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第一章 ホワイト・ナイツの面子⑦

 第一章 ホワイト・ナイツの面子⑦


 俺は突っ立っていることに苦痛を感じ始めると、ハンスたちがいる【ラグドール】の部室の前に戻って来る。

 それから、何も考えずにドアを開けて中に入った。

 

 が、足を踏み入れた部室の中はいつもと違っていた。どこかで見たことがあるようなピンク色の壁をしていたのだ。

 

 俺は慌てて振り返るが、その時には入り口のドアは消えていた。これには俺もぎょっとさせられる。

 

 背後にあったはずの扉が消えるなんて、何の手品だ。

 

「あら、また会ったわね、ディン君。私もガンティアラスを倒した君の顔と名前はしっかりと覚えさせて貰ったわよ」


 ジプシーのような衣装を身につけた女の子の顔には見覚えがあった。


「君は確か秘密クラブ・クシャナにいた女の子だったな」


 俺は頬から汗を垂らす。今、俺が迷い込んだ部屋の中はムッとするような熱気に包まれていた。


 理性を溶かすような甘い匂いも漂ってくるし。


「私の顔を覚えて貰えて光栄だわ。ちなみに、この時間からは当クラブのサービス内容はよりディープなものに変わるの」


 女の子は嫋やかに笑う。


「より、ディープなもの?」


 俺はドキッとした。


「ええ。女の子たちと、もっと楽しいことができるようになるってことよ。男の子たちが押さえ込んでいた欲求は私たちが解放してあげる」


 女の子の妖艶な言葉に俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


「まるで伝説に出て来る夢魔みたいだな。で、君は一体、何者なんだ?」


 俺は女の子の心を擽られるような笑みを見ながら問い掛ける。


 俺も目の前にいるのは普通の人間ではないと察していた。人間の女の子にしては、笑い方が完璧すぎるからな。

 

 こんな笑みは熟女でも浮かべられないだろう。

 

「私は妖精の女王、クシャトリエル」


 その言葉と同時に女の子の体が白光に包まれる。


 次の瞬間、現れたのは金色の髪に白い肌、そして、完璧なプロポーションの体を持つ二十歳くらいの女性だ。

 

 ただ、頭には人間でない証拠に角が二本、生えている。角は曲がりくねっていて、悪魔的な雰囲気を漂わせていた。


 一方、着ている服は森を思わせる緑色の衣装で、胸と股の間だけを覆い隠している。

 

「元々、私は異性に対する愛を司る神だったんだけど、人間の道徳心が高まるにつれ、次第に信仰されなくなったわ」


 クシャトリエルは苦い顔で言葉を紡ぐ。


「そんな人間たちが厄介、払いするように私に宛がった役割は、下等な存在と見なされていた妖精たちを治めること」


 クシャトリエルはポツリと言った。


「だから、私は神なのに、妖精の女王などと言われるようになったのよ」


 妖精の女王が、妖精とは限らないってわけだな。


「そういうことか」


 神なら、俺を異空間の中に迷い込ませることもできる。


 爺さんも、神の中には自分だけの空間というか世界を持っている者がいると言っていた。おそらく、この場所はクシャトリエルの世界なのだろう。

 

 なら、そう簡単には出られまい。

 

「ま、今は道徳を嫌い、あらゆる形の自由を尊重する悪神ゼラムナートの後ろ盾を得て、本来の役割を果たしているんだけどね」


 ゼラムナートなら、こういう店を営むことも簡単に許してくれるだろうな。


「本来の役割?」


 分かっているが一応、尋ねてみた。


「つまり、人間の異性に対する欲求を満たしてあげてるってことよ」


 クシャトリエルはサラリと言った。


「そうか」


 俺はクシャトリエルの顔から視線を下げる。クシャトリエルの目を見ていると、心が吸い込まれそうだったから。


「はっきり言うけど、私を下等な夢魔なんかと一緒にしないでよ。私はこれでも歴とした神なんだし、その誇りはちゃんと持っているわ」


 クシャトリエルはハキハキと言った。


 俺も異性に対する愛は何となく汚くて、卑猥なもののように思っていた。でも、それは住んでいた土地柄のせいだろうな。


 少なくとも俺の住んでいた素朴な村で、異性に対する愛を司る神を信仰する者などいない。むしろ、そういったものを禁じるような神がありがたがられているのだ。

 

 人間として異性に対する愛を頭から否定してしまうのはどうなのかと思うけど。

 

「まあ、大体のことは分かったよ。君が何をしようと、この学院の連中がそれを許しているなら、俺から言うことは何もない」


 この店の存在は善悪では計れないからな。


「だから、俺を【ラグドール】の部室に戻らせてくれ」


 俺は訴えかけるように言った。


「そうしてあげても良いけど、その前に私はあなたの欲求を満たしてあげたい。でも、無理やりって言うのは私のポリシーに反するから、抗う機会を与えてあげる」


 クシャトリエルは悪戯っぽくクスッと笑う。


「この店の一番人気のルーシーがいる個室に三十分間、閉じ込めてあげるわ。もし、あなたがルーシーの誘惑に勝てたら、もうあなたの前ではこの店の扉は開かれない」


 本当にそうなってくれると良いんだけど。


「でも、もしルーシーの誘惑に負けてしまうようなら、この店の扉は今日みたいに何度でもあなたの体を飲み込むわよ」


 クシャトリエルは凄んだ。


 そう、俺はこの空間の中に飲み込まれてしまったのだ。

 

 クシャトリエルもその気になれば、もっと強引に俺をこの空間に引きずり込むことができるだろう。

 

 クシャトリエルの言葉はハッタリではない。

 

「分かったよ。なら、耐えて見せる」


 どのみち、出口が消えているのだから、自力でこの空間から出る術はない。出たければ、クシャトリエルの裁量に任せるしかないのだ。


「そう。じゃあ、さっそく一番、奥の個室に入ってよ。あなたのやせ我慢がどこまで続くか、私も楽しみにさせて貰うわ」


 クシャトリエルが部屋の奥を指さしたので、俺は心臓がドクドクと鳴るのを感じながら歩を進めた。

 それから、たどたどしい手つきで個室の扉を開ける。すると、甘い匂いがより強くなった。

 

「私はルーシー。あなたとクシャトリエル様の話は聞かせて貰っていたし、今から私がたっぷりとあなたを楽しませてあげる」


 個室には桃色の髪に白い肌をした女の子がいた。


 美女とも言えるクシャトリエルを見た後だと、何とも幼く見えるが、その体付きは肉感的だ。


 しかも、身につけている薄着は前に見た女の子たちよりも、より刺激的だった。これには俺も息が詰まるのを感じてしまう。


「さ、これを飲んで」


 俺は勧められるがまま差し出されたグラスに入っている液体を飲んだ。毒だとは思わなかったが、ただの酒というわけでもあるまい。


 だが、ここは逆らえないし、こうなったら、野となれ山となれだ。


「ちなみに、君の快楽中枢はクシャトリエル様が作ったこのお酒で何倍にも敏感になるから、覚悟しておいてよ」


 ルーシーは蠱惑的に笑った。


 すると、いきなり下半身が震え、足がふらつく。飲んだ酒の影響なのだろう。顔の方も沸騰するように熱くなった。

 

 頭がクラクラするし、目の焦点も合わない。そんな隙を突くようにルーシーはベッドもある個室で俺に抱きついてきた。

 

 それから、慣れた手つきで俺の体のあっちこっちを触り始める。これには、俺も心臓の音が跳ね上がった。

 

 ルーシーは俺の動揺を余所に、俺の強張った体を擦ったり、揉んだりし始める。指で体のツボも指圧し始めた。

 

 すると、突き抜けるような快感が俺の体を襲った。

 

 でも、ルーシーは決して自分の身につけている物を脱がなかったし、俺の着ている服をはだけさせるようなこともしなかった。

 

 なので、俺も理性を失うようなことはなかった。

 

 俺は押し寄せてくる揉みほぐしの心地よさに心を激しく揺さぶられながらも、ひたすら耐え続けた。


 こんな寸止め気分を味わうことになるとは。


 でも、考え方一つで本当の天国にもなったはずなのに、それを安っぽいとも言える道徳心で否定してしまったのは自分だ。


 なら、耐え抜いて見せるしかない。


 そして、精神的にも体力的にも弱り果てた頃、個室の扉が開く。現れたのはどこか寂しそうな顔をしたクシャトリエルだった。

 

「お疲れ様。良くルーシーのマッサージに耐えられたわね。意思が強いというか、頑固というか、あなたみたいな人間には、私やこの店は必要なさそうね」


 クシャトリエルは邪気のない笑みを浮かべた。その笑みは妖艶さが抜け落ち、どこか清々しさすら感じさせた。


「ああ」


 俺はかぶりを振って返事をした。


「じゃあ、店から出してあげる。それと約束、通りあなたの前で、この店の入り口が開くことは二度とないわ」


 クシャトリエルは淡々と言葉を続ける。


「それを残念がっても、もう遅いわよ」


 クシャトリエルはどこか無理をしているような顔で肩を竦める。


「ま、私もあなたが邪神ヘルガウストを倒して、無事に地上に戻れることを願っているわ。では、さようなら」


 クシャトリエルがそう口にするのと同時に、俺の意識は暗転する。気付いたら、俺は部室の扉に背中を預けながら座り込んでいた。


 ただ、月明かりのような光石の小さな光りだけが廊下の窓から差し込んでいる。


 俺は【ラグドール】というネームプレートが貼り出されているドアを開ける。すると、そこにはハンスたちがいて、紅茶を飲みながら談笑していた。


 俺がどんな目に遭っていたのかも知らずに。


 でも、ハンスたちを見ていたら、誘惑に負けなくて良かったと思える。もし、負けていたら、みんなには後ろめたい気持ちをずっと隠し続けなければならない。

 

 女の子のアリスやチェルシーだって、俺がいやらしい欲求に身を委ねてしまったことを知れば軽蔑するだろう。

 

 俺は本当に夢の世界に迷い込んでいたみたいだなと思いながら、もう見ることは叶わないだろうと思われるクシャトリエルの顔を思い浮かべた。

 

《第一章⑦ 終了 第二章に続く》



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