第二章 新しいパーティーの結成①
第二章 新しいパーティーの結成①
次の日、俺はどこか清々しさを感じながら起きた。
相変わらず朝日はない。
でも、今の俺には本物の太陽の光りが差し込んでいるような心地がしたのだ。それは悪くない感覚だった。
ちなみに、昨日はギュネウスとの戦いでかなり無茶な動きをしたせいで、腕の筋肉も痛かった。
でも、どんな疲れをも取るというクシャトリエルの作ったお湯の風呂に入ったら、不思議なくらい腕の筋肉の痛みもなくなった。
おかげで、今日は目覚めが良いし、やっぱり、クシャトリエルはサンクナートに殺させるわけにはいかないな。
俺はベッドから立ち上がると、食堂に行くことにした。喉も渇いていたし、腹も減っている。
ここが【ラグドール】の部室だったら、起きればコーヒーや紅茶が飲めたし、お腹いっぱいできたての朝食も食べられた。
って、前にも似たようなことを言ったな。いい加減、【ラグドール】への甘えは断ち切らないと。
俺は食堂に行く前に空腹が我慢できなくなったので、買い置きしてあったホビットのチョコレートを口の中に放り込む。
すると、とろけるような甘い味が口一杯に広がった。
これは高いチョコレートだから、一つ一つ味を楽しみながら大切に食べていたのだ。なのに、ジャハナッグには半分以上、食い尽くされてしまった。
なので、ベッドの下に隠したりもしたのだが、鼻の良いジャハナッグは簡単に見つけてしまうのだ。
朝起きたら、チョコレートの包み紙が散乱している。それを見た時はさすがに俺も頭から湯気が出そうだった。
俺は西館で売っているお菓子が半額で買えて良かったと思いながら、まるで宝石を愛でるような目をしてチョコレートの味を堪能した。
「ふぁー、おはよう」
リードは腕を伸ばすと、寝惚け眼を擦りながら笑った。今日はこいつにしては、起きる時間は早い方だった。
「起こしちまったか。まあ、俺はこれから食堂に行くから、お前は好きなだけ寝ててくれて良いよ」
俺は四つ目のチョコレートを口の中に放り込むとそう言った。人の安眠を妨害する趣味は俺にはないからな。
「なら、俺も食堂に行くよ。今日はガッツリ、ビッグボアのスペアリブが食べたい気分なんだ」
リードは今日も元気が良さそうに言った。
まあ、朝からスペアリブが食えるなら、本当に元気が良いのだろう。俺は朝はベーコンとパンくらいしか食えないからな。
いつかガルバンテス先生のような屈強な人間に成長できるように、体の育ちを良くするものは食べた方が良いかもしれない。
成長期の俺にとって体作りは大切だからな。
「言っておくが、俺は奢らないぞ」
俺はそう前置きをする。俺の後を付いてくればタダ飯に有り付けると思ったら大きな間違いだ。
ジャハナッグはともかく、リードを甘やかすことで得られるメリットは俺にはないからな。
「分かってるよ。ったく、生徒会ももうちょっと生活保護の金を増やして欲しいね。昨日は二時間もトイレ掃除をしたんだから」
リードもトイレ掃除の時は顔から汗をダラダラと流していたからな。ま、トイレがそんなに臭くなかったことには救われたようだったが。
「俺も手伝ったからな」
俺は苦労には慣れているので、そんなに大変には思えなかった。でも、女子のトイレを掃除するのは精神的な抵抗があった。
「それについては感謝してる」
リードはニカッと笑うと言葉を続ける。
「やっぱり、学院の仕事は雑用じゃなくて、委員系を狙うべきだったか。でも、委員系の仕事はけっこう頭を使うって言うからな」
リードは頭の後ろに手を回した。
「図書委員なんか良いと思うんだけどな」
俺はフィオナの顔を思い出しながら言った。
でも、リードが図書委員って言うのはイメージ的に合わないよな。ま、そんな本音は口には出さないが。
「ああいう人気のある仕事は競争率が高すぎてとても手が出せねぇよ。元々の図書委員だった奴らも幅を効かせてるからな」
「そうか」
「暑くもなければ寒くもない部屋で、本や貸し出しカードを整理するだけで金が貰えるなんて詐欺だよなぁ」
リードはそうぼやいた。
「その言葉は図書委員に失礼だぞ」
フィオナなら、そんな言葉を聞いても失礼には思わないかもしれない。でも、他の奴がそうだとは限らないからな。
どんな仕事にも誇りを感じている奴はいる。
「本当のことだからしょうがないだろ。汗を掻きながらトイレの掃除をしている奴らの身にもなって貰いたいぜ」
もっとキツイ仕事もありそうなんだけどな。
「そんなに単純な肉体労働が嫌なら、迷宮に潜れば良いのに」
迷宮に関する仕事は実入りも良いし、トイレ掃除よりかは体も鍛えられるぞ。ただし、命の保証はできないけどな。
「それにはパーティーに入る必要があるだろ。俺って人間関係とか苦手だからなぁ。そもそも協調性って、言葉自体が嫌いだし」
「分かる気がするよ」
俺だって協調性があるとは自信を持って言えないからな。
でも、リードもお調子者の性格をもう少し改めれば、みんなと仲良くすることはできる気がする。
少なくとも、出会ったばかりの頃のモリエールよりは百倍マシだ。
「とにかく、俺も酪農委員に鞍替えさせて貰うかな。そうすりゃ、朝から絞りたての牛乳が飲めるし」
「そういえば、この学院じゃキラー・バファローの飼育もしているんだよな。あんまり大きくない運動場に飼育小屋とかあったし」
校門とは反対側にある裏門の方には運動場があり、そこには飼育小屋だけでなく農園などもあった。
魔界から運ばれてきた豊かな土を使えばどんな野菜もあっという間に育つって聞いているからな。
大好きなトマトの収穫の時は俺も農園の仕事を手伝いたいくらいだ。取れたてのトマトを食わして貰えそうだからな。
「あの飼育小屋は元々あったもんじゃないぞ。学院が飛ばされてから、作られたもんだからな」
俺もそう聞いている。大体、普通の学校の運動場に飼育小屋があったりしたら、あまりにも不自然だからな。
「しかも、あの飼育小屋の建築は俺も手伝ったんだぜ。重たい資材を持たされて参っちまったよ」
リードはその時の疲れを思い出したのか引き攣った顔をした。
「しかも、あれだけ働いてその報酬が、牛乳一本とか舐めてんのかと思ったぜ。もっとも、あの頃は理不尽なことを上げればキリがなかったけどな」
その頃は死人だってたくさん出たって聞いてるし、グチグチ言うなよ。校舎裏の墓地で眠っている死人に怒られるぞ。
「そうか。でも、自給自足って良いよな」
俺はニヤッと笑った。自分で育てた物を食べるという行為はとても健康的な気がするのだ。
俺も故郷の村いた時はそうだった。とはいえ、村の仕事を手伝ったことなんてほとんどなかったけどな。
俺は剣術の稽古をしたり、本ばかり読んだりしていたから。ま、人にはそれぞれ適した仕事があるってことだ。
俺は体と頭を両方使う冒険者が性に合っている。
「ああ。俺も学院が飛ばされたばかりの時は絶対に餓えて死ぬなと思ったもんさ。でも、今は見事に自給自足の生活ができてる」
リードは壊そうな顔をしながら口を開く。
「それってなにげに凄いだろ?」
リードは同意を求めるように問い掛けた。餓えて死ぬかもしれないって言う恐怖は、確かに尋常なものじゃない気がするよな。
水を作ってくれるクシャトリエルもいつから居たんだか分からないし。
「そうだな。でも、ラムセスはそれくらいのことはできるって分かってて学院を迷宮に飛ばしたんだろ」
じゃないと説明が付かないことが多すぎる。
「だとすれば奴の掌の上で踊らされているような気もするよなぁ」
全てがラムセスの計算通りに進んでいるとしたら面白くない。ないが、それに抗う術は今のところない。
「ああ。実際、ラムセスは相当、色々なことに気を遣ったと思うんだよ。そう思える部分がこの迷宮には随所にあるし」
リードは天井を見上げながら言った。
まあ、迷宮に押し込まれた町なんて最たる例だろうし、ただの復讐に、ここまで大がかりなことをする価値はあるのだろうか。
「学院を飛ばしたのは本当にただの恨みによる行動だったのか、正直、疑問だぜ」
ラムセスが辿り着いた時、迷宮の最下層には本当に何もいなかったのかな。
「そうだな」
俺は深く考えるような顔をした。が、リードは明るい声を出す。
「ま、今は小難しことを考えるのは止そうぜ。俺はさっさと食堂に行ってスペアリブが食べたいからな」
リードは大きく伸びをしながらそう言った。
「ああ」
俺も頷くと、リードと一緒に寮の部室を出ようとする。すると、ジャハナッグが入り口の扉を開けて現れた。
「よっ、どこかに行くなら俺も連れてってくれよ。ちょうど暇を持て余していたところなんだ」
ジャハナッグは俺の目の前でパタパタと飛んでいる。こんなに小さい羽でも宙に浮けるのは、何だか手品を見せられているみたいだ。
「俺たちはただ食堂に行くだけだ」
俺は相手にするのが面倒くさく感じられたので少し嫌な顔をしてしまった。
「なら、一緒に行く。俺もまだ朝食は食べてないし、久しぶりにコカトリスのゆで卵が食べたいからな」
ジャハナッグは舌なめずりをする。
ま、ジャハナッグは食堂に行ってもタダで料理が食べられるし、リードみたいに奢ってくれとは言わないから良いが。
「ゆで卵も良いよな。中が半熟になってる卵にソースをかけて食べるのは最高だし、ワインとの相性も良いぜ」
リードもグルメだな。
「さすがリードは分かっているな。しかも、コカトリスの卵は普通の鳥の卵とは違って、味がもの凄く濃厚だからな」
ジャハナッグの濃厚という言葉を強調する。俺もトロトロになっている黄身を思い出し唾液が出るのを感じた。
「ディンも食べて見ろよ。きっと病み付きになるぜ」
なら懐には余裕があるし、食べてみるか。
「そうか」
俺が頷くと、ジャハナッグは俺の肩にフワリと乗った。それから、俺はリード共に食堂に向かって歩き始める。
すると、すぐにジャハナッグが話を振ってくる。
「にしても、お前はいつまでノンビリしているんだ。新しいパーティーを結成するって言い出してから、もう何日も経つが」
ジャハナッグの言葉に俺は浮かない顔をする。
「お前の活躍は俺も楽しみにしているんだから、いつまでもダラダラしてるなよ」
ま、それはジャハナッグだけではないだろう。
でも、活躍ができないような人間を集めて活躍しなければならないことが、今の俺に求められているのだ。
だから、腰も重くなる。
「そうだな。なら、冒険者の館の掲示板にパーティーのメンバーを募集する貼り紙でもしてみるか」
どんな人間が集まってくれるか楽しみだ。だが、それを聞いたジャハナッグはすぐに険しい顔をする。
「それは止めた方が良いぞ」
ジャハナッグの声が耳の奥にまで届く。
「自覚がないようだが、お前はかなりの人気者だし、そんなことをした日にはたぶんお前のところに生徒たちが殺到するぞ」
ジャハナッグは理路的に言葉を続ける。
「そいつら全員の相手をするのは正直、疲れるだけだぜ」
せっかく来てくれた奴を追い返すのは精神的にも辛いからな。しかも、一人や二人ではなく大勢となると、相当、しんどくなる。
「なるほど」
「仲間を探したければ仲介屋を利用することだな。仲介屋なら、お前の希望に添うような生徒もピンポイントに探してくれるし」
自分のパーティーに入れたい人間の情報が得られると言うことか。
「でも、金を取られそうだな」
タダと言うことはないだろう。
「取られるって言っても少しだけさ。お前だってパーティーのメンバー選びは失敗したくないだろうし、こういう時に使う金は惜しまない方が良いぞ」
ジャハナッグの言葉にはいつになく説得力があった。
「なら、俺も仲介屋を利用してみるよ」
ここはジャハナッグの言葉には素直に従った方が良いな。何事も経験が大事だし、利用できるものは何でも利用してみよう。
「それが良い。仲介屋なら寮の部屋に居るはずだから、朝飯を食い終わったら行ってみようぜ」
ジャハナッグがそう言うと、俺はコカトリスの卵の味を想像しながら食堂に向かって歩を進めた。
《第二章① 終了》




