エピローグ②
エピローグ②
次の日、俺は頭がズキズキするのを感じながら、起き上がった。昨日はさすがにワインを飲み過ぎてしまった。
でも、おかげでレイシアを死の悲しみは幾らか薄らいだ。やっぱり、ワインの力は偉大だな。
ま、人はこうして悲しみを忘れ、乗り越えていくのだろう。後は時が悲しみを癒す最良の薬となってくれる。
俺はまだ寝ているみんなの顔を見ながら、立ち上がる。
ちなみに部室の中にモリエールとジャハナッグの姿はない。二人とも、俺の気付かない内に、部室から出て行ったのだろう。
俺は外の空気に当たろうと窓から顔を出す。
相変わらず外は生温かい空気が漂っているが、やはりここに来たばかりの時よりは暑さが和らいだ気がする。
俺は時間の流れを感じながら、毎年、この時期に開かれていたという文化祭の話を思い出す。
さすがに学院が迷宮の中にあっては、文化祭など開けないだろうが。でも、何らかのイベントがあったりすると嬉しいんだけどな。
そんなことを考えていると、部室の扉が何の前触れもなく開いた。
現れたのはブルネットの髪を揺らす女子生徒、オリヴィエだったので、俺は思わず虚を突かれたような顔をする。
「おはようございます、ディン君。昨日はレイシアの埋葬を手伝ってくれてありがとうございました」
オリヴィエはそう言うと、俺に丁寧に頭を下げた。
「別にたいしたことじゃない」
俺は視線を横に寄せて、頬を掻いた。
「いえ、ディン君がレイシアの遺体をちゃんと運んでくれたからこそ、綺麗に埋葬することができたのですから」
オリヴィエの瞳には今までにない温かみがあった。彼女もレイシアが死んだことには心を痛めているのかもしれない。
昨日、レイシアの遺体の埋葬をしていた時のオリヴィエはそんな様子は欠片も見せてはくれなかったけど。
でも、それは周りに人がいたからかもしれない。
「私もそれには頭が下がる思いです」
オリヴィエは俺の肩の力を抜くような声で言うと、口元を綻ばせた。
「そうか。それで朝っぱらから何か用か。その顔を見るに、あまり良くない知らせのような気がするんだけど」
オリヴィエの目に逡巡するような光りがあったのを俺も見逃さなかった。なので、俺も何を告げられても言いように心を引き締める。
「ええ。私たち生徒会はあなたたち【ラグドール】のメンバーに、他の生徒たちの指導と育成を手伝って貰いたいのです」
オリヴィエは今までとは打って変わってハキハキとした声で言った。この辺の切り替えの早さは刺すが副会長か。
「指導と育成だって?」
俺の声は思わず裏返ってしまった。育成と指導という言葉の意味を、すぐには掴みかねたからだ。
「はい。今の学院では一部の生徒たちだけが、迷宮の攻略に尽力しています」
オリヴィエは滔々とした口調で言葉を続ける。
「つまり、冒険者と呼ばれる生徒はたくさんいるのですが、活動の実体がある冒険者は全体の三割ほどしかいないのです」
かなりまずい数字だと考えるべきだろう。
「このままの状況が続けば、本当に一部の冒険者だけしか、迷宮の攻略ができなくなってしまうでしょう」
確かに放っておけば、しっかりと活動している生徒とそうでない生徒の実力の差は広がる一方だからな。
なら、看過できるようなことじゃない。
「なるほど」
オリヴィエの言葉に裏のようなものはないように感じられた。
「そのような事態を避けるためには、やはり不活発な冒険者たちを指導し育成していくことが求められます」
オリヴィエは真っ直ぐに俺の顔を見た。
「それを俺たちにやれと言うのか」
はっきり言って、面倒だ。
とはいえ、そんな言葉は簡単には口にできない。それほどオリヴィエの声には切迫した響きがあったからだ。
「はい。【ラグドール】はアルカンデュラを倒したことで、名実ともにトップに君臨する冒険者のパーティーになりました」
もう俺たちの躍進を何かの偶然だという奴はいないだろう。
「そのラグドールが指導と育成をするのであれば、不活発に陥っている冒険者たちからの反発も少ないはずです」
オリヴィエはそう力説する。
「だと良いけどな」
俺は含みのある声で言った。
「はい。ですから、あなたたちには一人一人がリーダーとなって新しいパーティーを率いて貰いたいのです」
オリヴィエの思いがけない言葉に俺は目を細める。その言葉の意味するところをすぐには計りかねたからだ。
「俺たちがバラバラにならなきゃならないって言うのか。さすがにそれは勘弁して貰いたいぞ」
俺の言葉にオリヴィエはやんわりとした声を投げかける。
「一時的なものですから、あまり深刻に考えないでください。あなたたちのパーティーを壊すような意図はこちらにはありませんから」
そうじゃなきゃ困る。
「そうか」
俺は思量するような顔をする。冒険者の生徒の指導と育成なら、他にも適任が入るのではないかと考えたからだ。
「それと、私がこんなこと口にしてはいけないのですか、ここ最近【ホワイト・ナイツ】はトップギルドとしての信頼を失いつつあります」
オリヴィエの瞳が翳った。
「そんな【ホワイト・ナイツ】の押しつける規律に公然と逆らおうとする生徒も増えてきましたし、学院の秩序も少しずつ乱れてきました」
ゼラムナートの影響力も増しているみたいだからな。
「ですから、【ホワイト・ナイツ】を組織している生徒会としてもここは【ラグドール】の影響力を上手く取り込みたいのです」
オリヴィエの目が切れ者のように光った。
「それ相応の見返りは用意しますので、引き受けてくれませんか?」
オリヴィエの忌憚のない言葉に俺も唇に指を這わせる。
「話は分かったよ。でも、二つ返事ができるようなことじゃないし、仲間たちと良く相談してから決めさせて貰う」
俺の一存では決められない。少なくとも、リーダーであるハンスの指示は仰がないといけないだろう。
「そうしてください。では、良い返事を期待していますし、私はこれで失礼させて貰います」
オリヴィエはそう言って、部室の入り口の前から去って行こうとする。
が、何かを思い直したように俺の方を振り返ると、彼女には似合わない優しげな笑みを浮かべて口を開く。
「レイシアのことは本当にありがとうございました」
オリヴィエはそう言うと、今度こそ振り返ることなく俺の前から去って行った。
「で、みんなはどうする気なんだ?」
俺は寝た振りをしているみんなに問い掛ける。みんなが目を覚ましていたのは、俺も途中から気付いていたのだ。
おそらく、素知らぬ顔をしていたオリヴィエも。
「どうする気って言われても、やるしかないだろう。【ホワイト・ナイツ】のメンバーだったレイシアに命を助けられた借りは返さないといけないし」
そう口にして起き上がるハンスの眼鏡のレンズは治っていた。
「そうだな。俺もアルカンデュラとの戦いで、自信を失っちまったし、気分を変えるには他の奴らと付き合ってみるのも良いかもしれねぇな」
カイルはベッドから起き上がると、制服の生地が引っ張られるほど大きく伸びをしながら言った。
「でも、指導とか育成をするなんて、アタシの柄じゃないよ。こんなアタシの言うことをみんな聞いてくれるかな」
確かにチェルシーには人を指導できるような威厳はないな。でも、チェルシーなら口の上手さでカバーできるかもしれない。
「それは分からないね」
アリスは髪を手櫛で解かしながら言葉を続ける。
「もっとも、私たちの力が認められているのは確かだから、露骨に反感を買うようなことはないだろうけど」
誰からも人当たりの良いアリスなら上手くやれそうだ。
「まあ、僕たちは万全の態勢を整えて、アルカンデュラと戦ったのにあんな結果を招いてしまったからね」
ハンスは顔に痛むような表情を浮かべながら言葉を続ける。
「このまま次の階層に行けば、もっと敵が手強くなるのは確実だ。そうなると、ただ自分を鍛えても、その力が敵に通じない可能性が出て来る」
それはあり得るな。
アルカンデュラはもっとより良い策を錬って考えて戦うべき相手だった。いつでも逃げられるなどと言う安易な楽観があんな結果を招いたのだ。
それを反省しないわけにはいかない。
「なら、遠回りしても良いから、色々なことに挑戦してみるのはアリかもしれない。そうすれば思いも寄らない成長が見込めるかもしれないからね」
そう言われると、俺も反対はできなくなるな。
「ハンスの言うことも一理あるぜ。要するに強くなること以上のものが求められてるってことだろ?」
カイルはハンスの言わんとしていることを汲み取る。
「そんなところだよ」
ハンスは新調したのか輝きを増した眼鏡のフレームを摘みながら笑った。
「アタシはそういう難しいことを考えるのは苦手なんだけどね。でも、パーティーのリーダーになったら、そんなことは言っていられないかもしれない」
チェルシーは瞳に宿る力を強くした。
「そうだね。リーダーになって、パーティーのメンバーを動かすのも良い経験になるかもしれないよ」
アリスは良い方向に考えたようだった。
「よし、そういうことなら、思い切ってオリヴィエの頼みを引き受けてみよう。今の俺たちには新しい風が必要だ」
俺はそう言うと、今までとは違った形の冒険が始まるのを予感しながら笑った。
《エピローグ② 終了》 《第二部 伝説の魔獣と白金の少女の奇跡 完》




