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第四章 更なる力を求めて①

 第四章 更なる力を求めて①


 更に二週間が過ぎ、第四階層の迷宮の攻略も大幅に進んだ。


 特にギルド、【ホワイト・ナイツ】の第一パーティーは七十二階にある魔獣アルカンデュラのいるゲートまで辿り着いたと言うからな。

 

 ただ、その第一パーティーはアルカンデュラとは少し戦っただけで、戦略的な撤退をしたらしい。

 

 まずはアルカンデュラの能力を正確に把握することが先決。

 

 力押しで戦えばガンティアラスの時のように、死者すら出るほどの痛い目に遭いかねない。そうならないためには撤退も一つの手だろう。

 

 そして、そんな【ホワイト・ナイツ】の連中が言うにはアルカンデュラの戦闘力はガンティアラスほどではないらしい。

 

 ただ、再生力がずば抜けていて、腕を切り落とされても瞬く間に再生してしまったと言う。しかも、再生した体はより強靱になったらしい。

 

 問題なくアルカンデュラの体を切り裂けた刃が、再生した後では斬り付けた瞬間に砕け散ってしまったと言うからな。

 

 効いていた魔法も、再生した後では全くダメージを与えられなくなったみたいだし。

 

 つまり、アルカンデュラは再生する度に強くなると言うことだ。

 

 そんな厄介な特性を持つアルカンデュラをどうやって攻略するか、【ホワイト・ナイツ】の連中も頭を悩ませているらしい。

 

 一方、俺たち【ラグドール】はパーティーとしての活動を休止して、それぞれの力を磨いていた。

 

 特にチェルシーは魔力不足という課題があったからな。だから、魔力の総量を増やすために、アムネイアスの元で自分を徹底的に鍛え上げていた。

 

 その成果もあってか、チェルシーも段々、魔法使いらしくなってきた。もっとも、アリスにはまだまだ適わないが。

 

 そして、最近の俺はソロで迷宮に潜るようになっていた。みんなは自分の習得したい技術がはっきりしていたからな。

 

 だから、ただ剣を振るうしか能のない俺だけが暇を持て余すようになってしまったのだ。

 

 当の俺もこのままでは駄目だと思い、リーダーであるハンスの許可を得て一人で迷宮に潜り、戦いに対する研鑽を積んでいた。

 

 もちろん、潜っているのは第五階層の迷宮だけど。

 

 それに、最近は戦いだけでなく知識も取り入れようと積極的に図書室にも足を運んでいる。でも、図書室ではどうしても物語の本ばかり借りてしまうんだよな。


「この本を借りたいんだけど」


 俺は勇者への道、という伝奇の本を借りようとする。


「あ、はいはい」


 眼鏡をかけ、栗色の髪を三つ編みにした高等部の女子生徒が、慣れた手つきで貸し出しカードを本から抜き取る。


 それから、知的さを漂わせながらも、どこか抜けている顔で女子生徒は相好を崩した。


「にしても、ディン君は最近、良く図書室に来ますねぇ。ひょっとして、暇を持て余しているんですか?」


 女子生徒は何気に失礼なことを口にする。


 そんな女子生徒、いや、フィオナ・ナディールはここ最近、本を借りに来る俺にちょくちょくと話しかけてくれるのだ。

 

 だから、名前も覚えてしまった。

 

「そんなところだよ」


 俺は気恥ずかしそうに言った。


「でも、ここのところディン君の活躍って聞いてませんよ。第五階層にいた時はあんなに凄かったのに」


 フィオナは貸し出しカードにハンコを押す。


 俺もみんなから寄せられる期待を裏切りたくないんだけど、やっぱり暢気に本なんて借りてるとそう思われるよな。

 

「そう言われても、俺は自分のペースを守っているだけだからな。それに人に自分の活躍を見て貰いたくて、迷宮に潜ってるわけじゃないし」


 人の目を気にしてはいけない。


 それは重々、承知してるんだけど、どうしても駆り立てられるようなプレッシャーを感じてしまう。

 

 今まではどんな目で見られようと、どこ吹く風だったけど今の俺は違うんだよな。気付かない内に、重荷のような感情を背負っているのだ。

 

 それが良いことなのか悪いことなのかは分からないけど。

 

「なるほど。だから、その余裕なんですね」


 フィオナは三つ編みを揺らしながら笑う。


 フィオナはけっこうズケズケのものを言うけど、そこに悪意があるわけではないのだ。ただ、少しばかり天然気味なだけで。

 

 だから、俺も狭量な態度は見せない。

 

「そんな風に納得されても困るけど」


 俺は目を泳がせてしまった。


「でも、ディン君はこの学院の生徒じゃない本業の冒険者だったんでしょ」


 フィオナは眼鏡のフレームに指をかけながら言葉を続ける。


「物語の本をたくさん読む冒険者って何となく珍しい感じがしますよねぇ。いえ、それが悪いってわけじゃないんですけど」


 フィオナは俺の気を悪くさせないように言い繕った。


「分かってるよ」


 冒険者は荒くれ者っていうイメージは依然として強いからな。実際、本を読む冒険者は本当に少ないのだろう。


 ちなみにサンクリウム王国の王都には大図書館があると聞いてるし、足は運んでおきたかったな。


「でも、物語の本を借りてくのはディン君だけじゃないですよ」


 フィオナが目で笑う。


「今までは図書室に寄りつきもしなかった生徒が、学院が迷宮に飛ばされてからは、けっこう物語の本を借りてきますからね」


 どういう心境の変化だろうな。


「そうなんだ」


「はい。やっぱり、本は心の栄養ですね。特に物語の本は読む人に活力のようなものを与えてくれますよ」


「単に現実逃避したいだけじゃないのか」


 俺は笑いながら皮肉を口にしていた。ま、本が心の栄養になるって言う点は同感だけど。

「そんな言い方をしてはいけませんよ」


 フィオナは人差し指を立てて、まるで教師のような口振りで話し始める。


「物語に出て来るような冒険者になりたいっていう生徒が、実際に凄い活躍をしていることはちゃんとあるんですから」


「そりゃ、初耳だ」


 そんな生徒がいるならお目に掛かりたいな。


「物語には人を変える力があるって私も信じたいんですよねぇ。だから、学院がこんな状況なのに私ったら小説とか書いてるんですけど」


 フィオナはそう言って一拍、置いた。


「やっぱり、馬鹿ですかね」


 フィオナは笑いながらも寂しげな顔をした。


「そんなことはないんじゃないのか。その小説が学院のみんなの心の栄養になるなら、価値はあるよ」


 少なくとも、この図書室にある本は俺の心の栄養になった。


 フィオナの小説だって、内容にも寄るけど、読む人の心を豊かにしてくれるものになるかもしれない。

 

 だから、小説を書くことを卑下して欲しくはないな。

 

「そう言ってくれると嬉しいです」


 フィオナは一転して笑みを広げると、貸し出しカウンターの上にどっさりと原稿用紙を置いた。


「ちなみに小説が書き終わったら、校内掲示板に連載するような形で原稿を貼り出すんで、良かったら読んでくださいね」


 この原稿が貼り出されるというわけか。全部、掲載されるまでに何ヶ月かかるだろうか。


「ああ」


 なら、期待して読ませて貰おう。こんな理由でもなきゃ、校内掲示板の前には寄りつかないからな。


「私ももし戦う力があったら迷宮に潜りたいんですけどねぇ。でも、残念ながら私はショートソード一つ持てません」


 フィオナはなぜか胸を張った。


「魔法は駄目なのか?」


「魔法に対する知識はあるんですけど、魔法を使う素養が全くないんですよね。だからお手上げです」


「それで良く生活していけるな」


 俺が知る限り、フィオナはいつも図書室にいるし、定期的に迷宮の中に潜っているとは思えない。


 しかも、どこかのパーティーやギルドに所属しているわけでもないって言うからな。なら、良い生活はできないだろう。


「図書委員をやっているだけでも、少しはお金を貰えます。生活保護のようなものもちゃんと支給されますし」


「学院の人間は、必要最低限の生活はできるように保証されてるって聞いたな」


 国の社会保障制度のようなものだ。


「でも、何もしないってわけじゃありませんよ。生活保護を受けている生徒は、学院の様々な仕事を割り当てられますし」


 フィオナもその一人か。


「迷宮で戦うだけが、仕事ではありません。どんな仕事でも、やらなければ確実に困る人が出て来るんですから」


 フィオナはキラーンと眼鏡を光らせた。


「そ、そうか」


 俺はちょっと退いてしまった。


「ま、私のようにのんびりと椅子に座っているだけで、生活させて貰うのはちょっと負い目がありますけどねぇ」


 フィオナはまるで我が子を見るように、図書室に置かれている本を貸し出しカウンターから眺めた。


「でも、図書委員だって、この学院には必要な仕事だろ。だったら、悪いことなんて何もないさ」


 フィオナはお勧めの本とかも教えてくれるからな。それには俺も助けられているし、やはり必要のない仕事なんてない。


「そう言ってくれると嬉しいです。私もお金が貯まったら、新しい本を買ってこの図書室の新刊コーナーに置いてあげたいです」


 新刊コーナーはずっと変化してないみたいなんだよな。


「ありがたいことに第四階層の町には本屋があるって聞いてますからねぇ。私も魔界にいた人たちがどんな物語を綴っているのかは興味がありますよ」


 本屋があるってことが分かったなら、新刊コーナーもこれから充実していきそうだな。


 でも、フィオナは転移の魔方陣を使えるだけの冒険者ランクはないはずだが。ま、そこは誰かに頼んで買ってきて貰うという方法も使えるだろう。

 

 自分の目で本を選べないのは歯痒いかもしれないが。

 

「なら、新刊コーナーに置かれる本には期待させて貰おうかな。やっぱり、図書室があると買ってまで本を読む気にはなれないし」


 俺はフィオナから借りる本を受け取りながら言った。


「はい」


 フィオナは満面の笑みを浮かべた。


《第四章① 終了》




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