表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/104

第五章 伝説の魔獣②

 第五章 伝説の魔獣②


 俺たちは【ホワイト・ナイツ】のパーティーがアルカンデュラを倒してくれることを祈りながら、部室で時間を潰す。

 

 一ヶ月、以上も経ったせいか、学院を包み込んでいた暑さも少しだけ和らいだ気がする。


 このまま季節が移り変われば冬になる。もし冬になったら厳しい寒さを体験することになるのだろうか。

 

 俺のそんな素朴な疑問にハンスはサンクリウム王国の王都は一年を通してずっと暑い気候が続くと答えた。

 

 なので、学院が迷宮に飛ばされたばかりの頃もやはり今と同じくらい暑かったと言う。

 

 それを聞いた俺も残念な気持ちになった。つまり、ここでは季節の移り変わりがないと言うことだからな。

 

 俺の故郷の国は四季に富んでいたのに。

 

 そして、夕方になると、俺は校門の前が騒がしくなっているのを窓から目にする。


 その際、ガンティアラスに挑み、負けて帰ってきた生徒たちの顔がフラッシュバックした。また、あの時と同じ状況が再現されてしまったのか。

 

 俺は部室にはちょうど自分しかいなかったので、一人で校門の前へと向かう。


 廊下を駆けている間も心臓の鼓動は大きくなる一方だったし、オリヴィエが無事でいて欲しいと願いもした。

 

 そして、いざ、校門の前まで辿り着くと、そこには傷つき、疲れ切っている生徒たちの一団がいた。

 

 そんな生徒たちを野次馬のような生徒たちが取り囲んでいる。


 俺は負傷している生徒たちの中からオリヴィエを見つけ出すと話しかける。オリヴィエ頬から痛々しく血を流していた。


 でも、しっかりとした足付きで立っていたので、これには俺も安堵した。


「アルカンデュラは倒せたのか?」


 俺は祈るような気持ちで尋ねた。が、オリヴィエは目を伏せて首を振る。


「残念ながら、アルカンデュラを倒すことはできませんでした。かなりのところまで追い詰めることはできたのですが」


 オリヴィエの顔は精彩を欠いていた。


「そうか」


 まあ、ここにいる連中は勝利に喜んでいるような顔じゃなかったから、聞かなくても結果は分かっていた。


 それでも、オリヴィエの口から聞かされると、落胆もまた大きくなる。


「ですが、再生して強くなったアルカンデュラは一定の時間が経つと、その強さが元に戻ると言うことは分かりました」


 オリヴィエは強い意思を取り戻したような目で言葉を続ける。


「であれば、また違った対策を立てて、アルカンデュラに挑むことはできます。幸いにも今回の戦いで死者は出ませんでしたから」


 怪我をしている連中も、仲間の魔法使いから治癒の魔法をかけられていた。その顔つきを見るに命に別状のある人間はいないようだった。


「それは良かった」


 俺も心の底からほっとする。


 もし、死人が出ていたら、俺の心は更にどんよりと暗いものになったに違いない。アルカンデュラと戦おうとする勇気も萎んでしまっただろう。

 

「やはり、レイシアとモリエールを連れて行かなかったのは正解でしたね。あの二人はどうしても無茶をしてしまいますから」


 オリヴィエは二人の顔を思い出したのか、柔らかな表情で苦笑した。


「ああ」


 オリヴィエの判断は正しい。


 特に撤退の命令を無視するようなモリエールがいたら、ひょっとしたらパーティーの足並みが乱れて死人が出ていたかもしれない。

 

 もちろん、モリエール自身が死人になる可能性だってある。ま、モリエールも俺に助けられた一件で、性格的にはかなり丸くなったと思うが。

 

「あなたもアルカンデュラと戦うというなら、十分な対策を立ててください。くれぐれも私たちの二の舞になってはいけませんよ」


 オリヴィエは頬から流れる血を服の袖で拭った。


 その瞬間、俺の背後から澄み切ったような声が発せられた。これには俺も腕に鳥肌が立ってしまう。

 

「ご苦労様でした、オリヴィエ」


 振り返ると、俺の背後には神々しい美しさを持つ少女がいた。もちろん、その少女が何者なのか分からないわけがない。


「さ、サンクナート様だ」


 負傷していた生徒たちの顔がパァーと明るくなる。野次馬たちも波が引くように後ろに下がってサンクナートと距離を取った。


「あなたたちも良く頑張りましたね。すぐにその傷を癒してあげますので、体を楽にしてください」


 そう言うと、サンクナートは翳した掌から白くて柔らかな光りを溢れさせた。それから、その光りは負傷していた生徒たちの体を包み込む。


 すると、負傷していた生徒たちはすぐに元気な顔を取り戻した。

 

「ありがとうございました、サンクナート様」


 完全に傷が治ったのか【ホワイト・ナイツ】の生徒たちは恐縮したようにサンクナートに頭を垂れた。


「礼には及びません。私は当然のことをしただけですから」


 サンクナートの滑らかな言葉は清らかさに満ちていた。


「それに私にとって、あなたたちは我が子のようなものなのです。ですから、もっと私を頼ってください」


 そう言ってサンクナートは聖女のように微笑んだ。それから、オリヴィエの横にいた俺の方にも目を向ける。


 金の瞳が俺の顔を捉えた。

 

「あなたが竜王ガンティアラスを倒した冒険者ですか。なるほど、ただの生徒と違って、良い目をしていますね」


 サンクナートは張り付いたような笑みで言った。


「はあ」


 俺はどう答えて良いのか分からず、ただ気の抜けたような声を出す。情けないことにこの時の俺は完全に気後れしていた。


「あなたはあの勇者シュルナーグの孫とも聞いているのですが、残念ながら私はシュルナーグとは面識がありません」


 サンクナートは俺の顔を真っ直ぐに見据える。それを受け、俺も目を逸らしがたい圧力のようなものを感じた。


「ですから、彼の素晴らしさは人伝に聞くしかなかったのです」


 ま、爺さんを悪く言う人間はいないだろうな。少なくとも、俺の国では大英雄として持て囃されていたし。


 むしろ悪く言われるのは、俺や俺の父さんだ。

 

「とはいえ、今のあなたを見れば、シュルナーグがいかに人間として大きな器を持っていたのかも分かるというものです」


 俺を見て、ねぇ。


「あなたのような人物には是非とも学院の治安を守る【ホワイト・ナイツ】の活動に加わって貰いたいものですね」


 サンクナートは優しそうに笑っていたが、その目は何とも冷たい光りを宿していた。まあ、冷たい目をする人間は珍しくない。


 ただ、あのオリヴィエよりも冷たい目をする人間は俺も知らなかった。なので、俺はサンクナートに対して身構える。

 

「…」


 俺は押し黙ってしまう。が、サンクナートは笑みをそのままに話を続ける。


「最近、学院では悪神ゼラムナートの影響力が増してきているように思えるのです。生徒たちの心を堕落させるような商売も営まれているようですし」


 サンクナートは金色の髪を揺らしながら、校舎の方に目を向ける。その表情には隠しきれない嫌悪感が浮かんでいた。


「それは許すわけにはいかないと?」


 俺はサンクナートの言葉を継ぐように言った。


「当然です。私は善神サンクナートなのです。悪や汚れと言ったものから人々の心を守らなければならない義務があります」


 サンクナートの声に揺るぎはなかった。だが、その声には、どうしても狂信的なものを感じてしまうのだ。


 もっとも、サンクナートは神だから、誰かを崇めているわけではないだろう。もし、崇めているものがあるとすれば自らが持つ価値観だ。


「そうですか」


 俺は溜息を吐きたくなるのを堪えた。


「あなたも若い男の子ですから、色々な欲望に流されることもあるでしょう。ですが、そのような欲望とは戦わなければ」


 サンクナートはそう諭したが、俺は反論したくなる。


「欲望を満たしてはいけないんですか」


 俺はゼラムナートの欲望こそ人間の本質という言葉を思い出していた。


 その言葉を肯定するつもりはないが、サンクナートの言葉を聞いていると、どうしても反発したくなる。

 

「はい。人間は常に心の清さを大切にしなければなりません。汚らわしい欲望はその清さを奪い取るものです」


 サンクナートの言葉はある種の冷たさを帯びていた。


「異性に対する愛も汚らわしいのですか?」


 俺は食い下がるように尋ねる。


「私も然るべき順序を守った上での愛を禁止するようなことはありませんよ。てすが、それは子供のあなたたちにはまだ早すぎるものです」


 俺たちくらいの年齢で結婚している奴らはけっこういるんだけどな。それに少女の姿をしているサンクナートが言うと、何だかなと言う感じがしてしまう。


「ましてや、あなたたちは学生です。そのような愛を満喫するのに相応しい身分ではありません」


 まあ、今の俺は一応、この学院の生徒だからな。その言葉には逆らえない。


「なるほど」


 まあ、言っていることに間違いはないよな。


「ですから、クシャトリエルのように異性との交遊を勧めるような神は断ち滅ぼさなければならないのです」


 サンクナートの言葉に俺の肌がビリッとする。


「それはやり過ぎなんじゃ」


 断ち滅ぼすなんて、本気なのか。


 クシャトリエルは何かを盗んだわけではないし、誰かを傷つけたりしたわけでもないんだぞ。もちろん、クシャトリエルが営んでいた店を擁護するつもりはないが。

 

「立派な実を腐らせようとする、汚らわしき神を野放しにするわけにはいきません。もちろん、それは私の兄妹でもある悪神ゼラムナートも同じですが」


 なら、先に自分の兄妹の方を何とかしろよと言いたくなる。


 俺も安っぽい正義感を振り翳すわけじゃないが、クシャトリエルを殺すのは間違っていると思う。

 

 どうにかして、折り合いをつけることはできないのか。

 

「だが、この少年からは微かではあるが、クシャトリエルの匂いがするぞ。どうやら、この少年は私たちの側に立ってくれるような人間ではなさそうだ」


 サンクナートの肩に止まっている手乗りサイズの白いドラゴンが、俺の内心を見抜くようにそう言った。


 こいつは善竜エリュミナスだな。

 

「誰にでも過ちはあります」


 サンクナートは並々ならぬ力を込めて言葉を続ける。


「であれば、大切なのはその過ちを悔い改めることです。私は悔い改めようとする人間まで断ち滅ぼして良いなどとは言いませんよ」


 サンクナートの言葉にはエリュミナスは翼を広げた。その横顔は涼しげだが、主と同じで冷たいものを感じる。


「まあ、どうしても私たちの側に立たないというのであれば、その時はこの顎で砕いてやるまでだ」


 エリュミナスは金色に輝く牙を見せる。


 まるで生きた彫刻のような美しさを持つエリュミナスだが、強大化すればどれだけの凶暴さを見せるか。

 

 正直、ぞっとするな。

 

「私は竜王ガンティアラスのように甘くはないぞ」


 エリュミナスはそう凄んで見せた。


「こらこら、善竜エリュミナスともあろうものが、簡単に暴力に訴え出てはいけませんよ。あなたは悪竜ジャハナッグの動きを押さえ込んでいれば良いのです」


 サンクナートは子供をあやすように言うと、エリュミナスの頭を撫でる。エリュミナスも俺に対する敵意を収めて目を閉じた。


「ふん、命拾いしたな」


 エリュミナスは鼻息を出しながら言った。


 こいつはジャハナッグとは違った意味で、好きになれないドラゴンだな。それだけに、フィズがいかに親切なドラゴンだったかを思い知らされる。

 

 俺は倒すべき相手を間違えたのかもしれないなと心の中で呟いた。

 

「ですが、このまま汚れた神たちとの交流を続ければ、やがて、本当にこの私の敵となるでしょう」


 サンクナートの目が刃のように鋭くなる。


「そうなった時は私も容赦できませんよ」


 サンクナートのその言葉には俺も背筋が寒くなる。この時の俺はサンクナートとは必ず戦うことになるという予感があった。


 少なくとも、俺はサンクナートとは相容れない。


 それだけは確かだ。

 

 俺は難しい顔で俺とサンクナートの遣り取りを聞いていたオリヴィエに目配する。それから、胸がざわつくものを感じながら、【ラグドール】の部室へと戻った。

 

《第五章② 終了》



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ