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第三章 ドラゴンを打ち倒す武器⑥

 第三章 ドラゴンを打ち倒す武器⑥


 俺たちは一時間半もかけて迷宮の九十階にまでやって来た。

 

 その途中でリザードマンもオーガも現れたが、俺たちを見ると逃げてしまった。ゴブリンの逃げ振りなんて笑いすら誘うほどだったからな。

 

 俺たちが腕の立つ冒険者だという情報は、モンスターたちの間でも広く知れ渡っているようだった。

 

 やっぱり、リザードマンとオーガの親玉を倒しておいたことは大きい。おかげで余計なモンスターと戦わずに済んだわけだからな。

 

 急がば回れとはこういう時に言うのだろうか。

 

 俺たちは特にモンスターと戦うことなく迷宮の通路を突き進み、ミノタウロスがいるという大部屋にまでやって来た。

 部屋の中には何とも淀んだ空気に満ちていたし、その空気を吸い込むだけで肺の奥が痛くなる。

 魔界の穴の近くでなくても、この部屋の空気には瘴気が含まれているように感じたし。

 

 そして、そこには俺たちの期待を裏切ることなく、五メートル近くの巨体に牛の顔を持つモンスターがいた。

 

 それは数々の物語で冒険者たちを苦しめたミノタウロスそのものだった。

 

 だが、本を読んでイメージする姿と、実際にこの目で見る姿とでは迫力の桁が違う。あのオーガ・ロードが子供のように見えてしまうのだから恐ろしい。

 だが、相手が大きいと言うだけで怖じ気づくほど、俺たちも臆病じゃない。

 

 俺たちの勇気、存分に見せてやらないとな。

 

「ここまで来たら、何も言うことはないな。みんな全力で戦うぞ。そして、必ず生きて学院に帰ろう」


 ハンスが宣言するように言うと、俺たちは各々の武器を構えた。

 

 すると、俺たちの行動に触発されたようにミノタウロスが「グォオオ」と身も凍るような雄叫びを上げる。

 そして、手にしていた大きなハンマーを振り上げて、襲いかかってきた。

 

 さすがに体が大きいだけあってスピードはたいしたことない。こちらに迫るスピードならオーガ・ロードの方が上だ。

 

 だが、迫り来る質量はオーガ・ロードの何倍もある。ハンマーを振り上げる腕なんて丸太のようだからな。

 あの豪腕から繰り出させる攻撃は受けとめることすら叶わないだろう。掠るだけで骨までへし折られそうだ。

 

 ミノタウロスはハンスが放つ矢などものもとせずに俺の目の前までやって来ると、轟雷の如き勢いでハンマーを振り下ろした。

 が、その時には俺も横に飛び退いている。

 

 ただ、ハンマーは恐ろしい勢いとスピードで振り下ろされたし、ブワッとした舞い上がる風を感じることができなければ避けられなかったかもしれない。

 

 盾を持ってこなかったのは正解だったな。この攻撃の前じゃ、盾なんて無力だ。

 

「たいした攻撃力だ。でも、当たらなければ意味はないぞ」


 そう言うと、俺は反撃をするように疾風の如き斬撃をミノタウロスの足に浴びせた。ミノタウロスの足が深々と切り裂かれる。

 

 これで動きもだいぶ鈍るはずだ。

 

 が、ミノタウロスは痛みを無視するようにハンマーで横殴りの一撃を俺に加えてきた。その一撃を俺は態勢を低くすることで、やり過ごした。

 

 俺は負けまいと、動きを停滞させることなく剣を一閃させる。その烈風のような一撃はミノタウロスの足首を切り裂いた。

 薄皮一枚で、足は繋がっているが、このまま動けば足がもげる。

 

 が、何かおかしい。

 

 幾らミノタウロスでもあそこまで深々と切り裂かれたら、激痛に顔を歪めても良いはずだ。なのに、涼しい顔をしている。

 

 まるで痛みを感じていないかのようだ。

 

 訝る俺がミノタウロスの足の傷を見ていると、傷口からボコリと肉が盛り上がる。そして、傷口が数秒もしない内に消えてしまった。

 

 これには俺も絶句した。

 

「なっ!」


 いくらなんでも、この回復力はおかしいだろう。

 

 俺は眉根を寄せながらも小回りの効いた動きで、ミノタウロスの腕を切り裂いた。切断こそできなかったが、ミノタウロスの腕は半ばまで刃の侵入を許した。

 もう超重量のハンマーを持つことはできないはずだ。だが、ミノタウロスは腕が千切れてもおかしくない勢いでハンマーを振り回した。

 

 その勢いは全く衰えていない。

 

 俺はハンマーを避けながら、ミノタウロスの傷を観察しようとする。が、その時には腕の傷も綺麗に消えていた。

 

 ハンスが放った矢も何本か突き刺さったが、その矢はボロボロと崩れて、傷ごと消えてなくなった。

 

 こんな回復力を見せるミノタウロスの話は俺も聞いたことがない。

 

 まさか…。

 

「このミノタウロスはおそらくアンデッドだ。生半可な傷はすぐに回復されてしまうぞ」


 俺は爺さんから聞いたことがある話を思い出しながら叫んでいた。

 

 特定の魔法や呪いにかかることで、不死身の体を得る者たちがいる。ゾンビなんかがアンデッドの代表例だろう。

 

「アンデッドって、まさか」


 よほど嫌な物を感じたのか、チェルシーが真っ青な顔する。

 

「そうだよ。つまり死なないってことだよ」


 俺は簡潔に言った。

 

「なるほどな。アンデッド化していたから、どんな冒険者でもこのミノタウロスを倒せなかったってわけか」


 ハンスは理解が早くて助かる。

 

「アンデッドがどういうもんなのかは俺は知らねぇが、死なないモンスターを倒せる方法なんてあるのかよ?」


 カイルは尋ねながらも、獅子奮迅の如き動きでミノタウロスの体に槍の穂先を突き刺していた。

 

 が、すぐに肉が盛り上がって傷が塞がってしまう。

 

「とにもかくにも頭を潰すしかない。それで倒せなきゃ、このミノタウロスは本当の不死身だ」


 ゾンビなら頭を破壊すれば息の根を止められる。その常識がこのミノタウロスにも通じると良いんだけど。

 

「それなら」


 アリスが手を翳して、オーガ・ロードに大ダメージを与えたスパークする光りの球を作り出した。

 

 俺も時間を稼ぐように、ミノタウロスの足を剣で突き刺す。が、すぐに回復されてしまい全くダメージが与えられなかった。

 だが、今は足止めさえできれば良い。

 

 ミノタウロスも邪魔者を排除しようと空気ごと押し潰すように俺の頭上にハンマーを叩きつけてきた。

 その腕に絶妙なタイミングでハンスの矢が命中する。

 結果、ミノタウロスのハンマーの軌道が僅かに逸れ、俺の傍らを強風が通り過ぎる。床が大きく砕け、その破片が飛び散る頃には、俺も後ろへと跳躍していた。

 

 でも、今の一撃は危なかった。

 

「ディン君、いつもより動きが固くなっているぞ。もっと滑らかに動かないと敵の攻撃に捕まってしまう」


 ハンスに窘められてしまった。

 

 でも、幾ら頑張っても有効なダメージが与えられないのだから、それも仕方がない。

 

 俺が攻め手に欠いていると、待ちに待ったアリスの魔法がミノタウロスの頭部に向かって放たれる。

 ミノタウロスは微動だにできず、光りの球の直撃を受けた。触れれば肉が弾けてしまいそうな烈々としたエネルギーが撒き散らされる。

 

 そして、白煙の中から現れたミノタウロスの頭部は半分なくなっていた。

 

 俺は頭部、全ては消しきれなかったかと舌打ちする。

 

 すると、またグロテスクな感じで肉が盛り上がり、失われた部分を回復ではなく再生させていく。

 頭部が元に戻るまで三十秒もかからなかった。

 

「こんな奴、どうやれば倒せるっていうんだ。正直、幾ら俺たちでも、この再生力には対抗できねぇぞ」


 カイルは一歩も退かずにミノタウロスの足に攻撃を加え続ける。

 

 でも、繊細な器官の脳もある頭部があんなにあっさりと再生してしまっては、他の部位を切断しても無駄だろう。

 やはり頭部を完全に破壊するしかない。

 

「アリス、ありったけのエネルギーをミノタウロスの頭部にぶつけてくれ。それしか、こいつを倒す手はない」


 俺はそう指示しながら、攻撃の手を緩めないように再びミノタウロスの足首を切断した。さすがのミノタウロスもバランスを崩し、尻餅をついた。

 

 だが、切断された足は更にスピードを増して再生していく。

 

 それから、ミノタウロスはゆっくりと起き上がり、また平然とした顔つきでハンマーを構えた。

 

「分かった」


 アリスは目を細めて集中し始める。彼女の掌にはバチバチと火花を散らせる小さな光りの球が生まれていた。

 が、それを脅威と見て取ったのか、ミノタウロスはアリスに向かって突進していく。

 

 このミノタウロスは知性もあるのか。アンデッド化は大抵、知性を失ってしまうというリスクがあるというのに。

 

 俺はミノタウロスの足を何度も切り裂いてやったが、その突進力を弱めることは全くできなかった。

 

 それならば、と思ったのかハンスがミノタウロスの両目に矢を命中させた。が、ミノタウロスは目が見えないはずなのに的確な動きでアリスに迫る。

 

「両目が潰れたのに、方向感覚を失わないなんて、どういうことだ?まさか顔のどこかにまだ目があるということなのか?」


 ハンスは驚愕するように言った。

 

 一方、それを見た俺はまた疑念を募らせた。が、その疑念を吹き飛ばすように、アリスが大きく膨れ上がった光りの球を放った。

 光りの球は視認することすらできないスピードでミノタウロスの頭部に直撃し、空間に穴が空いたかのような大爆発を引き起こした。

 

 その凄まじい爆発でミノタウロスの頭部は完全に消し飛んだ。頭部を失い残ったミノタウロスの体は大の字になって後ろに倒れる。

 

 俺はやったかと思った。

 

 が、頭部を失ったというのに、ミノタウロスは死んではいなかった。胸の辺りから肉が噴き出し、それが顔の形を作っていく。

 

 そのあまりの気持ち悪さに、俺も攻撃することを忘れてしまう。

 

 そして、ミノタウロスの頭部はまるで手品のように元通りに戻ってしまった。これには悪夢だと言いたくなる。

 それから、ミノタウロスはむくりと、まるで仕掛け人形のように起き上がった。その際、俺は人形という言葉を呟いてハッとした。

 

「アリス、何か異質なエネルギーの流れは感じ取れなかったか。おそらく、このミノタウロスは誰かによって離れた場所から操られている」


 俺は確信を持って言った。

 

「離れた場所から?」


 アリスが噛み砕くように言った。

 

「でも、その誰かは必ずこの部屋にいるはずなんだ。ミノタウロスの両目は潰れていたのに、ちゃんとアリスのいる方向に迫ることができたんだから」


 そう説明すると俺は守りが疎かになるも攻撃力を重視した動きで、ミノタウロスの足を強引に切断した。

 すると、腰を折り曲げたミノタウロスの足がまたしても再生しようとする。

 

「今だ。エネルギーが流れ込んで来る方向に光りの球を思いっきりぶつけてくれ」


 俺の言葉を聞いたアリスは目を閉じる。

 

 魔法使いは大抵、魔力を感知することに長けている。なら、同じ魔法使いのアリスも魔力の流れを感じ取ることができるはずだ。

 なので、今はアリスの力を信じるしかない。

 

 すると、アリスは空中に静止したように掌を翳しながら、ミノタウロスへと流れ込むエネルギーを感じ取ろうとする。

 そして、アリスはカッと目を見開いた。

 

「そこだね」


 アリスは光りの球をミノタウロスではなく壁に向かって放った。その光りの球は壁に衝突するとまたしても大爆発する。

 爆煙が俺たちの視界を遮った。


 すると、ミノタウロスの再生がピタリと止まった。

 

「グ、ギギィ」


 壁に開いた穴から、背丈が一メートルにも満たない小悪魔のような奴が剥がれ落ちるようにして倒れた。

 それから、踏み潰された昆虫のようにピクピクと手足を痙攣させる。


「やっぱり、こいつがミノタウロスを操っていたみたいだな。もう少し気付くのが遅れていたら、俺たちが殺されていた」


 俺は小悪魔の方に歩み寄る。小悪魔はローブのような物も着ていたし、人間とは違うタイプの魔法使いなのだろう。

 こいつがアンデッドが必要とする闇のエネルギーを絶えず、ミノタウロスに供給していた。どうりで倒せないはずだよ。

 

 俺は奇怪な声を漏らしている小悪魔の額に剣を突き立てた。命の尊厳を冒涜するような戦い方をする悪魔にかける慈悲はない。

 

 すると、部屋の中を満たしていた淀んだ空気がスーッと薄れていく。それから、倒れていたミノタウロスもサラサラと黒い塵となって消えていった。

 

 これで、ミノタウロスもやっと安らかな眠りにつけるはずだ。

 

「でも、こんなからくりに気付けるなんて、ディンはすげーな。俺なら、とてもそこまで頭は回らねぇよ」


 カイルは息を切らせながら言った。

 

「僕も同じだな。頭を働かせることは得意だけど、あんな戦いの中で、敵の正体を看破することは、到底、できなかった」


 ハンスはそう言ったが、人間、得意とする頭の使い方は人それぞれ違う。

 

 もし、学校の授業でもある算術などをやらせたら、俺もハンスにはとても勝てなかっただろう。

 

「ディン君はやっぱり戦いのプロだね。知識とか技術だけじゃ、説明できないような力を持ってるよ」


 アリスはそう持ち上げたが、その言葉は俺にとってくすぐったいものだった。

 

「爺さんから教えて貰った知識のおかげだよ。何せ、俺の爺さんは世界一の冒険者なんて呼ばれ方をされていた人だから」


 爺さんには本当に感謝している。

 

「世界一の冒険者なんて格好良いね」


 チェルシーが陽気に言うと、俺たちは互いの顔を見て笑う。それから、俺はまるで凱旋でもするような気分で学院へと戻った。


《第三章⑥ 終了》



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