第二章 学院を取り巻く事情④
第二章 学院を取り巻く事情④
俺が今度こそ【ラグドール】の部室に戻ってくると、そこには既に起きて朝食を食べているみんながいた。
その光景は朝の光などなくとも眩しく見える。
俺も家族とは違った温かさをみんなの笑顔から感じ取っていた。そして、この笑顔を守りたいと本気で思う。
とにかく、この部室にいると、本当にほっとさせられるな。
「どこをほっつき歩いていたんだい、ディン君。起きたら君の姿がなかったから僕も心配したよ」
ハンスはパンにマーガリンのようなものを塗りながら言った。
「ちょっと学院の中を見て回ってたんだよ。王都一の名門校の校舎を見ておかないわけにはいかないからな」
まさか、いやらしい店に行っていたとは言えない。
「それもそうだな。でも、言ってくれれば、学院の案内はしてあげたのに。で、何か収穫はあったかい?」
ハンスはパンに齧り付きながら俺に尋ねてきた。
「そこそこね」
悪神ゼラムナートと会えたのは運が良かった。
善悪はどうあれ、本物の神を見る機会なんて滅多にないだろうからな。ゼラムナートも噂に違わぬ偉大な力を持った神に思えたし。
「じゃあ、今日はどうしようか。前にも言ったけど、僕たちはあんまり熱心な活動はしてないから、いつもなら部室でお茶を飲みながらまったりしてるんだけど」
それも悪くないと思っている。
でも、そのような生活は永遠には続けられない。いつかは戦わなければならない時が来るのだ。
それを先延ばしにし続ければ、致命的な遅れを喫することになる。もちろん、そんなことはハンスたちなら言われずとも分かっていることだろう。
「俺は本気で迷宮を制覇したいと思ってる。だから、みんなを危険に巻き込むようで気が引けるけど今日も迷宮に潜りたい」
俺は気負いなく言った。
みんななら理解を示して、付いてきてくれるという確かな信頼があったからだ。その証拠に俺の言葉を聞いて、嫌な顔をする者は一人もいなかった。
「そうか。なら、今日は冒険者の館で仕事を引き受けよう。ちょうど僕たちも、お金が少なくなってきたところだし、ディン君にとっては初仕事になるぞ」
そう言うと、ハンスはパンを口の中に押し込んだ。
「そうだね。お金が入ったら、私も新しいポットを買いたいな。ディン君のマイカップなんかも用意してあげたいし」
アリスはティーカップを上品に口元に運んでいる。
「アタシはやっぱりお菓子だね。たまにはホビットが売ってくれる高級なチョコレートが食べたいよ」
チョコレートか。俺もここずっと食べていなかったな。
「俺は格好良いシルバーのアクセサリーが買えればそれで良いぜ。みんなは知らないだろうが、東館には良い露店があるんだよ」
カイルは白い歯を光らせながら言った。
「よし、そうと決まれば冒険者の館に行くぞ。最低でも十万ルビィ以上の報酬が貰える仕事を引き受けなきゃ、苦労する意味はない」
ハンスがそう声高に言うと、俺たちは部室を出て、冒険者の館へと向かう。そして、足を踏み入れた冒険者の館には朝からたくさんの生徒たちがいた。
俺は誰かとぶつからないように気を付けながら赤いカーペットの上を歩き、仕事を依頼する紙が貼り出されている掲示板の前にやって来る。
相変わらず凄い数の仕事だな。どの仕事がお勧めなのか、誰かが教えてくれると助かるんだけど。
まあ、仕事を引き受けるのに必要なパーティーの冒険者ランクと人数は紙に記されているから、今のところそれを参考にするしかないってことか。
「一番、簡単そうなのは迷宮の中で消えかけている光石を新しい物に交換する仕事か。簡単だけど誰かがやらなきゃならない仕事だよな」
俺はたくさんの貼り紙を流し見てからそう言った。
光石の交換を引き受けられるのは、冒険者ランクがE以上で、必要な人数は二人以上。
ただ、冒険者ランクがEのパーティーだと、結局、五人以上で迷宮に入らなきゃならないという縛りがある。
どうやら、その縛りの方が優先されるらしいな。
「だけど、三万ルビィだからね。九十三階より上の階の光石を交換する仕事なら報酬が十五万ルビィに跳ね上がるけど」
ハンスは俺の横に立ちながら言った。
「そこまで辿り着くのが難しいか。みんなは九十五階までしか行ったことがないんだろ。なら、危険も伴うな」
俺は迷宮がどのように変わっていくか想像した
「そういうことだ。僕の経験だと、報酬が高い仕事で楽ができた試しはない。報酬の金額は良く考えられて付けられてるよ」
ハンスの言う通り、上手い話はないということだな。
「私は薬にもなる一角獣の角を取ってきてっていう仕事が良いと思うんだけど。報酬も十八万ルビィだし、一角獣ならそれほど深くない九十八階にいるから」
アリスはそう提案してきた。
一角獣の仕事も冒険者ランクがE以上だし、引き受けるのに問題はないな。
「一角獣が見つかるのは九十八階の東側のフロアーだね。あの辺りは草や木なんかも生えてるから、けっこう動きづらいよ」
小柄なチェルシーなら、動きも鈍らない気がするけど。
「一角獣は冒険者と会うと大抵、逃げちまうんだよな。だから、追いかけて倒すのは骨が折れるぜ」
一角獣は臆病なモンスターと言うことか。
「しかも、追い詰めた一角獣に角で刺されて死んだ奴もいるし、楽な仕事だと考えるのは軽率ってもんだ」
カイルが気怠そうに頭を掻きながら言った。
ちょっとした油断が死に繋がるといことだな。それなら、どんなモンスターでも雑魚、扱いするのは止めた方が良いだろう。
「でも、一角獣は角だけじゃなくて、肉も美味しいからねぇ。料理人たちのギルドに肉を売れば更にお金になりそうだよ」
チェルシーは一角獣のステーキでも想像したのかニヤッと笑った。
「となると、実質的な実入りは二十五万ルビィくらいだね」
アリスの見積もりに間違いはないだろう。
「なら決まりだな。みんなで一角獣の角を取りに行く仕事を引き受けるぞ。またゴブリンやオークが出て来るかもしれないが、肩慣らしにはちょうど良い」
ハンスはそう言うと、カウンターの方に歩いて行く。それから、受付の女の子に話しかけ、仕事を引き受けるのに必要な手続きを済ませた。
《第二章④ 終了》




