないと悟ったのか、セティはそう短く言ってそっぽを向いた。
それから、俺はすぐに残っていたパンを喉に押し込むと、それを冷めてしまったコーヒーで胃に流し込んだ。
そして、奮い立つように口を開く。
「じゃあ、朝食も食べ終わったし、冒険者の館に行くぞ」
俺は手についていたケチャップをペロッと舐めると言葉を続ける。
「でも、昨日のように条件の良い仕事ばかり引き受けられるわけじゃないから、みんなもそれは覚悟しておくように」
俺がそう言うと、みんなも引き締まった表情で頷いた。
《第三章② 終了》




