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第四章 魔剣に取り込まれし者⑦

 第四章 魔剣に取り込まれし者⑦


 俺たちとガルバンテス先生はアルゴルウスの道場の門の前に立っていた。


 前に来た時と変わらず、訪れる者の心を威圧するような門を見て、俺は背中から汗が噴き出すのを感じる。

 

 この門の中に足を踏み入れてしまえば、ガルバンテス先生は生きては学院に戻れないかもしれない。

 

 まさに死地だ。

 

 俺は自分が戦うわけでもないのに、大きなプレッシャーを感じながら、門にある今にも動き出しそうな竜の彫刻を見た。

 

 そして、ガルバンテス先生は門の扉を押し開ける。すると、そこにはアルゴルウスとその弟子たちが石畳の道場にいた。

 

 アルゴルウスの弟子たちは俺たちが来ても剣の素振りを止めようとはしなかった。たいした集中力と言える。

 

 だが、アルゴルウスはガルバンテス先生と視線を合わせると、ほんの少しだけ驚いたように目を見開いた。

 

 その瞬間、ガルバンテス先生が腰に下げていたヴァルケヌンスの魔剣がカタカタと振るえるように動く。

 

 それを見た俺は、アルゴルウスとヴァルケヌンスの魔剣が、呼応しあっているのかと思った。

 

 それから、ガルバンテス先生はいつになく厳しい顔で道場の中央へと進み出た。アルゴルウスも「そまこで!」と叫んで、弟子たちを手振りで道場の脇に退かせる。

 

 そして、ガルバンテス先生とアルゴルウスは五メートルほどの距離を取って対峙した。そんな二人からは肌がピリピリと痛くなるような空気が漂ってくる。

 

「ほう、ヴァルケヌンスの魔剣を扱うのか。しかも、その目を見るに身も心もヴァルストモロには支配されていないようだな」


 アルゴルウスはやはりヴァルケヌンスの魔剣の存在を見抜いていたか。


「人間にしてはたいしたものだ」


 ヴァルストモロは山羊の顔で笑った。


「賛辞など私には必要ない。私はアルゴルウス、お前を倒してゲートを開ける鍵を手に入るためにここに来たのだからな」


 ガルバンテス先生は特に動じた様子はなく淡々と言った。


「もちろん、お前と戦うのはこの私一人だ。後ろにいる者たちは例え何があっても、私を助けることはない」


 ガルバンテス先生の言葉を聞き、俺は改めて今回の戦いは自分が入り込む余地などないものなのだと思い知らされた。


「さすがの自信だ。しかも、お前の目には強者と剣を交えられる喜びが見て取れるし、どうやら、私と変わらぬ気質の持ち主のようだな」


 アルゴルウスは何とも愉快げに言った。


「それは否定せんよ」


 ガルバンテス先生の声には苦さが混じっていた。


「とにかく、礼儀として名乗らせて貰おう。私はガルバンテス。かつて、魔王ヴァルストモロを打ち倒した者だ」


 そう言うと、ガルバンテス先生は傲然とした表情でアルゴルウスの視線を受けとめる。


「ヴァルストモロを倒した人間か。であれば、ヴァルケヌンスの魔剣を平然と所持していられるのも頷けるな」


 アルゴルウスは腰に下げている大剣に手を伸ばす。

 

「なら、相手にとって不足はない」


 アルゴルウスはどんな物でも叩き割れそうな大剣を抜き放ち闘気を発散させた。


「私も同じだ。豪傑の魔将と呼ばれるお前の力、特と見せて貰おう。言っておくが、手加減は無用だぞ」


 ガルバンテス先生もヴァルケヌンスの魔剣をゆっくりと抜き放ち、溢れんばかりの紫色のオーラを自分の周りに漂わせた。


「分かっている。貴様と貴様の持つヴァルケヌンスの魔剣が相手では、こちらも全力を出さないわけにはいかないからな」


 アルゴルウスは一分の隙もないような構えを取る。対するガルバンテス先生も体中に紫色のオーラを絡み付かせながら、剣を構えた。


 そんな二人から発せられる剣気は俺の肌を粟立たせる。


「では、行くぞ!」


 そう言い放つと、アルゴルウスは罅が入るほど石畳の床を蹴って、大剣を振り上げた。


 五メートルの間合いは一瞬にして消滅し、剛風を纏ったアルゴルウスの剣がガルバンテス先生に振り下ろされた。

 

 だが、ガルバンテス先生はその振り下ろしを真っ向から受けとめて見せる。ガキンと金属がぶつかる音がした。


「人間が私の剣を完璧に受けとめきるとはな。貴様、魔剣に支配をされずとも、既に人間を止めているな」


 アルゴルウスは腕の筋肉を隆起させて、ギリギリと剣を前へと押し出そうとする。が、ガルバンテス先生の体は山のように動かなかった。


 アルゴルウスと互角の腕力を見せるなんて。


「その通りだ。魔剣から流れ込んでくる力を私も長い間、吸収しすぎた。肉体そのものを変質させてしまった私はもはや迷宮に蔓延るモンスターと変わらぬよ」


 ガルバンテス先生は力強くアルゴルウスの剣を弾き返した。その勢いに押されるように、アルゴルウスは後ろへと跳躍する。


 また五メートルほどの距離が二人の間で開いた。


「人も悪魔も大切なのは肉体ではなく精神だ。どんなに強靱でも、健全な精神が伴わない肉体は必ず朽ち果てる」


 アルゴルウスは悟りきったように言葉を続ける。


「あのヴァルストモロのようにな」


 アルゴルウスがそう言い放つと、ヴァルケヌンスの魔剣から漂うオーラが怒りを感じたように膨れ上がった。


「だが、貴様はその真理を理解しているようだな。確かに、私が全力で戦うのにこれほど相応しい相手はいない」


 アルゴルウスは先ほどよりも更に研ぎ澄まされたような構えを見せた。


「それはこちらとて同じだ」


 ガルバンテス先生は足を少しずつ動かして、間合いを詰めながら言葉を続ける。


「確かに、お前は魔王の僕ではあるが、邪悪な存在ではないよ」


 ガルバンテス先生の声は川のせせらぎのように穏やかだ。


「今なら悪というものに確固たる美学を持っていたヴァルストモロが貴様を忌々しく思う気持ちが良く分かる」


 そう言うと、今度はガルバンテス先生が裂帛の気合いでアルゴルウスに斬りかかった。アルゴルウスもその斬撃を先ほどのお返しとばかりに正面から受けとめた。


 その際、剣と剣がぶつかり、普通ではあり得ない色の火花が散る。


 それを受け、ガルバンテス先生は素早く剣を切り返し、息も吐かせぬ連撃をアルゴルウスの体めがけて叩き込んだ。


 アルゴルウスもそれを霞むような早さで捌ききる。そして、ガルバンテス先生の剣が止まると、強烈な振り下ろしを繰り出した。


 ガルバンテス先生も今度は受けとめずに、その剣を身を横に傾けて避ける。アルゴルウスの剣は道場の石畳を大きく粉砕した。


 ガルバンテス先生は一転して流水のような動きを見せると、剣を引き戻せないアルゴルウスの側面に回り込み、旋風のような斬撃を繰り出す。


 アルゴルウスは剣で受けとめるには間に合わないと思ったのか、巨体に似合わぬ素早い身のこなしで、ガルバンテス先生の斬撃を飛び退いて避けた。


 再び、二人は剣を構えて対峙する。


「フッ、魔王ヴァルストモロの怒りが、振るわれる剣を通して伝わって来るわ。確かに奴とはライバルだったが、考え方はまるで相容れなかった」


 アルゴルウスは懐かしむような声で言葉を続ける。


「いつかは互いに命の遣り取りをすることになると思っていたが、ヴァルストモロの奴め。人間にそれをやらせるとはな」


 アルゴルウスの顔には義憤のようなものがあった。


「自分の体で戦えないことが悔しいなどと言う感情はヴァルストモロは持ち合わせていないぞ。相手を殺し、自分が生きるのに手段は選ばない奴だったからな」


 ガルバンテス先生の言葉に紫色のオーラが妖しい動きを見せる。


「だから、こうして今もこの魔剣の中から出てこようとはしないのだ」


 ヴァルストモロにとって魔剣の中にいることが、一番、安全だと言うことなのだろうか。


「ならば、貴様を倒した後は、この私がその魔剣を砕いてくれるわ。それで奴との因縁も断ち切れる」


 そう猛々しく言うと、アルゴルウスが躍動するような動きで、空間さえ断裂するような斬撃を放ってきた。


 それは視認することすら難しい早さで、しかも、どん名剣をも叩き折れると思えるほどの威力を併せ持っている。


 その斬撃が無数の残映を生み出すようにガルバンテス先生に浴びせられたのだ。これにはさすがのガルバンテス先生も防戦一方になる。


 ガルバンテス先生は明らかに余裕を失った表情で、剣を振るっていた。対するアルゴルウスの顔は覇気に満ちていて、衰えを知らない。


 やはり、アルゴルウスの方がガルバンテス先生よりも一枚上手か。


 ガルバンテス先生は岩をも砕くアルゴルウスの斬撃を全て防ぎきると、アルゴルウスの動きを凌駕するような神速の斬撃を放った。


 それはアルゴルウスの胸の剛毛を数本、宙に舞わせる。例えアルゴルウスでもヴァルケヌンスの魔剣で切られたら命を吸い取られる。


 今の斬撃はさすがに危なかったと言うことだろう。

 

 それから、二人はまた剣を止めると、口を開こうとせずに互いの視線を絡ませた。時が凍り付いているような静かさを感じる。

 

 たった十数秒がこんなに長く感じられた時もない。

 

 そして、先に動いたのはアルゴルウスだった。


 体から目で見えるような魔力を帯びた闘気を爆発させると、今までで最も力の練り込まれていると感じさせる斬撃を繰り出した。

 

 だが、ガルバンテス先生はそれを受けとめて、何とか踏み留まると、雷撃のようにアルゴルウスの剣を弾き返した。


「今の一撃を弾き返すとは見事だ。だが、次の一撃で決着を付けるぞ。我が全身全霊の一撃を受けとめきれるか!」


 アルゴルウスが吠えた。


「来い!私もこの一撃で自分の持てる命を燃やし尽くす」


 ガルバンテス先生もあらん限りの力で叫んだ。


 そして、ヴァルストモロは全てを断ち切るような強力無比な斬撃を繰り出した。


 それに対し、ガルバンテス先生も紫色のオーラを魔剣から膨れ上がらせると、渾身の力を込めたような斬撃を繰り出す。

 

 二人の体が、際どい角度で交錯し盛大な血飛沫が上がった。


 結果、アルゴルウスの右腕は切断されて宙を舞い、ガルバンテス先生は肩から心臓の辺りまでをバッサリと切り裂かれて崩れ落ちた。


 これには俺も真っ青な顔をしてしまった。


「これで私もようやく死ねるな。だが、悔いは…」


 倒れたガルバンテス先生はそう言いかけて、事切れたように目を閉じた。対するアルゴルウスも、血が勢い良く噴き出す右腕を押さえながら苦痛に顔を歪めている。


 そして、ガルバンテス先生の体は見る見る内に干からびていき、まるで死の間際にいたような老人の姿になってしまった。


 きっといつ死んでも良いような人間がおかしな形で延命させられていたのだろう。ガルバンテス先生も魔剣を手放すことは死に直結することを知っていたに違いない。


「殺すには惜しい男だったな。だが、私も片腕を失ったし、相当、命を吸い取られてしまった。まさしく、氷薄の勝利だったよ」


 アルゴルウスは苦しげな顔で片膝を付いた。


 一方、俺はどうして良いのか分からず、その場に立ち尽くしたまま動けなかった。今、深手を負ったアルゴルウスに戦いを挑めば勝てるかもしれない。


 でも、それは俺にはできかねることだった。


 そんなことをすればガルバンテス先生の命をかけた戦いを愚弄してしまうような気がしたからだ。

 

 とはいえ、ここで引き下がることもできない。


 そんなことを考えていると、ギュネウスがガルバンテス先生の元へと近寄り、何を思ったのかヴァルケヌンスの魔剣を手に取った。

 

「これでこのヴァルケヌンスの魔剣は俺の物だ、もう年老いる心配もないし、俺は人間を超えた存在になってやるぞ」


 ギュネウスは喜びに打ち震えたような声でそう言い放った。

 

 ガルバンテス先生が死んだというのに、その狂気すら感じる目には、悲しみの感情など一辺もなかった。

 

 すると、ギュネウスの体がいきなり膨らみ始める、ボコボコと腕の筋肉が盛り上がり、足も野太く肉食獣のようになる。

 

 その顔も鬼のようなグロテスクなものになった。体格もアルゴルウスとほとんど変わらない巨体になり、体の色も紫色になる。

 

 そして、呆然とするみんなの前で、ヴァルケヌンスの魔剣を手にしたギュネウスは完全に人ならざる怪物へと変貌してしまった。

 

 これが魔剣の力に取り込まれたと言うことなのか。

 

 俺はアルゴルウスを超えるような怪物になった、ギュネウスと対峙する。いや、あれはもはやギュネウスなどではなくヴァルストモロの化身だろう。

 

 ヴァルストモロはギュネウスが魔剣を操れるように見せかけて、その肉体を復活の供物にすることを狙っていたのかもしれない。


「これだよ、俺が望んでいた力は。人間なんて脆弱な生き物よりも、こっちの体の方がよっぽど素晴らしい」


 もはや人間の顔をしていないギュネウスの声は歓喜に満ちていた。


 それを聞いた俺はなんて馬鹿な奴なんだとギュネウスを罵りたくなる。ガルバンテス先生が最も恐れていたことを、自ら現実のものにしてしまうなんて。

 

「これで何百年、いや、何千年でも生きることができるぞ。手始めに、手に入れた力を試すためにもここにいる奴らは全員、皆殺しにしてやろう」


 ギュネウスは鬼の顔で凄絶に笑った。

 

 一方、ギュネウスの変貌ぶりを見ていたガルバンテス先生の二人の弟子は今にも逃げ出しそうな顔をしている。

 

 これではとてもギュネウスには立ち向かえないな。

 

「アルゴルウスも深手を負っているし、今の俺なら十分、勝てる。やはり、運命は俺に味方してくれたようだな」


 そう言うと、ギュネウスは人間の身体能力を遙かに超えた動きで、アルゴルウスへと斬りかかった。


 アルゴルウスは片手で握った剣でギュネウスの斬撃を受け止めだが、勢いを殺しきれずに後退することを余儀なくされる。


「アルゴルウス、俺たちも加勢させて貰うぞ。こいつに引導を渡すのは、どうやら俺たちの役目みたいだからな」


 ガルバンテス先生はこうなることを予期していたのかもしれない。だから、ギュネウスにはヴァルケヌンスの魔剣を譲りたくなかったのだろう。


 だが、そんな心遣いも空しく、ギュネウスは二度と元には戻れないような怪物になってしまった。


 こうなっては、ギュネウスの息の根を止めるしかないだろう。また学院の生徒を殺すことになるが、そんなことに気を使ってはいられない。


 俺はみんなにギュネウスを倒すぞと言って、攻撃に移る。それを見たギュネウスは嘲笑うような顔をして、俺に剣を叩きつけようとする。


「お前たちに何ができると言うんだ。俺は魔王ヴァルストモロの力を手に入れたんだぞ。この力の前には、人間などゴミ同然だ」


 ギュネウスの哄笑が道場に響き渡る。


 俺は迫る斬撃を身を捌いて避けると、ギュネウスに斬りかかる。


 ギュネウスはその斬撃を軽々と受けとめると、苛烈極まりない斬撃を幾度となく繰り出してきた。

 

 俺は死に物狂いでその斬撃を剣でいなす。

 

「ガルバンテス先生の思いを無にして、何も感じないのか、ギュネウス!」


 俺はギュネウスの良心に訴えかけるように叫んだ。


「先生の死は悲しいさ。だが、俺が朽ちることのない体を手に入れるためには先生には死んで貰うしかなかった」


 ギュネウスは俺に憎しみを叩きつけるように斬撃を放ちながら言葉を続ける。


「ま、どのみち俺は先生がヴァルケヌンスの魔剣を譲ってくれなければ、殺してでも奪うつもりだったから、今の状況は願ったり叶ったりだ」


 それを聞いた俺はギュネウスを殺そうと思った。人間を心から殺してやりたいと思ったのはこれが初めてだ。


「やっぱり、お前を生かしておくわけにはいかないな。お前を心から愛していたガルバンテス先生には悪いが、その命、刈り取らせて貰う」


 俺が気迫のこもった声で言うと、俺の横からセティが飛び出して、光り輝く剣をギュネウスに突き出した。

 

 それはギュネウスの横腹を抉る。

 

 ギュネウスは少しだけ苦痛に顔を歪めると、毒々しさを増した紫色のオーラを放つヴァルケヌンスの魔剣をセティに叩きつけた。

 

 が、セティも掠ることすら許されない魔剣の一撃を、機敏に避けて見せる。

 

 その瞬間、ギュネウスの横合いからはイルザが肉薄し、バスターソードを雷光のように叩きつける。

 

 ギュネウスは咄嗟に後ろへと跳躍して、イルザのバスターソードを避けたが、絶妙とも言えるタイミングでカロリーヌの放った火球が飛来する。

 

 それはギュネウスにぶつかり、空間に穴が空いたように見える大爆発を引き起こした。

 

 だが、ギュネウスは爆煙を切り裂くようにして飛び出すと、一番、近くにいる俺に斬りかかって来る。

 

 その体には火傷一つない。

 

 俺は嵐のように繰り出されるギュネウスの斬撃を、ことごとく弾き返す。

 

 だが、それがギュネウスの心に火を付けたらしく、俺に浴びせられる斬撃は激しさを増していった。

 

 このままじゃ、やられる。

 

 そう思った瞬間、俺を助けるようにアルゴルウスがギュネウスの側面から迅雷の如き斬撃を放つ。

 

 その斬撃はギュネウスの胸を大きく切り裂いた。

 

 ギュネウスは仰け反るが、アルゴルウスは膝を突いてしまう。やはり、ガルバンテス先生と戦った時のダメージが大きいか。

 

「ヴァルストモロめ。未来ある若者の命まで汚すとは、やはり、貴様とは何百年、経とうと相容れることはないようだな」


 アルゴルウスは明確な憤りを感じさせるような声で言った。


 それから、ギュネウスは血走った目で、アルゴルウスに反撃しようとするが、そこへ走り込んできた俺が神速の早さで剣を一閃させた。

 

 ギュネウスはその一撃を危なげに弾き返したが、俺は体の筋肉が引きちぎれそうになるほどの力とスピードで、再び斬撃を繰り出す。

 

 ギュネウスはその斬撃をスレスレのところで受け止めた。

 

 が、俺は構わず那由多の如き斬撃をギュネウスに浴びせる。結果、魔剣をかいくぐった一撃はギュネウスの太股を切り裂く。

 

「お前にだけは絶対に負けられない」


 俺は歯を食いしばりながら言った。


 そして、ギュネウスの動きが止まると、セティが紫電を纏った突きを放ち、ギュネウスの横腹に穴を開ける。

 

 ギュネウスの体から紫色の血が吹き上がった。

 

 イルザのバスターソードもギュネウスの肩から胸までを大きく切り裂く。だが、心臓のある方ではなかったので、ギュネウスを絶命させることはできなかった。

 

 そして、ギュネウスは満身創痍と言って良いくらいのダメージを受けたが、それでも殺意を宿した目で俺との間合いを詰めようとする。

 

「おのれ!俺は魔王の力を手に入れたんだぞ。貴様らのような人間に負けられるか!」


 ギュネウスは激怒したように言うと、腕の筋肉を大きく隆起させて、勢い良く剣を振り上げた。


 対する俺は心が籠もっていない、ただ力だけで振るわれる剣を待ち構える。

 

 今のギュネウスはガルバンテス先生から教わったことも忘れてしまっているみたいだな。心の籠もっていない剣は真の達人には通じないと言うことを。

 

 そして、ギュネウスの唐竹割りは、俺の体を脳天から真っ二つにしようと迫った。

 

 俺はガルバンテス先生の思いを胸に、ギュネウスの剣を紙一重のところで避けると、神域にも達したような一撃を放った。

 

 その一撃は、ヴァルケヌンスの魔剣を握ったギュネウスの腕を切断した。腕と共に宙を舞った魔剣は道場の石畳に落ちる。

 

 ギュネウスも目を白黒させた。

 

 それから、ギュネウスの全身から溢れ出していた紫色のオーラがふっと消える。俺も禍々しい空気が霧散するのを感じた。

 

 すると、ギュネウスの体に異変が起きる。切断された腕の傷口が黒く変色し、ボロボロと崩れ始めたのだ。

 

 これにはギュネウスもぞっとしたような表情を見せた。

 

「そんな…。俺は人を超えた体を手に入れたはずだ。なのに、この程度のことで死ぬというのか」


 ギュネウスの体はあらゆる部分から腐食するように崩れ落ちていく。これにはギュネウスも茫然自失といった顔をした。

 

 が、その体の崩壊はもはや誰にも止めることはできない。

 

 そして、ギュネウスは足が崩れて倒れると、そのまま動けなくなる。ギュネウスは「助けてくれー」と叫んだが、俺たちにはもうどうすることもできなかった。


 それから、ギュネウスの体は肉片一つ残すことなく黒い塵となって消えてしまった。

 

 何とも呆気ない幕切れだったな。


 道場が水を打ったように静まり返ると、俺は諸悪の根源であるヴァルケヌンスの魔剣がある方に歩いて行く。


 魔剣から漂っているオーラは消えてはいなかった。

 

 俺は魔剣に手を伸ばそうとした。だが、その瞬間、体がゾクリとする寒気を感じたので手を引っ込めた。


「それが正解だ。その魔剣は人間の手に負えるような代物ではない」


 アルゴルウスの大きな手が俺の肩に乗せられた。


「大丈夫なのか、アルゴルウス?」


 アルゴルウスの顔色は良いとは言えなかった。でも、腕から噴き出していた血は既に止まっている。


「大丈夫ではないが、この程度の傷で死ぬほど柔な体の造りはしていない。悪魔は人間とは違うのだ」


 アルゴルウスは剛毅な笑みを浮かべた。


「そうか」


 俺はなぜかほっとしてしまった。アルゴルウスが生きている限り、迷宮を制覇することはできないというのに。


「ヴァルケヌンスの魔剣は私が責任を持って、魔界へと持ち帰ろう。そうすれば、もうこのような悲劇は起こらずに済む」


 そう言うと、アルゴルウスは無造作にヴァルケヌンスの魔剣を掴み取った。だが、アルゴルウスには何の変化もない。


 やはり、人間と悪魔では違うというのか。


「頼むよ。俺たち人間じゃこの魔剣は触ることすら許されないみたいだからな。でも、この場で砕くことはできないのか」


 俺はヴァルケヌンスの魔剣に憎しみを感じながら尋ねた。


「私もそうしようと思ったが、あいにくと無理のようだ。だが、魔界にいる腕の立つ職人に頼めば、この魔剣も破壊できるであろうよ」


 アルゴルウスの言葉に嘘はないだろう。


「なら、良いんだ」


 それを聞いて俺も安心した。


「いずれにせよ、ガルバンテスという男はこのような魔剣をずっと持ち続けていたのだ。その精神力には敬服する」


 アルゴルウスはガルバンテス先生の遺体に目をやりながら言った。


「そうだな」


 もし、俺がガルバンテス先生の弟子だったら、ヴァルケヌンスの魔剣を譲り渡せるような人間になれていたかもしれない。


 いや、そんなことは考えない方が良いな。どんな形であれ、この魔剣は人間が持ってはいけない物だ。


 それは間違いない。


「さてと、私が魔界に帰る前に、お前にはこれを渡しておかなければ。お前が真に求めているのはこの鍵のはずだ」


 アルゴルウスの掌には見覚えのある鍵が握られていた。


「これはゲートを開く鍵じゃないか、良いのか?」


 俺は瞳の瞳孔を広げる。


「ああ。ただし、これはお前に対する一つの貸しと思え。いつか、その貸しはお前との剣の勝負で返して貰う」


 アルゴルウスの言葉に俺も発奮させられる。


 いつか、アルゴルウスと戦うと決まっていれば、俺も剣の腕を磨き続けるのを止めるわけにはいかないだろう。

 

「その時まで、せいぜい剣の腕を磨き続けるのだな」


 そう言うと、アルゴルウスは俺にゲートの鍵を手渡し、悪魔には似合わない安らかさを感じさせる笑みを浮かべた。


《第四章⑦ 終了 エピローグに続く》





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