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第三章 新しい舞台⑥

 第三章 新しい舞台⑥ 


 俺は学院の校舎でレイシアと別れると、ラグドールの部室に戻ってくる。すると、そこには食材を調理し始めていた、アリスとチェルシーがいた。


 アリスの包丁の扱いは見事なものだが、チェルシーも負けてはいない。


 ま、チェルシーは元々、肉の切り分けをしていたので、ナイフが包丁に変わってもさほど問題はないのだろう。

 

 それから、野菜や肉を鍋に入れて、それをグツグツと煮込む。どうやらビーフシチューを作っているらしい。

 

 そして、シチューができると、今度はチキンやポテトなども油で揚げ始めた。最後に大きなソーセージもジュージューと音を立てさせながらフライパンで焼く。

 

 そして、料理が完成すると、アリスとチェルシーの二人はそれを皿に盛りつけ、長机の上に運ぶ。

 

 すると、長机の上が何とも華やかなものになった。

 

 俺たちは料理を囲むようにして椅子に座ると、自分のグラスにワインを注ぐ。そして、互いに顔を見合わせると、乾杯と言ってグラスを高く掲げた。

 

 が、その瞬間、計ったようなタイミングで部室の扉が開く。

 

「失礼するわよ」


 そう不躾にも聞こえる声を発して、部室の扉を開けたのはレイシアだった。


「またレイシアか。今度はなんの用だ?」


 俺が眉を持ち上げると、レイシアの横にはもう一人、女の子がいた。その女の子は白金色の髪をしていて、顔立ちも人形のように端正だった。


 この女の子は前に見たことがある。


 夜の部室棟の廊下にいて、俺を見たら走り去ってしまった女の子だ。

 

「あなたたち、宴会をしているんでしょ。なら、私と妹のレティも混ぜてよ。私もいつもみたいに空気を悪くするようなことは言わないから」


 そう言うと、レイシアは隣にいた妹の手を掴んで、部室の中に入る。


「お邪魔なら、私はすぐに帰ります。私は姉さんに無理やり腕を引っ張られて、ここに来ただけですから」


 女の子、いや、レティは無表情で言った。


「どうして、レティはそう連れないことを言うの。だから、自分のパーティーのメンバーからも苛められるんじゃない」


 レイシアはレティの横腹を肘で突っついた。


「苛められてなんていません。ちょっと、雑用が厳しいだけですから」


 レティは憮然とする。


「厳しい雑用を押しつけられている時点で、苛められてるってことなのよ。本人にその自覚がないのは致命的ね」


 レイシアは宙を仰ぎながら肩を竦めた。


「どうする、ハンス?」


 俺は香ばしい匂いを漂わせるフライドチキンを見ながら、ハンスに尋ねる。


「別に構わないよ。料理はたくさんあるし、女の子が一人、二人、増えたところで困ることは何もない」


 ポーカーフェイスの得意なハンスは嫌な顔は見せなかった。


「さすがハンスだな、心が広い」


 俺はその言葉に安心しながら、手にしたフライドチキンにかぶり付いた。


「からかわないでくれ。でも、椅子がないな。ちょっと隣の倉庫から折り畳み式の椅子を持って来てくれないか、カイル」


 ハンスの言葉を聞き、カイルも半眼になる。


「俺かよ。ま、良いけどな」


 そう言うと、カイルはワインを勢い良く喉に流し込んで、部室を出た。


 それから、一分も経たない内にカイルは木製の椅子を運んでくる。それを受け、レイシアとレティもその椅子にちょこんと座った。


「じゃあ、遠慮せずにどんどん食べてね。今日の料理は本当に美味しくできたし、きっとレティちゃんとの口にも合うと思うから」


 アリスはほんわかとした声で言うと、すぐにシチューの入った皿をレイシアとレティの前に置いた。


 チェルシーもスプーンを二人の皿の横に添える。


「分かりました」


 レティは堅さの抜けない顔で、シチューを食べ始める。すると、ハンスが話題を振るように声を上げた。


「ところでレティちゃんは、中等部の何年生なんだい?お姉さんと同じで、スタイルが良いけど」


 ハンスの言う通り、レティはまるでバレエダンサーのように腰が細くて、足がすらりと長かった。


 将来はとびっきりの美人になると断言できる。


「私は中等部の二年生ですけど」


 そう答えるレティは中等部の制服を着ている。


「へー、チェルシーよりも一個、下なのか。それでそのスタイルを持ってるんだから、チェルシーも負けられねぇな」


 カイルはフライドチキンの肉を食い千切りながら言った。


「アタシは自分の胸と身長については、もう諦めてるから良いの。カイルも余計なことは言わないでよ」


 チェルシーは頬を膨らませる。


「悪い、悪い」


 そう言いつつも、カイルは悪びれる様子もなく、値段の割りには美味しいワインをゴクゴクと飲み干した。


「それでレティちゃんは、どんなパーティーに所属してるの。レイシアの言葉だと、あんまり良いパーティーじゃないみたいだけど」


 そう控えめな声で尋ねたのはアリスだ。


「私は女子だけのパーティー、【フラワー・ガール】に所属しています」


 レティは声のトーンを下げながら言った。


「【フラワー・ガール】ならアタシも聞いたことがあるよ。【フラワー・ガール】のメンバーって、男子にも負けないような力強い戦い方ができるんだよね」


 チェルシーは本当に何でも知っているな。


「はい」


 レティのこめかみがピクッとしたのを俺も見逃さなかった。


「でも、その反面、上下関係がもの凄く厳しいって話だけどね。ま、アタシだったら、そんなパーティーにいるのは耐えられないな」


 上下関係があるパーティーなんて、チェルシーだけでなく俺も耐えられないだろうな。


「でも、私は耐えられます。どうせ、私は姉さんとは違って何の力もないから、パーティーの選り好みなんてできませんし」


 レティはレイシアに当て擦るように言った。


「だったら、無理してパーティーになんて入らなきゃ良いのよ。生活していくのに必要な物は私がちゃんと渡すって言ってるでしょ」


 レイシアはシチューに厚切りのパンを浸しながら言った。


「姉さんの、世話にはなりたくないですから」


 レティはにべもなく言った。


「ほらね、こういうことを言う子だから、私も困り果てているのよ。誰に似たら、こんな性格になるのかしらね」


 レイシアはレティの話を既に聞いていた俺に向かってそう言うと、やれやれと首を振った。


「そういう姉さんこそ、お父さんにもお母さんにも似ていませんよ。だから、私のことは言えないと思います」


 レティもすぐに切り返す。


「それもそうね」


 レイシアはおどけたようなポーズを取った。


「とにかく、このシチューはとても美味しいです。私も姉さんも料理は下手ですから、この味には少し感激してしまいました」


 レティはそこでやっと笑った。


「そう言ってくれると嬉しいな。良かったら、私が料理を教えてあげようか。きっと、すぐに上手になれるよ」


 アリスの提案に、レティはまた顔の表情を厳しくする。


「そこまでして貰うわけにはいきません。もし、料理を覚える気があるのなら、図書室で料理の本を借りて、自分で覚えます」


 レティは他人を頼るのが苦手みたいだな。


「こう見えてレティは努力家なの。でも、要領が悪いせいか、学院が地上にあった時も成績の方はパッとしなかったのよね」


 レイシアの言葉にレティは暗く沈み込むような顔をする。


「私は姉さんのような天才肌の人間とは違いますから」


 レティはそう嫌味を口にする。その様子を見るに、相当、鬱積した心が溜まっているみたいだな。


「そうやって卑屈になってるから、物事が上手くいかないのよ。やっぱり、何事も前向きにいかなきゃね」


 レイシアは簡単に言うけど、誰もがそんな風に生きられるわけじゃない。


「そうですね」


 レティは小さく息を吐いた。


「私からこんなことを頼むのは気が引けるんだけど、良かったらレティを【ラグドール】に入れて貰えないかな」


 レイシアの思わぬ言葉に、みんなも料理を食べる手を止めた。


「姉さん!」


 レティが激昂した様な声を上げる。


「あんたは黙ってて。とにかく、【フラワー・ガール】の連中は明らかにレティを苛めてるの。姉として、それを看過することはできないわ」


 レイシアは頑然と言葉を続ける。


「だから、レティには【ラグドール】のような良いパーティーの中にいて貰いたいの。そうすれば、私も余計な心配しなくて済むし」


 レイシアは本当に妹思いなんだな。


「【ホワイト・ナイツ】じゃ駄目なのか」


 俺はあまり考えを巡らせずに、そう問い掛けた。


 そんなにレティのことが心配なら、自分と一緒のギルドにいられるようにすれば良いだけだろう。

 

「兄妹だから、なんて理由で入団を許してくれるほど、【ホワイト・ナイツ】のみんなは甘くないわよ」


 そういうところには冷たさを感じるんだよな。


「【ラグドール】に入るって言うなら、僕は構わないよ。来る者は拒まないのが僕たちのモットーだからね」


 ハンスはここでも嫌な顔を見せなかった。


「そうだよ。【ラグドール】には仲間に辛いことを押しつけるような奴はいないから、安心して良いよ」


 チェルシーもレティのことは快く受け入れるつもりらしい。


「ああ。【ラグドール 】のメンバーはみんな対等なんだ。年齢とか性別は全く関係ねぇし、変に気を遣う必要もねぇ」


 カイルもレティの凍り付いた心を溶かすように笑う。


「うん。レティちゃんさえその気なら、私も色々と教えてあげるよ。無理に迷宮に潜れとも言わないし」


 アリスもレイシアを相手にしている時のような、ある種の複雑さは感じさせなかった。


「ありがとうございます。でも、私はもう少し【フラワー・ガール】で頑張ってみようと思います」


 レティはペコリと頭を下げた。


「頑迷ね」


 レイシアは深々とした溜息を吐く。


「ま、本人がそう言うなら、仕方がないな。でも、【ラグドール】の門戸は常に開いていることは忘れないでくれよ」


 俺はレティの意思を尊重するように言った。


「ありがとうございます、ディン先輩」


 レティの先輩という呼び方に俺もドキッとしてしまう。


「先輩なんて呼び方は止めてくれよ。俺はこの学院の本当の生徒じゃないんだから」


 名誉生徒なんて自慢できるステータスじゃない。


「そうですね。でも、私、ディン先輩には憧れているんです」


 レティの熱を帯びた声で言葉を続ける。


「運動館で開かれたパーティーでラムセスが現れた時も、一歩も退かずに毅然とした言葉を発していましたし、それを見たら私も何だか感動してしまって」


 レティは頬を赤らめながら言った。


「あれね」


 俺は照れ臭くなって、頭の後ろを掻く。


「あの言葉を聞いてからは、私もディン先輩が物語に出て来る勇者のように思えるようになりました」


 それはちょっと大袈裟すぎるぞ。


「それに、今日、この部室に来たのもディン先輩に会いたかったからなんです」


 そういう下心があったわけか。


「引っ込み思案のレティの口からそんな言葉が出るとはね。でも、ディンは私のボーイフレンドなんだから、レティも手を出したら承知しないわよ」


 レイシアがたちまちムキになった。


「そうですね。私じゃどう逆立ちしても姉さんには勝てっこないですし」


 レティは肩を窄めた。


「俺はレティともっと仲良くなりたいよ。だから、いつでもこの部室に遊びに来てくれ。俺だけじゃなく、みんなだって歓迎してくれるから」


 俺は人の良さが【ラグドール】の最大のウリだからなと思いながら言った。


「はい」


 レティもようやく元気の良い声を出してくれた。


 その後、俺たちは他愛のない話をしながら、和やかな時間を過ごした。

 

 レイシアも最初に言った通り、空気を悪くするようなことは言わなかったし、レティも表情を綻ばせながらシチューを口に運んでいた。

 

 俺もこういう時間がいつまでも続けば良いと本気で思う。それから、三十分ほど経つと、レティが改まったような声を発した。

 

「【ラグドール】の皆さん、美味しい料理を食べさせてくれて、ありがとうございました」


 レティはみんなに向かってまた頭を下げる。


「まだ【フラワー・ガール】での仕事も残っていますので、私はそろそろ自分の部室に帰らせて貰います」


 そう言って立ち上がったレティもシチューの入った皿は空にしていた。

 

「アリス先輩、機会があったら、このシチューの作り方を教えてくださいね」


 レティはそう付け加えるように言って、部室から出て行こうとする。


「じゃあ、私もレティを部室まで送って行くから、これで失礼させて貰うわ。今日は本当にありがとう」


 そう言うと、レイシアも慌てて椅子から立ち上がると、レティの後を追いかけて行った。


「行っちゃったね。レティは中等部の生徒だし、もう少しアタシと仲良くなってくれると思ったんだけどな」


 チェルシーはレイシアが閉めた部室の扉をじっと見詰める。


「でも、レティちゃんも十分、心を開いてくれたと思うよ。ただ、それが私たちには伝わりにくかっただけで」


 繊細な心を持つアリスの言葉に間違いはないと思う。


「そうだな」


 俺はレイシアとレティの仲も改善すると良いなと思った。それから、何となく会話が途切れて、みんなも料理を食べる手を止めてしまう。


 それを見た俺も仲間が増えるのが本当に良いことなのか少し考えてしまった。


「ま、気を取り直して料理を食おうぜ。シチューはまだまだあるし、コルクを抜いたワインは今日中に飲んでおかねぇと」


 気まずい雰囲気を吹き飛ばすような、陽気な声を上げたのはカイルだった。


 それから、カイルの言葉のおかげでガス抜きができた俺たちはまた楽しい話をしながら夜遅くまで宴会を楽しんだのだった。

 

《第三章⑥ 終了 第四章に続く》






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