第三章 新しい舞台⑤
第三章 新しい舞台⑤
俺とレイシアは第四階層の町を歩いていた。
レイシアは主に魔法品の店を何軒か覗いていたが、彼女の期待に応えられるような良い物は置かれていなかった。
なので、レイシアも品物を見るのを、すぐに飽きてしまう。
俺は武器と防具を売っている店のカウンターの前で立ち止まったが、やはりたいした物は陳列されていなかった。
学院と同じで、モンスターが町に入ることはないみたいだから、武具も必要ないのだろう。
あと、ハンスが頼んだワインも忘れずに買った。意外と安かったので、俺も味には不安を感じた。
ま、ワインは高ければ旨いというものでもないからな。実際の味は飲んでみなきゃ分からない。
そして、一通り町にある店を冷やかして回ると、最後に遊んでいる子供たちがいる広場にやって来た。
俺とレイシアはお菓子屋で買ったクレープを食べている。
この町にクレープなんて洒落たものがあったことには新鮮な驚きを感じたし、なかなか美味しかったので、他のお菓子も買ってみたくなった。
「ホント、この町って見るべき物が何もないわよねー。地上の王都だったら、一日中、歩き回っても飽きることはないのに」
レイシアはベンチに座りながらクレープを齧る。その横顔は、年相応の女の子らしくて、素直に可愛かった。
「無茶、言うなよ。この町は迷宮の中にあるんだぞ。地上の王都と同じものを期待することが、そもそも間違ってる」
俺も迷宮に飛ばされる前に、地上の王都をもっと良く見ておきたかったな。
もし、歩く通りが一本、違っていたらラムセスには会わなかったかもしれないと思わずにはいられない。
「でも、もっと上の階に行けば良い町もあるかもしれないわよ。でなきゃ、面白くないし」
レイシアはフフンと笑った。
「命が掛かってる迷宮の攻略はゲームとは違うんだ。面白いかどうかで、判断するのは危険だと思うけど」
面白半分に迷宮に足を踏み入れたりすれば、時と場所によっては命を落としかねない。俺も迷宮に挑む時は常に真剣勝負だからな。
「そうね。でも、私は今の生活が楽しいわ。学院が地上にある頃は、私って友達が一人もいなかったから」
レイシアは特別な感情を込めるわけでもなく言った。
「そうなのか?」
「ええ。いけ好かない性格をした、鼻持ちならない優等生って影で言われてたから。ま、それでも私を苛めて来るような奴は現れなかったけど」
レイシアの影を感じさせない顔で笑う。
「もし、私に手なんて出そうものなら、魔法の力でコテンパに叩きのめされるのは、みんなも分かってたからね」
レイシアは男勝りな一面を見せる。
まあ、俺も魔法使いに中途半端に手を出すのは危険だと爺さんから教わったからな。魔法使いには殺す気で手を出さないと、返り討ちにあってしまう。
「そうか」
「だから、みんな私を遠巻きにして、露骨に無視し続けたのよ。それは、私の実の妹のレティも同じだったから、私も人生を止めたくなっちゃったわよ」
レイシアはやれやれと肩を竦めた。
「でも、今は違うんだろ?」
「ええ。学院が迷宮の最下層に飛ばされてからは、皮肉なことに私も周りの人たちと上手くやれるようになったの」
レイシアはこそばゆい笑みを浮かべた。
「特に【ホワイト・ナイツ】のみんなは私のことを頼りにしてくれるし、信じてもくれる。正直、それは悪い気分じゃないわ」
「良かったな」
俺はレイシアの言葉にどこか救われたものを感じた。
「ええ。だから、一生、この状態が続けば良いのにとか、思っちゃうのよね。そんなの絶対に無理な話なのに」
レイシアはクレープを食べ終えると、指についたクリームを舐めた。
「そうだな。この状態が続くようなら、まだまだ死人は増える。学院の人間だって確実に歳を取るし、問題も増えるだろうな」
俺は目力を強くして言葉を続ける。
「誰もが大賢者ウルベリウスや大魔導師アムネイアスのように魔法の力で若さを保てるわけじゃないし」
常人の数倍は生きているはずのあの二人の力にだって限界はあるのだ。永遠に生きられるのは、やはり神や悪魔だけだろう。
「そうよね。神が使う世界系の魔法なら、同じ日を何度も繰り返させることができるみたいだけど、人間にはそんなことは無理よね」
俺の読んだ本でも、そんなおとぎ話があったな。
「ああ。俺も世界系の魔法が使われるのは物語の中だけだって思っていたからな。例え神でもそんな魔法を本当に使えるのかどうか」
ただ、世界系の魔法の片鱗のようなものはあのクシャトリエルに見せられた気がする。
「でも、私は使えるって信じたいわね」
レイシアは遠くを見ながら言葉を続ける。
「魔法使いにとって、世界系の魔法が使えるようになるのは大きな夢だし、実際にこの世界で使われてると思ったら、励みにもなるわ」
レイシアはチェックのスカートの裾を揺らしながら、白くて長い足を伸ばした。
「俺も魔法が使えたらな」
俺は何とはなしにそんな言葉を呟いていた。
「ディンはどうして魔法が使えないの?あなたのお爺さんの勇者シュルナーグは聖なる魔法を使えたって話だけど」
レイシアの瞳に観察するような光りが宿った。
「俺もそう聞いてる。でも、俺は爺さんの血を引いているのにもかかわらず全く魔法が使えないんだ」
爺さんも、俺にははっきりとお前に魔法を使う力はないと言ったし。
「勇者シュルナーグは聖神エルセイオンの加護を受けていたはずだから、それで魔法使いの血が流れてなくても魔法を使えたのかもしれないわね」
「それはあるかもな」
死んだ婆さんが、聖神エルセイオン信じていたのもそれが理由か。
「まっ、魔法が使えるかどうかなんてあんまり気にしない方が良いわよ。人間の価値なんて、そんなものじゃ決まらないし」
誰もがそう思ってくれるなら良いんだけど。
「それで、ディンは【ラグドール】の居心地はどう?」
レイシアが気を利かせるように話題を変えた。
「悪くないよ。パーティーにいるのはみんな良い奴だし、俺の足を引っ張らない実力も持っているから」
俺をこんな良いパーティーに巡り合わせてくれた運命…、いや、フィズには感謝している。
「そうなんだ。じゃあ、もし冗談を抜きにして、私たちのギルドに入れてあげるって言ったらどうする?」
レイシアは俺の顔を横から覗き込んだ。
「遠慮させて貰うよ」
俺は無感情な声で言った。
「【ホワイト・ナイツ】のメンバーになれる機会なんて、そうあるもんじゃないわよ。なりたくても、なれない生徒はいっぱいいるし」
それは俺も聞いている。
【ホワイト・ナイツ】のメンバーになれるのはエリオルド会長に認められた人物だけなのだ。少なくとも表向きはそうなっている。
「だけど、俺は【ラグドール】が良いんだ」
ハンスたちを裏切ることはできない。もちろん、居心地が良いというのも、【ラグドール】にいたいと思える大きな要因だ。
「それは残念ね。ま、私がこんなことを言うのも、【ホワイト・ナイツ】の副団長のオリヴィエの指示があったからなんだけど」
「そうか」
【ホワイト・ナイツ】のためにオリヴィエが影で色々と動いている。だから、エリオルド会長が直接、指揮しなくてもギルドが上手く成り立っているらしい。
ただ、オリヴィエのやり方には反感を覚えている生徒も少なくないようだ。
「私もあなたと一緒に迷宮を攻略したいんだけどな。でも、それは叶わぬ夢か」
レイシアは手を上に伸ばして大きく伸びをする。
「なら君も【ラグドール】のメンバーになれば良い。【ラグドール】のリーダーのハンスは来る者は拒まないって言ってるぞ」
もっとも、モリエールのような奴はお断りだが。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、私は【ホワイト・ナイツ】からは出られないよ」
レイシアの目が切なそうに瞬いた。
「エリオルド会長は本当に私に良くしてくれたし、他のメンバーが私に寄せる期待も裏切るわけにはいかないから」
レイシアは義務感のようなものを感じさせるように言った。
「そっか」
俺は微苦笑した。
ま、そういうところは、どこのパーティーやギルドでも同じだろう。仲間への信頼がなければ危険な迷宮で戦っていくことなどできはしない。
「さてと、そろそろ学院に戻りましょうか。この広場も人が少なくなってきたし」
そう言うと、レイシアはベンチから立ち上がると、腰に手を当てる。気が付けば、広場で遊んでいた子供たちの姿は見えなくなっていた。
「ああ」
話が湿っぽくなり始めていたし、俺も帰るには良い頃合いだなと思った。
「今日は私に付き合ってくれてありがとう。なかなか楽しかったし、次はもっと良い場所で、あなたとはデートしたいわね」
そう言って、レイシアは弾けたような笑みを浮かべた。
《第三章⑤ 終了》




