第二章 第四階層で待つ者③
第二章 第四階層で待つ者③
俺たちは歩いている途中で道端にいる人にガナートス王のいる場所を聞いてみた。どうも、ガナートス王はこの町では一番、大きな建物、いや、屋敷にいるらしい。
もっとも、その屋敷は俺たちが知っているような屋敷の外観はしてないようだが。
そして、現在、俺たちがぞろぞろと歩いている大通りの両端には点々とした形で店が建っていた。
でも、地上の王都のように武器や防具などを売っている店は一件しかなく、ほとんどが食料品店や雑貨店だった。
俺たちは見るべき物はあまりない大通りを歩いて行くと、突き当たりにあったガナートス王のいるという屋敷に辿り着く。
ただ、その屋敷はのっぺりとした飾り気のない建物で、ただ大きいだけの建物のようにも見えた。
俺たちは衛兵もいない屋敷の中に足を踏み入れる。すると、使用人のような服を着た若い女性が玄関に現れた。
その女性の服は地上の王都の文化に通じるようなデザインをしている。もっとも、着ている女性の肌は緑色だが。
「僕たちは迷宮の最下層から来た冒険者だ。ガナートス王に会いに来たんだけど、案内して貰えるかな」
ハンスは臆すことなくスラスラと言った。
「畏まりました」
使用人のような女性は軽く頭を下げると「では、ついてきてください」とだけ言って歩きだした。
用件など全く聞かずに、俺たちを家の中に通してしまう使用人にはある意味、不安を覚えなくもないが。
ま、門前払いをされなかっただけマシだと思おう。
そして、辿り着いた王宮にあるような謁見の間を彷彿とさせる部屋には、豪奢な椅子に座った一人の男がいた。
「おお、良く来たな、ウルベリウスの教え子たちよ。お前たちが来るのを余も首を長くして待っておったぞ」
壮年に見える男が顎髭を撫でながら、貫禄たっぷりに笑っていた。その体は武闘家のように逞しい。
この男がガナートス王か。
賢王と聞いていたので、賢さよりも肉体的な強さを感じさせる姿をしていたことを俺も意外に思ってしまった。
「き、恐縮です、ガナートス王」
ハンスは慌てて頭を垂れた。
「堅苦しいぞ、小僧。余はもはや王の座には着いていないというのに、その謙り方は何だ。慇懃無礼であろう」
賢王、いや、ガナートス王は良く通る声で言った。
「ですが、あなたが礼を必要とする王族であることには違いありませんので」
ハンスは食い下がる。
「つまらんことを言ってくれるな」
ガナートス王は顎をしゃくりながら言葉を続ける。
「あのガンティアラスを倒した猛者が来ると聞いていたから余も期待しておったのだが、そのように縮こまられては興醒めも良いところだ」
ガナートス王は鼻を鳴らした。
「すみません。でも、どうしてそのことを?」
ハンスは狼狽えながら尋ねる。
「余にはかつてのウルベリウスのような相談役がついておる。そやつが、お前たちが来るのを予見しておったのだ」
ガナートス王は視線を横に滑らせる。
「なあ、世界最高の魔導師アムネイアスよ」
その言葉と同時に、ガナートス王の傍らに銀髪の女性がスーッと背景から浮かび上がるようにして現れた。
その現れ方はあのラムセスを思い起こさせる。
「はい。私の千里眼はあらゆるものを見通せます。もっとも、神々の行動はその範疇ではありませんが」
魔法使い然とした白のローブを着込み、長い銀髪を靡かせた妙齢の女性は嫋やかに笑った。
彼女がこの世界でただ一人、偉大な大魔導師の称号を持つことを許されたあのアムネイアスなのか。
俺もアムネイアスのことは爺さんから少しだけ聞いていたけど、こんなに美しい女性だとは思わなかったな。
「あなたが、勇者シュルナーグの孫ですね。なるほど、こうして肉眼で見てもあなたとシュルナーグの顔は良く似ている」
女性、いや、アムネイアスは貴婦人のような上品な笑みを浮かべた。
「あのガンティアラスが情を持ってしまったのも分かる気がします」
この女性は何もかも知っていると俺も直感的に察した。
「はあ」
俺は間の抜けた声を上げた。
「それで、お前たちの用件は何だ?まさか余の首を取りに来たというわけでもあるまい」
ガナートス王の眼光が鋭くなる。
「とんでもない。俺たちはなぜあなたがこの町にいるのか聞きに来ただけで、暴力沙汰はご免です」
ハンスが喋らなくなってしまったので、代わりに俺が受け答える。
「そのためだけにここに来たというのか。それはまたつまらぬことを言ってくれるが、まあ、勿体ぶるような話でもないから聞かせてやろう」
ガナートス王はそう言うと、淀みなく言葉を続ける。
「あの闇の魔導師ラムセスが地上の離宮で暇を持て余すように暮らしていた余にこの町を治めて欲しいと頼んできおったのだ」
やはり、ラムセスが裏で糸を引いていたか。
「余とてラムセスのことは好きではないが、何しろ地上にいた時は本当に何もやることがなくてのう。だから、興味半分に引き受けてしまったのだ」
さすがにそれは短絡的すぎやしないか。まあ、その辺の豪快さもガナートス王の持ち味なんだろうが。
「ただし、王の座を退いても余の相談役をしてくれていたアムネイアスも一緒で良いのなら、という条件付きでな」
ガナートス王はアムネイアスを横目にする。
「そうだったんですか」
俺は息を吐いた。
「期待に添えぬようだが、余もラムセスの真意など分からぬぞ。そういうことを聞きたければ余よりアムネイアスの方が適任だ」
ガナートス王はそう言ったが、アムネイアスは影のある目をした。
「私もラムセスやラムセスに取り憑いている邪神ヘルガウストの真意は測りかねます」
アムネイアスは淡々と言葉を続ける。
「ですが、一つだけ言えることがあるとすれば、あなたたちが置かれている状況は単なるラムセスの余興などではないと言うことです」
アムネイアスははっきりと言った。
「私はそう遠くない日に、迷宮だけでなくこの世界そのものに破滅的な何かが訪れる気がしてなりません」
アムネイアスの顔に憂慮の表情が浮かぶ。
「破滅的な何かですか?」
大袈裟とはいえないな。
「はい。でなければ、このリバインニウムにいる力ある神や悪魔たちが、このような迷宮に住まうはずがないからです」
それはサンクナートやゼラムナートのことを言っているのだろうか。
「そうですか」
俺はアムネイアスの赤い瞳を見て、息苦しくなった。
「私も千年以上、生きていますが、これでも歴とした人間です。神や悪魔たちのやろうとしていることを完全に把握することなどできませんし、それを阻むこともできません」
人間の力には自ずと限界がある。幾ら大魔導師でも神や悪魔には打ち勝てるほどの力はないと言うことか。
「ですから、私の力ではラムセスはともかく、邪神ヘルガウストを倒すことなどできないということは理解して貰いたいですね」
アムネイアスは何があろうと邪神ヘルガウストとは戦ってくれない。その強い意思は感じ取れた。
「と、いうことだ。ラムセスや邪神ヘルガウストの打倒に余やアムネイアスの力を頼ろうとしても、それは無駄なこと」
ガナートス王は平坦な声で言葉を続ける。
「生きて地上の王都に戻りたければ、安易に他人を当てにせずに自分の力で何とかするしかないのう」
身も蓋もない言い方だったが、ガナートス王の言葉は正しかった。
「本当にアタシたちを地上に戻すことはできないの、アムネイアス様」
チェルシーが縋り付くような声で言った。
「できません。私もこの迷宮に来る前にラムセスとはきちんとした盟約を結んでいます。なので、あなたたちを地上に戻すことはその盟約に反します」
アムネイアスはきっぱりと言った。
魔法使いが交わす盟約には大きな強制力がある。それを破ると死に至ることすらあると俺も爺さんから聞いていた。
考え方によっては、盟約は呪いにも等しい。
「もし、できることがあるとすれば私の使える魔法を、あなたたちに教えることくらいでしょうか」
アムネイアスの言葉に挑むような声を上げたのはレイシアだ。
「それでも構わないわ、アムネイアス。あなたに人を思いやる気持ちがあるのなら、私に魔法を教えてちょうだい」
レイシアはキッとした目で言葉を続ける。
「私はその力で学院のみんなを救って見せる」
レイシアは剣を振り下ろすような声で言った。
「私からもお願いして良いですか、アムネイアス様。この先に進むためには、今のままの自分の力では絶対に駄目ですから」
レイシアに対抗意識を燃やしたのかアリスもそう言った。
「分かりました。では、魔法を学びたい時はいつでもこの屋敷に来てください。あなたたちさえ学ぶ気があるのなら、私も自分の魔法を余すところなく伝授します」
アムネイアスの言葉にみんなの顔が明るくなった。
「それと、この町にある神殿には転移の魔方陣があります。それを起動させれば、学院とこの町を簡単に行き来できるようになるはずです」
それは思いがけない言葉だった。
「そんなものがあるんですか?」
そう流行るように尋ねたのは俺だ。
「はい。私は盟約に反するので、その転移の魔方陣を起動させることはできませんが、あなたたちなら問題なく起動できるでしょう」
アムネイアスはサラサラとした声で言葉を続ける。
「ここから上の階は普通にモンスターが出て来る迷宮になっていますし、急がなくても良いというのであれば転移の魔方陣で一度、学院に戻った方が良いのでは?」
それを聞くとみんな明るさを取り戻したような顔をした。簡単に学院に戻れるというなら、これほど喜ばしいことはない。
迷宮の中を行ったり来たりする苦労は骨身に染みているからな。
だが、俺はすぐに冷静になる。
あのラムセスがそんな親切なものを用意してくれていることに違和感を覚えたからだ。だとすると、邪神ヘルガウストの入れ知恵かもしれないな。
どこまでがラムセスの意思なのか分からないところに、俺も不安を感じるけど。
そんなことを考えている俺の頭にアムネイアスが口にした「破滅的な何か」という言葉が木霊する。
その言葉を心の中で噛み砕くと、何とも嫌な予感が沸き上がってきた。
ラムセスの行動には何かとんでもない裏があるという予感が。
その後、俺たちはガナートス王とアムネイアスにお礼を言って屋敷を出ると、転移の魔方陣があるという神殿へと向かった。
《第二章③ 終了》




