第三章 ドラゴンを打ち倒す武器⑦
第三章 ドラゴンを打ち倒す武器⑦
俺たちが冒険者の館に行き、ミノタウロスが討伐されたことが発表されると、館内全体が興奮に包まれた。
あっちこっちから「すげー」という歓喜にも似た声が上がる。
みんなキラキラとした良い笑顔を見せてくれたので、俺もミノタウロスと戦った疲れが吹き飛ぶのを感じた。
ま、ミノタウロスを討伐したことで、みんなの心に起爆剤のようなものを与えられたなら、やはり苦労した甲斐はあったと言えるだろう。
これで一人でも多くの生徒が、地上に戻るために迷宮を攻略してやろうと思ってくれれば俺から言うことはもう何もない。
ただ、生徒たちの声の中には「ディンとかいう冒険者はやっぱりただ者じゃないぜ。絶対、ウチのギルドに引き入れないと」「だよな。【ラグドール】なんかにいるのは勿体ないよ」「でも、もう少し待とうぜ。この快進撃は偶然の類いってこともあり得るから」「それはあるな。たまたま上手くいっただけかもしれないし」などという、カチンと来るような話もあった。
迷宮に閉じ込められた生徒の中には、完全にこの状況に甘んじている者たちもいるということを俺も思い知らされた。
だから、そいつらは自分たちのパーティーやギルドの名前を大きくすることに躍起になってしまっているのだ。
ま、人間の心なんてそう簡単に変わるものじゃないか。
でも、竜王ガンティアラスを倒すことができれば、その時は俺もきっとみんなの心が良い方向に変わってくれると信じている。
一方、カイルは何やら納得いかない結果を見て、受付の女の子に食ってかかっていた。
「どうして、パーティーの冒険者ランキングが十一位、止まりなんだよ。俺たちは十位以内に入らなきゃいけねぇのに」
カイルは受付の女の子を親の敵でも見るように睨み付けた。
言葉遣いはともかく根は真面目なカイルが不良のような態度を見せるのは珍しいな。それだけイライラしていると言うことなのだろうが。
「そう言われても、それがシステムですから」
受付の女の子は涙目でオロオロする。これには俺も可哀想なものを感じた。
「俺たちは誰も倒せなかったミノタウロスを倒したんだぞ。もう少しくらい、色を付けてくれても良いんじゃねぇのか」
カイルはカウンターに身を乗り出した。
「そういう融通は効きません。ほんの些細なことでも不正を許すようなことがあれば、この冒険者の館の信頼が失われますから」
「ちっ、戦いの現場を知らねぇ奴が綺麗事ばかりは抜かしやがる」
カイルは忌々しそうに舌打ちした。
「私たちは自分にできる仕事をしているだけです。ですから、もし、あなたたちが十位以内に入りたければ、もう一度、報酬が四十万ルビィ以上の仕事を完遂してください」
受付の女の子も譲らなかった。
「しょうがねぇな」
カイルは腰に手を当てて長息を付く。
たぶん、カイルもミノタウロスさえ倒せば完全に十位以内に入れると信じ切っていたのだろう。
だからこそ、ミノタウロスとは命懸けの戦いができたわけだし。
それが、後一歩のところで届かなかったことにカイルも頭に来てしまったのかもしれない。
それと、受付の女の子は些細な不正も許さないと言っていたが、冒険者の館のランクの付け方には色々と黒い噂があるとチェルシーも言っていた。
おそらくカイルもそのことを知っているのだろう。
なので、冒険者の館が本当に公正な運営をされているのかどうかは蓋を開けてみなければ分からない。
「カイル、あともう少しなんだから、焦らないでよ。ここで冒険者の館のスタッフに睨まれても良いことはないよ」
アリスが宥めるようにカイルの背中に手を回した。
「分かってるよ。ったく、寸止めを食らったみたいで良い気分がしないぜ」
カイルは膨れっ面をする。
「その通りだけど、ここはアリスの言う通りだな」
ハンスもカイルの肩を後ろから掴むと言葉を続ける。
「ま、そういうことなら、明日になったら九十七階に出没しているバジリスクの討伐も引き受けよう。今の僕たちならそれほど苦労せずに完遂できるはずだ」
ハンスは気を取り直したように言った。
「でも、バジリスクの毒は怖いよー。ここまで来て、足下を掬われるようなことにならなきゃ良いけど」
チェルシーはわざとおどろおどろしい声で言った。
「なら、毒消しをたくさん持って行けば良いんだよ。俺も少し前まではランキングなんてどうでも良いと思ってたが、俄然、やる気が出て来たぜ」
そう言って、カイルはシルバーのアクセサリーをギュッと握りしめた。
「僕も同じだ。なんなら、トップを目指して頑張ってみるかい、みんな?どうせ、それくらいの力がなきゃ、迷宮の制覇はできないだろう」
ハンスの言葉に俺もそれも良いかもしれないと思った。
その後、俺たちはミノタウロスも倒せたので自由に羽を伸ばそうと、冒険者の館で解散することにした。
俺も今日はたくさん汗を掻いたので、それを洗い流すために浴場へと向かった。
浴場は東館の地下にあるのだ。
浴場には石炭を使うボイラーで加熱されたお湯が流れ込む。その石炭は魔界からやって来るドワーフの行商人が売ってくれると聞いていた。
ボイラーの整備もあのドワーフのボルブさんが定期的にしていると言うし、浴場の掃除も雑用を一手に引き受けているギルドがやってくれる。
俺は更衣室で服を脱ぐと、浴場へと足を踏み入れる。湯気が立ち上る風呂に浸かっている生徒は二人しかいなかった。
俺はラグドールの部室が三つは入りそうな広さを持つ風呂の中に入る。それから、ゆっくりと湯の中に肩を沈めた。
すると、聞き耳を立てていたわけではないが、離れたところにいる男子生徒たちの話が聞こえてきた。
「この風呂で使われている水は妖精の女王のクシャトリエルが作ってるんだよなー」
男子生徒は間延びした声で言った。
「ああ。しかも、ただの水じゃない。怪我にも良く効くし、疲れも取ってくれるんだ。まったく、クシャトリエル様々だよ」
もう一人の男子生徒はヘラヘラした顔をする。
「そうだな。実際、クシャトリエルの水がなかったら、俺たちは暮らしていけないし。でも、クシャトリエルについては良からぬ噂も聞いてるんだよな」
男子生徒は含むように言った。
「良からぬ噂?」
俺の耳がピクッとした。
「クシャトリエルはこの学院のどこかにある卑猥な店を取り仕切ってるって言うんだよ」
卑猥というと東館にあった女の子が客引きをしているような店だろうか。
「それは俺も聞いたことがある。何でも、その店は極上の酒と女で、この学院にいる俺たちのような男子生徒を楽しませてくれるらしいぜ」
完全に大人の店だな。
「刺激的だねぇー」
男子生徒はいやらしさを滲ませながら笑う。
「でも、会員制の店らしいから、普通の生徒は店に入ることはおろか、店を見つけることもできないみたいだな」
そう言えば、東館で客引きをしていた女の子も、この学院にはもっと刺激的なサービスをしている店があると言っていたな。
彼らはその店のことを言っているのだろうか。
「そりゃ残念だ」
そう言うと男子生徒はお湯で顔を洗った。それから、二人の男子生徒は全く違う話を口にし始める。
一方、俺は今ならたくさんのお金があるし、そういう店にも行ってみるのも良いかもしれないなと思ってしまった。
が、すぐに首を振って頭から煩悩を追い払う。そんな店に入り浸るようになったら、人間として駄目になる。
英雄、色を好むとも言うし、俺も英雄のような人間になりたいと思ってはいるが、そんなところだけを真似したら駄目だ。
俺は竜王ガンティアラスと戦うことだけを考えながら、人の少ない風呂で伸び伸びとお湯に浸かった。
《第三章⑦ 終了》




