第四章 命懸けの戦い①
第四章 命懸けの戦い①
眠っていた俺は急に体が揺さぶられるのを感じて、目を覚ます。が、すぐには意識がはっきりしなかった。
自然な目覚めではなかったので、それも仕方がなかった。なので、俺はかぶりを振って周囲を見回す。
せっかく良い気持ちで寝ていたのに誰が起こしたんだと怒りたくなった。が、すぐに部室の中の雰囲気がただならぬものになっていることに気付く。
現に、部室の中には既に起きているみんながいて、オロオロとした顔しながら、部室の中を動き回っていた。
その手つきは何かを探しているようにも見える。
俺は重い瞼を擦りながら、寝袋から這い出る。それから、大きな欠伸を一つして、ゆっくりと立ち上がった。
俺を起こしたのは近くにいたチェルシーらしく、その目は困惑に揺らめいていた。
みんなで部室の掃除をしていると言うわけじゃなさそうだし、どうやら俺の寝ている間に何かあったみたいだな。
「みんな、どうしたんだ?」
俺は肩をグルグルと回しながら尋ねた。
こんな朝っぱらから、騒々しく何を探しているんだと言いたくなる。でも、みんなの焦りの滲んだ顔を見たら、そんな言葉は口に出せなかった。
「大変なんだよ!私たちが朝、起きたら長机の上に置いてあったオリハルコンの原石がなくなってたの」
チェルシーは金切り声で言った。
「なんだって!」
その事実に俺の声も裏返ってしまった。
それから、どのような理由でオリハルコンの原石がなくなったのか考えるも、心当たりは全くなかった。
「昨日の夜までは確かにオリハルコンの原石はこの長机の上に置いてあった。それは間違いない」
ハンスはずれかけていた眼鏡のフレームを指で押し上げた。そんなハンスの声には切羽詰まったような苛立ちがあった。
「誰かが盗んだって言うのか?」
このタイミングで盗みに入られるなんてついてないにも程がある。
「そう考えるしかないな。普段から部室の入り口には鍵をかけてなかったし、忍び込んでオリハルコンの原石を盗むことは誰にでも可能だ」
ハンスの言う通り、俺もみんなが部室に鍵を掛けているところを見たことがない。それを気にしたことはなかったけど。
「鍵を掛けていなかったのは、さすがにまずかったよな」
俺もみんなを責めるつもりはない。でも、誰かのせいにしたくなるような気持ちは、俺の心に沸き上がっていた。
「そうだな。でも、仕方ねぇよ。今まではこの部室に盗まれそうな物なんて何一つ置いてなかったんだから」
カイルは憎々しそうな顔をする。
というと、カイルが収集しているシルバーのアクセサリーも盗まれるような高価な代物ではないということか。
「そういうことだね。現に泥棒に入られたことなんて、一度もなかったし。でも、今、考えるとちょっと不用心だったよ」
アリスが苦い声で言った。
「たぶん、アタシたちがオリハルコンの原石を手に入れたことを嗅ぎ付けた人間がいるんじゃないかな」
チェルシーは落ち着きなく手を開いたり閉じたりしている。
「そう考えるのが自然だろうな。あまりにもタイミングが良すぎる」
ハンスは唇に指を這わせながら言葉を続ける。
「それでなくても、僕たちは冒険者ランキングを大きく上げたせいで周りから注目されていた。であれば、僕たちの動向がマークされていたとしても不思議じゃない」
そこまで分かっていて、オリハルコンの原石を盗まれたのは、それだけ俺たちが浮かれていたからだろう。
敵はモンスターだけではないとハンスも言っていたし、それはみんなも分かっていたはずだ。なのに、俺たちはすっかり油断してしまっていたというわけだ。
でも、みんなの中に犯人がいるってことはさすがにないよな。
「そうか。何にせよ、大切なオリハルコンの原石が盗まれたって言うのに、暢気に寝ていた自分が恥ずかしいよ」
俺は頭をボリボリと掻いた。
旅をしている間は、寝首を掻かれないようにいつも気を付けていたんだけどな。
でも、学校という場所には自分の命を狙う人間なんていないと安心しきっていた。
もし、この学院に来る前の俺だったら、盗人の気配を感じ取ることもできたと思う。
「それは俺たちも同じさ」
カイルは面窶れしたような顔で息を吐くと言葉を続ける。
「とにかく、せっかく譲って貰ったオリハルコンの原石を盗まれたとあっちゃ、ウルベリウス院長に合わす顔がねぇな」
カイルはテーブルの上に置かれていたパンに齧り付いた。もしウルベリウス院長がこの大失態を知ったら、どんな顔をするだろうか。
「そうだね。オリハルコンの原石は絶対に探し出さないと。あれはみんなの希望になる石なんだから」
アリスも力を失わない声で言った。
「うん。アタシも徹底的に情報収集をしてみるよ。こういう時に上手く立ち回れるのはアタシしかいないし」
チェルシーの言葉には頼り甲斐があった。
何にしても、学院の中で犯人捜しをするなら、俺みたいなよそ者は下手に動かない方が良いだろう。
やっぱり、教師に事情を話すべきか。それとも、学院の秩序を守っているという生徒会を頼るべきか。
まあ、その判断はリーダーのハンスに任せるしかないな。こんな時でも、ハンスなら英断を下してくれるはずだし。
そんなことを考えていると、開けてあった窓からフィズが入り込んできた。
「よっ、みんな。そんなに怖い顔をしてどうしたんだ?朝飯がまだなら、おいらも一緒に食わせてくれよ」
フィズは長机の上に着地すると、いつものように陽気に言った。この声には俺も気力が削がれるようなものを感じる。
「フィズか」
俺はフィズを見て、部室に自由に出入りできるこいつならオリハルコンの原石を盗めてもおかしくないなと疑う。
でも、すぐにその考えを否定した。
オリハルコンの原石を手に入れられたのはフィズの言葉があったからだ。院長室にあった壷の中からオリハルコンの原石を見つけたのもフィズだし。
そのフィズを疑うのは間違っている。
「ちょうど良いところに来た、フィズ。オリハルコンの原石が盗まれたんだけど、何か心当たりはないか?」
ハンスは縋るような口調で尋ねた。
「ないな。って、オリハルコンの原石を盗まれちまったのかよ。さすがにそれはマヌケすぎるだろう」
フィズは目を丸くして言った。
マヌケという言葉はここにいる誰にも否定できない言葉だろう。
なぜ、オリハルコンの原石を金庫にでもしまわなかったのか。
いや、この部室に金庫なんてないだろうから、なぜ人目に付かないところに置いておかなかったのか。
それが悔やまれる。
「そう思うよ」
ハンスも首の後ろに手を回しながら苦笑するしかない。
「でも、そういうことなら、おいらの鼻の出番だな。今からオリハルコンの原石の臭いを辿ってやるよ」
フィズの言葉にみんなの顔が一転して明るくなる。
「そんなことができるのか?」
急くような口調で尋ねたのは俺だ。
「昨日、今日の話なら十分、可能さ。おいらの鼻は犬よりも良いし、その辺は信頼してくれて良いぜ」
フィズは胸を張りながら言った。
ドラゴンの嗅覚が犬よりも優れているというのは俺も初耳だった。それとも、フィズが特別に優れているのか。
ドラゴンと言ってもピンからキリまであるし、本の知識をいつまでも頼りにするのは止めてた方が良いな。
「そういうところはさすがドラゴンだな。僕もここに来て初めて君という存在にありがたさを感じたよ」
ハンスも日頃からフィズに良くしていたことは正解だったと思っているはずだ。
「言ってくれるぜ」
フィズは口を尖らせた。
「なら、すぐにでもオリハルコンの原石がどこにあるのか突き止めてくれ。もし、それができたら、好きなだけ旨い物を食わせてやるから」
俺の言葉にフィズの口が弧を描く。
「その言葉、忘れるなよ」
フィズは不敵な笑みを浮かべながら背中の羽を広げた。
《第四章① 終了》




