第四章 命懸けの戦い⑦
第四章 命懸けの戦い⑦
無事に学院に戻ってくると、俺たちはまずはウルベリウス院長の元に行く。
俺たちの力を信じてオリハルコンの原石を譲ってくれたウルベリウス院長には真っ先に報告しておきたかったからだ。
実際、オリハルコンの武器がなければガンティアラスは倒せなかった。
だからこそ、ウルベリウス院長には感謝しているし、いつかその感謝を言葉だけでなく、形にして送りたいとも思っている。
「とうとう竜王ガンティアラスを倒したか。これで奴に殺された生徒たちの無念も晴らせたことだろう」
俺たちから話を聞いたウルベリウス院長は顎を撫でながら笑った。
「そう思いたいところです」
俺は真摯な顔で頷いた。
とはいえ、ガンティアラスが倒されても、殺された生徒たちが生き返ることはない。それが厳しい現実だ。
「喜びとはほど遠い顔をしているな。まあ、何があったのかは言わずとも想像は付いているが」
ウルベリウス院長は全てを見通すような目で言った。
「はあ」
フィズのことはできれば内緒にしておきたかったんだけど、ウルベリウス院長の目は誤魔化せないのかもしれない。
「とにかく、明日は学院で今までにない大きなパーティーを開こう。会場は運動館を使えば良い。そうすれば学院中の生徒を集めることができる」
ウルベリウス院長の言葉に俺は戸惑ってしまった。
「良いんですか?」
大々的なイベントを開くことには俺も何となく抵抗があった。
俺は一人、静かにフィズの死を悲しみたいと思っていたし、とてもパーティーなんてしたい気分ではない。
「ああ。ガンティアラスが討伐されたことを知れば、みんなの心にも希望の火が灯る。それを祝わないわけにはいくまい」
ウルベリウス院長は湯気を燻らせるティーカップを持ち上げながら苦笑した。
「そうですね」
俺たちではなく、みんなに必要なパーティーなのだ。
特にガンティアラスに友や仲間を殺された人間にとっては慰めにもなるだろうからな。
もしかしたら、迷宮の制覇は俺たちではなく、希望を取り戻した他の生徒が成し遂げてくれるかもしれない。
「パーティーの主役は君たちになるのだから、いつまでも暗い顔をされていては困るぞ。なぁ、シュルナーグの孫よ」
ウルベリウス院長の声には隠しきれない笑いが含まれていた。
「あなたも俺のことを知っていたんですね」
もう驚きはしない。
「シュルナーグはかつてこの学院に通っていた生徒だった。そして、あの男とは何年か前まで手紙の遣り取りをしていたから、君のことも良く聞いていたのだ」
爺さんは手紙を書くのが本当に好きな人だった。だから、世界中にいる友達と手紙の遣り取りを楽しんでいたのだ。
爺さんの交友関係は俺も半分も把握し切れていない。
「そうだったんですか」
俺は手紙に筆を走らせる爺さんの顔を思い出しながら苦笑する。
と、同時に俺のことを知っていたなら、もっと早くそのことを教えてくれれば良いのにと思った。
「君はあの男と瓜二つの顔をしている孫なのにそんなことも知らなかったのか。まあ、あの男は昔から肝心なところを語らない癖があるが」
ウルベリウス院長も爺さんの性格は良く知っているみたいだな。
「とにかく、後顧の憂いは断ち切りたまえ。地上に戻るためには越えなければならない壁はまだ幾つもあるのだから」
ウルベリウス院長が締め括るように言うと、俺たちは院長室を出て、その足で【ラグドール】の部室へと戻る。
そして、いざ部室の中に入ると、俺も途端に膝から力が抜けそうになった。今になって、どっと疲れが噴き出したのだ。
「やっと、帰って来れたな。何だか、この部室が無性に懐かしく思えちまったぜ」
カイルは椅子に座ると大きな息を吐いた。
「僕も同じだ。ガンティアラスとの戦いじゃ、十歳は歳を取ったような苦労をさせられたからな。こうして部室に戻って来ると生きている喜びをひしひしと感じるよ」
ハンスは眼鏡を外すとそう言った。
「私も同じだね。でも、私たちの帰りを待ってくれているはずのフィズがいないと、本当に悲しい気持ちになるよ」
アリスの言う通り、本当ならここでフィズと喜びを分かち合うはずだった。でも、それは永遠に叶わなくなった。
もうフィズの愛嬌たっぷりの顔が見られないのかと思うと、俺も心が打ち拉がれそうになる。
「そうだね。こんなことなら、フィズにはお腹いっぱいステーキを食べさせてあげれば良かったな」
チェルシーは鼻をクシュンとさせながら言った。
「ああ」
俺も何とも切なそうな顔で頷く。
もっとフィズには親切にしておくべきだったかもしれない。
でも、竹を割ったようなフィズの性格なら、そういう堅苦しさは嫌がったかもしれないな。
「まあ、フィズのことをいつまでも引きずるのは止そう。僕たちは立ち止まることなく前に進まなきゃならないんだから」
ハンスは眼鏡をかけ直すと、心が引き締まるような声で言った。
「ハンスの言う通りだ。いつまでも湿っぽい気分に浸るのは俺の柄じゃねぇし、これからのためにも気持ちは切り替えないとな」
カイルも自分の心を叱咤するように言った。
「まっ、フィズも自分を倒したのが勇者シュルナーグの子孫なら、あの世で満足しているんじゃないの」
チェルシーの言葉に俺も少しだけ救われた。もっとも、俺は死後の世界については否定派だったけど。
「だよね」
アリスも元気を取り戻したように笑う。
「とにかく、疲れたから美味しい紅茶を入れてよ、アリス」
そう言うと、チェルシーはだらけたような態勢で椅子に座る。
「こら、チェルシー。疲れているのはアリスだって同じなんだから、顎で使うようなことは言うんじゃねぇよ」
カイルは首から十字架のアクセサリーを外しながら言葉を続ける。
「特にお前はガンティアラスとの戦いじゃ、ろくに役に立ってないんだから少しは自重しろ」
でも、チェルシーは最後の最後で美味しいところを持って行ったぞ。
「それは言いっこなしだよー」
チェルシーは口の形を三角にした。
「私なら大丈夫。いつもは使わない高級な茶葉で紅茶を入れてあげるから、チェルシーも楽しみにしててよ。カイルは棚からお菓子とかを出してくれると嬉しいな」
アリスはポットでお湯を沸かすため、焜炉に火を入れた。
「おう」
カイルもキビキビした動きで棚からクッキーやチョコレートなどを取り出し、それを長机の上に並べる。
「さてと、僕もアリスの紅茶が入るまで、弓の手入れでもすることにしよう。使い終わったオリハルコンの矢も後でボルブさんのところに持っていかなきゃならないし」
ハンスも椅子に腰を落ち着けて、弓弦を張り直し始める。
ちなみにオリハルコンの矢はちゃんと回収してあった。なので、修復して貰えばまた使うこともできるだろう。
「やれやれ、だな」
俺はいつもと変わらない様子を見せ始めたみんなを目にし、肩の力を抜くように呟いた。
天国なんて信じてなかったけど、もし、フィズがそこにいたら、きっと今の俺たちを見て笑ってくれたはずだ。
ひょっとしたら、食いしん坊のフィズのことだから、天国でも美味しいステーキを食べているかもしれないな。
そう思うと、俺も何だか心が楽になった。
とにかく、こうして俺たちは終始、和やかなムードを漂わせながら、部室でガンティアラスと戦った疲れを取ったのだった。
《第四章⑦ 終了 エピローグに続く》




