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エピローグ②

 エピローグ②


 運動館を使ったパーティーの会場には本当にたくさんの生徒が集まっていた。まるで、これから全校集会でも開かれるみたいだ。


 でも、会場には大きなテーブルが幾つもあり、豪勢な料理の乗せられた皿や、飲み物が入ったボトルがずらりと並べられていた。

 

 透明なグラスの数も驚くほど多い。

 

 誰もが楽しめるようなパーティーになるのは間違いないだろうな。

 

 とはいえ、生徒たちはみんなしっかりとブレザーの制服を着用していたので、俺は恥ずかしさを堪えるのに必死だった。

 

 俺みたいな冒険者にとって、彼らが集まるこの会場は酷く場違いに思えたし、ブレザーのネクタイを見ていると、やっぱりここは金持ちの学校だということを再認識させられる。

 

 でも、会場の雰囲気に呑まれては駄目だ。常に毅然とした態度を取らないと、馬鹿にされかねない。

 

 このパーティーの主役は紛れもなく俺なんだから、堂々としていよう。

 

「やあ、ディン君。遅れずに会場までやってこられたようだな。でも、目の下にはクマがあるし、かなり酷い顔をしているぞ」


 ハンスは磊落と笑いながら言葉を続ける。


「服の方も、もう少し何とかならなかったのか?」


 今着ているのは何ともラフな服だった。少なくとも、パーティーに着ていくような服ではない。


「この学院の制服を着られない時点で、格好については既に諦めが付いてるよ」


 俺は大仰に肩を竦める。


「なるほど、そういう割り切り方もあるか。ま、一人だけ特別に見える人間がいても良いじゃないか」


 ハンスは会場にいる生徒たちを見回す。全員ではないものの、かなりの生徒が俺の方を注視していた。


「ガンティアラスを倒せたのは間違いなく君のおかげなんだ。なら、君がこのパーティーの席で恥じる必要はどこにもない」


 そう言って、ハンスは俺の二の腕をポンポンと叩く。


「だと良いんだけどな」


 俺はチクチクと突き刺さるような視線に不快さを感じながら言った。


「大丈夫、ディン君を一人にしないように私がちゃんと付いててあげるから。だから、今日は大船に乗った気持ちでいて良いよ」


 アリスにしては自信に満ち溢れた物言いをするな。それとも、今の俺はそんなに心細そうに見えるのか。


「俺は子守が必要な子供じゃないぞ」


 馬鹿にされているような気がしたので、俺はムッとした。


「そんなつもりはないよ。それにディン君はそう言うけど私たちはまだ子供だよ。ワインが飲めることは大人の証明にはならないし」


 アリスの言葉は洒脱さを感じさせた。


「だろうな」


 俺は一本、取られたなと思いながら笑った。


「ま、それだけの軽口が叩ければ十分さ。ただ、一つ忠告しておくことがあるとすれば人間、相手に嫌われることより、相手に好かれることの方が厄介だと言うことだ」


 ハンスは教訓を語るような口調で言葉を続ける。


「特に学校という場所ではね」


 何となく分かる気がするな。


「うん。押しつけがましい好意ほど対応に困るものはないからね。それは自慢じゃないけど男の子から良く好かれる私も分かるし」


 アリスはほろ苦い顔をしながら言った。


「くれぐれもギルドの勧誘に注意してくれよ。あいつらは上手いことを言って、君を煽てたりするからね。その口車には乗らないようにしないと」


 俺も見え透いた言葉で浮かれるほど馬鹿じゃないとハンスには言いたくなった。


「何度も確認するようだけど、君はずっと僕たちのパーティーにいてくれるんだろ?」


 ハンスは芝居がかった仕草で眼鏡のフレームを指で押し上げた。


「ああ」


 その約束が破られることはないと思う。


「なら、僕もその言葉を信じるよ。だけど、人間はモンスターよりもよっぽど狡猾だ。だから、どんな手を使ってくるか分からない」


 パーティーの席であっても用心を怠るなとハンスは言いたいんだな。


「そのために私がいるんだよ」


 アリスは首に掛かる美しい金髪をサラリと払った。


「そうだな。なら、僕は安心して、最高級のワインの味を楽しませて貰うよ。それにここのところ顔を合わせていなかった友達とも話したいしね」


 ハンスがそう言うと、壇上にウルベリウス院長が上がった。すると、騒がしかった会場が静かになっていく。


 そして、声一つ聞こえなくなると、ウルベリウス院長はゆっくりと口を開いた。

 

「皆、良くぞ集まってくれた。皆も知っているだろうが、多くの生徒の命を奪った竜王ガンティアラスがようやく打ち倒された」


 ウルベリウス院長は粛々とした声で言葉を続ける。


「これで更に上の階層へと足を踏み入れることができる。それは我々が着実に地上へと近づいている証拠だ」


 それは間違いない。


「であれば、いつか必ず地上へと戻れる日もやって来るであろう。しかし、そのためには皆の結束が不可欠なのだ」


 ウルベリウス院長は両手を大きく広げた。まるで学院中の生徒を包み込むように。


「賢い生徒である皆なら、私の言いたいことを分かってくれると信じている」


 ウルベリウス院長はゴホンと咳払いをする。


「さて、話は変わるが今日はささやかながらも日頃の疲れを忘れられるようなパーティーの席を用意した。皆には心ゆくまで楽しんで貰いたい」


 ウルベリウス院長は打って変わったように優しそうに笑う。


「くれぐれもパーティーの席で諍い起こしてはいかんぞ。酒の飲み過ぎにも注意せんとな。では、私からは以上だ」


 そう言うと、ウルベリウス院長は壇上から下りようとした。


「まだだぞ、ウルベリウス」


 突如として会場全体に男の声が響き渡った。


「私は闇の魔導師ラムセス。諸君らがいるこのサンクフォード学院を迷宮の最下層に召喚した者だ」


 壇上にローブ姿の魔法使い然とした男が浮かび上がるようにして現れた。それを見て、俺はぞっとするような悪寒を感じた。


 あの男の顔を見間違えるはずがない。


 あいつは憎きラムセスだ。

 

 思わぬ人物の登場に会場からは狼狽の声が上がる。ウルベリウス院長も下りかけていた階段の上で足を止めていた。

 

「やっと私が生き長らえさせていたガンティアラスを打ち倒したようだな。本来なら、良くやったと諸君らを褒めてやるべきところだが、そうはいかない」


 ラムセスの視線は俺に注がれていた。


「なぜなら、忠実なる我が使い魔の報告によると、ガンティアラスを倒したのは、この学院の人間ではないというからだ」


 ラムセスは俺の方に向かって指をさした。


「まさか、地上で偶然、会ったお前が、あの勇者シュルナーグの孫だとは思わなかったぞ」


 ラムセスは悔恨の念を滲ませる。


「どうりで並外れた勇気と力を持っているわけだ。やはり、英雄としての血は争えないと言うことなのだろうな」


 ラムセスは苦虫を噛み潰したような顔をする。


「私はガンティアラスを倒したことに敬意を表し、お前だけは地上に戻してやることにする。どうだ?」


 ラムセスはそこでようやく笑った。

 

「何だと」


 俺はその言葉の真意を疑った。


「私はお前には何の恨みもない。むしろ、学院の関係者でないお前巻き込んでしまったことを悔やんですらいたところだ」


 そんな良心をこいつが持っているとはとても思えないが。


「戻れるのは俺だけなのか?」


 俺は静かに問い掛けた。


「当たり前だ。他の連中にはまだまだ生き地獄を味わって貰わなければならないからな。それが私の復讐だ」


 ラムセスは取りつく島もないように言った。


「なら、俺はこの学院に留まるよ。俺はここにいるみんなと一緒に地上に戻らなければならないんだから」


 俺はラムセスの顔を真っ正面から見据えた。


「正気か?」


 ラムセスの頬が歪んだ。


 こいつは意外と小物かもしれないな。いつまでも学院にいる人間を根に持っているような奴だし。

 

 だとすると、本当に恐ろしいのはこいつに人知を越えた力を与えている邪神ヘルガウストの方かもしれない。

 

「ああ」


 俺の目に弱々しい光りはなかったはずだ。


「そうか。お前はここにいる連中のために、せっかく差し伸べられた救いの手を払いのけるというわけだな」


 ラムセスはクックと笑った。


「勇ましいが賢い選択とは言えんぞ」


 ラムセスは一転して笑みを掻き消すと、ギロッとした目で言った。


「分かってるよ」


 俺は目を逸らさない。みんなの勇気を失わせないためにも、ここは一歩も退くわけにはいかなかったからだ。


「そこまで言うなら、私もお前を無理やり地上に連れ戻すようなことはしない。自分の愚かな選択を後悔しながら、ここにいる連中と共に地獄を味わえ」


 そう言うと、ラムセスは背景に溶け込むようにして忽然と消えた。幾ら目を凝らしても、壇上にはもう誰もいない。


 その後、パーティーが始まったが、みんなの顔に明るさが戻ることはなかった。みんな、ラムセスの言葉に萎縮してしまっていたからな。


 俺の決断を褒めてくれるような生徒もいなかったし。


 ただ、アリスだけは嬉しそうな顔をして、パーティーが終わる最後の瞬間まで俺の傍に付いててくれた。

 

《エピローグ② 終了》




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