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第五章 伝説の魔獣④

 第五章 伝説の魔獣④


 次の日、俺が朝の部室でノンビリしていると、窓の外から手乗りサイズのドラゴンが入り込んできた。


 一瞬、フィズかなと思ったが、残念ながら入ってきたドラゴンは漆黒の体をしていた。


 そう、そのドラゴンは悪竜ジャハナッグだったのだ。

 

 ジャハナッグは長机の上に降り立つと、俺の顔を見てにんまりと笑った。


 フィズほどではないにしても、こうやって笑ってくれるとジャハナッグにもそれなりの愛嬌は感じられる。

 

 実際、ジャハナッグの言動に悪竜と呼ばれるだけの悪意があるとは思えなかったからな。ただ、粗暴なだけだ。


 ま、エリュミナスのような氷のように冷たいドラゴンよりは、まだジャハナッグの方が身近に感じられる。


「よ、ディン。随分と旨そうな朝食を食べてるじゃねぇか。俺もそのベーコンを一枚、食って良いか」


 ジャハナッグは舌なめずりをしながら言った。


 ドラゴンという種族は、どいつもこいつも食いしん坊みたいだな。ま、悪いことではないけれど。

 

「構わないけど」


 俺がそう言うと、ジャハナッグは鋭い爪でベーコンを掬い上げて、それを口の中に放り込んだ。


 すると、目をまん丸にする。


「こりゃ、旨いベーコンだな。焼き加減も絶妙だし、スパイスも良い具合に効いている。一流のホテルでも、こんなベーコンは食えねぇぞ」


 ジャハナッグはベーコンをムシャムシャと咀嚼した。


「そうか」


 こういう反応を見ると、どうしてもフィズを思い出してしまうな。


「俺も朝になったら、この部室で朝メシを食わせて貰おうかな。俺の店にいる女共は料理が下手で困る」


 ジャハナッグはやれやれと首を振った。それなら、食堂に行けば良いのにと、俺もツッコミを入れたくなったが。


「止めてくれ。お前はフィズとは違うんだから」


 ペットの猫や犬ならともかく、本当の友達だったと言って良いフィズの代わりになんて誰にもなれない。


「あっそ」


 ジャハナッグはそっぽを向くと、今度は改まったような顔で口を開く。


「ま、そんなことはどうでも良いんだ。俺がここに来たのは、悪神ゼラムナート様がディンと一対一で話をしたいって言ってることを伝えるためだからな」


 その言葉を聞き、俺は体に悪寒が走った。


「ゼラムナートが俺と話したいだって」


 何の冗談だ。


「ああ。放任主義のゼラムナート様が誰かを呼びつけるなんて滅多にないことだぜ。お前、気を付けた方が良いぞ」


 ジャハナッグはニヤーッと笑った。それを見た俺は、自分の恐れは見せまいと、負けん気の強い顔をする。


「そうか」


 悪神を相手に、用心を怠るつもりはない。


「とはいえ、ゼラムナート様は心の広い方だ。だから、いきなりお前を取って食うようなことはないだろうが」


 どういう話なの流れになろうと、あのゼラムナートが俺に襲いかかってくるようなことはないだろう。


 でも、油断しているとおかしな魔法をかけられることはあるかもしれない。

 

「だろうな」


 いずれにしても、気を引き締めなければ。大事な話がなければ、俺を呼びつけるようなことはしないだろうから。


「それが分かってるなら、さっさとゼラムナート様のところに行け。人間、如きが神を待たせるもんじゃない」


 ジャハナッグは妙に説得力がある言い草をすると、かつてのフィズのように俺の肩にちょこんと乗った。


 それから、俺とジャハナッグは部室を出ると、そのまま東館の校舎へと向かう。

 

 最近、東館の雰囲気がまた一段とダークなものになった気がするんだよな。あのサンクナートの危惧も当然かもしれない。

 

 ま、ダークな雰囲気になったからと言って、学院の風紀が乱れたとかいう話は聞いていないから、その辺は安心して良いんだろうけど。

 

 俺はゼラムナートのいる教室までやって来ると、深呼吸して扉を開ける。

 

 そこには前に来た時と同じように儀式でもしているような銀色の燭台や祭壇があった。床にも大きな魔方陣が描かれていて、邪教的な雰囲気を醸し出している。

 

 俺が魔方陣の前にまでやって来ると、魔方陣の上でいきなり稲妻のような光りが迸る。そして、光りと共に現れたのは体長が十メートルはありそうな巨大な蛇だった。

 

 その背中には六枚の羽があり、顔には三つの目がある。

 

 圧倒的なまでの存在感を放つ蛇、いや、悪神ゼラムナートの出現に俺は緊張感を漲らせた。

 

「やっと来てくれたか。お前とこうして直接、会うのは二度目だな。フフ、前よりも良い面構えになった」


 ゼラムナートは蛇の顔で悠然と笑う。


 その大きな余裕を感じさせる態度を見て、俺も気を楽にする。危害を加えられる心配はないと判断したからだ。

 

「何か話があるって聞いたけど」


 俺はゼラムナートの額にある水晶のような瞳を見た。


「そうだ。我も回りくどい言い方は好まぬし、率直に話そう。最近、お前がサンクナート寄りの立場を示すようになったと耳にした」


 ゼラムナートの言葉に硬質さが宿る。顔は笑っているが、妖しげな光を放つ目は全く笑っていなかった。


「どういうことなのか聞かせて貰おうか」


 ゼラムナートは六枚の翼を大きく広げながら問い掛けてくる。


「別にサンクナート寄りの立場を取ったつもりなんてないけど」


 俺はゼラムナートを刺激しないような声音で言った。


 それを聞いたゼラムナートは三つの目から放たれる視線を、俺の肩にいるジャハナッグに向ける。

 

「だが、ジャハナッグはお前がサンクナートの僕である【ホワイト・ナイツ】の人間と密接に関わるようになったと言っているが」


 ゼラムナートの視線に射竦められたジャハナッグは少しビクッとした。


 荒っぽいことで知られるジャハナッグも、さすがにゼラムナートには深い恐れを抱いているようだな。

 

「学院中に張り巡らせている俺の情報網を甘く見るなよ、ディン。お前がどんな行動を取ろうと、俺の耳には自然と届いてしまうものさ」


 ジャハナッグは指で鼻の頭を擦った。


「そうか。確かに俺は【ホワイト・ナイツ】のメンバーと親交を深めているのは確かだ。でも、だからといって、サンクナートに与したつもりはない」


 それは本当だったので、俺もゼラムナートの顔から視線を逸らさなかった。


「だが、気付かぬ内にサンクナートの思想を擦り込まれることはある。お前も心が傾きかけているのではないか?」


 ゼラムナートは粘り着くような声で問い掛ける。これには俺も不快なものを感じたので、思わず顔をしかめた。


「だったらどうだって言うんだ。お前には関係のないことだろ」


 俺も語気が荒くなるのを止められなかった。


 ゼラムナートにいちいち気を遣って生活をしているわけじゃないからな。ゼラムナートだって、俺にそこまでは求めていないだろう。

 

「大いに違う。あの竜王ガンティアラスを倒したお前は学院の生徒にとって、希望の星とも言える存在だ」


 ゼラムナートは淀みなく言葉を続ける。


「そのお前がサンクナート寄りの立場を示せば、それは学院中の生徒に大きな影響を与えることになる」


 自分が思っている以上に、俺の影響力は強いと言うことか。確かにその辺の意識は欠けていたかもしれない。


「そうなればサンクナートの僕に成り下がった生徒たちを勢いづかせることにもなるだろう」


 確かにサンクナートを盲信している生徒は多そうだからな。


 サンクナートが一声、命じれば、例えそれがどんなことであっても従う奴は出て来るだろうし。

 

「事実、真の自由を求める生徒と、サンクナートを芳信し、行きすぎた規律を押しつけてくる生徒の対立は深まっているからな」


 真の自由とは笑わせてくれると俺も思ったが、さすがに口には出せなかった。


「下手をしたら、生徒たち同士の争いで血を見ることにもなるかしれん」


 そうならないような指示をするのが、お前やサンクナートの役目なのではないか。裏から影響力を行使するやり方はやっぱり好きになれないぞ。


「…」


 俺は黙り込んだ。


「しかも、サンクナートは我が友人であるクシャトリエルを断ち滅ぼそうとすらしていると聞いた」


 それは俺もサンクナートの口から直接、聞いた。あの言葉には俺も剣呑なものを感じてしまったし。


「そのような暴挙を我も見過ごすことはできぬ」


 ゼラムナートの目が鋭く光った。


「俺にどうしろと言うんだ?」


 俺は悩ましげな顔をする。まさか、俺にサンクナートを倒せとでも言うつもりか。そんなの絶対に無理な話だぞ。


「我を敵に回したくなければ、サンクナートやその僕である【ホワイト・ナイツ】の人間とは距離を置けと言っているのだ」


 ゼラムナートは端的に言った。その顔には余裕綽々といった態度は感じられないし、蛇らしい用心深さが垣間見れた。


「そうは言っても、【ホワイト・ナイツ】には俺の友達がいるからな。そんな要求は飲めない」


 共にアルカンデュラに戦いを挑むことになるレイシアやモリエールとの関係を断ち切ることなんてできないし。


「この我を敵に回すつもりか。なら、お前は死よりも恐ろしい目に遭うことになるし、その覚悟はできているのであろうな」


 ゼラムナートはカッと目を見開いて凄んできた。


 ただの脅しだということは分かってはいるが、返答しだいでは何をされるか分からない。やはり、悪神か。

 

 話せば、もう少し分かり合えると思ったんだけどな。

 

「そんなことを言われても」


 俺は動揺する。


「まあまあ、ゼラムナート様もそう怒りなさんなって」


 緊迫感を高める俺とゼラムナートの間に割って入ったのはジャハナッグだった。ジャハナッグは低頭さを感じさせる顔をしている。


「その顔を見るに何か考えがありそうだな、ジャハナッグ。言いたいことがあるのなら話してみるが良い」


 ゼラムナートは泰然自若さを取り戻すと、そう促した。


「はっきり言って、ディンと【ホワイト・ナイツ】の関わりを立つことは難しい。【ラグドール】の連中は生徒会長のエリオルドには概ね好意的だからな」


 ジャハナッグは顎に爪を這わせる。


「だが、俺の見た感じじゃ、ディンとサンクナートが相容れるとは思えない。ディンだってクシャトリエルを殺して良いなんて思ってはいないだろ?」


 ジャハナッグがくねるようにして首を曲げながら俺に問い掛けてくる。


「ああ」


 サンクナートはゼラムナート以上に好きになれない。もちろん、サンクナートが自分の考え方を軟化させてくれればその限りではないが。


「なら、ディンはこれからも中立的な立場を守るさ。でも、周りからの圧力で流されちまうことはあり得る」


 ジャハナッグは鬼胎を抱くように言った。


「だから、そうならないようにこのジャハナッグ様がディンの動向を監視してやる」


 この言葉には俺も頬の筋肉を引き攣らせた。


「それでもディンがサンクナートに与するようなら、その時は、俺が責任を持ってディンの体を八つ裂きにしてやるさ」


 ジャハナッグは鋭い牙を剥き出しにしながら笑った。それを見たゼラムナートは瞑想でもするように三つ目の瞼を閉じた。


「良いだろう。では、我もお前の言葉を信用するとしよう。くれぐれも、ディンがサンクナートの思想に靡くことがないように注意しろ」


 ゼラムナートの言葉にジャハナッグもしたり顔をする。


「我が言いたいのはそれだけだ」


 そう言うと、ゼラムナートは背景に溶け込むようにしてスーッと消えた。


 俺は不可視の圧迫感から解放されると疲れたように息を吐く。やはり、ゼラムナートと対峙していると相当な気力を搾り取られるな。

 

 あんな奴と戦うことにならなきゃ良いが。

 

「ま、そういうわけだから、俺もちょくちょくお前のいる部室に顔を出すからな。ちゃんと旨い物を用意しておけよ」


 ジャハナッグは大食らいのような笑みを見せた。


《第五章④ 終了》




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