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第一章 豪傑の魔将②

 第一章 豪傑の魔将②

 

 俺は第四階層の町にあった神殿に酷似した広い空間を見る。

 

 床には大きな転移の魔方陣が描かれているし、周りには学院の生徒たちがちらほらといた。

 

 この神殿を出た先に第三階層の町があるのだろう。

 

 今のところ学院の生徒たちの姿もあるし、怖いというほどじゃないが、それでも緊張は感じた。

 

 俺は神殿の広い空間を出ると、そのまま回廊のような通路を進んでいく。

 

 そして、入り口の外に出ると、通路の中に押し込まれた町を見ることができた。

 

 壁をくり貫いて作られたような町だったが、第四階層の無機質な町とは違い何とも文化的な匂いが感じられた。

 

 建物の外観も様々だったし、石だけではなく温かみのある木がふんだんに使われた建物もけっこうあった。

 

 通りを照らす光りの色もバリエーションに富んでいるし。

 

 その上、ここから見える通りには雑多な雰囲気を感じさせる店が軒を連ねていたからな。

 

 しかも、カウンターが通りに面しているので、売られている物を見るために通行人が足を止めている。

 

 ちなみに売られているのは主に食べ物のようだった

 

 ま、簡単にいってしまえば、通りの入り口から大都市で開かれるような自由市場の雰囲気が漂って来るのだ。

 

 何かの食べ物に使われているような芳醇なスパイスの香りも漂ってくるし。

 

 しかも、道を歩いているのは人間だけでなく、オークやリザードマンたちもいた。これには身構えたくなるような気持ちになる。

 

 が、モンスターたちは肉の串焼きのようなものを美味しそうに食べているし、人間の近くを通っても敵意を見せることはなかった。

 

 それを見た俺はここも人間にとって悪い町ではなさそうだなと思うと、人やモンスターがたくさんいる通路を歩き始める。

 

「ここが第三階層の町か。食い物ばっかり売っているが、他に何か見るべきものはあるのか」


 リードは様々な豆が売られている店で足を止めた。豆は試食が出来るので、リードは掌一杯に豆を掴むとそれを口に放り込んだ。


 俺も豆を食ってみたが、何とも癖になるような味がした。


「第三階層の町には豪傑の魔将アルゴルウスがいるって言うんだよ」


 俺は冒険者の館の掲示板に書いてあったことを思い出す。


「アルゴルウスはこの町の支配者なんだけど、自分の開いている道場で人間やモンスター相手に剣術も教えてるって話さ」


 アルゴルウスは伝説では生粋の武人として知られている。だから、道場の一つや二つは持っていても不思議ではない。


「しかも、そのアルゴルウスが第三階層のボスらしくて、自分に勝ったらいつでもゲートの鍵を持っていって良いって言うんだよ」


 アルゴルウスはかなりの自信家と見た。だが、その自信に裏打ちされたような実力があると言うことだろう。


 絶対に甘く見られる相手ではない。

 

「そりゃ楽で良いな。つまるところ、迷宮のモンスターと戦わずに、ボスの元に行けるってことだろ」


 リードは俺とは違い短絡的な考え方をする。


「ああ」


「それなら、幾らでも戦い用はあるぜ。いっそのこと大勢で戦いを挑んで、アルゴルウスの首を取ったらどうだ?」


 それは俺も考えた。


 アルゴルウスは戦う人数について制限をしているわけではないと言うからな。

 

「豪傑の魔将アルゴルウスはお前らが思っているほど甘い相手じゃないぞ。三十匹のドラゴンを一度に相手にして、打ち勝った伝説は嘘じゃないからな」


 ジャハナッグが口を出す。


「それに、あまりにも卑怯なことをすれば、この町の住人、全てを敵に回すことにもなりかねない」


 それは恐ろしい。


「やっぱり、無駄な死人を出さないためには、なるべくフェアな戦いをした方が賢明だろうな」


 町の住人は良く鍛えられた戦士が多いと言う。そんな奴らを全て敵に回したら、大変なことになりかねない。


「ああ。とにかく、アルゴルウスはあのアルカンデュラよりも手強いと見て間違いないだろう」


 そう言うと、俺はレイシアの死を思い出したので、胸がチクッとする。


「となると、ハンスたちが一緒にいても勝てるかどうか」


 まあ、例えアルゴルウスと戦うことになってもハンスたちの力はなるべくなら借りたくはなかった。


 新しいパーティーで頑張るって決めてるし。

 

「ま、いつでも挑戦できるなら、もっと気楽に考えようぜ。アルゴウルスは逃げも隠れもしないんだろ」


 リードは俺の肩を叩いた。


「そうみたいだな」


「じゃあ、これからどうするんだ?食堂で朝飯を食ったばかりだが、特に計画がないなら食べ歩きでもしようぜ」


 リードの言葉にジャハナッグが目を輝かせる。


「よし、そういうことなら俺は肉巻きを食べるぞ。あの甘辛そうなタレを見ていると、涎が出て来そうだ」


 ジャハナッグは本当に涎を垂らしていた。


「俺はお金は出さないからな」


 食べ歩きをするのを止めはしない。でも、その面倒まで見るつもりは俺にはないのだ。


「お前もケチな奴だな。俺はこの町の金なんて持ってないんだから、肉巻き一つ買えないんだぞ」


 ジャハナッグが口を尖らせる。


「学院の金で返してやるから、肉巻きを買ってくれよ。お前なら魔界で使われている金も持ってるんだろ」


 ジャハナッグは猫が嫌いという割りには、猫なで声で頼んできた。


「まあ、少しなら持ってるよ。第四階層の町で、物を売って手に入れたからな。でも、食べ物に使うのは勿体ない」


 町で使えるお金は大切にしないと。


「でも、俺はどうしても、あの肉巻きが食いたい。あんまりケチケチしてると、お前にはもう何も教えないぞ」


 ジャハナッグはムカッとした顔をする。


「しょうがない奴だな。なら一個だけだぞ」


 俺は根負けしたように言った。確かに色々なことを教えてくれるジャハナッグの機嫌を損ねるのは得策ではない。


「おお、さすが我が心の友のディンだ。この借りは必ず返してやるから、お前も期待していろよ」


 どこまで調子が良いんだ。


「なら、俺の分も…」


 リードの言葉を俺はすぐに遮る。


「お前は駄目だ。生活保護で暮らしている人間があんまり贅沢なことを言うもんじゃない」


 リードは俺から借りた金も返していないからな。それを返し終えるまで、俺もリードの金銭的な頼みは突っぱねることにしていたのだ。


「あの肉巻きが贅沢な代物に見えるのかよ」


 リードはカラメル色のタレに漬け込まれた肉巻きを物欲しそうに見る。まあ、あの肉巻きは本当に美味しそうだからな。


 俺だってできることなら食ってみたい、って、いかん、いかん。


 不活発の冒険者の代表みたいなリードを指導し育成しなければならない俺が食べ物の誘惑に負けたら駄目だ。

 

「ったく、こんなに食い物がたくさんある町に来て、食べ歩きができないなんてちょっとした拷問だぜ」


 リードはやれやれと首を振った。


「とにかく、モンスターに話しかけてみよう。モンスターの口から、この町がどういう場所なのか聞いて置きたいし」


 俺は肉巻きから視線を逸らす。


「そうだな。俺もモンスターとは喋ってみたいからな。ま、実りのある話ができることを期待しようじゃないか」


 リードはワクワクした顔で言った。その後、俺はジャハナッグのために大事なお金を叩いて肉巻きを買った。

 それから、道を歩いていたオークの男に話しかける。

 

 オークは何匹も殺しているので、俺もこの時ばかりは緊張したが。

 

 でも、俺の話しかけたオークは意外にも穏和そうな笑みを浮かべて俺の質問に答えてくれた。

 

 そのオークが言うに、人間の言葉を喋ったり、文字を読んだりできるモンスターは一握りだという。

 

 ほとんどのモンスターが勉強というものをしようとしないらしい。

 

 ただ、この第三階層の町にいるのは知識層のモンスターなので、喋ることもできるし、怒らせたりしなければ無闇に攻撃してくることもない。

 

 人間との共存をモンスターたちも心懸けているが、それが可能なのはやはりアルゴルウスの統治能力が大きいからだと言う。


 アルゴルウスの言うことには人間もモンスターも逆らうことができない。


 また、アルゴルウスは人格者でもあるので、町の住人には概ね好意的に受けられていると言う。

 

 それを聞いた俺は悪人とは言い難いアルゴルウスを倒そうとするのはちょっと抵抗があるなと思った。

 それから、俺はアルゴルウスの道場へと向かう。

 

「ここがアルゴルウスのいる道場か。何というか無茶苦茶、威圧感を感じる門構えをしているな」


 道場の門は木で作られていた。門には見事な竜の彫刻が施されていて、かなりの迫力がある。


「学院にある修練場とは大違いだぜ」


 リードは頬を伝う汗を拭った。


「恐ろしいほどの魔力を感じるな。これがアルゴルウスの体から自然に発散されている魔力か」


 ジャハナッグは目を眇めていた。


「肉弾戦では魔王アルハザークを上回る力を持ってるって言うのも頷けるもんだ」


 ジャハナッグは独白するように言った。


「あんまり脅かすようなことを言うなよ。俺たちが地上に戻るにはアルゴルウスとの戦いは避けられないんだぜ」


 リードがジャハナッグを横目にする。


「でも、事実だからしょうがない」


 ジャハナッグの言葉に砕けた感じはなかった。


「ま、そんなに構えなくても良いんじゃないのか。中を見物することくらいは許されているみたいだし」


 俺は自分の心を立て直すように言った。


「そうだな。まずは敵を知ることから始めないと。それをやらずに戦いを挑めば、本当に犬死にしちまうぜ」


 リードも無鉄砲ではない。


「敵を知ったせいで、恐ろしくて戦う意思が挫けちまうこともあるけどな」


 ジャハナッグはそう言葉を差し挟む。


「それにゼラムナート様の魔力に常に触れている俺が恐ろしいって言ってるんだ。その言葉は軽く見られるもんじゃないだろ」


 ジャハナッグの言う通りだった。


「まあな。でも、とにかく道場の中を見物させて貰おう。そうすれば何もかもがはっきりとする」


 俺は肌がピリピリするのを感じながら、門の扉を押し開けてその中に入った。


 すると、そこは綺麗な石畳で作られた広場のようになっていた。

 

 が、単なる広場でないことは規則的な動きで剣を振るっている二十人以上の人間やモンスターたちを見れば明らかだ。

 

 彼らは汗を流しながら剣術の稽古をしているのだ。その顔は真剣そのもので、学院にいる人間には見られない気迫があった。

 

 ここが道場か。

 

 俺は道場の一番、奥にいる三メートルを超える背丈を持つ大きなモンスターを見た。

 

 その顔は山羊のようで頭からは曲がりくねった角が生えている。体はふさふさの白の剛毛に覆われていた。

 

 まさしく、悪魔そのもののような顔をしているが、屈強そうな体はやはり戦士のそれだった。

 

 腰には人間の力ではとても持てないような大剣が下げられているし、悠然と佇むその姿を見ていると足が床に縫い付けられる。

 

 俺は山羊の顔のモンスターが纏っている雰囲気を感じ取り、あれがアルゴルウスに違いないと判断した。

 

「誰だ、お前たちは?」


 山羊の顔のモンスターが棒立ちする俺たちを見て顎をしゃくった。


「ええっと」


 リードはすっかり道場の雰囲気に呑まれている。まあ、無理もない。俺でさえ動けなくなっていたのだから。


「俺たちは迷宮の最下層にある学院からやって来た冒険者だ。お前が豪傑の魔将アルゴルウスなのか?」


 俺は一歩も退かない気持ちで問い掛けた。


「いかにも。私が魔王アルハザーク様が従える将の一人、アルゴルウスだ」


 アルゴルウスは腹腔に響く声で言った。


「迷宮の最下層からやって来たというと、お前たちもゲートを開ける鍵を手に入れるためにこの道場に足を踏み入れたのか?」


 アルゴルウスの宝石のような瞳が光った。


「ああ」


 俺は背中から汗が噴き出すのを感じながら頷いた。アルゴルウスに下手な嘘は通用しそうにないからな。


「ならば、この私を倒すことだ。そうすれば小難しいことは抜きにして、ゲートの鍵は手に入るであろうよ」


 アルゴルウスは剛毅に笑った。


「そうだな」


 何という余裕だ。


 今の俺とは戦士としての格が違いすぎるな。太刀筋一つ見ていないが、アルゴルウスには全く勝てる気がしない。

 

「とはいえ、今のお前たちではどう逆立ちをしてもこの私には勝てん。己が持つ力をもっと鍛え上げてくるのだな」


 アルゴルウスは語気を収めたように言った。


「何なら、この道場でこの私、自らが鍛えてやっても良いぞ。もっとも、私の厳しいしごきに耐えることができればの話だが」


 アルゴルウスの言葉には挑発するような響きがあった。が、その言葉に嘘はないのだろう。


 アルゴルウスは嘘は吐かない。


 武人にとって嘘は恥ずべきことだからな。

 

「お前は自分を倒そうとしている人間を鍛えてくれるというのか?」


 それは親切なことだな。


「その通りだ。私は何よりも強い相手と戦うことを望んでいる。また私の弟子たちには私を越えることを目標にして貰っている」


 アルゴルウスの声に揺るぎはなかった。


「強い敵と戦い、そして、死ぬ。それ以上の生き様は私にはない」


 その生粋の戦士にしか口にできないような言葉を聞き、俺はまたアルゴルウスには勝てないなと思った。


「それに例え死んだとしても、魔王アルハザーク様が私のことを必要とするなら、また復活することになるだろう」


 アルゴルウスはつまらなそうな顔をする。


「故に私は死など恐れはしない。むしろ、永劫とも言える退屈な日々こそ、私にとっては死よりも辛いことだ」


 アルゴルウスは虚空を見るような目をする。


「血湧き肉躍るような戦いができるのなら、いずれ敵となると分かっている者でも自らの手で鍛え上げよう」


 アルゴルウスは静かではあるが盤石の重みがある声で言った。


「たいした豪胆さだ」


 俺も感服するしかない。


「そうか。まあ、私も正々堂々とした勝負だけを望んでいるわけではない。隙があれば、いつでも私の寝首を掻きに来て良いぞ、シュルナーグの子孫よ」


 アルゴルウスは不敵に笑った。


「爺さんを知っているのか」


 俺はドキッとする。


「シュルナーグは本当に強き者だった。が、過去の大戦では、どうしても尋常な勝負をすることができなくてな」


 アルゴルウスはこそばゆそうな声で言葉を続ける。


「そのシュルナーグの瓜二つの顔をしているお前なら、少しはこの私を楽しませてくれそうだと思ったのだよ」


 アルゴルウスから不可視のエネルギーが放たれる。それは言葉にするなら闘気とでも言うべきものだった。


「だが、さっきも言った通り、今のお前ではこの私には絶対に勝てない。命を粗末にしたくなければ、やはり己を鍛え直した方が良いであろうな」


 そう言うと、アルゴルウスは身を翻す。


「私は戦士として剣を交える相手には常に全力で応える。故に本気で命の遣り取りをする気がない相手とは戦いたくない」


 持論を口にしたアルゴルウスは道場にいる者たちに向かって素振り千回と言うと、道場の奥にある寺院のような建物へと入っていった。


《第一章② 終了》




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