第一章 豪傑の魔将③
第一章 豪傑の魔将③
俺たちはアルゴルウスの道場から出ると町の中を見物して歩いていた。
すっかりアルゴルウスに圧倒されてしまった俺は意地を張る気もなくなったのでリードとジャハナッグに食べ物を買ってやった。
でも、ジャハナッグはともかく、リードはあまり食欲を見せなかった。
アルゴルウスほどの相手と対峙したのはリードも初めてだったのだろう。なので、心の芯のようなものが折れてしまうのも無理はなかった。
俺だってアルゴルウスと戦う勇気なんて、これっぽっちも持てないからな。だからこそ、仲間の協力が必要になることをひしひしと感じていた。
とはいえ、不活発の冒険者たちでは、ただの足手まといにしかならないだろう。束になって掛かれば勝てるような相手じゃないことは間違いないし。
となると、不本意ではあるが、またハンスたちの力を借りることになるかもしれない。でも、それは不活発の生徒を指導し育成した後になる。
他のパーティーやギルドではアルゴルウスには勝てそうにないし、たぶん【ホワイト・ナイツ】でも無理な気がする。
いずれにせよ、アルゴルウスに打ち勝つには相当な時間が掛かりそうだな。
「ありゃ絶対に勝てねぇな。俺はあんな奴と戦うなんてご免だぜ。命が幾つあっても足りねぇや」
鳥の串焼きを食べ終えるとリードは暗い顔で言った。
「お前には何も期待してない」
俺はにべもなく言った。
「そういう言い方はないだろ。俺だってアルゴルウスをこの目で見るまでは、自分でも何とかなるんじゃないかって思ってたんだぜ」
それはリードだけではなく、俺も同じだった。
「自分のことをたいしたことないなんて卑下したこともあったが、心の底ではナイフの扱いには自信があったんだ」
リードのナイフさばきは卑下するようなものじゃないからな。
「でも、実際にアルゴルウスを見たら、そんな気持ちも吹き飛んじまったし、死んでも勝てない相手だってことを思い知らされたよ」
リードは肩を落とした。
「だけど、迷宮を制覇するには、そういう相手との戦いも避けられない。だから、俺もどんな手を使っても打ち勝って見せるさ。でも、一人じゃさすがに無理だ」
自分の力を過信するつもりはない。
「なら、せいぜい実力のある奴をパーティーに入れてくれよな」
リードは人事のように言った。
「そうしたいところだけど、今はオリヴィエの頼みを優先しなきゃならない。だから、不活発な冒険者を仲間にするさ」
アルゴルウスと戦うのは後回しだ。まあ、時間はたくさんあるから、一つ一つこなしていこう。
「そっか。ま、アルゴルウスと戦わないって言うなら、俺もお前のパーティーに入れさせて貰うぜ」
現金な奴だ。
「だけど、俺もいつかはアルゴルウスと戦うぞ」
俺は目力を強くして言った。避けられるような戦いではないし、その時は俺もレイシアのように命を捨てるしかない。
「分かってるよ。俺もその時になって怖くて逃げ出さないように自分を鍛え上げるさ。ま、一朝一夕にどうにかなる話じゃないが」
リードはネクタイを緩めた。
「二人ともアルゴルウスは折り返し地点のボスに過ぎないってことを忘れてくれるなよ。地上まではまだゲートが幾つもあるんだぜ」
ジャハナッグはおどろおどろしそうな声で言葉を続ける。
「当然、アルゴルウスよりも手強いボスは出て来るだろうな」
追い打ちをかけるような言葉に俺の心もドーンと沈み込んだ。
アルゴルウスよりも強いって言ったら、本当に神クラスの相手だろ。一介の冒険者にすぎない俺はどこまで強敵と戦わなきゃならないんだ。
「それを言ってくれるなよ」
リードは胃の辺りを手で押さえながら言った。ジャハナッグの言葉にさすがのリードも胃が痛くなったのかもしれない。
「まったくだ。でも、アルゴルウスほどの奴が、ラムセスの作り上げたゲームに付き合ってるってことだよな」
俺は唐突に沸き上がってきた疑問を口にする。
「そんなことってあり得るのか?」
俺の問い掛けにリードとジャハナッグは目を点にした。
「他のボスはともかく、アルゴルウスはこの手のお遊びに付き合うような奴だとはどうしても思えないんだけど」
まあ、俺も悪魔には違いないアルゴルウスの心の内を推し量ることなどできないが。
「お遊びでは済まされないような計画が裏で進行しているんじゃないのか。ぞっとしねぇ話だが」
リードにしては的確な言葉を口にした。
「ジャハナッグ、お前は迷宮の外には出られないのか?お前の体なら、鉄格子の扉を潜り抜けられそうだけど」
俺の言葉にジャハナッグは首を振る。
「無理だ。あの扉には防護壁が貼られている。小さな使い魔みたいな奴を通らせようとしても弾かれちまうよ」
ジャハナッグはなよなよした声で言った。
「そんなに上手い話はないか」
ま、分かっていたことではあるが。
「ああ。でも、できることなら俺も一度、地上に戻ってみたいし、ゼラムナート様と良く相談してみるよ」
ゼラムナートなら絶対に地上には戻れるのだ。なら、何か手はあるに違いない。
「そうしてくれ」
俺がそう言うと、リードは肩をグルリと回した。
「とにかく、今日はもう学院に戻ろうぜ。腹も一杯だし、早く寮の部屋に戻ってゆっくりしたい」
リードはそう声を張り上げた。
「俺も同じだよ。食べ物の店がたくさんあるって言うのに、食欲が全く沸かなくなったのは残念だ」
俺だって肉巻きは食べたかった。
「食い物屋は逃げたりはしないから心配するなよ。食べ歩き、いや、食い倒れは次に来た時にすれば良いさ」
ジャハナッグは唾液の滴る牙を覗かせる。
「次も奢らなきゃいけないのか」
食い倒れなんて冗談だろ。
「当然だろ。食い物を奢って貰うくらいの情報はお前には渡しているつもりだぜ。俺との友情を保ちたければ食い物に使う金は出し渋るな」
ジャハナッグはもっともらしいことを言った。
結局、ジャハナッグのために使ったお金は帰ってこないってことじゃないか。学院の金で返してやるとか調子の良いことを言ってたくせに。
「随分と安っぽい友情に思えるな」
俺はげんなりした。
でも、ジャハナッグがこれからの冒険に役立つことは間違いないので、突っぱねることもできない。
「俺は学院の仕事をしっかりとやらないとな。じゃないと、また生活保護を支給する生徒会から文句を言われちまう」
リードは頬をボリボリと掻きながら言葉を続ける。
「でも、この暑さでやるトイレ掃除は骨が折れるんだよな」
リードはネクタイを引っ張る。
「なら、俺も手伝ってやるよ。リードは俺が結成するパーティーの最初のメンバーだからな。その程度の手伝いなら、問題はない」
リードが倒れたりしたらルームメイトの俺が困る。
「学院のトイレ掃除を甘く見るのは危険だぜ。ま、手伝ってくれるって言うなら、正直、ありがたいけどな」
リードがそう言うと、俺たちは話す言葉も尽きかけていたので、これ以上の寄り道はせずに学院へと戻ることにした。
《第一章③ 終了》




