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エピローグ①

 エピローグ①


 俺は何が待ち構えているのか分からない第三階層には行かずに、レイシアの遺体をカイルと交代で背負いながら学院へと戻ってきた。


 そして、すぐにその足で善神サンクナートの元へと向かった。サンクナートなら死んだ人間でも生き返らせることができると思ったからだ。

 

 だが、サンクナートは学院の人間を生き返らせるのは邪神ヘルガウストとの盟約に反するから駄目だと言った。

 

 これには俺もサンクナートの胸倉を掴んでやりたくなったが、何とか自分の心を押さえ込んだ。

 

 それならと思って悪神ゼラムナートのところにも行ったが、やはり邪神ヘルガウストとの盟約あるから駄目だと言われた。

 

 ただ、ゼラムナートはゾンビのような生ける屍でも良ければ、何とかしてやっても良いと提案してきたが、それはさすがに断った。

 

 そんな形で生き続けることを気高いレイシアが望むとは思えなかったからだ。

 

 結局、レイシアを生き返らせることはできず、次の日になるとレイシアの遺体は校舎裏の墓地に埋葬された。

 

 そして、レイシアのために作られた墓には、たくさんの生徒たちが訪れ、この迷宮では貴重な物である花を手向けたり、黙祷を捧げたりした。

 

 一方、俺は心が押し拉がれそうになりながら、いつまでもレイシアの墓の前から離れることができなかった。

 

 すぐにでも起き上がりそうなレイシアの綺麗な死に顔が目に焼き付いて離れなかったからな。

 

 俺が一体、何が悪かったんだと自分を責めていると、背中から声を投げかけられる。

 

「いつまで、そこで悲しんでいるんですか、ディン先輩。幾ら悲しもうと姉さんは生き返ったりはしませんよ」


 振り返るとそこにはやるせない表情をしたレティがいた。


 なまじレイシアの面影を感じるだけに、今の俺はレティの顔をまともに見ることができなかった。

 

「分かってるよ」


 俺は沈痛な顔をしながら、そう声を絞り出す。


「姉さんは自分の命を犠牲にしてでも、ディン先輩に生きていて貰いたいと思ったんです。だから、禁術を…」


 アリスとレイシアは自分の命を大きな魔力に変えて使う強力無比な魔法をアムネイアスから教わっていたのだ。


 でも、それは禁術と呼ばれていて、使えば自分の命をも落としかねないものだった。


 だからこそ、アムネイアスもどうにもならなくなった時、以外は絶対に使わないようにと念を押していたらしい。

 

「そうだな」


 レイシアは自分の命を全て使い切って、アルカンデュラを倒した。少しでも自分の命を残しておこうなどとは考えなかったのだ。


 だからこそ、俺はこうして生きていられる。


 誰かのために命を擲てることほど大きな愛はないと言った聖人がいたが、その言葉の重みを俺もひしひしと感じていた。

 

「それが分かっているなら、俯いてばかりいないで前を向きましょう。きっと姉さんもそれを望んでいるはずです」


 レティの言葉には俺も慰められるものを感じる。単なる気休めではなく、レイシアなら本当にそう思っているだろうからな。


「レティは強いな」


 肉親を失ったのはレティの方だというのに。


「強くなんかないですよ。これでも散々、泣き腫らしたんですよ。どうして、もっと姉さんと仲良くできなかったのかなって」


 そう言って、レティは目元を指で拭う。


「ここ最近、姉さんとの心の溝が埋まるものを感じていただけに余計に悔しくて」


 レティはそう吐露した。


「俺も同じだよ。レイシアは俺との距離を積極的に縮めようとしてくれていたのに、俺は無関心を装ってた」


 要するに子供だったのだ。


「こんなことなら、自分の方からデートに誘えば良かったよ。失ってみて、初めて彼女の大切さが分かるなんて」


 レイシアの顔を思い出すと、涙がまた溢れそうになる。


 実際、アリスやチェルシーはレイシアの墓の前で泣いていたからな。俺も男じゃなかったら、声を上げて泣き崩れていたかもしれない。

 

「ディン先輩は姉さんのことが好きだったんですか?」


 レティは柔らかな声で問い掛けてきた。


「分からない。でも、もっと時間があれば、レイシアを好きになっていてもおかしくはなかったよ」


 実際、レイシアには心を惹かれ始めていたからな。


「レイシアはそれくらい、魅力的な女の子だった」


 いつもは強気な態度を見せていたけど、その裏では妹のことを気遣える優しい女の子だった。


 成長したらきっと立派な女性になっていたことだろう。


「なら、私も姉さんに負けないくらいの魅力的な女の子になって見せます。そしたら、必ずディン先輩の心を振り向かせてやりますよ」


 レティはレイシアの勝ち気さが乗り移ったような顔で笑った。


 一瞬、俺もレティの顔にレイシアの顔が重なって見えたからな。なので、涙がジワッと溢れそうになった。

 

「そりゃ楽しみだ」


 俺は涙を堪えながら笑い返す。


「はい。では、私はもう行きますね。ディン先輩も姉さんの思いを本当に大切にしてくれるなら、早く立ち直ってください」


 レティは白金色の髪をフワリと舞わせると、俺に背を向ける。

 

「くれぐれも姉さんのことをいつまでも引きずって、ウジウジするような情けない姿は見せないでくださいよ」


 レティは俺の方を振り向きながら笑う。


「そんな姿を見せられたら、さすがの私も幻滅してしまいますからね」


 レティの言葉に俺も心に掛かっていたモヤが少しだけ晴れるのを感じた。


「ああ」


 俺は力強く笑うと、去って行くレティの後ろ姿を見送った。


 それから、俺がレイシアの墓を後にして部室に戻ると、そこには【ラグドール】のみんなとモリエールがいた。


 長机の上には料理の皿がたくさん並べられているし、ワインのボトルも何本もあった。あんなことがあったというのに、みんなは宴会を開くつもりでいるらしい。

 

 確かにアルカンデュラを倒したら宴会を開こうと言ったのは俺だが。

 

 まあ、気持ちを入れ替えるためには、みんなで美味しい物を食べ、酒を酌み交わすのも良いかもしれないな。

 

 レティが言った通り、いつまでもウジウジするのは良くない。何よりも、レイシア自身が、そんな様子を見せるみんなを嫌うはずだから。

 

 なら、レイシアの死も吹っ切らなければならないだろう。でも、今の俺はそんな風に割り切れるほど強くはなれない。

 

 だからこそ、あともう少しだけレイシアの死の悲しみを引きずることを許して貰いたかった。

 

「遅かったね、ディン君。もう五分くらい待っても来ないようだったら、先に始めちゃおうと思っていたんだけど、そうならなくて良かった」


 ハンスは長机にワイングラスを並べながら言った。


「そうか」


 俺は顔の表情が崩れそうになりながらも笑う。


 この場にレイシアがいないという事実があまりにも痛ましかった。

 

 アルカンデュラと戦う前に開いた宴会で、誰がレイシアが死ぬことを予期できただろうか。

 

「随分と堪えた顔をしてるね。ま、無理もないけど」


 ハンスは悲愴さを感じさせながら言葉を続ける。


「でも、レイシアが死んで辛いのは君だけじゃないし、一人で抱え込んだら駄目だよ。こういう時のために仲間がいるんだから、それは忘れないでくれ」


 ハンスの仲間という言葉は、今の俺には空しく聞こえた。


 もし、レイシアが仲間と呼べるような存在でなかったら、こんなに悲しむこともなかったと思えたから。

 

 いや、そんなことを言ったら、レイシアに怒られるな。

 

「分かってる」


 俺は悲しみを押し潰そうと、歯を噛み締めた。


「僕もレイシアが死んだせいで心にポッカリと穴が空いてしまったよ。彼女とはそれほど仲が良かったわけではないのに」


 モリエールは慣れた手つきでワインボトルのコルクを抜いた。


「やはり、人間の心なんて分からないものだな。自分でも気付かない内に、他者が大きな存在となっているのだから」


 モリエールはワインの匂いを嗅ぎながら、哀傷を漂わせるように笑う。


 確かに、モリエールの言う通りだ。

 

 俺もレイシアの存在が、自分にとってこんなに大きなものになっているとは思わなかったからな。

 

 なぜ、もっと早くそのことに気付けなかったのかと慚愧の念すら感じる。

 

「そうだね。アタシもお墓の前じゃ、涙が止まらなかったよ。やっぱり、こういうのは理屈じゃないね」


 チェルシーは大泣きをしてたからな。


 チェルシーがみんなの代わりに泣いてくれたおかげで、俺も泣き出すのを堪えることができたのだ。

 

「うん。私もレイシアが生きていれば、お互いに切磋琢磨してもっと成長できると思ってたから」


 アリスもレイシアとは良い関係を築きつつあった。それだけに、アリスの悲しさも一入だろう。


「なのに、その可能性が永遠に奪われちゃったんだよ。こんなのって酷すぎるよ」


 アリスは涙ぐんで言った。


「全くだ。ここまで無力感に苛まれたのは俺も初めてだし、人間って生き物はどうしてこんなに弱いんだろうな」


 カイルは十字架のアクセサリーをギュッと握った。


「俺は人間を創った神を恨むぜ」


 カイルの気持ちは俺にも良く分かった。


「ま、無理に感傷に浸るのは止そう。レイシアも僕たちが悲しみを振り切って前に進むことを望んでいるはずだから」


 ハンスは心に染みこむような声で言葉を続ける


「なら、彼女がどこで見ていても恥ずかしくない姿をしていようじゃないか」


 こういう言葉を、口にできるハンスはやっぱり大人だな。


 でも、もし他の奴が同じ言葉を口にしていたら、俺もムカッとしてしまったかもしれないな。

 

 みんなの心を支えてきたリーダーのハンスだから許される言葉なのだ。

 

「そうだな。レイシアの死に顔は安らかだった。きっと、俺たちのために命を擲つことにこれっぽっちも迷いはなかったに違いない」


 その迷いがなかったからこそ、俺たちはこうして宴会なんて開くことができるのだ。


「なら、俺たちもレイシアのおかげで生き長らえた命を大切にしないと。それがレイシアのためにできる唯一の恩返しだ」


 レイシアは自分の可能性を俺たちに託したような気がするのだ。その可能性を開花できるかどうかは俺たちの心に掛かっている。

 

「よっ、お前ら。随分としけた面をしているが、用意ができてるならさっさと食おうぜ。冷めたら、せっかくの料理も不味くなっちまうからな」


 計ったようなタイミングで窓から入り込んできたジャハナッグはそう言って、俺たちの心を和ませた。


 その後、俺たちはレイシアの死の悲しみを吹き飛ばすように、色々な話をしながら、気が済むまで料理を食べたりワインを飲んだりしたのだった。


《エピローグ① 終了》



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