第一章 豪傑の魔将④
第一章 豪傑の魔将④
夕方になると俺は図書室に行く。
すると、貸し出しカウンターはいつものようにフィオナがいて貸し出しカードの整理をしていた。
俺は本の匂いを肺いっぱいに吸い込みながら、図書室の奥にある本棚に行く。今のところ、フィオナが俺の存在に気付いた様子はない。
どうやら、熱心に図書委員としての仕事に取り組んでいるようだ。
俺は前から読もうと思っていた本を手に取る。借りようとしているのはやっぱり前と同じ物語の本だった。
物語のように全てが上手く行けばどんなに楽か。
少なくとも、今、俺が置かれている状況が物語だったら、レイシアのような女の子は死ななかっただろうな。
やっぱり現実は過酷だ。
俺は借りたい本を手にすると貸し出しカウンターに近づいていく。そして、貸し出しカウンターに本を置くとフィオナが顔を上げた。
「あ、ディン君じゃないですか」
フィオナは栗色の三つ編みを揺らしながら笑った。その顔には分厚いレンズの眼鏡もかけているが根暗さは全く感じられない。
戦いとは無縁の生活をしている図書委員のフィオナの笑顔にはどこか癒しを感じてしまうんだよな。
「ここのところ姿を見てなかったから、何かあったんじゃないかって心配してたんですよ。でも、その顔を見るに元気そうですね」
フィオナは表情を綻ばせる。確かに色々なことがあって、本を借りるような気分ではなかったからな。
でも、気持ちに余裕ができたからこそ、本も読みたくなったのだ。
「ああ。心配させて悪かったし、こうしてまた本を借りに来たよ。でも、相変わらず図書室は良い空気が漂ってるな。暑くもなければ寒くもない」
図書室にいると汗が引いていくのが分かる。まるでこの図書室だけ春のような陽気になっているのだ。
なので、図書室から出たくないという気分にもさせられる。
「本が傷まないように温度や湿度管理の魔法が働いていますからねぇ。もちろん、人間にとっても居心地の良い空間にはなっていますよ」
そんな便利な魔法があるなら、【ラグドール】の部室にいた時も使えば良かったな。ま、簡単な魔法じゃないんだろうけど。
「なるほど」
「でも、それを良いことに本を読むわけでもなく、図書室に居座っている生徒も多いんですよねぇ」
俺は図書室にいる生徒たちを見たが、一応、みんな本は読んでいた。
フィオナが言っているのはごく一部の生徒だけだろう。少なくとも図書室はみんなの憩いの場であって欲しい気がする
「もちろん、そういう生徒を無理に追い出すことはできませんが、図書委員の私としては複雑な気分です」
フィオナは苦笑する。
やっぱり、図書室に来たからには本を読んだり借りたりしないといけないよな。でも、図書室で涼みたくなる生徒たちの気持ちも分かる。
「それに、図書室でパンやお菓子を食べたりするのも止めて欲しいんですよねぇ。本が汚れてしまいますから」
フィオナは貸し出しカードをトントンと音を立てて一つに纏めた。
「まったくだな」
図書室の本は大切に扱って欲しい。それでなくても、この図書室にはけっこう貴重な本が置かれているんだから。
借りた本にパン屑が挟まっていたら、どんなに嫌な気持ちになるか、そういう連中には分からせてやりたい。
「とにかく、新刊コーナーには新しい本を置いてありますから、チェックしてみてくださいね」
フィオナは新刊コーナーの方に視線を向ける。確かにそこには新しい本が書店で売られるように平積みされていた。
「転移の魔方陣を使えるだけの冒険者ランクを持った図書委員が色んな本を買ってきてくれましたから」
フィオナも自分の目で本を選びたかっただろうな。
冒険者としての活動をすれば、自然とできることも広がるというのに。本の世界に浸ることで満足してしまうのは勿体ない気がする。
「分かった」
俺は微笑しながら言葉を続ける。
「それはそうと、フィオナはいつも図書室にいるけど、たまには迷宮で冒険でもしてみたいとか思わないのか?」
俺は穏やかな声音で言葉を続ける。
あまり踏み込んだことを言うと、不愉快にさせてしまうからな。
ま、フィオナはおっとりし他姓格をしているし、少々の言動で気に触ったような顔はしないだろうが。
「俺、新しく結成するパーティーのメンバーを集めてるし、もし、良ければフィオナにも加わって欲しいんだけど」
誰かパーティに加えられるような人間がいないかと考えた時、ふとフィオナの顔が頭に浮かんだのだ。
だから、図書室に来る前に、誘う心積もりはしていた。
「前に冒険者になるための登録は一応、してあるって聞いたし」
でも、冒険者としての活動の実体がないことはフィオナの口から直に聞かされている。
「ありがたいお誘いなんですけど、私じゃ足手まといになるだけですよ。戦いとか本当に駄目なんです、私」
フィオナはどこか寂しげに見える笑みを浮かべた。
「そっか」
まあ、予想していた反応だな。
本を読むことが好きな女の子にいきなりモンスターと命懸けの戦いをしろというのは、さすがに酷だし。
「ディン君はどうして新しいパーティーを結成しようとしてるんですか?もしかして、【ラグドール】のメンバーと喧嘩でもしたんじゃ」
フィオナが気遣うような視線を向けてきたので、俺は誤解がないように慌てて首を振って見せた。
「違うよ。俺たち【ラグドール】のメンバーは生徒会から不活発な冒険者の指導と育成を頼まれているんだ」
俺はスラスラと言葉を続ける。
「だから、ラグドールのメンバーは一人一人がリーダーとなって新しいパーティーを結成することになったんだよ」
ハンスたちは上手くやれているだろうか。
世渡りの上手いハンスとアリスは大丈夫でも、カイルやチェルシー苦戦していそうだからな。
でも、俺はみんなの力を信頼している。
「なるほど。だから、冒険者としての活動をしていない私もパーティーのメンバーになるように誘ってくれたんですね」
フィオナも得心がいったような顔をした。
「ああ。とにかく、最初は足手まといでも良いんだ。戦い方なら、少しずつ学んでいけば良いし」
命が掛かっているだけに、下手に焦らすようなことはしない。でも、パーティーに入ってくれたら戦い方を手取り足取り教えてあげるつもりだ。
「でも、私はやっぱり駄目です。戦うことも嫌いなんですけど、生き物を殺したりすることはもっと嫌いですから」
女の子なら、それが普通だし、それは俺も承知している。
「たぶん、無理をしても耐えられません」
フィオナは顔を小刻みに震わせた。
「そうか」
「まあ、そう言いつつも物語の本に出て来る戦いのシーンなんかはけっこう好きなんですけどね」
フィオナは一転して悪戯っぽく笑う。
「もっとも、本の中だからこそ許されることもあると言うことなんでしょうけど」
当たり前だが本と現実は違うからな。全ての人間の人生がハッピーエンドでは終わるわけではない。
それは校舎裏の墓地を見れば分かるだろう。
「だよなぁ」
断られるとは分かっていたけど、それでも俺はがっかりしていた。
「とにかく、不活発な冒険者なら、たくさんいますから他を当たってください。何なら、私の知り合いを紹介してあげても良いですよ」
フィオナは眼鏡のフレームを指で摘む。
「いや、そこまではしてくれなくて良いよ」
俺は首を振りながら言葉を続ける。
「俺もパーティーに加えるメンバーは誰でも良いなんて思ってないし、フィオナだから誘ってみたんだから」
その言葉に偽りはない。
「それは光栄です。でも、それだけにディン君の気持ちを裏切ってしまったことには胸が痛みますねぇ」
フィオナは俺が借りようとしていた本の貸し出しカードを抜き取ると、それにハンコを押す。
「気にしなくて良いよ」
しつこく誘うつもりはないし、断られたからと言って変に根に持つようなこともしない。フィオナとはこれからも長々と付き合っていきたいからな。
「はい。まあ、不活発な冒険者を指導し育成していくなんて大変なことだとは思いますが頑張ってください」
そう言うと、フィオナは俺に貸し出す本を手渡した。
《第一章④ 終了》




