第三章 新しい舞台①
第三章 新しい舞台①
ハンスの言った一週間が過ぎた。
十分、自由な時間を満喫した俺はそろそろ迷宮に潜りたいなと思った。日頃の疲れを取る休日にしては、さすがに一週間は長すぎたからな。
ちなみに何度か足を運んだ冒険者の館では、出現するモンスターの情報やフロアーの構造を記した地図が公開され始めた。
ま、今のところは命を落とした生徒もいないようだし、迷宮の攻略は順調に進んでいるようだ。
みんな第五階層で燻っていた時よりも、明らかに生き生きとした顔をしているし。
とはいえ、俺も冒険者の館では、しつこく【ラグドール】はまだ動かないのかと尋ねられた。
竜王ガンティアラスを倒したことで、迷宮を攻略しようとする意思が燃え尽きてしまったのかとも言われたし。
これには俺も返答に困った。
しかも、俺たちがノンビリしている間に大手のギルドが先を争うように大きな仕事をこなし続けたからな。
おかげで、【ラグドール】の冒険者ランキングも一気に十四位にまで落ちてしまった。
冒険者の館のスタッフも竜王ガンティアラスを倒したから、などという理由で俺たちのパーティーを特別扱いするようなことはなかったし。
もっとも、ハンスたちはまだまだ挽回できるから大丈夫だと言っていたけど。
ま、ハンスたちも何もしないでいたわけではなく、第四階層の町まで足を運んで、あの大魔導師アムネイアスに魔法を教わっていたからな。
幾つか新しい魔法も習得できたみたいだし、俺もどんな戦い方ができるようになったのかは早く確かめたかった。
とにかく、学院のみんなもそろそろ俺たち【ラグドール】の活躍を見たがっているに違いない。
であれば、今日あたりに沈黙を破るべきだろう。これ以上、何もしない状態を続ければ、さすがに信頼を失う。
竜王ガンティアラスを倒せたのもマグレに違いないなどと言う輩も出て来るだろう。俺もそれは悔しい。
そう思った俺はみんなが朝食の席に着いているのを見て、徐に口を開いた。
「そろそろ、迷宮に潜ってみないか、みんな。これ以上、ノンビリしているとさすがに学院の連中から白い目で見られるようになるぞ」
俺はみんなに発破をかけるように言った。
「人目を気にするなんて、ディン君らしくないな」
ハンスは新聞を広げながら、悠々とコーヒーを飲んでいる。俺のもどかしさのようなものはハンスには伝わっていない。
「俺もこの学院の一員になったってことを自覚し始めたんだよ。だから、こうして学院の制服も着るようにしたんじゃないか」
ブレザーの制服の着心地は悪くない。
この制服は、俺が着てきたどんな服のデザインよりもセンスが良いからな。それを着こなせれば、俺の格好良さにも磨きがかかる。
「なかなか似合ってるよ。もっとも、馬子に衣装って言う感じもしなくもないけどね。ネクタイの形も少しおかしいし」
ハンスは新聞から顔を上げると、磊落と笑った。
「そっか。俺はこのネクタイってやつがどうにも好きになれないんだよな。結び方はアリスに教えて貰ったけど、どうしても上手くいかないし」
不器用なのかなと本気で落ち込んだくらいだし、ネクタイを作った人間を恨みたくもなってしまった。
「なに、ネクタイの結び方なんて、その内、覚えられるさ。現に学院の生徒は全員、できていることなんだから」
誰でもできることが、俺にはできないと言うことはないと信じたいな。
「とにかく、周りの目や言葉は無視した方が良いよ。僕たちはあくまでお気楽パーティーなんだからね」
ハンスは新聞を折り畳むと、クイッとコーヒーを飲み干した。
「まだ、そんなことを言ってるのか」
俺は思わず呆れてしまった。
「その心の余裕をなくしたら、僕たちは僕たちの持ち味を失う。そうなれば必ず無理が出て来るし、大きな失敗もしかねないよ」
「そういう考え方もあるか」
全く、無理をしないというのも、それはそれで問題があるように思えるけど。
「ああ。みんながあれこれ言ってくる時だからこそ、心の余裕を持たないと。他人の言葉に踊らされるようになったら、それは危険な兆候だ」
ハンスはそう言い聞かせると、言葉を続ける。
「ま、僕も迷宮に入ること自体を反対するつもりはないよ。これ以上、ダラダラすると気力に穴が空きそうだから」
ハンスならそう言ってくれると思っていた。
「アタシはアムネイアスに武器に属性を付与させる魔法を教えて貰ったからね。これでディンも炎や雷の剣を振るうことができるよ」
チェルシーは手にしていたフォークに赤色の火を灯す。
そのフォークを皿の上にあったベーコンに突き刺すと、ベーコンが燃え上がった。
でも、ベーコンは焦げることなく、ジューシーに焼き上がっていた。焼き具合もコントローできる、炎の力を宿したフォークか。
この力には俺も期待が持てそうだな。
「雷の剣は格好良さそうだな。早く見てみたいぞ」
俺が感電することがなきゃ良いけど。
「焦らない、焦らない」
チェルシーは得意げに笑った。
「私は攻撃魔法を重点的に覚えたかな。あと、炎や冷気なんかのブレス系の攻撃を防ぐ魔法の効果も強めることができたし」
あれ以上の破壊力を生み出せるとしたら、アリスの魔法は本当に頼もしい。
問題なのは、その魔法を使うだけの魔力の量を増やせるかどうかだ。どんなに強力な魔法でも何度も使えないようではあまり意味がないからな。
ま、アリスならそこら辺はちゃんと考えて、魔法を習得してくれることだろう。
「それなら、ドラゴンのようなモンスターに炎を吐かれても大丈夫だな」
ちなみにアムネイアスの話によると、第四階層のゲートを守るボスは伝説の魔獣、アルカンデュラらしい。
竜王ガンティアラスとどちらが強いかなどと言うことは現時点では分からないが、強敵なのは間違いないだろう。
しかも、アルカンデュラは多彩なブレスを吐くみたいだし、もし戦うことになったらアリスの魔法が必要不可欠だな。
「でも、アムネイアス様は第四階層には魔法を使うモンスターも出て来るって言うの。だから、魔法から身を守る魔法も、現在、教えて貰っているところだよ」
アリスの言葉に俺は背筋が寒くなった。
モンスターの使う魔法がアリスと同じくらいの威力があったら、この体もバラバラに吹き飛ばされかねない。
今はモンスターの使う魔法がたいしたことないことを祈るしかないな。
「俺は料理人のギルドで肉の切り分けを教えて貰ったぜ。技術としてはまだまだが、これからもっと練習を積むつもりだ」
カイルは塊になっているベーコンの肉を綺麗に切り分ける。
「せっかくチェルシーが料理を作るようになったんだ。旨い肉はどんな時でも持ち帰れるようにならないとな」
それは良いなと思った俺はハンスのお株を奪うような言葉を口にする。
「そうか。なら、みんなの力を見るためにもさっそく冒険者の館で仕事を引き受けよう。この一週間で、第四階層の仕事もけっこう増えたからな」
俺の見た限りでは報酬の額も高かったし、やり甲斐もあるだろう。
「もちろん、ハンスも反対はしないよな」
俺はしたり顔で問いかけた。
「ああ。学院のみんなには、何かの幸運でガンティアラスが倒せたなどと思わせるわけにはいかないからな」
ハンスはニヤッ笑う。
「また僕たちの実力を披露してやろうじゃないか」
ハンスがそう言うと、みんなも笑顔で頷いた。それから、俺たちは朝食を早めに食べ終えると、冒険者の館に向かった。
《第三章① 終了》




