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第五章 伝説の魔獣③

 第五章 伝説の魔獣③

 

 次の日、ハンスたちはアムネイアスの元に行きアルカンデュラとの戦いを見据えた魔法を習得しに行った。

 

 一方、俺はガナートス王の屋敷の前まではハンスたちに同行したが、その後は何もやることがないので町の歓楽街を歩くことにした。

 

 ちなみにこの町は絶えず変化しているという。今までは存在しなかった道や店が現れたり、逆に消えたりすると言う。

 

 まあ、元々は人知を越えた力で形を変えられ、迷宮の中に押し込まれた町だからな。時が経つ内にどこかが変化していても不思議ではない。

 

 俺は酒場や遊技場が軒を連ねる通りを歩く。

 

 それから、更に奥へと進むと、だんだん道幅が狭くなり、道そのものが入り組むようになった。

 

 そこにはある種の欲望を刺激するような光りを放っている店が建ち並んでいる。

 

 他にもオカルトチックで、何とも怪しげな雰囲気を漂わせる魔法品の店も何軒かあった。その店にはローブ姿の魔法使いのような人間が出入りしているし。

 

 こういう猥雑さは俺も嫌いじゃないな。

 

 もっとも、あのサンクナートなら、こんな場所にいるのは汚れた人間だと切って捨てただろうけど。

 

 でも、清らかなものだけが、世界を動かしているわけじゃないからな。

 

 例えば、汚いカビだって使い方によっては美味しいチーズを作るし、ソースなんかも熟成されるほど美味しくなる。

 

 清潔さを失い、腐敗したものが良いものを生み出すことはちゃんとあるのだ。

 

 本当に綺麗な水では魚も生きていけないと言うし、人間も同じなんじゃないかな。

 

 腐った部分をただ切り捨てようと躍起になっている奴らには分からない真理なのかもしれないが。

 

 俺はそんなことを考えながら、歩いていく。すると、白金色の髪をした女の子が、魔法品の店から出て来るのを見つけた。

 

「君はレティじゃないか」


 俺は慌ててそう声をかけていた。


「あ、お久しぶりです、ディン先輩。こんなところで会うなんて思いませんでしたし、奇遇ですね」


 振り返ったレティは袋を手にしながら、そう言った。それを受け、俺も人違いではなかったことにほっとする。


「ああ」


 レティと顔を合わせたのは、宴会があった日、以来だから本当に久しぶりだ。


「ひょっとして、ディン先輩もこの辺りにあるいやらしい店に遊びに来たんですか。まあ、ディン先輩も男の子ですし別に軽蔑はしませんけど」


 レティは近くにある店を見ながら言った。


「違うよ。俺は単にこの町を散策していただけさ。君こそ、こういう通りを一人で歩くのは危ないぞ」


 女の子が一人で歩くような通りじゃない。俺もガラの悪そうな男たちの横を何度か通り過ぎたからな。


「そうですね。でも、パーティーの先輩たちに、この町の魔法品を買ってくるように頼まれたんです。ですから、こういう通りも歩かざるを得なくて」


 レティは袋を持ち上げて見せた。


「なるほど。そういうことなら、学院まで送ってくよ。俺も当てもなくブラブラ歩いていたところだからな」


「ありがとうございます」


 レティはペコリと頭を下げる。


「にしても、君の先輩も随分と薄情だな。君一人をこんなところにある店にお使いに行かせるなんて」


 上下関係が厳しいとは聞いていたけど。


「慣れているので別に構いません」


 レティはそう言い切ると、指先に小さな光りの玉を作って見せた。


「それに私も姉さんほどではありませんが魔法を使えます。相手が普通の人だったら、絡まれても撃退できますよ」


 なら、心配は無用か。


 魔法使いの力は、見かけでは計れないからな。

 

 十歳の子供の魔法使いが武器を持った大人の男を五十人も殺したことがあることは俺も聞いていたし。

 

「そっか」


「でも、最近の姉さんはどんどん新しい魔法を覚えているんですよね。私と姉さんの力の差は広がる一方です」


 レイシアもアムネイアスのところで熱心に魔法を教わっているみたいだからな。アルカンデュラとの戦いでは大きな戦力になってくれると期待している。


「上を見て焦っても仕方がないさ。君は君のペースを守って力を付けていけば良い」


 俺もハンスみたいなことを言っているな。


「そう言ってくれると嬉しいです。私もいい加減、自分と姉さんを比較するのは止めようと思っていたんです」


 レティは自嘲するような笑みを浮かべると言葉を続ける。


「そうしないと自分にしかできない何かは見つけられませんから」


 レティの目は透き通るような光りを見せていた。俺も自分にしかできない何かという言葉を心の中で噛み砕く。


「それが良いな。もっと自分の個性を大切にしないと。苦手なものがあるなら、それは他の人に補って貰えば良い」


 俺なんて補って貰ってばかりだからな。


「だからこそのパーティーだろ?」


 パーティーで大切なのは、とにかく、自分の役割に徹することだ。


 であれば、できないことはできないとはっきり認めることが、成長への近道なんじゃないかな。

 

「そうですね。自分に足りないものを補い合えるパーティーは本当に素晴らしいと思います」


 レティの言葉に皮肉さは感じられなかった。


「だろ。一人で何もかもできるようになろうなんて考えない方が良いのさ。まあ、魔法使いは大抵、自分を万能たらんとする傾向があるみたいだけど」


 魔法使いは自分にできないことがあることを、なかなか認めたがらない人種だと爺さんも言っていた。


「極めてしまえば、魔法にできないことはありませんからね。数千年前の古代王国の人々は、不老不死や死者蘇生の魔法すら使えたと言いますし」


 ただの伝説とは言い難いものがあるよな。不老不死の体を持つラムセスのような魔法使いもいるわけだから。


 だが、そんな古代王国ですら、結局は滅んでしまったのだから、人間という生き物に救いはないのかもしれない。


「へー」


「実際、この町だって魔法の力で迷宮の中に押し込まれたんですよ。であれば、魔法の力に不可能なことなどないというのは確かでしょう」


 レティの熱を帯びた口調には、姉のレイシアと同じ響きがあった。やっぱり、レティも魔法使いなんだなと俺はしみじみと思った。


「でも、現実にはできないことがたくさんある」


 死んだ学院の生徒が生き返らないのが良い例だ。


「その通りです。当たり前のことですが、魔法を使うにはエネルギー、つまり魔力が必要になります」


 レティは講義でもするように説明を始める。


「一人の人間が持てる魔力には限界がありますから、やはり、できることにも限界が生じてしまいます」


 死者を生き返らせるほどのエネルギーは人間の体にはないということだ。


「真に万能な魔法を行使できるのは、人間とは桁が違う魔力を持つ神々だけでしょうね。だからこそ、人間は神々に縋り、その恩恵を得ようとするんです」


 その神が、サンクナートやゼラムナートなわけだからな。はっきり言って、奴らには縋る気にもならない。


「そうすれば、どんなことでも可能になるでしょう」


 レティは声のトーンを抑えながら言った。


「ややこしい話だ」


 俺は町の明かりを見ながら言った。


 歓楽街は昼間なのに夜の町を演出しているので、この時間からでも男なら酒が飲めそうだった。

 

「はい。とにかく、私もウジウジしていないで魔法以外のこともできるようにならないといけませんね」


 レティは急に前向きさを見せながら口を開く。


「料理や裁縫では新鮮味がありませんし、何かみんなを驚かせられるような特技は身につけられないでしょうか?」


 そう問い掛けられても困る。


「俺じゃ、思いつかないな。レティは何か今までやっていたことはないのか?」


 ただ遊んでいたわけじゃないんだろ。


 レイシアからはレティは努力家だと聞いているし、自分に秘められた可能性は模索していたはずだ。

 

「美術部にいたので、絵を描いていました」


 レティは苦艾でも食べた顔で言葉を続ける。


「でも、幾ら描いても上手くならなりませんでしたし、学院が迷宮に飛ばされてからは描くのをすっかり止めてしまいましたが」


 まあ、この状況でノンビリと絵を描いていられたら、それはそれで困るが。


「それは勿体ないな」


 伸び盛りの時に止めてしまうのは、損をしている気がしならない。迷宮の中での生活に絵を生かすことはできないものか。


「そんなことはありませんよ」


 レティは俺の顔から視線を外しながら、過去のことを語る。


「文化祭の時、私の絵は学院の正面玄関に飾られましたが、それを見ていく人たちはみんなつまらなそうな顔をしていましたから」


 サンクフォード学院の文化祭は俺も行ってみたかった。


「そうか。なら、俺にも正面玄関に飾られたっていう絵を見せてくれないか。もしかしたら、そいつらとは違う顔ができるかもしれないぞ」


 見て損になるようなものでもないだろうからな。暇潰しと言ったら言葉は悪いが、時間はたっぷりあるので見てみたい。

 

「別に良いですけど、たぶん見たらがっかりすると思いますよ。私も自分で描いてて、駄目な絵だなって思ってましたし」


「でも、見てみなきゃ分からない」


 良い意味でも悪い意味でも、自分の評価と他人の評価が違なるということは良くあることだからな。


 決めつけは良くない。

 

「分かりますよ。芸術で大切なのは心だって言いますし、私の絵には私の卑屈さが良く現れているんです」


 レティは打ち拉がれたように口を開く。


「そんなものが、人の心を打てるはずがありません」


 芸術の世界では時に負の感情が人の心を動かすものになると言うことをレティは知らないのだろうか。


 事実、明るい絵よりも、暗くて気持ちの悪い絵が評価されている世の中だし。


「例えそうだったとしても、俺は君の絵を見てみたいんだ。この好奇心まで、君は否定してしまうのか」


 俺の押しの強い言葉にレティは苦笑した。


「ディン先輩って、本当に物好きなんですね。分かりました、そこまで言うなら、学院に戻ったら美術室に行きましょう」


 レティの顔は少し嬉しそうだった。


「美術室には私の描いた絵が何点か残っていると思いますから、ディンさんの気が済むまで眺めてください」


 そう言って、レティはぎこちない笑みを浮かべた。


「ありがとう」


 レティが心を開いてくれて良かった。やっぱり、忍耐強く話せば、良い反応を引き出せるもんなんだな。


「いえ。私も姉さんの邪魔をするつもりはないんです。でも、ディン先輩には私のことも見て貰いたいですから」


 レティは頬を赤く染めながら言葉を続ける。


「この気持ちは、どうしても譲れません」


 そう言うと、レティは濃い雲が晴れたような良い顔で笑った。


《第五章③ 終了》



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