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第四章 魔剣に取り込まれし者⑥

 第四章 魔剣に取り込まれし者⑥


 ドラゴンを倒した次の日、俺はホームの部室でみんなとのんびりしていた。


 財宝を町で売ったおかげで、当面はお金にも困らなくなったし、やりたいような仕事も見つからない。

 

 次は何を目標にして、活動していけば良いのか、俺も考えていた。

 

 まあ、一番の目的はアルゴルウスを倒すことなんだけど、【ラグドール】ならともかく【アビシニアン】ではおそらくではあるが歯が立たないだろう。

 

 だからこそ、俺もリードたちを連れてアルゴルウスと戦う気は今のところ全くないし、まだまだパーティーの総合力を上げる必要がある。

 

 でも、ドラゴン以上に経験値を貰える相手なんてそうはいない。となれば、各々が独自に自分の力を磨くしかないだろう。

 

 モンスターと戦うことだけが強くなる道ではない。

 

 俺が紅茶を飲みながら、クッキーを食べていると開け放たれた窓からジャハナッグがやって来た。

 

「よっ、ディン。お前にとってはかなり耳寄りな情報を持って来てやったから、とにかく、何か食わせてくれよ」


 ジャハナッグはテーブルの上に降り立つと、皿にあったクッキーを何個も摘んで口の中に放り込んだ。


「構わないけど、耳寄りな情報って何だ?」


 俺は胡乱な目をした。


「あのガルバンテスが今日のお昼にアルゴルウスと戦いに行くって言うんだよ。何人かの弟子も引き連れて行くらしいから、お前も同行したらどうだ」


 ジャハナッグの言葉に俺の心臓も高鳴る。


「ああ。俺もガルバンテス先生とアルゴルウスの戦いは見たいから、是が非でも一緒に行かせて貰うよ」


 俺はついにこの日が来たかと思い、期待と興奮で手が汗ばむのを感じた。


「お前ならそう言うと思ったよ。とにかく、ガルバンテスの出立は十二時半みたいだから、遅れないようにしろよ」


 ジャハナッグに言われるまでもない。


「ガルバンテス先生とアルゴルウスがとうとう戦うのか。ま、確かにこんなビッグカードの戦いを見逃したら、一生の損だぜ」


 イルザとチェスをしていたリードはポーンの駒を持ちながらそう言った。


「でも、聞いた話だけど、アルゴルウスって滅茶苦茶、強いらしいんでしょ。ガルバンテス先生は勝てるのかしら」


 そう疑問を差し挟んだのはセティだ。


「それは蓋を開けてみなければ分からないだろう。アルゴルウスの本当の実力を確かめられた人間はまだ誰もいないからな」


 イルザは優美な手つきで、チェスの駒を動かす。


「私もアルゴルウスに戦いを挑んだ冒険者の生徒はまだいないって聞いてるよ。案外、ガルバンテス先生が簡単に勝っちゃうかもしれないね」


 カロリーヌは俺の空になったティーカップに紅茶を注いだ。


「それはないだろうな」


 すぐに言葉を返したのはチェス盤から目を離さないイルザだ。


「私もセティと一緒に町へと買い物にいった時、アルゴルウスの道場を興味半分に覗いてみたんだが、道場で剣を振るっている者たちの力はかなりのものだったよ」


 俺もそれはちゃんと確認していた。


「なら、彼らに剣を教えているアルゴルウスが弱いと言うことは絶対にない。それに私はアルゴルウスの姿を見て、体が震えるほどの剣気を感じた」


 イルザのナイトの駒を持つ手が小刻みに震える。いつもは豪胆なイルザがここまで怯えた様子を見せるなんて。


「あんなことは初めてだよ」


 イルザは苦り切った顔で言った。


「なら、アタシも一人で買いものなんてしてないで、道場を見てみれば良かったわね。そうすれば、イルザの言っていることにも実感が持てただろうし」


 セティじゃ、絶対に怖じ気づいてしまっていただろうな。


「真っ向、勝負じゃ、アルゴルウスに勝てる人間はいないかもしれないな」


 リードはチェス盤と睨めっこをしながら言葉を続ける。


「だからこそ、アルゴルウスも自分を倒すためには、どんな手を使っても良いみたいなことを言ってるわけだし」


 絶対の余裕をアルゴルウスは持っているのだ。その余裕を崩せる人間がいるとしたら、やっぱりガルバンテス先生だけだ。


「でも、ガルバンテス先生はただの人間じゃない。魔王ヴァルストモロの魂が宿ったヴァルケヌンスの魔剣を持っているんだ」


 俺はヴァルケヌンスの魔剣から漂う禍々しいオーラを思い出しながら言葉を続ける。

「なら、勝ち目は十分あるさ」


 あの魔剣で斬られたら、例えアルゴルウスでもたたでは済まないだろう。もちろん、人間のようにあっさりと死んでくれることはないだろうけど。

 

「そう願いたいもんだな。まあ、弟子たちを引き連れて行っても、ガルバンテス先生はあくまで一対一で戦うつもりなんだろうが」


 リードは鬱屈した声で言った。


「それは間違いないな。ガルバンテス先生もアルゴルウスも根っからの武人だし、今回の戦いでも互いに策を弄したりはしないはずだ」


 アルゴルウスに勝つには手段を選んではいられないというのが俺の意見だけど、ガルバンテス先生はそうじゃないはずだ。


「だから、ガルバンテス先生もヴァルケヌンスの魔剣は使っても、魔剣に備わった様々な特殊能力は使わないかもしれない」


 勝つためなら使って欲しい。


 でも、ガルバンテス先生の戦いに対する姿勢を鑑みると、アルゴルウスとは純粋に剣の技だけで戦いそうだ。

 

「小細工はしないって言うのは立派だと思うが、ガルバンテス先生にはどうしてもアルゴルウスに勝って貰わなきゃならないし、少しは融通を利かせて欲しいぜ」


 リードはやや呆れたように言った。確かに、今回に限ってはガルバンテス先生の高潔さは命取りになるかもしれないな。


「まあ、そう言うな、リード」


 イルザはリードのクイーンの駒を取ると言葉を続ける。


「剣を扱う者は、力だけでなく心も磨かなければならないんだ。だから、どうしたって剣を扱うことに長けた者ほど高潔な精神を持つようになる」


 俺の精神は高潔とは言えないぞ。


「高潔な精神なくして、剣の道を極めることなどできんさ」


 だとしたら、俺は剣の道を極められないかもしれない。高潔な精神を持ってる自分なんて想像できないし。


 俺に剣術を教えてくれた爺さんだって高潔とは言い難い人間だった。


「ま、俺はそういう世界とは無縁な人間だから何とも言えないし、そんな精神を持つことも一生ないだろうな」


 リードもやっぱり俺と同じ、俗人だな。でも、その方が人間味があって良いと思う。


 ガルバンテス先生の高潔さは普通の人間を止めてるからこそ、持てるものだと思えてならないからだ。

 

「アタシも同じよ。アタシも剣を扱う練習はしてたけど、そんな高尚なことを考えたことなんて一度もないし」


 それは何もセティだけではないだろう。


「私も全く理解できないよ。そういう精神の世界の話って私は苦手なんだよね。ま、料理には心が籠もってなきゃ駄目だ、くらいの言葉なら分かるけど」


 何ともカロリーヌらしいほっとさせられる意見だな。


「とにかく、十二時半になったら遅れずに修練場に行くぞ。どう転んでも俺たちが戦うことにはならないと思うけど、一応、装備は調えておいてくれ」


 俺は虫の知らせとでも言うべきか、嫌な予感を感じながら言った。


 その後、俺たちはガルバンテス先生が待っているという修練場へ行く。すると、そこにはガルバンテス先生と三人の男子生徒がいた。


 男子生徒の内の一人は明らかに俺たちの登場を快く思っていない顔をしているギュネウスだった。


 他の二人も俺たちの登場には険の深い顔をしている。


 一方、ガルバンテス先生は俺たちを見ると、自らの気を引き締めるような表情を浮かべた。


「先生はこれからアルゴルウスと戦いに行くんでしょ。だったら、俺たちも同行させて貰えませんか」


 俺は熱の籠もった声で頼み込んだ。


 もちろん、駄目だと言われることはないと思っていたが、それでも真摯な姿勢は崩さないようにする。

 

 すると、ガルバンテス先生はどこか朗らかとも言える顔をして見せた。これから死地に向かう人間とは思えない顔だ。

 

「別に構わないが、私がアルゴルウスに勝てるとは限らないぞ。最悪、君たちは私の死に様を見ることにもなる」


 ガルバンテス先生は静かだが盤石の重みがある声で言った。


「それでも良ければ付いてきたまえ」


 ガルバンテス先生の言葉を聞いた俺は自分の覚悟が試されている気がしてしまった。でも、ここで怖じ気づくわけにはいかない。


 ガルバンテス先生が死んだら、どういう形になるのかは分からないが俺もアルゴルウスとは戦わなければならなくなるからだ。


 でなければ迷宮の制覇できないし、アルゴルウスの手の内は知っておかないと。


「分かりました。それと念のために聞いておきますが先生は一人でアルゴルウスと戦うんですよね」


 俺は失礼なことを聞いているなと思いながら言った。


「もちろんだ。私も武人としての誇りを持っているからな。であれば、どんな窮地に陥ろうと弟子たちを頼るつもりはない」


 ガルバンテス先生は頑然と言い放った。その闘魂の宿ったような言葉を聞いて、俺も心が痺れそうになる。


「それに弟子たちが加勢したとしても、アルゴルウスが相手では返って足手まといになるだけだ」


 この言葉にはギュネウスも眉間に皺を寄せた。


 まあ、それは俺たちとて同じことだ。アルゴルウスは単純に束になってかかれば勝てるような相手ではない。

 

 そんなことをすれば死人が増えるだけだ。

 

「選び抜いた弟子たちを連れていくのも、私とアルゴルウスの戦いを見せて、そこから何かを学んで貰いたいだけだからな」


 ガルバンテス先生はギュネウスたちを一瞥する。視線を送られたギュネウスたちは緊張が走った顔をした。


「そうですか。なら、例えどんな結果になろうと、俺たちも先生とアルゴルウスの戦いを最後まで見届けます」


 俺は眼力を強くして言った。


「もちろん、先生の誇りを汚さないためにも、絶対に手を出しません」


 我慢できずに飛び出してしまうことはないだろう。良くも悪くも、俺と先生の付き合いは短いからな。


 むしろ、心配するとしたらギュネウスたちだろう。ガルバンテス先生が死んだら、ギュネウスたちもカタキを取ろうとするかもしれないし。


「そう言ってくれると私も負けるわけにはいかないという気持ちになるよ。君たちが私の弟子でないのが残念だ」


 ガルバンテス先生は短く息を吐いてから、苦笑する。その表情はどこか還暦を過ぎた老人を思わせた。


「学院がこんな状況じゃなければ、俺も先生に師事して剣の腕を磨きたかったんですけどね。まあ、それは言っても仕方がないでしょう」


 ガルバンテス先生とはもっと早く会いたかったな。そうなっていたら、教えて貰えたこともたくさんあっただろうに。


「そうだな。もし、私がアルゴルウスに勝ち、生きて帰って来ることができたなら、その時は君を弟子にしても良い」


 ガルバンテス先生の言葉に俺も心が沸騰する。


「シュルナーグの孫なら、鍛え甲斐もあるというものだ」


 ガルバンテス先生を超えるような剣の腕を手に入れられたら、爺さんも俺を認めてくれるかもしれない。


 俺はそんな日が来ると良いなと思いながら口を開く。


「ありがたい話です」


 俺は頭を下げたくなる気持ちで言った。


「よし。ではアルゴルウスの待つ道場へと赴くことにしよう。ヴァルケヌンスの魔剣もかつてのライバルの血を欲しているからな」


 ガルバンテス先生はこの場にいるみんなに活を入れるように言うと、アルゴルウスの待つ道場に向かって足を踏み出した。


《第四章⑥ 終了》



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