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第一章 ホワイト・ナイツの面子⑥

 第一章 ホワイト・ナイツの面子⑥


 夜になると俺は風に当たろうと思い、部室を出た。


 一応、部室のネームプレートは見ながら歩いているが、あの秘密クラブ、クシャナの名前はなかった。

 

 今、思うと、あの店の存在は夢か幻だったような気さえする。


 ま、俺は身持ちを崩すのは嫌だし、ああいう店で遊ぶつもりはないけどな。ただ、妖精の女王と言われるクシャトリエルの顔だけは見ておきたいと思える。

 

 そんなことを考えていると、部室棟の廊下の向こう側から、レイシアがスタスタと歩いてくるのが見える。

 

 俺は意外な人物の登場に目を丸くした。

 

 しかも、レイシアの白金色の髪は光石の光りを反射して、幻想的な輝きを見せていた。思わず月の女神のようだと言いたくなる。


 俺は無視することもできないので、できるだけ自然にレイシアに声をかける。


「こんな時間に部室棟にいるなんて、どうしたんだ、レイシア?」


 俺から話しかけられると、レイシアは少し気まずそうな顔をした。まさか、俺をデートに誘いに来たというわけでもないだろう。


「私には妹がいるの。妹は寮生活の私とは違って、部室棟の部室で生活をしているからちょっと顔を見に来たのよ」


 レイシアの妹はどんな奴だろうな。やっぱり、姉と同じように勝ち気な性格をしているのだろうか。


「そっか」


 レイシアの妹の顔は見ておきたいよな。性格はどうあれ、きっと可愛いに違いない。


「ま、妹のレティは私のことを嫌ってるから、部室まで押しかけられても迷惑に思っているんでしょうけど」


 レイシアは曇ったような顔をした。


「なんで嫌われてるんだ?」


 俺は立ち入ったことを尋ねていた。


「私は学院一の優等生。でも、レティは成績も普通で、何の取り柄もない女の子。だから、私に引け目を感じているのよ。私も常々、気にするなとは言ってるんだけどね」


 俺は少なからずレイシアに劣等感を抱いていたアリスの顔が頭を過ぎった。


「でも姉妹なんだろ」


 兄弟や姉妹は基本的に仲が良いというのが俺の先入観だ。


「姉妹だからこそ、沸き上がる悪感情もあるのよ。ま、ディンは一人っ子だって聞いているから、この辺の感覚は分からないかもしれないけど」


 レイシアの瞳が闇色に染まる。


「ああ」


 確かに兄妹がいた時の自分は上手くイメージできないな。


「やっぱり、ね。私も一人っ子には憧れちゃうな。将来は親が持っている財産とか独り占めできるし」


 レイシアは冗談めかして言った。


「でも、誰かと比べられる悔しさは俺だって知っているつもりだぞ。だから、それが酷いと捻くれたくもなる」


 村ではこんな奴が勇者の孫かよ、と良く言われたからな。あの言葉の悔しさはまだ胸の奥で燻っている。


「そうね。けど、そこは人間としての意地の見せどころよ。他人からの心ない言葉なんて強気で跳ね飛ばしてやらなきゃ」


 レイシアの目が芯の強そうな光りを宿す。


「それに、この世の中じゃ、他人から向けられる感情に潰される人間より、自分自身から向けられる感情に潰される人間の方が遙かに多いものよ」


 そうなのか。


「人間にとって、自分以上の敵はいないわね」


 人間、自分が一番、可愛いと言うけど、その自分が敵になるって言うのは厄介だよな。


「自己との葛藤には勝利する必要があるってわけか」


 爺さんの言葉だ。


「そういうこと。ディンって私の目からだと、凄く心のバランスが取れている人間に見えるのよね。だから、その辺は大丈夫そうだけど」


「どんな時でも平常心を保てるように、鍛えられてるからな」


 鍛えてくれたのは爺さんだ。剣を振るうには力や技だけでなく心も必要だと言われていたからな。

 とはいえ、心技体なんて言葉を意識したことはほとんどないけど。


「でも、自分の心には常に魔物が住み着いてるってことは覚えておいた方が良いわよ。油断すると、その魔物は例え自分を受け入れている器でも容赦なく壊しにかかるから」


 レイシアの言葉には俺も空恐ろしくなった。


「そうか」


 俺はしばし黙考する。それを受け、レイシアは取り繕うように笑った。


「何だか説教染みた話をしちゃったわね。私って持論を口にし始めると止まらなくなっちゃうのよね。反省、反省」


 レイシアは小気味、良い声で言った。


「レイシアって意外と良い奴なんだな。ちょっと誤解してたよ」


 俺は何げなくそう言っていた。


「そ、そんなことはないわよ。私はアリスみたいにいつでもニコニコしていられるような女の子じゃないから、色んな人間に嫌われてるし」


 レイシアは俺の言葉に不意を突かれたのか、動揺したような顔をする。


「でも、俺は少しだけ好きになった」


 好きという言葉を発するのに、それほど抵抗はなかった。


「ひょっとして、私を口説いてるの」


 レイシアはじとっとした目で俺を見る。


「まさか」


 俺は軽く肩を竦めた。


「でしょうね。ディンって恋愛事には鈍そうだし。だから、あのアリスも苦労してるんでしょうけど」


「どういう意味だよ」


 アリスが何を苦労してるって言うんだと俺が思っていると、レイシアはニターッと笑う。


「やっぱり鈍いじゃない。とにかく、話を戻すけど私は妹のレティのことを誰よりも大切に思ってるの。だから、その気持ちが通じないのはやっぱり寂しいのよ」


 レイシアの言葉を聞いて、俺は心が温かくなるのを感じた。


 鼻持ちならないところがあるレイシアだけど、やっぱり、良い心は持っている。それは、これまでの会話で理解できた。

 

「そっか」


 俺も兄妹がいれば、レイシアの話にもっと感じるものがあったかもしれない。


「そういうディンには大切な人はいないの?家族とか、ちゃんといるんでしょ?」


 レイシアのエメラルド色の瞳が瞬いた。


「もちろんいるさ。でも、俺はその大切な家族を置いて、冒険者としての旅に出ちまったからな」


 俺は母さんの顔を思い出しながら言葉を続ける。


「だから、家族の大切さなんて、偉そうに語ることはできないさ」


 俺は力なく笑った。


「ふーん。だったら、家族以外の大切な人も作ってみない?ディンだって十五歳なんだから、ガールフレンドの一人くらい欲しいでしょ」


 レイシアの口振りからすると、ガールフレンドと恋人は違うと考えて良いんだろうな。


「まあね。でも、年齢までばれているのか」


 学院で自分の年齢を明かしたのは記憶が確かなら、迷宮に入るための許可証を発行して貰った時だけだ。


 それを知っているとなると、冒険者の館の運営をしてる誰かが俺の情報を漏らした可能性がある。

 

 【ラグドール】のみんなは俺の情報を誰かに喋ったりはしないからな。俺についての情報は極力、口にしないようにとチェルシーが念を押していたし。

 

 まあ、爺さんと手紙の遣り取りをしていたウルベリウス院長も俺の年齢は知っているのかもしれないが。

 

 いずれにせよ、必要がなければ自分のプロフィールはあまり明かさない方が良いかもしれないな。

 

 どんな形で自分の情報を悪用されるか分からない。

 

「あなたに関する情報は書類でたけど、ちゃんと目を通してあるから、知らないことはそれほど多くないはずよ」


 そう言い張るレイシアの口調には持ち前の嵩高さが戻っていた。でも、俺はレイシアのそういうところも可愛らしく感じられた。


 妹のことを繊細に気遣えるレイシアは絶対に悪い人間ではないはずなのだ。ただ、普通の人間からは誤解されやすいだけで。


「そういうところは、さすがギルド、【ホワイト・ナイツ】か。下調べに抜かりはないってわけだな」


 ガンティアラスの正体すら知っていたくらいだからな。【ホワイト・ナイツ】には学院中の情報が筒抜けになっているのかもしれない。


「ま、全ては学院一の切れ者のオリヴィエのやることだからね。ちょっと腹立たしいけど間違いはないわよ」


 レイシアもオリヴィエのことは好きじゃなさそうだ。


 でも、嫌われつつも、その実力を認めさせるオリヴィエはやっぱり大物の女子生徒と言えるな。

 

 オリヴィエは男じゃなくても、実力さえあれば社会で活躍できるという見本のような人間かもしれない。

 

「影の生徒会長の力か」


 俺はオリヴィエの切れ長の目を思い出した。


「そういうこと。とにかく、あなたも私とデートできる時間を作りなさいよ。私、あなたとは絶対に仲良くなれる自信があるんだから」


 レイシアはさばさばと言葉を続ける。


「ま、一度や二度のデートじゃ、恋人になってあげるわけにはいかないけどね。でも、友達よりは上の関係になれると信じているわ」


 そう言って、レイシアは白金色の髪を優美に靡かせると、俺の横を通り過ぎながら去って行った。


 まあ、レイシアはデート、デートと連呼するけど、俺に恋をしているわけでないのは確かみたいだ。


 ただ、気軽に接することができるボーイフレンドを作りたいというだけで。

 

 こういう異性に対する積極性は同じ女子生徒のアリスにはないよな。それが何とも勿体なく思える。


 そんなことを考えた後、俺も夜風に当たるような気分ではなくなったので、部室に戻ろうとする。


 すると、中等部の制服を着た女子生徒が廊下の向こう側から、俺の方を見ていることに気付く。

 

 その髪は見覚えのある白金色をしていた。

 

 俺はひょっとして、あの女子生徒はレイシアの妹なんじゃないかと思った


 それから、声をかけようと足を踏み出すと、女子生徒はクルリと俺に背中を向けて走り去ってしまった。

 

 俺は追いかけることもできずに、ポカンとした顔でその場に立ち尽くした。

 

《第一章⑥ 終了》

 



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