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第二章 新しいパーティーの結成⑧

 第二章 新しいパーティーの結成⑧


 食堂を出た俺はジャハナッグを肩に乗せながら、リードと廊下を歩いていた。


 本当は寮の部屋に帰るつもりだったのだが、俺が修練場に寄っていきたいというと、リードは不平を口にすることなくついてきてくれた。

 

 今日こそはガルバンテス先生が魔界でどんな生活をしていたのかを聞いておかないと。それを聞かなきゃ、気になって夜も眠れないからな。

 

 もちろん、ガルバンテス先生とは剣の手合わせもしてみたい。

 

 若かった頃の爺さんと競い合っていた人物に勝つことなどまず無理だろうが、それでも得るものは多いはずだ。

 

 ただ、あのギュネウスとは顔を合わせたくないんだよな。また、下賤の冒険者なんて言われたら嫌だし。

 

 何でガルバンテス先生の一番弟子ともあろうものがあんな嫌な奴なのだろうか。はっきり言って、理解に苦しむな。

 

 そんなことを考えながら、俺は明かりが灯っている修練場の建物に近づき、中を覗き込むと、そこにはたくさんの生徒たちがいた。

 

 生徒たちは規則正しい動きで、木刀を振るっていたのだ。

 

 それを見た俺はアルゴルウスの道場を思い出していた。あの道場と変わらぬ熱気が修練場には籠もっている。

 

 もちろん、修練場にはガルバンテス先生がいて、厳しい目つきで生徒たちの動きを観察していた。

 

「見学かな、ディン」


 ガルバンテス先生は口の端を綻ばせて俺を見た。


 他の教師たちの顔も見てきたけど、やっぱりガルバンテス先生が持つ貫禄には適わないよな。

 

「いえ、ガルバンテス先生には色々と聞きたいことがあって、ふらっと足を運んでしまったんです」


 俺は取り繕うように笑った。


 本当はふらっとどころか、ここに足を運びたくてウズウズしていたんだけどな。でも、そんな感情は見せられない。

 

「そうか。それで何が聞きたいのだ。私に答えられることであれば、包み隠さず全て答えよう」


 ガルバンテス先生は真摯な態度を見せる。俺もガルバンテス先生が嘘を吐くことはないと悟った。


「じゃあ、聞きますけど魔界ではどんな生活をしていたんですか?」


 俺の一番、知りたいことだ。


「宛てのない旅をするような生活をしていた。魔界の大地もこの世界と変わらぬ、魅力と豊かさを持っていたからな」


 ガルバンテス先生は遙か彼方を見るような顔をする。


「正直、それを見て回るのは悪い気分ではなかったよ」


 そんな言葉を聞くと、俺の頭にも魔界の情景が浮かんできそうだな。


 ひょっとしたら、魔界は汚い人間たちで溢れたこの世界よりもよっぽど良いところかもしれない。

 

 でなければ、エルフやドワーフ、妖精たちが暮らして行くことはできないだろうし。

 

「とはいえ、魔界の地を白い肌の人間が歩いていれば、ただでは済まんからな。だから、襲ってくる相手には事欠かなかったよ」


 ガルバンテス先生の声が硬質を帯びる。


「どんな奴に襲われたんですか?」


「大抵はモンスターだ。中には武器を手にした腕に覚えのありそうな人間たちも私に戦いを挑んできたな」


 ガルバンテス先生は指をパキパキと鳴らす。


 ガルバンテス先生も元々は軍人だった聞いているが、今でもその性は心に染みついているのだろうか。

 

「もっとも、そういう連中はみな返り討ちにしてやったが」


 ガルバンテス先生は戦士にしかできない笑い方をした。


「そうですか」


 俺は曖昧な表情を浮かべる。


 こんなに清廉なガルバンテス先生が、色んな人たちの命を奪ってきたところは想像したくなかったからだ。

 

 俺もまだ人を殺したことはないし、この手はまだ本当の意味で血で汚れてはいない。

 

「半端な戦い方は私の相棒であるヴァルケヌンスの魔剣も許してはくれん。この剣で斬り付けられた者はあっという間に命を奪われて死に絶える」


 末恐ろしいな。


「だからこそ、不必要な殺しもたくさんしてしまった。もっとも、そのおかげで私の年齢は二十歳以上、若返ってしまったが」


 ガルバンテス先生はとっくに老衰して死んでいてもおかしくない年齢なのだ。なのに、おかしな形で生かされている。


 いつか、そのツケを払う気がしてならない。


「辛いところですね」


 俺ごときが分かった風な口を効いてしまったが。でも、ガルバンテス先生は器の大きさを見せ付けるように露骨な顔はしなかった。


「ああ。誰かを守るための力だと言っておきながら、敵対する者の命は容赦なく奪い取ってしまう」


 ガルバンテス先生は憎々しそうに腰の魔剣を見た。その魔剣からはせせら笑いが聞こえてきそうな錯覚を覚える。


「その矛盾には私も苦しめられているよ」


 ガルバンテス先生は弱々しく笑った。たぶん、先生は口にしている以上に心をすり減らしてきたんだろうな。


「だからこそ、これから剣を扱う腕を磨こうとしている者には私のような生き方は絶対にして欲しくない」


 ガルバンテス先生の声に強い気迫が籠もった。と、同時に切実な願いのような感情も伝わってくる。


「ですよね」


 俺もそんな生き方には耐えられないだろうな。


「私も厄介な剣の所有者になってしまったよ」


 ガルバンテス先生は魔剣を手にすると、それを少しだけ引き抜いた。すると、たちまち紫色のオーラが膨れ上がる。


 俺はそのオーラに触れただけで肌が総毛立ってしまったし、ガルバンテス先生もすぐに魔剣を鞘に収めた。


 やはり、この魔剣の力は尋常ではない。


「分かる気がします」


 こんな剣は人間には扱いきれない。それは絶対だ。


「ああ。ただ肉体を滅ぼすだけでは死んでくれないのが悪魔の恐ろしさだが、正直、この剣を手にしたばかりの時は、私もその恐ろしさを理解してはいなかった」


 その時はガルバンテス先生も若かったと言うことか。


「理解した時は、もうこの剣の力に取り込まれていたからな」


 ガルバンテス先生は力なく言った。


「今からでもヴァルケヌンスの魔剣を手放すことはできないんですか?」


 この魔剣は人の心を汚す気がしてならなかったし、ガルバンテス先生にそんなものをいつまでも持っていて欲しくはなかった。


「できないな。この魔剣は人を引き寄せる力がある。例え、地中に埋めてもそれを掘り起こす人間が現れるほどだ」


 ガルバンテス先生も思いつく限りの手はとっくに試したのだろう。俺の浅知恵が通用するような剣ではない。


「どこかに隠して置くだけで、ことが済むなら私もこんなに悩むことはない」


 ガルバンテス先生は傲然と言った。


「もし、相応しくない人間がヴァルケヌンスの魔剣を手に入れたらどうなるんですか?」


 俺は寒気を感じながら尋ねる。


「魔王ヴァルストモロに利用価値がないと判断された人間なら、普通に命を吸い取られて死ぬ」


 なら、生きていられるガルバンテス先生は利用されているのだろうか。


「もし、そうならなければ、死なない代わりに心を支配されるだろうな。最悪、魔王ヴァルストモロを復活させるための血肉にもなりかねない」


 魔王ヴァルストモロに価値を認められ、また心も支配されなかった人間がこの魔剣の真の所有者になれるというわけか。


「そんなに厄介なんですか?」


 俺は戦慄してしまった。


「ああ。だからこそ、私もこの魔剣は手放せんのだ」


 ガルバンテス先生は深刻そうに言葉を続ける。


「多くの人間の命と引き替えに倒した魔王ヴァルストモロが復活するのは絶対に避けなければならないからな」


 安易な選択が、犠牲になった人たちの命を無駄なものにする。ガルバンテス先生はそれが許せないんだろうな。


「なら、ガルバンテス先生以外の人間が魔剣を手にするわけにはいきませんね」


 人間を若返らせる魔剣を手にしたくないと言ったら嘘になるが、今の俺には荷が重すぎる代物だ。


「今のところはな。だが、いつかは私よりもこの魔剣を手にするに相応しい人間が現れるだろうよ」


 ガルバンテス先生は老人のような笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「そうなれば私も解放される」


 ガルバンテス先生はポツリと言った。


「ひょっとしたら、君ならこの魔剣を受け継げるかもしれんぞ。何せ、あのシュルナーグの孫だからな」


 ガルバンテス先生はカタカタと揺れる魔剣を押さえつけた。


「無理ですよ。俺にそんな器はありません」


 目の前の魔剣は俺の命を欲しがっているようにも感じられたので、俺はゴクリと唾を飲み込んでしまった。


「その通りだ、下賤な冒険者。ヴァルケヌンスの魔剣を扱えるのは、この俺だけだと決まっている」


 横からあのギュネウスがいきなり割り込んできた。これには俺も弾かれたように魔剣から視線を逸らす。


「ギュネウスか。素振りを止めろとは言っていないはずだが」


 ガルバンテス先生は眉間に皺を寄せる。


「俺はもう千回の素振りを終えましたし、ガルバンテス先生が血迷ったことを言うのを聞いたから、こうして来てしまったのです」


 ギュネウスの物言いには俺も腹立たしいものを感じた。


「先生だって、俺がヴァルケヌンスの魔剣を手にしても心を支配されなかったのを見たでしょう」


 ギュネウスは誇るように言葉を続ける。


「なら、俺がヴァルケヌンスの魔剣を受け継ぐのに何の問題があるのですか?」


 ギュネウスは危うさを感じさせる自信を見せながら言った。


「魔王ヴァルストモロは戦士ではあるが、悪魔らしい狡猾さも持ち合わせている。私はお前が奴の罠に嵌まりはしないか心配しているのだ」


 ガルバンテス先生は嘆息しながら言った。


「そんな心配は無用です。俺の精神力なら魔王ヴァルストモロの支配に屈することなどありません」


 ギュネウスは退かない。


「かもしれん。だが、ヴァルケヌンスの魔剣は私が苦しみ抜いた末にようやく扱えるようになったものだ」


 ガルバンテス先生は渋面で更に口を開く。


「それを心身ともにまだ未熟なお前が簡単に扱えてしまったのはどうにも腑に落ちんし、私が良いと思うまで、お前にこの魔剣は渡せんよ」


 ガルバンテス先生の言葉にギュネウスは唇を噛んだ。


「そうですか」


 ギュネウスは握り拳を振るわせている。どうして、ギュネウスはこんな剣に執着するんだろうな。


 俺なら触りたくもないけど。


「そう焦るな。お前は私が育ててきた人間の中では一番、筋が良い」


 ガルバンテス先生はギュネウスの肩に手を乗せながら、やんわりと言葉を紡ぐ。


「後は心をより良い方向に育てていけば、必ずや私の後を継ぐことができるような者になれるだろう」


 ガルバンテス先生の言葉に曇っていたギュネウスの表情も晴れていく。


「その期待を裏切ってくれるな」


 ガルバンテス先生はそう優しく言い聞かせた。


「はい」


 ギュネウスは年相応の子供らしい返事をする。


「それが分かったなら、お前も食堂に行ってクラブサンドでも買ってきてくれ。私も腹が減ったし、食堂のクラブサンドの味は今でも変わっていないと思いたい」


 ガルバンテス先生の言葉には人間味が感じられた。


 そして、ギュネウスも頬を伝う汗を拭うと、俺の方はちらりとも見ずに修練場から出て行った。

 

「ギュネウスがヴァルケヌンスの魔剣を扱えるのは本当なんですか?」


 俺は危ぶむように尋ねた。


「それは間違いない」


 ガルバンテス先生も迷いなく言い切る。


「魔剣はギュネウスを第二の所有者と認めたようなのだ。ただ、私はギュネウスが魔王ヴァルストモロの復活への供物にならないか心配している」


 ガルバンテス先生は憂慮するように言った。


「なるほど」


 ガルバンテス先生は一番、弟子であるギュネウスのことを本当に気に掛けている。その師弟愛のようなものに俺は羨ましさを感じた。


「魔王ヴァルストモロは自分が肉体を持って復活するためなら、あらゆる誘惑をしてくるだろう」


 ガルバンテス先生もその誘惑と戦ってきたに違いない。それがどれだけの精神力を要するか俺には想像もつかないな。


「おそらく、今のギュネウスではそれには耐えられまい」


 ガルバンテス先生は現実感を滲ませながら言った。


「下手をしたら、ギュネウスの体は乗っ取られた挙げ句、ヴァルストモロの復活する際の依り代になるかもしれん」


 ガルバンテス先生はギュッと魔剣を握りしめる。


「それだけの力をこの魔剣の中に身を潜めているヴァルストモロの魂はもう保持しているのだ」


 ガルバンテス先生は確かな危機感を持って言葉を口から押し出す。


「命の力を得ているのは私だけではない」


 それが本当なら魔王ヴァルストモロはアルゴルウスよりもよっぽど恐ろしい奴なんじゃないのか。


「ガルバンテス先生が魔剣を所持して、他者の命を奪わないようにすることはできないんですか?」


 それができれば一番、良い。


「私はそこまでの聖人ではないよ。それにこの魔剣を所持する人間が持つ命への渇きは強烈だぞ」


 ガルバンテス先生はどこか自虐さを感じさせるように笑う。


「その渇きすら押さえ込めるとすれば、そいつは人間ではない。神か悪魔だ」


 ガルバンテス先生はそう断言すると、素振りをしている生徒たちに、足の運びが悪くなっているぞと檄を飛ばした。


 俺はガルバンテス先生が抱えているあまりにも大きな事情に打ち震え、簡単に自分と手合わせしてくださいなどとは言い出せなくなってしまった。


《第二章⑧ 終了 第三章に続く》



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