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第三章 ホームの獲得①

 第三章 ホームの獲得①


 宴会をやった次の日、俺は寮の部屋で目を覚ます。


 昨日の宴会では酒を飲んだわけではなかったので、頭がズキズキ痛むようなこともなかった。

 

 それに新しいパーティー結成したばかりということもあってか、朝から気分も高揚していた。

 

 が、【ラグドール】の時のように、みんなで一緒の空間で暮らせないことには少し物足りなさを感じたけど。

 

 ま、リードはいてくれるので、心細さのようなものは感じない。色々なことを教えてくれるジャハナッグも俺のベッドの端で寝ているし。

 

 ふとした時に二人の存在にはありがたさを感じてしまうな。

 

 とにかく、不活発な冒険者の指導と育成をしてくれと言われても、俺は【ラグドール】にいた時のように普通に仕事をしていくことしか思いつかない。

 

 ハンスたちは上手くやっているだろうか。

 

 会いたいけれど、一度、ハンスたちと会ってしまったら強くあろうとしている自分の気持ちが崩れそうで怖い。

 

 何かあるごとにハンスたちの力を借りるようになったら、俺もパーティーのリーダーとして失格な気もするし。

 

 とりあえず、いつまで俺が結成した【アビシニアン】を存続させられるかは分からないが、パーティーの冒険者ランキングではまた上位に食い込めるように頑張ろう。

 

 【アビシニアン】の名前を誰もが知るようになれば、歯車が噛み合わさるように何もかもが上手くいく気もするし。

 

 そう思った俺は、ベッドからゆっくりと起き上がると猫のように体を撓らせて大きく屈伸をした。

 

「おはよう、ディン。これから、朝食でも食べに行くのか?」


 俺の動きに気付いたのかリードは上半身を起こすと、バンザイをするように両腕を上げて伸びをする。


「いや。昨日は食堂で大きな宴会をしてしまっただろ。だから、今日の朝食は食堂じゃなくてこの部屋で済まそうと思ってるんだよ」


 我ながら変な気を遣っていると思うけど。でも、朝は食堂も混むし、今日はゆっくりとこの部屋で朝食を食べたい気分なのだ。


「良いかな」


 リードなら嫌とは言わないと分かっているけど。


「別に構わないぜ。なら、俺も起きるとするかな。昨日はあれだけたくさん食べたのに今は腹が減ってるし」


 リードは頭をクシャクシャと掻きながらベッドから立ち上がる。


「人間の体ってやつは上手くできてるもんだ」


 まったくだな。


「なら、一緒に西館の店に食べ物を買いに行こう。半額っていう特権は無駄にしないようにしないと」


「そうだな」


 俺がいればリードの買う分も半額にして貰えるからな。


 本当はいけないことなんだけど、店を経営している生徒たちは俺の友達ならば、と言って融通してくれる。

 

 これには頭が下がる思いだ。

 

「俺も行かせて貰うぞ。サンクナートの縄張りに足を踏み入れるのは気が進まないが、お前らが一緒なら大丈夫そうだ」


 いつの間にか起きていたジャハナッグは羽をはばたかせると、俺の肩にふわりと着地した。


 ちなみに西館では悪神ゼラムナートの影響力を恐れたのか善竜エリュミナスが見回りを始めた。

 

 俺も何度か顔を合わせたが、エリュミナスから何か言われることはなかった。エリュミナスは俺には全く感心を持っていないようだったし。

 

 でも、ジャハナッグを連れていたらどうなるか分からない。

 

「なら、今日の朝食は何にするかな。俺は大きなソーセージをパンに挟んで食べたいんだけど」


 俺はレタスなんかも挟みたいなと思った。でも、野菜は物によっては肉よりも高くなるからな。


 フルーツなんて例え半額でも高くて買えないよ。


「それなら、マスタードとケチャップも買わないとな。確か、この部屋には置いてなかったはずだろ」


 リードの言う通り、寮の部屋に調味料のような物は置いていない。


「ああ」


 この部屋で料理が作れれば、もっと色々な物を置いておく気にもなるんだけど。でも、それは叶わない。


 無理して買い置きしてもこの暑さだと傷むだけだからな。食べ物の保存を良くする魔法もあるらしいが、俺とリードには使えないし。

 

「じゃあ、俺はサンドウィッチで良いや」


 リードは財布をポケットの中に入れながら言葉を続ける。


「仕事をしたおかげで、俺もたくさん金を手に入れられたし、これで新鮮な野菜を使った値の張るサンドウィッチも買える」


 リードからすれば昨日、手に入ったお金は棚から牡丹餅のようなものだろう。いつも簡単にお金が手に入るわけではないことは教えてやらないと。


「調子に乗って、あんまり無駄使いするなよ。また、俺がお金を貸さなきゃならなくなるのはご免だし」


 俺はそう釘を刺す。


「分かってるって。サンドウィッチを買ったら、お前に借りた金はちゃんと耳を揃えて返してやるよ」


 リードは頭の後ろを掻きながら言葉を続ける。


「だから、借金のことでうるさく言うのはもう止めてくれよ。俺もいい加減、詐欺師みたいな扱いをされるのは嫌だからな」


 詐欺師、扱いされるのはトランプでイカサマをしようとするからだ。だから、結局、自分の首を苦しめることになる。


 人間、何事も誠実が一番だ。


「ああ」


 俺もうるさく言うのは好きじゃない。


 それにリードが真面目になるって言うなら、俺の仕事である不活発な冒険者の指導と育成も成功したことになるからな。

 

 この調子で、セティたちの意識も変えていきたい。

 

「俺は塩っ気の強いコンビーフが食いたいな。あれをトーストに塗って食うと最高に旨いんだ」


 ジャハナッグは舌なめずりをする。


「俺は何となくコンビーフが嫌いなんだよな。あれは、見ているだけで口の中がしょっぱくなるというか」


 リードのように嫌いなわけではないが、俺もコンビーフはほとんど食べたことがない。コンビーフも贅沢な品だからな。


「コンビーフの旨さが分からないようじゃ、まだまだ子供だな。確かにコンビーフに苦手意識を持っている奴は多いが、食べ方しだいであれは化けるぞ」


 ジャハナッグは食通のように言うとニヤリと笑う。


「ワインとの相性も抜群だからな」


 朝からワインを飲むのは感心しないけど。ま、ジャハナッグは人間じゃないし、その辺はどうでも良いか。


「あと、金はいつものようにディンが立て替えといてくれよ。今の俺は持ち合わせがないからな」


 ジャハナッグの言葉に俺も青筋が蠢いた。


「お前、いつもお金をいっぱい持っているようなことを言ってるけど、そのお金を出してくれたことって一度もなかったよな」


 俺は怖い目をして問い掛ける。


「そうだったか?」


 ジャハナッグはとぼけたように言った。


「ああ」


 俺はジャハナッグの頭を叩きたくなる。


「ま、あんまり小さいことは気にするな。奢って貰ってばっかりいるのも気が引けていたところだし、その内、利子も含めて一気にドーンと返してやるさ」


 ジャハナッグは大きく胸を張った。


 前は自分に奢る金は惜しむなって言ってたのに、今度は打って変わってドーンと返してやるか。

 

 ジャハナッグの言葉をどこまで信用すれば良いのか、俺には分からない。

 

「その言葉、信じたぞ」


 俺はジャハナッグの首根っこを掴みながら言った。


「じゃあ、飲み物は無難に喫茶店のコーヒーで良いか。持ち帰るとちょっと冷めちまうのが勿体ないが」


 リードは話を仕切り直すように言った。


 喫茶店はモーニングのサービスをやっているところも多いから、この時間なら店も開いているだろう。

 

「そうだな。でも、喫茶店のコーヒーはちゃんと豆を挽いて入れてくれるし、冷めても美味しいよ」


 挽き立ての豆のコーヒーは悪くない。


「そっか。前にも似たような話をしたが、寮の部屋に焜炉を設置できれば朝起きたらすぐにコーヒーくらい入れられるんだよな」


 リードは焜炉を使えるのだろうか。俺はまだ一度も焜炉を使ったことがないし、火の起こし方も良く分からないんだけど。


「火器が厳禁なのは分かるけどちょっと歯痒いぜ」


 火事が起きた時のリスクを考えればそうも言えないだろう。寮が全焼したりしたら死人も出るだろうからな。


「俺もその気持ちは良く分かるよ。【ラグドール】にいた時は朝起きればすぐにアリスがコーヒーを入れてくれたからな」


 アリスの輝く笑顔は俺の脳裏に焼き付いている。


「あのコーヒーの味は忘れられない」


 あのコーヒーの味はアリスでなければ生み出せないものだ。例え喫茶店のコーヒーでもアリスのコーヒーには適わない。


「そりゃ良い生活だよな。今の俺たちでも朝起きたらすぐに入れ立てのコーヒーが飲める方法はないものか」


 リードは眉根を寄せた。


「やっぱり、パーティーのメンバー全員が寝泊まりできるくらいの広さがあるホームを手に入れた方が良いんじゃないのか?」


 ジャハナッグは目の下を爪で掻きながら言葉を続ける。


「せっかく、新しいパーティーを結成したんだし、みんなで落ち着けるような場所はどうしたって必要だろ」


 まあ、正論だな。


「となると、三百万ルビィで明け渡すって言ってた部室棟の部室が狙い目だな。教室は幾らお金を積んでもまず明け渡してはくれないし」


 部室棟の部室は早めに手に入れておきたい。先を越さないとも限らないからな。


「だろうな」


 ジャハナッグは自分が言い出したことなのに、あまり興味のなさそうな顔をした。


「それなら、仕事をするしかねぇな。報酬を山分けにしなければ、昨日のような仕事を三回もやれば部室棟の部室は手に入るだろ」


 リードも昨日は十五万ルビィも手に入れたからな。もちろん、賭け事には絶対に使うなよときつく言っておいたけど。


「俺もそう考えていたところだよ。セティたちもお金にがめついわけじゃないから、話せばきっと協力してくれるだろうし」


 変な意地は張らずにここは協力を仰ぐべきだ。そうすればセティたちが成長するきっかけにもなるかもしれないし。


「そうだぜ。俺も協力してやるから早い内にホームを手に入れちまおう。ホームがなきゃ、本当の意味でパーティーが結成できたって気もしないからな」


 リードは鼻の頭を擦りながら笑った。


「ああ」


 俺は良い仕事があれば良いなと思いながら返事をした。


「よし。今はとにかく西館に行こうぜ。ジャハナッグを連れてくならエリュミナスには見つからないようにしないと」


 リードはブレザーの袖に手を通すとそう言った。


「俺はあんな奴を恐れたりはしない。ま、エリュミナスも校舎の中で喧嘩を売ってくるほど馬鹿じゃないさ」


 ジャハナッグは羽を少し広げて首を竦める。


「もし、そんなことをすれば校舎は炎で灰と化すだけだからな。ドラゴンの喧嘩の凄まじさは人間の比じゃない」


 厳密には悪魔の喧嘩だろと俺は言いたくなった。


 でも、ジャハナッグが悪魔なら、エリュミナスは一体、何だろうな。善神が生み出すものだから聖霊だろうか。

 

「何か最近、性格が丸くなったな、お前」


 俺は据わったような目でジャハナッグを見る。

 

「会ったばかりの時はなんて粗暴な性格をしてるんだと思ったけど、最近は人間以上の思慮深さを感じるようになったし」


 変わったと言うよりは今まで見せなかった一面を見せてくれるようになったと言った方が良いかもしれない。


「そう言われるとちょっと照れるな」


 ジャハナッグは頬を爪でカリカリと掻く。


「ま、成長するのは人間だけじゃないってことだ。悪魔だって経験を積めば否応なしに成長し、変わっていくものさ」


 ジャハナッグはキザな笑みを浮かべた。


「良い感じに変われれば良いんだけどな」


 俺もそう願うしかない。


「残念ながら悪魔の心はそう都合良くはできてはいない。まあ、それでも人間の心よりかは遙かにマシだろうけどな」


 悪魔は人間よりも残酷。その現実が分からないほど、俺もおめでたい人間にはなれそうにない。


「そうかい」


 俺は切実なものを感じながら苦笑した。


《第三章① 終了》




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