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第五章 伝説の魔獣⑤

 第五章 伝説の魔獣⑤


 俺たちは部室で宴会の準備をしていた。


 明日は魔獣アルカンデュラと戦わなければならない日だからな。なので、その景気づけにハンスが宴会をやろうと言い出したのだ。

 

 とはいえ、ガンティアラスの時のように最後の晩餐というわけではないから、振る舞われるワインのアルコール度数は控え目だ。

 

 二日酔いになったら、さすがに戦えないからな。

 

 ま、アルカンデュラと戦う緊張感が少しでも解せれば良いのだ。体が固くなっていたら避けられる攻撃も避けられなくなるなし。

 

 俺はせっせと料理を作っているアリスとチェルシーの後ろ姿を見ながら、みんなが揃うのを待つ。

 

 今日はあのレイシアとモリエールも来てくれることになっている。

 

 あの二人は口数も多いし、せっかくの宴会が気まずいものになってしまうことはないだろう。

 

 何よりも明日は力を合わせて戦わなければならないのだ。なら、少しでも良いから、みんなとあの二人の心を通わせて置きたい。

 

 ちなみにレイシアは一応、レティにも声をかけると言っていたが、来てくれるかどうかは未定だ。

 

 俺も美術室で絵を見せて貰ってからは、レティともだいぶ打ち解けられたからな。だから、勇気を出して来てくれると嬉しい。

 

 俺はジャガイモの皮を剥きながら、楽しい宴会になると良いなと思った。

 

 そして、夕方になり、料理の皿が長机の上に並び始めると、レイシアとモリエールの二人が揃って部室に現れた。

 

「こうして、君たちの顔を見るのは久しぶりだな。僕も君たちとは腹を割って話したいと思っていたし、招いてくれたことには感謝する」


 モリエールの顔からは、尊大さがすっかり消えていた。


「私も同じよ。ディンったら、自分の方からは絶対に会いに来てくれないんだもの。ま、私も忙しかったからしょうがないんだけどね」


 レイシアは項に掛かる白金色の髪を色っぽく掻き上げた。


「二人とも随分と柔らかな態度ができるようになったな。やっぱり、ディン君のおかげかい?」


 ハンスもレイシアはともかくモリエールの心境の変化は知らないはずだ。なら、驚きもするだろう。


「そんなところだ。僕もディン君に命を助けられて以来、片意地を張るのが馬鹿馬鹿しくなってね」


 モリエールは目を伏せると、自嘲するように言葉を続ける。


「パーティーのメンバーにも、随分と丸くなったなと笑われたよ。だが、おかげで失いかけていた信頼は取り戻せた」


 モリエールの顔はいっそ清々しかった。


「だから、ディン君には感謝はしている」


 モリエールはフッと笑った。


「そうか」


 俺はモリエールが俺だけでなく、誰にでも改善した態度を見せてくれたことに仄かな嬉しさを感じた。


「私は性格的には何も変わってないと思ってるけどね。ただ、力だけはアムネイアスのおかげで何倍にも跳ね上がったわ」


 レイシアの掌は白光に包まれていた。


「例え何があろうと、ディンは死なせやしないわよ。そう思えるくらいには、私もディンのことを大切な人間だって認めているんだから」


 そう言って、レイシアは俺の頬を光る指先で触った。まるで、恋人の頬を優しく撫でるように。


「なら、安心して命を預けられるな」


 俺はレイシアの指先の温かさを感じながら笑った。


「任せてよ。今度の戦いが終わったらディンとはまたデートをするんだから。デートの場所は第三階層の迷宮が良いわね」


 第三階層に足を踏み入れるにはアルカンデュラに勝たなきゃならないんだけど。


「ま、確かに今の俺たちなら、相手がアルカンデュラでも負ける気は全くしねぇな」


 カイルはシルバーのアクセサリーを掌の上で転がしながら言葉を続ける。


「ただ、アルカンデュラを倒す作戦が、強力な光りの魔法で塵も残さず消し飛ばすだけって言うのは不安を感じなくもねぇが」


 作戦と呼べるような代物じゃないことは確かだ。


 でも、考えた末に力勝負を挑むことが最も効果的だと分かったのだ。だからこそ、今回の戦いでは小細工は使わない。

 

「そうだね。でも、私たちが使う魔法の威力は本当に上がったから、アルカンデュラは問題なく倒しきれるよ」


 アリスはそう太鼓判を押す。


「例え、私の全力を込めた魔法がかわされたとしても、レイシアの魔法で仕留められれば良いわけだし」


 レイシアはアリス以上に威力がある魔法が放てると聞いている。ただ、光りの魔法の威力だけはアリスの方が少し上のようだった。


 あと、レイシアは攻撃に特化した魔法ばかりを習得していて、補助関係の魔法はあまり充実していなかった。


 レイシアもその事実には悔しそうな顔をしていたし、きっと全ての点でアリスに勝ちたいと思っていたんだろうな。


 まあ、学院の成績では全てにおいてレイシアがアリスを上回っていたことは確かみたいだけど、ここは迷宮だ。


 学院が迷宮に飛ばされてからの半年間で、どんな技術や魔法を習得したかで冒険者としての能力も決まる。


 とにかく、色々、言ったけど二人の力が合わされば、敵はいないな。

 

「アタシも光属性の付与魔法が使えるようになったからね。アルカンデュラには効果覿面だと思うよ」


 チェルシーは手にしていたナイフを白光で輝かせた。


「僕も付与魔法の力に耐えられるだけの矢を鍛冶場で作って貰えることができた。これでダメージが全く与えられないと言うことはないだろう」


 ハンスの矢はここ最近、全く良いところを見せられなかったからな。名誉挽回してくれることを期待している。


「回復魔法の効果も更に高まったから、例え酷いダメージを受けてもすぐに治癒させることができるし」


 ハンスの回復魔法の出番がないことが一番、良いことだけど。


「それは心強いな」


 俺は頼もしさを感じながら笑った。ハンスもそんな俺の言葉に気を良くしたのか、更に口を開く。


「はっきり言って、今の僕たちのパーティーの総合力は【ホワイト・ナイツ】の第一パーティーを上回っているんじゃないかな」


 ハンスの言葉にレイシアとモリエールも反論しなかった。


「それだけに負けて帰ったりしたら、心をへし折られかねないけど」


 やるべきことは全てやったのだ。今は勝てると信じるしかない。


「例え負けたとしても死ななければ良いのよ」


 レイシアは人差し指を立てながらみんなに向かって言い聞かせる。


「私とモリエールはアルカンデュラの力をちゃんと推し量れているし、戦略的な撤退ができないような相手でもないから」


 撤退ができると言うことが安心感に繋がっているのだ。でも、その安心感に浸りすぎるのは良くない。


「だから、余程のことがない限り、命を落としかねないほどの無茶はしないわ。アルカンデュラとは何度でも戦えるんだから」


 そう言われると、俺も心の余裕を持てるな。


「そういうことだ」


 モリエールが鷹揚に頷く。


「今ならオリヴィエが僕を第一パーティーから外した理由も良く分かるし、今度の戦いでは全面的に君たちの指示に従おう」


 モリエールは信頼の眼差しで俺たちを見回した。


「時には逃げることも大切だからな」


 モリエールは今までなら決して口にしない言葉を発した。


「猪突猛進だったモリエールがそんな風に冷静な判断ができるなら、今度の戦いは大丈夫そうだな」


 俺はみんなが良い感じに団結できたことに、意気揚々とするものを感じた。


「じゃあ、立ち話はこれくらいにして、アリスの料理を食べさせて貰いましょうか。ちなみにレティは今日は来れないわよ」


 レイシアは椅子にどっかりと座ると渋い顔で言葉を続ける。


「何か【フラワー・ガール】での活動が忙しいみたいだから」


 レティの性格を考えたら、そんな活動はすっぽかせとは言えないな。


 それから、みんなは用意されていた椅子へと腰を下ろす。部室の中がこんなに賑やかな空気に包まれるのは久しぶりだ。

 

「そうか。なら、レイシアもレティの分まで食べてってくれよな。今日のアリスの料理はいつも以上に気合いが入ってるから」


 俺は下ごしらえにかなりの時間をかけていたアリスの姿を思い出す。


「チェルシーがどんどん美味しい料理を作れるようになるから、私も対抗意識を感じちゃったんだ」


 アリスは取り皿を配るとそう言った。


「そうなんだ。でも、アリスって意外と負けず嫌いなんじゃないの。アムネイアス様に魔法を教わる時も私が横にいると少しムキになったような顔を見せるし」


 レイシアは意地悪な言葉を投げかける。


「そんなことはないよ」


 アリスは恥ずかしそうな顔で俯いた。


「ま、別に良いけどね。でも、このローストビーフは本当に美味しそうよ。じゃあ、遠慮なく頂きます」


 レイシアは大きなローストビーフをナイフで薄く切り落とした。


「ふむ、僕もローストビーフにはちょっとうるさいんだ。でも、このローストビーフは綺麗なロゼ色だし良く手がかけられていそうだな」


 モリエールは洗練された手つきでナイフとフォークを操り、ローストビーフを上品に口に運んだ。


 さすが貴族の家の子供だけあってテーブルマナーは心得ているようだ。


「よ、お前ら。このジャハナッグ様がディンの行動を監視しに来た、ってなに旨そうなローストビーフを食ってるんだよ」


 馬鹿でかい声を発しながらやって来たのはジャハナッグだった。これには、俺もあからさまに険しい顔をした。


「俺にも食わせやがれ」


 ジャハナッグは部室の中を小鳥のように飛び回りながら叫んだ。


「何でお前が我が物顔でここに来ているんだよ。俺はお前がこの部室を出入りすることを許した覚えはないぞ」


 俺は仏頂面をする。


 部室の中を自由に出入りして、好きな物を食って良いのはフィズだけだ。今のジャハナッグを見たら、フィズもあの世で怒っているぞ。

 

「って、言ってるが、リーダーのお前はどう思ってるんだ」


 ジャハナッグはサラダにドレッシングをかけているハンスの方を一瞥した。


「別に良いんじゃないかな。君がいると、あのフィズが戻ってきたような、懐かしさも感じられるし」


 ハンスは憫笑しながら言った。


「ハンスは甘いなぁ」


 俺はハンスの心の広さには適わないと思い、溜飲が下がるような気持ちになる。それから、気を取り直して料理を食べようとした。


「とにかく、ローストビーフはたくさんあるから、みんな落ち着いて食べて良いよ。スペアリブやフライドチキンの方も食べて貰いたいし」


 アリスがそう言うと、テーブルに下りたジャハナッグがスペアリブに齧り付いた。しかも、ジャハナッグは骨までバリバリと噛み砕いている。


 こんな豪快な食べ方はフィズにもできなかったぞ。

 

「スペアリブはアタシがブレンドしたスパイスを使ってるからね。一度、食べたら病み付きになるよー」


 チェルシーがニヤつきながら言った。


 俺もチェルシーが何やら怪しげなスパイスを、第四階層の町で買い付けているのは知っていたが。

 

「ローストビーフやスペアリブに使われている肉は俺が切り分けて持ち帰ったものだってことも忘れてくれるなよ」


 もちろん、カイルへの感謝は俺も忘れていない。肉の切り分けが一番、大変な作業なのは分かっているからな。


「まあ、これだけ旨い物を食べたら明日の戦いは勝つしかないだろうし、アルカンデュラを倒したらまた今日みたいな宴会を開こう」


 そう言うと、俺は自分のグラスにワインを惜しむことなく注ぐ。アルコールの度数は低めだから思う存分、飲んでも構わないよな。


 俺は爽やかな飲み口のワインを喉に流し込むと、満足するまで料理の味を堪能した。


《第五章⑤ 終了》



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