第四章 命懸けの戦い④
第四章 命懸けの戦い④
中庭での騒動が終わると、俺たちは錬金術の先生を連れて、取り戻したオリハルコンの原石を鍛冶場にまで持っていった。
すると、ボルブさんは何一つ不平を言うことなく、ただ、最高の武器を作ってやるとだけ言った。
その寡黙な横顔を見て、俺も安心してオリハルコンの原石の加工は任せられるなと思った。
その後、俺たちは部室に戻ると、明日の昼までには作っておくというボルブさんの言葉を信じて待つことにする。
そして、何事もなく次の日になると、再び鍛冶場に行き、既にできあがっていたオリハルコンの剣と槍と矢を受け取った。
俺はオリハルコンで作られた刀身が黄金色になっている剣を見て興奮する。この剣なら例え、相手がドラゴンでも負ける気がしなかった。
同じく、槍の穂先や矢の鏃も黄金色になっている。
オリハルコンの原石はそれほど大きくなかったので、こんなにも立派な武器が幾つもできるとは思わなかった。
錬金術の先生の力もありそうだな。
ちなみに盾もオリハルコン製ではないが、ちゃんと鍛え直してくれたし、ボルブさんには本当に頭が下がる思いだ。
そして、俺たちは意気揚々と部室に戻ってくる。
「さてと、念願のオリハルコンの武器も手に入ったことだし、後は竜王ガンティアラスを倒しに行くだけだな」
ハンスは眼鏡の奥にある瞳を怜悧に輝かせながら言葉を続ける。
「みんな覚悟は良いか?」
ハンスの言葉に俺も炯々とした目をした。
ちなみに部室の長机には宴会をするためにたくさんの食べ物がある。高級な八十年物のワインもあると言うんだから驚きだ。
「ああ。俺は必ず生きて帰る。もちろん、みんなも死なせやしないし、今は自分の力がガンティアラスにも通じると信じよう」
俺はハンスからボトルを渡されたので自分のグラスにワインを注ぐ。このワインは一滴も無駄にはできないな。
「そうだな。まだまだ時間はあるなんて考え方は止めた方が良いぜ。時間が経つほど、俺たちの未来は失われていくんだから」
カイルも砕けたような言い方はしなかった。
「だね。こうしている間も地上の王都にいる人たちは私たちのことを忘れていくだろうし」
アリスの瞳に影が差す。
「ひょっとしたら、地上の人たちは学院にいる人たちを既に死んだものと見なしているのかもしれない」
アリスは複雑さを滲ませながら言った。
だとすれば、地上にいる人たちが学院にいる人たちを救出しようとする動きはないのかもしれない。
そもそも、地上にいる人たちの中に学院が迷宮の最下層に飛ばされたことを知っている者がどれだけいるか。
「私の家族も私のことは吹っ切って新しい生活を始めているはずだし、これ以上、迷宮の中に閉じ込められ続けたら、いざ地上に帰れても居場所はなくなってるかも」
時の流れは残酷だとアリスは言いたのかもしれない。
「それは何だか寂しいね。だからこそ、今も宮廷魔法使いのトップに居座り続けているラムセスには怒りしか感じないんだけど」
チェルシーは燻製のチーズをナイフで切り分けた。このチーズもワインに負けず劣らず、高かったんだよ。
「もし、俺がラムセスと会った時に、奴を倒していればと思わなくもないな。あいつを一目、見たと時から、ろくな奴じゃないってことは分かってたのに」
とはいえ、ラムセスを倒せば本当にこの状況は解決するのだろうか。ただラムセスを倒すだけでは学院が地上に戻ることはない気がする。
となると、ラムセス自身に学院を元に戻させるか、ラムセス以上に力を持った存在の手助けが必要になる。
いずれにせよ、ラムセスも地上の人間には自分のしたことをひた隠しにしているはずだ。
でなければ、王都中の人間から糾弾されただろうし、とても宮廷魔法使いではいられなかっただろう。
「そんな仮定の話をしてもしょうがないよ」
チェルシーはやさぐれたように肩を竦める。
「そうだね。まずは目の前の敵のガンティアラスを倒さなきゃ。もし、ガンティアラスを倒せれば学院にいるみんなも勇気を取り戻せると思うし」
アリスの目には希望という名の光が浮かんでいた。
「アリスの言う通りだな。まあ、みんなの覚悟は良く分かったし、今日の宴会は大いに楽しもうじゃないか」
そう言って、ハンスはワインの注がれたグラスを手にする。それから、ワインの表面を揺らして、漂ってくる香りを上品に嗅いだ。
「ひょっとしたら、僕たちにとってこれが最後の晩餐にもなるかもしれないし、心残りはないようにしないと」
ハンスは血のように赤いワインをじっと見ながら言った。
「せっかく、みんながやる気になっているのに、縁起でもないことを言わないでくれよ、ハンス」
俺はしかめ面をした。
ガンティアラスを倒したら、俺もまた今日みたいな宴会を楽しむつもりだからな。だからこそ、死ぬ気なんてさらさらない。
「そうだぞ、ハンス」
カイルも眉根を寄せながら言葉を続ける。
「俺たちは例え何があろうと、竜王ガンティアラスには打ち勝たなきゃならない。その気持ちを挫くようなことを口にするようじゃ、リーダー失格だぜ」
そう言うと、カイルは自分のグラスにワインをドボドボと注ぐ。
「ご免、ご免。確かにカイルの言う通りだな。気持ちで負けていたら、勝てる戦いも勝てなくなる」
ハンスはバツが悪そうに頭の後ろを掻いた。
もっとも、ハンスは常に現実を見ていて、あらゆる可能性を思索している。
だからこそ、その言葉にはみんなに現実を直視することを止めさせないような響きがあるのだろう。
さすがリーダーだな。
「でも、いつ死んでも良いように心の整理をしておくことは大切だと思うな。それだけ今度の戦いは厳しいものになるはずだから」
アリスも安易な楽観はしていないようだった。
「うん。人間の命なんて脆くて儚いものだし、後悔だけはしないようにしなきゃ」
チェルシーも胸の前でギュッと握り拳を作った。
「みんな、難しい話はそのくらいにして、さっさと飯を食おうぜ。おいらはさっきから腹の音が鳴りっぱなしでしょうがないんだ」
当たり前のように部室にいたフィズがそう言うと、俺たちは揃って乾杯と言って、ワインの入ったグラスを高々と掲げた。
その後、夜遅くまで宴会は続いた。
本当に今日が最後の晩餐になりそうな空気が部室に漂っていたので、俺も幾らワインを飲んでも、なかなか酔うことができなかった。
ま、今日の宴会で出されたワインは二日酔いにならないようにとの配慮で、アルコール度数が低めだったからな。
酔えないのも無理はない。
それから、俺はみんなが眠そうな顔をし始めると、気分転換をするために部室の外に出る。
夜の部室棟の廊下はシーンと静まり返っていた。まるで建物そのものが眠りについているかのように。
だが、しばらく歩いていると、その途中で見慣れない部室のネームプレートを発見する。
俺の記憶が確かならクシャナなどという名前が記されたネームプレートはなかったはずだ。
最近できたパーティーの名前だろうか。
俺が立ち止まっていると唐突に扉が開いて、まるでジプシーのような衣装を身につけた妖艶な女の子が現れた。
「秘密クラブ、クシャナにようこそ!」
女の子は嫋やかに笑いながら言った。
「秘密クラブだって?」
俺は目を丸くする。
「あなたは初めてのお客さんみたいね。この店はあのクシャトリエル様がオーナーを務めているの」
なら、この店に入ればクシャトリエルにも会えると言うことなのか。
「そして、この店の存在を察知できたと言うことは、あなたも当クラブの会員になる資格があるってことよ」
流れるように言葉を紡ぐ女の子からは甘い香りが漂ってくる。それが俺の心を刺激した。
「はあ」
俺は気後れする。
そんな俺を見て笑う女の子は胸が少し透けて見えていた。なので、俺としても目のやり場に困った。
「とりあえず中に入って見学でもしていったら。初めてのお客さんには刺激の強い店になっているから」
そう言って、女の子は俺を店の中に入るよう促すと、クルリと背を向ける。
それを受け、俺も心臓の音がドクドク鳴るのを感じながらも、女の子の後ろを付いていくことにした。
そして、いざ足を踏み入れた店の中は色鮮やかなピンク色の壁になっていて、ドアがずらりと並んでいた。
しかも、おかしなことに店の中は部室棟の部室の中とは思えないほど広かった。まるで異次元に迷い込んだみたいだ。
ドアの中からは微かに女の子の声が聞こえるし、中では何が行われているのだろうか。
俺は半開きになっていたドアを発見して、中を覗き込む。
そこは個室になっていた。
個室には薄着の女の子がいて、革張りのソファーに座っている男子生徒の横でグラスにお酒のような液体を注いでいた。
そんな女の子の手には琥珀色のボトルが握られている。
なるほど、ここは女の子が接待してくれるパブというわけか。
それを理解した俺は急に恥ずかしさが込み上げてきたので、思わず目を背けた。すると、背けた視線の先には前を歩いていたはずの女の子の顔があった。
これには俺もビクッとしてしまう。
「異性に対する欲求は人間には抑えがたいものよ。だから、どうしたってこういう店が必要になるし、安易な軽蔑はしないでよね」
俺も女の子の言葉には一理あると思った。でも、こういう形で欲求を満たそうとするのは健全性を欠いていると思う。
「特に若い男の子や女の子はこの手の欲求を持て余しているだろうし、それはちゃんと消化してあげないと」
そう持論を口にする女の子の声にはどこか自負のようなものがあった。
おそらく、自分たちのやっていることは間違っていないと言いたいのだろう。確かにこの店の存在は善悪で計れるものではないが。
俺が更に歩いていくと、女の子は俺の前でそっとドアを開けた。その目は俺に中を覗いて見ろと言っているように思えた。
俺が戸惑っていると、女の子たちの理性を溶かすような声が聞こえてくる。
「さあ、もっと飲んで、飲んで」
さっきと同じように個室の中にはソファーに座っていた男子生徒がいて、その両隣にはやはり薄着の女の子たちがいた。
その女の子たちは男子生徒に体を密着させながら、テーブルの上にあるグラスに酒のような液体を注いでいる。
男子生徒はその液体をグイグイと飲み干す。それから、真っ赤な顔で息を吐くと、女の子たちの肩に手を回した。
そんな様子を見ていると、店の中を案内していた女の子が、振り返った俺の火照った顔に視線を向ける。
「女の子と仲良くしたいっていう気持ちはあなただってあるんでしょ?あなただって、男の子なんだから」
そりゃ、俺だって一応、思春期の少年だからな。
「とにかく、やせ我慢は体に良くないし、今夜は私が相手で良ければ、特別にタダにしてあげるけどどう?」
女の子は艶やかに笑った。
「遠慮しとくよ」
俺は理性を総動員して、そう言った。
歌って踊れるだけの店なら、まだ楽しむ勇気はあるが、さすがにこの店で行われていることは度を超えている。
この店の存在は教師か生徒会に報告した方が良いかもしれないな。
それから、女の子の「残念ね。では、次の夜にまた会いましょう」という言葉を聞くと、俺は逃げるように店を出た。
それから、ゆっくりと深呼吸する。
結局、クシャトリエルと会うことはできなかったな。妖精の女王の顔は拝んでおきたかったんだけど。
俺は学院の裏の部分を見てしまったことに何とも後ろ暗い気持ちになる。
人間、綺麗な生き方ばかりできるとは俺も思っていなかったけど、あんな店が営まれていたことにはショックが大きかった。
俺が複雑そうに部室の扉を見ていると、ネームプレートに記されていたクシャナという文字がスーッと消えていく。
これには俺も目の錯覚かと思った。
俺が不思議そうな顔で再び部室の扉を開けると、そこには店はなかった。ただ、物がたくさん置かれているだけの汚い倉庫になっていたのだ。
いかなる力が働いたのかは分からないが、店は影も形もなく消えてしまった。これには俺も唖然とする。
俺は心を落ち着かせると踵を返す。
それから、さっき見た店のことは忘れようと思い、鉛でもぶら下がったような重い足取りでラグドールの部室へと戻った。
《第四章④ 終了》




