第四章 命懸けの戦い⑤
第四章 命懸けの戦い⑤
次の日になると、いつもと変わらぬ時間に起きた俺たちは部室で軽い朝食を食べる。
アリスも紅茶ではなく、目が冴えるようにコーヒーを入れてくれた。
ただ、朝食を食べるみんなの口数はいつもより少なかった。俺も何となく黙り込んでしまったし。
とはいえ、みんなの顔を見れば命をかけて竜王ガンティアラスと戦う覚悟ができていることははっきりと分かる。
だから、無理に口を開く必要はないのだ。
その後、朝食を食べ終え、装備品を身につけると俺たちは迷宮の入り口へと向かった。
竜王ガンティアラスの討伐は冒険者の館では依頼されていないので、例え勝っても冒険者ランクは上がらないし、報酬なども得られない。
純粋に迷宮を攻略しようとする意思だけが試されるわけだ。ま、変な欲を掻かずに戦えるのは良いことだと思う。
とにかく、爺さんですら倒せなかったガンティアラスを倒せれば、俺も自他共に認める勇者になれるかもしれないな。
俺は万感の思いを胸に迷宮の入り口まで来る。
そして、やけに恐縮した顔をしている警備隊の生徒たちに許可証を見せてから迷宮の中に入った。
どんなモンスターが行く手に立ち塞がろうと、今の俺なら負ける気はしない。
もし、ノコノコ出て来るモンスターがいたらオリハルコンの剣の錆びにしてやる。
オリハルコンの剣の切れ味はまだ試してないからな。
でも、ドラゴンを斬り付けたらポッキリ折れるなんてことはなしにしてくれよ。
ま、オリハルコンの剣を作り上げてくれたのは名工と言われているドワーフのボルブさんだし、今は彼の腕を信じよう。
俺は体中に力が漲るのを感じながら歩を進めた。
「静かだな。これだけ歩いてもゴブリン一匹、出てこないなんて」
ハンスは光石の明かりに横顔を照らされながら言葉を続ける。
「まるで、迷宮のモンスターたちも僕たちがガンティアラスに戦いを挑むことを知っているみたいだ」
迷宮の中を歩き始めてから三十分は経っていたので、俺もそう思っていたところだった。
「そんなことを知ることができるモンスターはさすがにいねぇだろうが、確かにここまでモンスターが出て来ないのはちょっと不自然だよな」
カイルは首からぶら下げている十字架のアクセサリーを触りながら言った。あの宗教的な雰囲気を漂わせる十字架のアクセサリーはお守りかもしれない。
気強いカイルがお守りに頼るなんて、不吉なものしか感じないけど。
「正直、薄気味悪いぜ」
カイルは通路の奥を凝視した。
「でも、モンスターが出てこないことは俺たちにとっては都合の良いことなんだから、あんまり気にしてもしょうがないだろ」
俺は強気の姿勢を崩さない。
ただ、俺たちを見て逃げ出すモンスターくらいは現れても良さそうなものだが、と不審さは感じていた。
「そうだね。でも、どこかで待ち伏せでもしてたりして。私たちはモンスターたちからも、凄く警戒されてたし」
チェルシーが怖々と笑った。
「うん。それくらいの知恵を働かせられるモンスターはいるからね。集団で待ち構えていることは十分あり得るよ」
アリスは杖の水晶から放たれる光を強くした。白光が通路を隅々まで照らし出したが、何かが潜んでいる様子はなかった。
「だけど、今の俺たちなら例え、リザードマンが二十匹いても負ける気はしないな。オーガだってこのオリハルコンの剣の前じゃ、形なしだろうし」
俺はいつでも抜き放てるようにオリハルコンの剣の柄に手を置く。
とはいえ、あまり多くのモンスターと戦うことになるのは勘弁して欲しい。
ガンティアラスを相手にするには気力も体力も充実していなければならないからな。
それには無用な戦闘は極力、避けるべきだ。
「そうだな。オリハルコンの武器は欠けることも錆びることもない。その攻撃力は永久に保持されるんだ」
ハンスの言うことが確かなら、オリハルコンは永遠の輝きを持つダイアモンドのようなものだな。
「僕たちもたいした武器を手に入れてしまったよ。ま、宝の持ち腐れにするつもりはないけどね」
ハンスの矢も五本だけ鏃がオリハルコンでできている。なので、もしモンスターに打ったらちゃんと回収しないと勿体ない。
「また盗まれたりしなきゃ良いけどな。もっとも、それを心配するのはガンティアラスに勝ってからだが」
カイルの言う通り、どんな立派な武器も使い手が死んでしまっては意味がない。
身も蓋もない言い方だけど、結局、自分の命が一番、大切なのだ。
「とにかく、今はあれこれ考えないで、気だけを引き締めようよ。もう、後には退けないんだから」
アリスの言葉を聞き俺も心に活を入れる。
「そうだよ。グダグダ話をしてると、アタシも必死に押さえ込んでる恐怖が噴き出してきそうだからね」
チェルシーと同じで、俺もあれこれ話してしまうのは不安を紛らわせたいからだ。
「そうだな」
ハンスが力なく笑った。
その後、俺たちは延々と八十八階を目指して階段を上り続けたが、やはりモンスターは出てこなかった。
ただ、その途中で迷宮に潜っている他の生徒たちと鉢合わせすることはあった。
しかも、彼らはハンスの知り合いだったので、マナーを気にしつつも少しだけ話をする。
聞くに、彼らも食料系のモンスターを狩りに迷宮に潜っていると言う。でも、今日はモンスターがちっとも現れなくて困っていると零した。
逃げるモンスターすら現れないのは、おかしすぎるとも言っていたし。
それを聞き、俺もモンスターが出て来ないのは何者かの意思が働いているのでは、とも思ってしまった。
もっとも、その何者かの真意は計りかねるけど。
それから、俺たちはハンスの知り合いのパーティーと別れると、不気味な静けさに包まれた通路を歩く。
俺も空恐ろしいものを感じていたが、だからといって足を止めるわけにもいかない。
そして、俺たちはとうとう八十八階までやって来る。
八十八階は複雑な造りをしたフロアーにはなっておらず、回廊のように横幅の広い通路が真っ直ぐに続いているだけだった。
俺は足を踏み出す度にどうしようもない悪寒を感じる。ここで逃げ帰られればどんなに楽かとも思った。
みんなも恐れのためか口を開くことなく歩き続けている。
そして、とうとう俺たちは通路の一番奥にあった、大きな部屋へと足を踏み入れた。
俺も心臓が握り潰されそうな強い緊張を感じるも、足は止めない。
それから、俺たちは一際、大きな部屋の中央まで来ると、そこで用心するように立ち止まる。
部屋の中は厳粛とした空気が漂っていて、俺も思わず鳥肌が立ってしまった。
どこか神殿にも似た雰囲気を漂わせているし。
ただ、どういうわけかこの部屋で待ち構えているはずのガンティアラスの姿はどこにもなかった。
誰かが先にガンティアラスを倒したと言うことはさすがにないはずだが。
「ここがゲートのある部屋か。今まで見た部屋の中では一番、大きいし、あの鉄格子の扉の向こうには何があるのやら」
ハンスの視線の先には巨大な門があり、その中央には鉄格子の扉があった。あの門が第五階層と第四階層を区切るゲートなのは間違いない。
俺は人間の力ではとても動かせそうにない大きな門の扉を見て、訝るような顔をする。
あの扉は誰がどうやって開けるって言うんだ。
「でも、ガンティアラスはどこにもいねぇみたいだぞ。ひょっとして、トイレにでも行っているのか?」
こんな時でも軽口を叩いたのはカイルだ。
確かにガンティアラスがいつもゲートの前にいるかどうかは、俺たちも確認はしていなかったからな。
もし留守なら、今の内にあの扉の向こうに行きたいところだ。
「そんなはずはないと思うけど」
ハンスも眼鏡のフレームを摘みながら周囲を見回す。俺も嫌な予感だけが募っていくのを感じ、そわそわしてしまった。
すると、不意に耳慣れた声が聞こえてくる。
「ガンティアラスなら、ちゃんとここにいるぞ」
その声と同時に門の前へと小さなドラゴンがフワリと舞うようにして降り立った。
俺の目が確かなら、そのドラゴンはフィズだった。
なので、俺は思わず呆けたような顔をする。
「フィズじゃないか。部室で俺たちの帰りを待ってるって言ってたお前が、何でこんなところにいるんだよ」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
ひょっとして、俺たちとガンティアラスの戦いを見物しにでも来たのか。なら、最初から付いてくれば良かったのに。
「ガンティアラスはここにいるって、どういうことなの、フィズ?」
恐ろしい推測が頭を過ぎったのか、アリスは唇を震わせながら尋ねた。
「実はおいらがこのゲートの守護をしている竜王ガンティアラスなんだよ。今まで、隠してて悪かったな」
その衝撃的な事実に対し、フィズの口調はあまりにも軽かった。なので、俺も驚くと言うよりはポカンとしてしまった。
「冗談だろ?」
俺もそう言わずにはいられない。と、同時に何かの間違いであって欲しいとも思った。
「残念ながら、冗談などではない。それを証明するために、今からこの私の本当の姿を見せてやろう」
フィズの声質が途中からガラリと変わる。今までのような幼さを感じさせる声から、野太い大人の声に変わったのだ。
すると、フィズの体がいきなり膨れ上がった。まるで、はち切れんばかりの風船のように。
これには俺も顔の表情を引き攣らせながら、ぎょっとしてしまう。
しかも、枝のように細かった手足も、筋骨が隆々とした太いものに変わっていく。引っ張れば千切れそうだった薄い羽も、厚みを増していった。
ゴキゴキと骨格が組み立てられるような音も聞こえてくる。
それから、フィズの体は見る見る内に巨大化していき、最後には八メートルを超える威風堂々としたドラゴンになる。
圧巻としか言いようがない迫力を、そのドラゴンは有していた。
「こいつが竜王ガンティアラスか」
俺は心胆が寒からしめられるような顔をする。
こうして向き合っているだけで、膝がガクガクしそうだからな。勇気なんて言葉がこんなにちっぽけなものに思えた時もない。
「これで信じて貰えるはずだ。そして、お前たちがこの先に進みたいというなら、今のこの私を倒すしか道はない」
フィズ、いや、ガンティアラスは大気を震わすような声で言った。
「お前と戦えるわけがないだろ。俺たち友達じゃないか」
俺は泣き付くように言った。
「情けないぞ、ディン。あの勇者シュルナーグの子孫ともあろう者が、そのような怯懦を口にするとは」
ガンティアラスは俺を叱りつける。これには俺も心が痺れた。
「知ってたのか?」
俺はぎょっとしてしまった。
「知ってるも何もお前は若き日のシュルナーグと瓜二つの顔をしている。近くにいて気付かない方がおかしい」
ガンティアラスは剛毅に笑った。
「そんな」
俺は絶句する。
その話が本当なら、俺はずっとフィズに騙されていたということになる。これにはショックを隠しきれない。
でも、そうなるとギルド、ホワイト・ナイツの第二パーティーを返り討ちにしたのもフィズだということか。
あの日、フィズは少しだけど、羽に怪我もしていたし。
「戦う前に一つ訊きたい。僕たちにオリハルコンの武器を与えたのはなぜだ。お前が校長室でオリハルコンの原石を見つけてくれなければ、武器は作れなかったし」
総毛立つようなプレッシャーにも呑まれずに尋ねたのはハンスだ。
「それくらいの武器がなければ、この私とはとても戦えないからな。だから、ちょうど良いハンデをくれてやったのだよ」
ガンティアラスは大きく顎をしゃくった。
「お前たちがモンスターと会わずにここまで来れたのも、この第五階層のボスである私の指示のおかげだからな」
モンスターたちが影を潜めていたのは、そういうことだったのか。
「甘く見られたものだな、僕たちも」
ハンスは歯ぎしりした。
「酔狂だとでも言いたいのだろうが、つまるところ、それだけシュルナーグの子孫であるディンには借りがあったということだ」
ガンティアラスは遙か遠くを見るような目をする。
「借りだと?」
俺は目力を強くした。
「かつて、シュルナーグは私を打ち倒しはしたが、どういうわけか、私の命までは奪わなかった」
ガンティアラスは懐かしむような声で言葉を続ける。
「だからこそ、私もそのことには感謝していたし、シュルナーグの子孫であるディンには何とかしてその借りを返したかったのだ」
そんなガンティアラスと俺が会えたのは運命かもしれないな。
運命なんて全く信じていなかったけど、今はこの世にはそういうものもあると思わずにはいられない。
「だが、これで貸し借りはなしだし、お前たちとは何の遠慮もなく戦うことができる。言っておくが、私はお前たちを本気で殺すつもりだぞ」
ガンティアラスの水晶のような瞳から、身も凍り付くような殺気が放たれた。この言葉に込められた力は本物だ。
「なら、僕たちもそのつもりで戦うだけだ」
ハンスはピンッと背筋を伸ばして弓を構える。カイルもどこからでもかかってこいと言わんばかりに槍を構えた。
アリスも杖を掲げ、チェルシーも腰から二本の短刀を引き抜く。
「ああ。お前には色々と世話になったけど、手加減をしてやるつもりは毛頭ない。俺たちはこんなところで死ぬわけにはいかないんだから」
俺は勇ましさを感じさせるような声で言った。
「その意気やよし。さすがシュルナーグの子孫とその仲間たちか。学院にいる他の連中とは戦いに対する心構えが違うようだ」
ガンティアラスはフィズであった時の名残を感じさせるように笑った。その笑みを見て、俺も胸がズキッとしたが、すぐにその痛みは振り払う。
いい加減、覚悟を決めないとな。
でないと、本当にここで命を落とすことになる。
「とにかく、私の話はこれで終わりだ。お前たちも、ここで朽ち果てたくなければ迷いを捨ててかかって来るが良い」
ガンティアラスの言葉に闘気が宿る。
「この私も竜王ガンティアラスとしての力を特と見せてやろう」
ガンティアラスは大きく口を開けると鋭い牙を剥き出しにして、俺たちの耳を劈くような咆哮を上げた。
《第四章⑤ 終了》




