第二章 学院を取り巻く事情⑥
第二章 学院を取り巻く事情⑥
俺たちは迷宮から学院に戻ってくると、東館にある料理店に一角獣の肉を持ち込んだ。
基本的にモンスターの肉は食堂よりも、料理人たちのギルドの方が高く買い取ってくれるという。
ただ、料理人たちのギルドは総じて質の良い肉を要求してくるので、それには応えなければならないらしい。
俺は料理店で一角獣の肉を食べる。これがまたとんでもなく美味しかったので、苦労して狩った甲斐があったと思った。
それから、俺たちは疲れを取るように一時間ほど料理店でゆっくりすると、冒険者の館へと向かう。
残った一角獣の角は冒険者の館に渡さなければならないからな。
俺たちは冒険者の館に行くと、根元から切断された一角獣の角をギルドの受付の女の子に渡した。
そして、十八万ルビィの報酬を貰う。
その際、俺たちのパーティーの冒険者ランクがCになった。俺個人の冒険者ランクもEからDになったし。
「そろそろ上がる頃だと思ってたけど、やっぱり上がったな」
ハンスは渡されたカードのようなものを見ながら言葉を続ける。
「ここ最近、ずっと五万ルビィくらいの仕事しか引き受けていなかったから、こなした仕事の数からするとやっとって感じだけど」
ハンスは苦労を滲ませるような声で言った。
「俺の冒険者ランクも上がったぞ」
俺も迷宮に入る許可証に色々と書いて貰った。
「最低のEランクからは割と上がり易いんだよ。でも、Dランク以上になるには今回くらいの仕事は五回はこなさないとね」
チェルシーは情報通のような口調で言った。
「五回か」
「でも、難しい仕事だったら、一回でもランクは上がるよ。中には一気に二ランクも上がっちゃう仕事もあるし」
チェルシーは得意げに笑う。
「例えば?」
「中ボス扱いをされてるミノタウロスを倒してみるとか。厄介な毒を吐くバジリスクなんかも、良いかもね」
「それは難しそうだな」
ミノタウロスは見たことがないけど、大抵、本の中では恐ろしい怪物として描かれる。そんな奴と戦って勝てる自信はさすがにないな。
そんな俺の不安を見て取ったのか、カイルが俺の背中を軽く叩いた。
「ちなみに引き受けた仕事を失敗したりすると、逆にランクが下がることもあるから、それには気を付けなきゃならないぜ」
そうでなきゃおかしいよな。
「ディンもパーティー全体のランクが下がるような失敗はしてくれるなよ」
カイルの説明を聞き、俺もなるほどねと思った。
それから、俺はミノタウロスを倒したらどれだけの報酬が貰えるのか知りたくて、掲示板の方に歩いて行く。
そして、掲示板を眺めていると、受付の女の子が掲示板に新しい紙を貼り出した。すると、周囲がザワザワとする。
「これは…」
俺の隣にいたアリスがぎょっとしたような顔をした。
「リザードマン・ロードと、その手下たちであるリザードマンの集団を倒してください。しかも、赤い大楯を持ったリザードマンには仲間を殺されているので必ず仕留めてください、か」
俺は紙に書かれている内容を読み上げた。
「うそ…」
アリスは口に手を当てて、青い顔をしている。これには俺も片方の眉を持ち上げた。
「どうした、アリス?」
俺は震えているアリスの肩をそっと掴んだ。
「あのシェリーが殺されたなんて。しかも、赤い大楯を持ったリザードマンって、私たちが討ちもらしたリザードマンなんじゃ」
アリスの声は愕然としていた。そこでようやく、俺は逃げ出したリザードマンのことを思い出した。
あのリザードマンはリザードマン・ロードの手下だったのか。
「かもしれないな。少なくとも特徴は一致してる」
アリスの後ろから現れたハンスもやりきれないような顔をする。
「私たちが、ちゃんとリザードマンたちを仕留めていれば、シェリーが殺されることはなかったのに」
アリスとシェリーは友達だったのだろうか。
「自分を責めたら駄目だ、アリス。迷宮では討ちもらしたモンスターが、他の冒険者を襲うことなんて良くあることなんだから」
ハンスの言葉は気休めに聞こえた。
「そんなの分かってるよ。でも…」
アリスは目に涙を溜めていた。
その悲痛な表情がアリスにとってシェリーという女の子どれだけ大切な人間だったのかを物語っていた。
「それに、あのリザードマンを討ちもらしたのは僕だ。もし、アリスが責任を感じるのであれば、僕も感じなければならないな」
ハンスは心の痛みを感じさせるような面持ちで言った。
「こんなの誰のせいでもないよ」
チェルシーもシュンとした顔をしている。
「でも、そういうことなら、この仕事は俺たちが引き受けないか。やっぱり、殺された生徒のカタキは取ってあげたいだろ」
俺はここぞとばかりに力強く言った。
「パーティーの冒険者ランクがC以上で、必要な人数が五人以上っていう条件なら、ギリギリで引き受けられるし」
本当にギリギリだな。
「そうは言っても、リザードマン・ロードは十匹以上のリザードマンを手下として引き連れてるんだぜ。それを全て倒すとなると相当、危険な戦いになるぞ」
カイルの言いたいことは分かっている。
「下手したら俺たちだって死にかねないし、こういう仕事は大手のギルドに任せた方が賢明ってもんだ」
カイルはそう言ったが、俺は負ける気はしなかった。
「でも、こんなところで怖じ気づいていたら、一生、迷宮の制覇なんてできないぞ。殺された生徒のためにも、ここで逃げたら駄目だ」
俺はみんなに向かって発破をかけるように言った。こういうところで冒険者としての真価が問われる気がしたし。
「そうだな。ディン君の言うことはもっともだし、僕もこの仕事を引き受けることについては反対はしないよ」
そう言って、ハンスは嘆息した。
俺も無理を言ってしまったことに後ろめたさを感じたけど、ここは退けない。だから、みんなを絶対に死なせないような戦い方をするつもりだ。
「私、やるよ。シェリーは私の大切な友達だったし、そのカタキは取ってあげないと」
アリスは暗い顔をしながらも、決然と言った。
《第二章⑥ 終了》