第二章 新しいパーティーの結成⑦
第二章 新しいパーティーの結成⑦
俺たちは食堂でパーティーを結成したことを祝う宴会を開いていた。テーブルの上には、たくさんの豪勢の料理が並べられている。
ま、デュラハンを倒したおかげでお金はたくさん手に入ったし、ここはケチケチせずに使ってしまおう。
それに、ここで器の大きさを見せておかないと、セティたちも本当の意味で俺をリーダーとして認めてくれない気がするからな。
誰かを認めることって、なかなか難しいものだ。
まあ、こんな時にアリスとチェルシーがいてくれれば、食堂の料理以上に美味しいものを作ってくれたんだけど、それは高望みだ。
ちなみにリードもセティたちも料理はほとんど作ったことがないらしい。ただ、カロリーヌだけは簡単なお菓子が作れるそうだが。
誰か本気で料理の腕を磨いてくれないかな。
「自分のお金で宴会を開いてくれるなんて、ディンも良いところがあるじゃない。さすがアタシたちのリーダーね」
セティはクスリと笑った。
彼女の言う通り、この宴会で使ったお金は割り勘などではない。全て俺の自費だ。が、痛い出費をしたなどとは思っていない。
いうなれば、ここで使ったお金は投資だ。いつか必ずもっと良い形で俺に返ってくると信じている。
「デュラハンを倒したのはセティたちなんだ。なのに、俺やリードまで報酬を貰ったんだから、これくらいはしないとな」
セティたちは俺やリードがデュラハンの報酬を貰うことに、何ら反対はしなかった。これには俺も意外なものを感じてしまった。
てっきり、報酬の分け前では、セティがいちゃもんを付けてくるものと思っていたし。
「それもそうね」
そう言うとセティはオレンジジュースに口を付ける。
「ま、ディンが引っ張って行ってくれなきゃ、絶対にデュラハンとなんて戦わなかったから、報酬の山分けくらい別に良いけど」
セティはさばさばと言った。
「そうだよ。報酬の分け前で争うのが一番、面倒なことじゃん。だからこそ、セティもそういうところはザックリしてるわけだし」
カロリーヌも報酬のことは何も気にしていないようだ。セティはハンスたちとは違う意味でお人好しに感じられるな。
「私は普通に暮らしていけるだけのお金があれば、それで良い。必要以上のお金があっても、身持ちを崩すだけだからな」
イルザはやはり堅実だ。
「それに、みんなは知っているか?」
イルザは顎をしゃくりながら口を開く。
「最近、この学院では賭博に関係するトラブルが増えているらしいぞ。女子たちの中にも賭け事にのめり込んでいる人間がたくさんいるし」
イルザの言葉に俺は嫌なものを感じた。賭け事は身を滅ぼす。それは俺も享楽者の父親のせいで、思い知らされていたし。
「そうか」
俺はどう答えて良いのか分からず、短い言葉を絞り出す。
「私も賭け事は嫌いじゃないし、ルームメイトの女子も賭け事をやってるから、その手の誘惑を振り払うのには苦労させられているよ」
イルザのルームメイトには会ってみたいな。
「俺も賭け事じゃ、散々、痛い目を見ているからな。だから、今は賭けるのは食い物だけにしているぜ」
リードが得意な話題になったことで、生き生きと口を挟んだ。
「それは良い考えだ」
イルザはカボチャのスープに口を付ける。
「だろ。ま、俺もパーティーの中に入ったんだ。ここにいるみんなに迷惑をかけないためにも、賭け事とは適切な距離を保つことにするよ」
リードは胸が透くような笑みを浮かべた。
「リードも成長したな」
俺は自分のことのように嬉しそうに言った。
迷宮に潜ったことでリードの意識にも変化が生じたらしい。それは決して悪いことではないはずだ。
「まあな。迷宮の中じゃ何もできなかったし、あれには俺も本気で落ち込んだよ。だからこそ、これからは俺も地道に自分の技術を高めていくさ」
今のリードならそれができると、俺も確信していた。そして、そんな話をしていると食堂の向こう側から声が轟く。
「よっ、お前ら。あのデュラハンを討伐したそうじゃないか。それなら、たんまり金を貰ったはずだし、俺にもなんか食わせてくれよ」
ジャハナッグが食堂を横切るように飛びながらやって来た。これには食堂にいた他の生徒たちも俺たちの存在に注目する。
俺ももっと声の大きさを加減しろよと、と毒づきたくなったからな。
「ジャハナッグ、君は自分が食べられないように気を付けた方が良いのではないか。ドラゴンの肉を食べたがっている人間はたくさんいるぞ」
ジャハナッグがテーブルの上に降り立つと、イルザがそう忠告する。だが、ジャハナッグはかつてのフィズのように動じたりはしなかった。
「俺は本物のドラゴンじゃない悪魔だ。俺の肉なんて食おうものなら、苦しみ抜いた末に死ぬことになるぞ」
確かに黒い体のジャハナッグの肉は食いたいと思えないからな。
「それは怖いな」
イルザは肩に掛かる艶やかな黒髪を掻き上げた。
「ああ。人間、如きが魔界にある瘴気を凝縮して作られたような、悪魔の体なんて食うもんじゃない」
ジャハナッグの言葉が本当なら、悪魔の肉は人間にとって猛毒だ。
「悪魔の肉を食えるのは、悪魔だけさ」
ジャハナッグは気取ったように言うと、更に口を開く。
「とにかく、俺はそのローストビーフを食わせて貰うぜ。ディンも俺には色々なことを教わったし文句はないよな」
ジャハナッグはウズウズするように爪を擦り合わせる。
「ああ。料理は足りなくなったら、追加するつもりだから大丈夫だ。どんなに食べても食堂の料理で、十万ルビィを越えることなんてないからな」
俺も宴会の席で野暮なことを言うつもりはない。
「そうこなくっちゃ」
ジャハナッグは我が意を得たりと言った感じで笑った。それから、俺たちは並べられた料理に遠慮なく手を付け始める。
「そういや、ディンの前のパーティーってどんな感じだったんだ。俺はそのことについてはほとんど何も知らないんだが」
リードはフライドチキンを噛み千切りながら言った。
俺も【ラグドール】の話をすることを意図的に避けていた。そうしないと、【ラグドール】のみんなと会いたくなってしまうから。
「前のパーティーにいた奴らは、みんなたいしたもんだったよ。ま、いざ語るとなると、けっこう難しいものがあるんだけど」
俺は興味深そうに耳を傾けたみんなに、【ラグドール】で体験したことを簡単に語って聞かせた。
「へー、そんなパーティーだったのか」
リードは感心するように言葉を続ける。
「お前も初めから【ラグドール】みたいな良いパーティーに巡り会えるなんてついていたよな」
そう言うと、リードはローストビーフを自分の皿に取り分けた。
「いや、本当についてたら、そもそも迷宮の最下層に飛ばされたりなんてしないって。ま、運命的なものは感じるけどな」
俺はウルベリウス院長の話を思い出しながら言葉を続ける。
「俺の爺さんもこの学院の生徒だったことがあるって言うし」
俺自身はその事実を全く知らなかったわけだから、やはり運命というものは存在しているのかもしれない。
「そうか。俺も最初から良いパーティーに入ってたら、もっと実力を伸ばすこともできたのに。やっぱり、きっかけって大切だぜ」
リードはしみじみと言った。
「それは言えてるな」
俺も【ラグドール】に入って後悔はない。
「ねぇ、あんたってアリス・アルヴェールのことが好きだったりする?あの子、凄く可愛いじゃない。性格も良いみたいだし」
セティが少し険のある顔で尋ねてきた。
「アリスをそんな風に意識したことはなかったな。俺は恋愛なんて、あまり興味なかったし」
アリスよりはレイシアの方を意識していた気がする。
「ふーん。でも、アリスはディンのことを意識してたんじゃないの。ただ、鈍いディンはそのことに気付かなかっただけで」
セティは意地の悪い言い方をした。
「何か前にも似たようなことを言われた気がするな」
俺は口元を緩めた。
「ディンは男の友情を大切にしてくれるからな。それは短い付き合いだが分かってるつもりだぜ」
リードが俺の肩を掴んだ。
「何かキモイ」
セティはじとっとした目で言った。
「私は【ラグドール】のメンバーが、みんなワインが好きだというところに共感を覚えるな。私もワインの味にはうるさいクチでね」
イルザは見るからに酒が好きそうだからな。いや、そんなことを言ったら失礼かもしれないけど。
「ワインはリーダーのハンスがいつも選んでくれていたんだ。ハンスの買ってきたワインは本当に良い味だったよ」
ハンスのワインを見る目は確かだな。
「そうか」
イルザはフッと笑うとジンジャーエールを口に流し込んだ。
「私はアリスやチェルシーって子の作る料理を食べてみたいかな。この食堂で出される料理よりも美味しいんでしょ」
カロリーヌはサラダにドレッシングを振りかける。
「ああ。アリスやチェルシーの作る料理は掛け値なしに旨い。それだけははっきりと断言できる」
俺は語気を強くして言った。
「じゃあ、機会があったら今度、食べさせて貰おうかな。もし、ディンの言う通りだったら、私も教えを請いたいし」
カロリーヌはコロコロと笑った。
「それが良いよ」
俺は屈託なく笑う。
そして、そんな話をしていると、リードが不意に神妙な顔で口を開く。
「こんなことを言うのは、本当に俺の柄じゃじゃないんだが、もし、この世界に人間を見守ってくれている神がいるのなら、その神は俺たちの学院を救うために、ディンを寄こしたのかもしれないな」
リードはいつになく真面目そうな声で言った。
すると、みんなの周りに漂っていた空気がガラリと変わる。
俺も思わず表情が固まってしまったし、どこか複雑な顔をしているみんなもリードの言葉には何か感じるものがあるようだった。
「さすがにそれはないと思うけど」
俺も自分が神に選ばれた人間などと自惚れるつもりはない。
「でも、現にお前は竜王ガンティアラスと魔獣アルカンデュラを倒しているじゃないか。それはお前がいたからこそできたことだと思うぞ」
リードだけでなくセティたちも真剣な顔をしていた。
「買い被りすぎだよ」
みんなの力があったからこそできたことだ。
「そんなことはないと思うけどな。やっぱり、この世界は勇者の孫を放っておくようなことはなかったってことだ」
リードはオレンジジュースを呷るようにして飲みながら言葉を続ける。
「俺も親族の中に偉大な人物がいたら、もっとパッとした男になれたかもしれないのになぁ」
リードは食堂の天井についている光石を見上げた。
「血筋なんてものに頼るのは良くないと思うけどな。やっぱり、大切なのは自分の努力だと思うし」
俺も誰かの影を感じながら生きるのは嫌だな。
「そうだな。でも、俺は運命ってもんを信じたくなったぜ」
リードの声のトーンが跳ね上がった。
「そういうことなら、この私も運命を感じさせて貰うことにしよう。ロマンティックなことは嫌いではないからな」
イルザは愉悦を感じさせるように笑った。
「アタシは運命なんてものは信じないけどね。いちいち自分の身に起きることに理由を考えてたら面倒で仕方がなくなるし」
セティらしい物言いだ。
ま、そういう考え方をしたがるのは、やはり占い師だろう。俺は占いなんてこれっぽっちも信じてないけど。
「私は格好良い男のこと運命的な出会いをして、恋をしてみたいな。こんな場所でも恋愛には憧れるし」
カロリーヌはやっぱり普通の女の子だな。
「もちろん、ディンは格好良いけど、私はあのアリスよりは可愛くないから、付き合うことには抵抗を感じちゃうよ」
カロリーヌだって十分、可愛いけど。まあ、それでもアリスや死んだレイシアと比べるのは酷だが。
「アタシは恋愛なんて面倒なもんはパス。実際、男子たちがアタシの暮らしてる部屋を見たらドン引きでしょ」
セティも自分の部屋が汚いという自覚はあるんだな。
「セティは私が幾ら部屋を片付けても、散らかしちゃうからね。それにこの暑さなんだからお風呂には毎日入ろうよ」
カロリーヌは隣にいるセティの頭の臭いを嗅いで顔をしかめた。
「お風呂は長い髪が濡れて、乾かすのが大変になるから嫌なの。ま、さすがに臭くなってきたら洗うけどね」
セティは手が油まみれになるのも構わず、素手で掴んだフライドチキンにかぶり付く。
「綺麗な金髪をしてるのに、その不潔さは勿体ないよ。ま、これまではシャンプーを買うお金なんて持ってなかったからしょうがないけど」
カロリーヌの言葉には同感だな。
「私はセティと同じ部屋で暮らさなくて心底、良かったと思っているよ。私も私のルームメイトもそれなりに綺麗好きなんでね」
イルザはしっかりしていそうだからな。
「俺もディンがルームメイトになってからは、清潔さを心懸けてるぜ。やっぱり、一緒に暮らしている奴に不愉快な思いはさせられねぇだろ」
リードが不潔ではないことには俺も助かっている。
「その辺の気配りはセティよりも男子生徒のリードの方が長けているようだな」
イルザは目を伏せて笑った。
「しかも、ディンとリードの髪の毛からはフローラルな香りがするし、頭を洗う時は高そうなシャンプーを使っていそうだ」
イルザは鼻も良いみたいだな。ワインにうるさい人間は鼻が良いというのは本当かもしれない。
「シャンプーを使いたければ俺が貸してあげるよ。そうすれば汗臭い匂いなんてたちまち吹き飛ぶさ」
俺は気前よく言った。
「良かったね、セティ。シャンプーなんて私たちの手には届かない品だし、それを貸してくれるって言うんだから」
カロリーヌの言葉にセティは複雑そうな顔をした。
「別に」
セティは素っ気ない顔でそっぽを向く。
「とにかく、俺たちも強い向上心を持って、【ラグドール】のメンバーに負けないようにしようぜ」
リードは清々しいくらい前向きだった。
「俺も今、変わろうとしなきゃ、もう変われるチャンスは巡ってこない気がするし」
そういうことを先延ばしにする人間に成長が見込めないのは確かだ。
「ああ。良い意味でも悪い意味でも人として完成してしまっている私は変わらないことが求められているが、セティやカロリーヌは違う」
イルザはどこか羨むような声で言葉をづける。
「二人ともまだ発展途上だし、それが二人の持つ可能性だと私も思っているよ」
大人と変わらない精神を持っているイルザもセティとカロリーヌには並々ならぬ期待を寄せているようだ。
「上手く乗せられているような気もするけど納得しておいてあげるわ。アタシもアムネイアスの元で魔法とか教えて貰おうかな」
俺が直に頼めばアムネイアスも了承してくれることだろう。ただし、禁術を使ってセティが死ぬようなことはないようにしないと。
どうしても使うなと言われてもセティの正確だと、その言葉を歯牙にもかけずに無視してしまいそうだからな。
もうレイシアの時のような悲しみは感じたくない。
「みんな良い顔をしているな」
ジャハナッグはローストビーフの塊に爪をブスッと突き刺す。
「まっ、今後も俺はお前たちの活躍を安全な場所で楽しませて貰うだけだし、例えお前たちが死ぬことになっても悲しみはしない」
ジャハナッグは口に入れたローストビーフの塊をクチャクチャと咀嚼しながら言葉を続ける。
「俺は悪竜ジャハナッグ様だからな。人間が死んだくらいで感傷に浸るのは柄じゃないのさ」
それを聞いた俺はいつかジャハナッグと戦うことにならなければ良いがと思いながら、厚切りのパンを齧った。
その後、俺たちは三時間くらい食堂に居座り続け、美味しい料理を食べ尽くすと、蟠りなくその場で解散した。
《第二章⑦ 終了》




