第二章 第四階層で待つ者⑧
第二章 第四階層で待つ者⑧
俺たちは町で買った食材を手に、【ラグドール】の部室へと戻ってくる。すると、そこにはハンスとカイルがいて椅子に腰を落ち着かせていた。
二人とも俺たちを見ると何か食べようと言ったので、アリスとチェルシーはすぐに料理の支度に取りかかった。
そういえば、でき合いの食べ物を部室に持っていき、夕食として食べることは今までもあったけど、部室で本格的な夕食を作るのを見るのは俺も初めてだな。
昨日、チェルシーが調理したドレイクの肉は本当にただ焼いただけで、料理とはちょっと言えないものだったし。
果たして、今回、できあがる料理には期待をしても良いのだろうか。
町でアリスとチェルシーが買っていた食材も、パッと見ただけじゃ旨いものなのかどうなのか分からない代物だったから。
が、そんな俺の不安を払拭するように、三十分後には見事な夕食が完成し、料理の乗った皿が長机の上にずらりと並べられた。
「お、今日の夕食はやけに豪勢じゃねぇか。しかも、手作りだしアリスが今まで振る舞ってくれた料理とも雰囲気が違うな」
カイルが舌なめずりをしながら料理の乗っている皿を見る。
料理は見た目も良く、ワインを使ったと思われる赤色のソースがかかった肉など、まるで輝いているように見えた。
「今回はチェルシーも作ってくれたからね。私もチェルシーの料理の味はちゃんと確認したけど、かなり美味しかったからみんなも安心して食べて良いよ」
アリスのお墨付きがあるなら確かに安心だ。
「そりゃ楽しみだ」
カイルはニヤリと笑った。
「僕も同じだな。アリスの作ってくれる料理の味付けには慣れちゃってたから、チェルシーの味付けには是非とも期待したい」
そう言うとハンスはナイフとフォークを使って、ソースがかかっている肉を口に運ぶ。カイルも豪快に肉の塊にかぶり付いた。
俺もナイフで肉を切り分けて、それをそっと舌の上に乗せる。
「どうかな。アタシが味付けしたお肉なんだけど」
チェルシーが上目遣いでハンスとカイルを見る。
「うん、こりゃ旨いな。チェルシー、お前はまだ料理の練習を始めたばかりなんだろ。それでこの味ならたいしたもんだ」
そう言って、カイルは明朗に笑った。カイルの言葉は嘘ではなく、俺も思わず唸らせられるような美味しさを感じた。
「カイルがアタシのことを手放しで褒めてくれるなんて珍しいね」
この時ばかりはチェルシーも誰にでも分かるような、ほっとした顔をしていた。
「そういう余計な一言がなきゃ、俺だってお前を褒めてやりてぇと思う時はたくさんあるんだよ」
カイルは肉を飲み込むと、わざとらしい仕草で口を尖らせて見せる。
「そっか」
チェルシーの口元が小さく綻ぶ。自分に正直なカイルの言葉なら、そのまま信じて良いと思ったのだろう。
「確かにこの味なら、これからも安心して夕食を作って貰えるな。本当にお世辞、抜きでチェルシーの料理は美味しいよ」
ハンスの言葉にも何ら無理はなかった。
「そう言ってくれると嬉しいな。なら、アリスを超えられるように頑張らないと」
チェルシーは奮起するように握り拳を作る。
「でも、あんまりチェルシーの料理の腕が上達すると、私の出番がなくなっちゃうよ。私も料理を作るのは好きだし」
アリスが頬を掻きながら苦笑した。
「なら、二人で切磋琢磨して料理の腕を磨き続けるんだな。僕たち男性陣も何かできることを探すから」
ハンスはそう言ったけど、俺はできることなんて何も思い浮かばなかった。
「洗い流しを手伝う、なんて言うのは駄目だからね。発想があまりにも安直すぎるし、アタシも洗い流しまでしっかりするのが料理だと思ってるから」
チェルシーは人差し指をハンスの鼻先に突きつけた。
「洗い流しが駄目となると、僕も困るな」
ハンスはズレかけた眼鏡のフレームを摘みながら苦笑いをする。
「そうか。じゃあ、俺も料理を作るってガラじゃねぇから、もっと単純に肉の切り分けなんかを習得しとくか。そうすりゃ、チェルシーがいない時に狩ったモンスターの肉でも、持ち帰れるし」
カイルの言葉は生産的だった。
「それは良いね。アタシも前々から肉の切り分けは男の仕事だと思ってたし、いつも手が血で臭くなるのは嫌だよ」
まあ、肉の切り分けは女の子の仕事じゃないよな。
「なら、僕は工作をしようかな。こう見えても僕は手先が器用だし、罅が入っている本棚なんかは直して置きたい」
ハンスは古びた本棚にフォークの尖端を向けた。
「そうしてくれると私も助かるよ。ちょうどベッドの足が痛んでギシギシと軋むような音を立て始めてたところだから」
アリスは自分が使っているベッドを一瞥した。
「みんなすぐにやるべきことを見つけられて羨ましいな。俺は冒険者だし、本業の冒険を頑張るしかないよ」
俺はやるせない声で言った。
「それが一番、大事なことなんだから良いんじゃないの。ま、そういうことなら、自分を鍛えるためにソロで迷宮の探索をするのも良いかもね」
チェルシーはソロという言葉を強調する。
「ディンの実力なら、一人で迷宮に潜ってもまず大丈夫でしょ」
油断はできないけどな。
「ああ」
俺も一人でも戦い抜ける自信はある。もちろん、その自信はしっかりとした実力に裏打ちされたものだ。
だが、迷宮にいるモンスターは毒を使う奴もいる。一瞬の気の緩みが死に繋がりかねないことは俺だって熟知しているのだ。
「でも、一人で迷宮を探索するには十分な情報が必要だ。だから、一人で第四階層の迷宮に足を踏み入れるのは、まだ止めた方が良いだろうな」
ハンスの言う通り、潜るのは第五界層の迷宮だけにして置いた方が良いだろう。
チェルシーも前に情報は命よりも大切になると言っていたからな。その言葉の意味は俺も今日までの間に十分、理解することができた。
「そうだな。ま、俺もしばらくはゆっくりするつもりだし、焦って一人で突っ走るつもりはないから、みんなも安心してくれ」
一人で無理をしないためのパーティーだからな。俺ももっと肩の力を抜いて、みんなを頼って良い気がする。
その後、俺たちは思う存分、美味しい料理に舌鼓を打つと、夜の団欒を楽しんだ。
《第二章⑧ 終了 第三章に続く》




