第一章 豪傑の魔将①
第一章 豪傑の魔将①
俺は朝になり目を覚ますと、ベッドから起き上がって大きく伸びをする。
やっぱりベッドがあると気持ち良く眠れるな。さすがに一ヶ月以上も寝袋を使うのはしんどいものがあったし。
それにハンスたちに気を遣わなくて良いのも助かる。
ハンスたちがいると、どうしてもいつまでも寝ていたら駄目だという気分にさせられるからな。
正直、寝顔を見られるのは好きじゃない。チェルシーなんて油断していると寝ている俺の顔に悪戯書きでもしそうだったし。
ま、寮の部屋であってもルームメイトのリードがいるわけだが、こいつはいつも俺より起きるのが遅い。しかも、高鼾を掻いて寝ているのだから、俺も自然と頬が緩んでしまう。
ついでにジャハナッグも俺のベッドで猫のように丸くなって寝ているし、何ともほのぼのとしたものを感じてしまうな。
だが、今日は違う。
俺もそろそろ第三階層の町に行きたいと考えていたのだ。町の情報もだいぶ出揃ってきたからな。
第三階層の町には魔界の人間とモンスターたちが共に暮らしていると言うし、好奇心がないと言ったら嘘になる。
俺は寝ているリードを起こそうとする。第三階層の町にはリードも連れて行く予定だったのだ。
俺個人の冒険者ランクなら、リードも迷宮には連れて行けるからな。
「ふぁー、もう少し寝かせてくれよ」
リードは大欠伸をした。
こいつは放っておくと、昼過ぎまで寝ているからな。
例え第三階層の町に行く日でなくても、ルームメイトとしてそんなことを許すわけにはいかない。
「今日は第三階層の町に行くんだからさっさと起きろよ。いつまでも寝ていると、お前を置いていくからな」
俺の言葉にリードがビクッとする。それから、何かに取り憑かれたようにガバッと上半身を起こした。
「そりゃ勘弁してくれよ。俺は迷宮の中にある町になんて入ったことはないし、お前が連れてってくれるのを楽しみにしてたんだから」
リードはガリガリと頭を掻いた。
「なら、さっさと起きて出かける支度をしろよ。ちなみに寝癖とかも酷いから、部屋を出る前に髪型はセットしておけよ」
リードはカイルのように自分の身だしなみを気にしたりはしない。なので、頭がボサボサでも平気で部屋の外に出るのだ。
リードも顔の方は悪くないんだから、もっと自分の格好に気を付ければ良いと思う。そうすれば女子にも持てるはずだ。
「分かってるよ」
リードはムッとした。
「それと、一応、身を守れるような武器は持って行けよ」
俺は念を押すように口を開く。
「第三階層の町にいるのは人間と共生しているモンスターだって言うから、襲ってくることはないと思うけど」
第三階層の町にいるモンスターは普通に人間の言葉も話せるらしい。なので、学院の生徒が襲われたという話は聞かない。
とはいえ、それはモンスターに気を許す理由にはならない。迷宮に出て来るモンスターには散々、苦しめられたからな。
だから、第三階層の町をこの目で見るまでは注意を怠るわけにはいかない。
「用心するに越したことはないってことだろ。俺だって、その程度のことが分からないほど馬鹿じゃないさ」
リードは白い歯を見せて笑った。
「そうだな。とにかく、迷宮では何が起こるか分からないし、常に不測の事態には備えておくべきだ」
「良いことを言うぜ」
リードが茶化すように言うと、俺はベッドの上で寝返りを打っているジャハナッグに声をかける。
「おい、ジャハナッグ。お前も俺たちについて来るんだろ。だったら、猫みたいに寝てないで起きろよ」
俺がそう言うと、ジャハナッグは目を擦りながら起きた。
「ああ。一応、言っておくが俺は猫が嫌いだぞ。あんな自分勝手な生き物と一緒にされるのは不愉快だ」
ジャハナッグは火でも吹きそうな欠伸をするとそう言った。
「猫とドラゴンの組み合わせは良いって聞いてるけど」
そんな豆知識が書いてあった本を読んだことがある。とはいえ、なせ、猫とドラゴンの組み合わせが良いのかは忘れてしまったが。
「俺はドラゴンの前に悪魔だ」
ジャハナッグはそう言い張ると言葉を続ける。
「だから、使い魔として使われることが多い猫と同じ扱いをされるのはどうにも許せないんだよ」
「変なことに拘る奴だな」
「ま、この辺の感覚は魔法使いじゃないお前には分からないさ。とにかく、第三階層の町に行く前に飯でも食いたいな」
ジャハナッグは羽を広げて俺の肩に止まるとそう言った。すっかり俺の肩がこいつの所定の位置になってしまった。
「ちゃんと食堂に行くから大丈夫だよ。ったく、お前がグタグダ言うからアリスの作る朝食が懐かしくなっちまったじゃないか」
朝起きれば、既に朝食が用意されているのは本当に良いものだ。それだけにアリスの存在がいかにありがたいものだったかを実感させられる。
「【ラグドール】の部室で出される朝食は本当に旨かったからな。特にあのベーコンは食堂以上の味だったぜ」
コーヒーの絶妙の苦さも忘れちゃいけない。
「だろ。部室棟の部室にいたら焜炉も使えたし、お茶も飲めたんだけどな。ま、さすがに寮の部屋に火器を持ち込むことはできないか」
火事でも起きたら大変だ。
「そうだぜ、寮の部屋は火気厳禁だ。ま、中にはこっそりと炎の魔法で、肉を焼いて食ってる奴もいるみたいだけどな」
そういうリードは魔法が全く使えないらしい。
「新しいパーティーを結成するには、広い場所が必要になるかもしれないな。確か三百万ルビィで部室棟の部室を明け渡すって言う貼り紙も見た気がするけど」
俺は部室棟の壁に貼り出されていた紙を思い出した。
「三百万ルビィが高いか安いかは俺には分からないが、ディンなら払えない金額じゃないんじゃないのか?」
リードは気楽そうに言った。
ま、俺の感覚じゃ三百万ルビィは安い方だろう。
ひょっとしたら、部室を明け渡そうとしている連中は、かなり金に困っているのかもしれないな。
「まあな。でも、俺が持っているのは百三十万ルビィだから倍以上のお金が必要になる。やっぱり、迷宮の仕事をコツコツとこなすしかないか」
討伐のモンスターもそう多くはないんだよな。他の生徒たちにも、けっこう倒されてしまったし。
「その時は俺も連れてってくれよ。お前のような戦いはできないだろうが、それでも足手まといにならない自信はあるぜ」
リードは腰に二本の肉厚なナイフを下げるとそう言った。
「分かったよ」
一人より二人だ。
「さてと、食堂に行ったら何を食うかな。やっぱり、キラーバッファローのステーキは押さえておかないと」
ジャハナッグの言葉を聞き、俺は朝からステーキかよと思った。
「俺が金を払うわけじゃないけど、霜降りの肉が良いなんて言い出すなよ」
それは贅沢すぎる。
「そんななわけあるか。霜降りが良いなんて言い出すのは肉の本当の味が分かっていない証拠だぜ」
ジャハナッグの言う通りなら、霜降りの肉が大好きだったフィズは肉の味が分かってなかったと言うことになる。
「本当に肉を愛している人間は、硬い肉にも豪快にかぶり付くもんなんだよ。自分の歯で肉を食い千切るのが、肉の醍醐味ってもんだ」
ジャハナッグの表現にはダイナミックさがあった。
「そんなことを言われると、俺までステーキを食いたくなってきたぜ。ま、俺は金欠だし、ソーセージで我慢しておくけどな」
リードは上を仰ぐと言葉を続ける。
「ジャハナッグは良いよな。食堂の料理をタダで食えるんだから」
リードは鼻を鳴らしながら言った。
まあ、そうでなければ、俺もジャハナッグが自分と一緒に食堂に行くことを許したりはしないからな。
「ゼラムナート様が裏で手を回してくれているおかげさ」
ジャハナッグは洒脱を感じさせるように肩を竦める。
「俺の店で働いてる女共がもう少し料理が上手ければ、いちいち食堂になんて行かなくても済むんだが」
「そりゃあいにくだったな」
リードは口元を綻ばせた。まあ、学生の女の子にそこまで望むのは酷な気がする。
「それにサンクナートの影響下にある俺は西館の店にはあまり出入りできないだろ。だから、高級なクッキーとかチョコレートは誰かに買って貰わないと食べられないんだ」
反対に東館には主に安いお菓子が売っている。ま、味の方は西館の方が断然、良いけどな。
「俺の部屋に出入りするのはクッキーとチョコレートが目当てか」
俺もチェルシーのようにホビットのチョコレートを大量に買い込んでいた。
「そんなところだな。お前は西館の店じゃ半額で買いものができるって言うし、俺からすればそっちの方が羨ましいぜ」
ジャハナッグはまた肩を竦める。
「だよなー。いくら生徒会の信頼を得てるからって、そういう優遇はちょっとずるいものを感じちまうよ」
リードもジャハナッグに同感したような顔をした。
「それだけ苦労したってことだよ。自堕落な生活をしてきた、お前らには分からないだろうけどな」
命懸けの戦いを潜り抜けてきたからこその優遇なのだ。リードのように生活保護を貰っている奴にとやかく言われたくはないな。
その後、俺たちは無駄話を止めると寮の部屋を出て食堂に行き、そこで思う存分、お腹に食べ物を詰め込む。
それから、その足で転移の魔方陣がある地下広間に行った。
普通なら個人の冒険者ランクが最低なリードは地下広間には入れない。
でも、そこは俺の個人の冒険者ランクがカバーした。
そして、俺たちは既に誰かが起動させてくれていた第三階層のゲートに足を踏み入れたのだった。
《第一章① 終了》




