第二章 学院を取り巻く事情⑤
第二章 学院を取り巻く事情⑤
俺たちは昨日と同じように迷宮の通路を歩いていた。が、まだモンスターが出て来る気配はない。
通路では俺たちの歩く足音、以外は何も聞こえては来なかった。
ハンスが言うに、モンスターが活発に動くのはやはり夜らしい。なので、朝は一番、モンスターが出現する回数が減る時間帯だという。
迷宮を深く潜りたい時は朝が良いということだな。
俺たちが通路を歩いていると、他の生徒たちとも顔を合わせた。
だが、彼らは特に話しかけてくるわけでもなく軽い会釈をして、俺たちの横を通り過ぎる。
ハンスが言うには、迷宮の中で他のパーティーと会った時とは、軽い挨拶だけに留めるのがマナーなのだそうだ。
理由は大人数の生徒たちが一つのところに固まって話していると、多くのモンスターを呼び寄せてしまうかららしい。
しかも、人数が多いほど、迷宮の通路では身動きが取りづらくなる。だから、何組もパーティーが固まっていると、危険の伴う混戦になり易いという。
迷宮の通路で戦うことに適した人数は、やはり五人くらいらしい。
それでも、大人数で迷宮を攻略しようとする時はパーティーを分けて行動するのがベストだとハンスは言った。
それから、俺たちはどんな時間帯であろうと、警戒は緩めずに通路を歩き、二十分ほどで上のフロアーへと続く階段に辿り着いた。
その階段を上ると、俺たちは迷宮の東側に行こうとする。
すると、五匹の人型のモンスターと出会す。そのモンスターは爬虫類の顔をしていて、体も緑色の鱗に覆われていた。
また、剣のような武器だけではなく、盾や小手などの防具も身につけていた。人間でないことは確かだが、そのモンスターたちは戦士としての風格を持っていた。
こいつらはリザードマンみたいだな。
オークよりも体付きが良く、手強そうな雰囲気を漂わせている。
俺もリザードマンとはまだ戦ったことがない。ただ、本や絵でその姿の特徴を知っていただけだ。
果たして、どれだけの力を見せてくれるのか、これから戦う俺も期待を膨らませていた。
「武器だけじゃなく、防具まで身につけたリザードマンか。こいつらなら少しは楽しませて貰えそうだな」
そう言うと、俺は引き抜いた剣を一部の隙もなく構える。
ゴブリンやオークを相手にするのと同じ感覚で戦えば痛い目に遭うだろうし、気は引き締めなければならないな。
俺は鈍色に輝く剣の切っ先をリザードマンたちに向けた。
すると、リザードマンたちが一斉に奇声を上げながら襲いかかってきた。その目は人間に対する憎しみのためか血走っている。
戦いでは常に冷静さを心懸ける。
それができないのが、モンスターと言うところか。
迫り来るリザードマンたちだったが、簡単には接近を許さないハンスの放った矢が次々と突き刺さる。
が、腕は小手で守られているので武器を落としたリザードマンはいなかった。
「やっぱり、鏃を通さない防具は厄介だな」
ハンスは唇を噛んだ。
俺はハンスにばかり任せてはいけないと思い身を躍らせるようにして斬りかかる。が、俺の斬撃をリザードマンは同じく剣で受けとめた。
ギリギリと鍔迫り合いになる。
もし、オークだったら、一太刀の元に切り伏せられていたはずだ。やはり、リザードマンはそれなりに手強いな。
でも、俺は力負けせずにリザードマンの剣を上に跳ね上げた。そして、がら空きになった胴に横なぎの一撃を加える。
リザードマンは胴を半ばまで切断されて倒れるも、反撃しようと剣を持ち上げる。
そうはさせまいと俺はすかさず剣を振り上げて、倒れているリザードマンの喉に剣を突き立てた。
喉から血を吹き上がらせると、そのリザードマンは白目を剥いて息絶える。
「悪く思うなよ」
俺は幾らモンスターとは言え、残酷なし討ちをしているなと思いながら剣を引き抜くと、そう言った。
一方、仲間の敵を討とうと、俺に曲刀を振り下ろしてきたリザードマンの腹にはカイルの槍が突き刺さった。
カイルは即座に槍を引き抜くと、何度も執拗にリザードマンの体に槍の穂先を突き刺した。
「そらそら、ボケッとしてると、この俺の槍の餌食になっちまうぜ」
巧みに槍を操るカイルは水を得た魚のような顔をしている。それから、五度目の突きを胸に食らったリザードマンはたまらず崩れ落ちた。
三匹目のリザードマンは、上手く間合いを取ると槍で俺の体を突き刺そうとしてきた。
俺もその攻撃を盾で防ごうとする。
が、俺に槍を突き出したリザードマンの頭上にいきなり雷のような光りが落ちる。俺の視界も一瞬、真っ白になった。
それから、そのリザードマンは体から白煙を上げながら倒れると、ビクビクと壊れた操り人形のように痙攣した。
どうやら、アリスの魔法を食らったみたいだな。
「人殺しのモンスターに容赦なんてしないよ」
いつもは優しいアリスの目もこの時ばかりは怖いくらいに冷たかった。
残り二匹のリザードマンは勝てないと判断したのか、ジリジリと後退した後、弾かれたようにその場からの逃走に移った。
賢明な判断と言える。こういう判断ができるのが、ゴブリンやオークとの違いか。
とはいえ、その背中にハンスの放った矢が流れるようにして飛来した。矢を四本も背中に食らったリザードマンは足を縺れさせて倒れる。
が、もう一匹のリザードマンは飛来する矢を赤い大楯を使って防ぎきり、そのまま姿を暗ましてしまう。
「討ちもらしたか」
ハンスは弓を引く手を止めると息を吐いた。
俺も追いかけることもできたが、それはしなかった。手負いのモンスターは何をしてくるか分からないからな。
深追いは禁物だ。
「アタシの出番は全然、なかったね。やっぱり、ディンがパーティーに入ったのは大きいよ」
チェルシーがどこか悔しそうに言った。
その後、俺たちは三十分かけて、九十八階の東側のフロアーを練り歩いた。
東側のフロアーは壁にコケが生え、床の割れ目からは草や細い木が伸びていた。また、天井からはツタがぶら下がっている。
動くのに支障はないが、それでも気を付けないと、床からはみ出している木に足を取られるかもしれない。
俺たちは油断なく歩く。
その途中で二本足でも歩ける大型のネズミのラットマンが出て来たが難なく打ち倒した。
そして、歩き始めてから一時間が経つと、イノシシのような体に、額から一メートル以上の長さを持つ角を生やしたモンスターが現れた。
あれが一角獣か。
俺は剣を構えたまま、間合いを詰めようとする。すると、一角獣はくるりと向きを変えて逃げ出そうとした。
やっぱり、聞いていた通りの臆病なモンスターだったみたいだな。
が、逃げる一角獣の足にチェルシーが投げた短刀が突き刺さる。一角獣はガクンと足を折り曲げた。
俺はチャンスとばかりに一角獣に斬りかかった。すると、一角獣も体を無理に動かし、鋭い角で俺の体を貫こうとしてくる。
窮鼠猫を噛むという言葉もあるし、息の根を止めるまで余裕は見せられないな。
俺は一角獣の角による攻撃を何度も避ける。それから、するりと一角獣の側面に回り込むと、雷撃のような一撃を叩き込んだ。
その一撃は見事、一角獣の頭部を切り落とす。
一角獣は糸が切れたように床へと横倒れになった。
「さすがディン君だな。実に良い動きを見せてくれる」
ハンスが後ろから俺の肩を叩いた。
「チェルシーが短刀を投げてくれたおかげだよ。この通路での追いかけっこは勘弁して欲しかったし」
追いかけている最中に他のモンスターが現れたら、不意打ちを食らいかねない。
「アタシもナイフや短刀を投げる腕には自信があるんだ。特にダーツの腕前はちょっとしたプロ並みだし」
チェルシーが照れたように笑った。
「チェルシーはモンスターの肉を切り分けるのも得意なんだよ。大きいモンスターだとそのまま体、全部を持って帰ることはできないでしょ」
アリスは自分のことのように持ち上げながら言葉を続ける。
「そういう時は良い部分の肉だけを持ち帰れるようにするの。これはチェルシーにしかできない仕事だね」
解体作業と言うことだな。
「肉の切り分けは実に泥臭くて嫌な作業なんだよな。でも、誰かがやらなきゃならないし、俺もチェルシーには感謝してるんだぜ」
カイルはニカッと笑った。
「そういうことなら、チェルシーだってこのパーティーにとっては欠かせない存在じゃないか」
俺はチェルシーを見直すように言った。
「当たり前だろう。大手のギルドならともかく、僕たちのような小さなパーティーに必要のない人員なんているわけがない」
ハンスの言うことはもっともだ。
でも、チェルシーは迷宮に入っても、自分は役に立たないようなことを言ってたからな。だから、少し誤解してしまった。
「そっか。じゃあ、さっそくチェルシーの手際を見せて貰おうかな」
俺は信頼の眼差しをチェルシーに向けながら言った。
「任せてよ」
そう頼もしさを感じさせるように言うと、チェルシーは腰から小さなナイフを何本も取り出す。
そして、一角獣の体を凄腕の料理人のようにテキパキと解体し始めた。
《第二章⑤ 終了》




