喪明け前 一
暖かくなる頃、私はとうとう、リュートなら少し弾けます、と言えるようになった。
魔族である巫女のヘロニア先生は、三日おきの練習日ごとに課題を与え、達成するにつれて、難易度をどんどん上げていった。お陰で基本的な三曲だけなら独奏が出来るくらいになった。
短期間でこれは凄いことだ。「下級貴族なら妥当なところでしょう」と、ヘロニア先生はうなずいた。私はひとまず合格をいただけたのだ。
頑張ったかいがあって嬉しい。
最後に彼女は「練習を怠り、身に付けた技をみすみす失うことのありませんよう」と注意をして、家庭教師の終わりを告げた。
丁寧にお礼を言うと、「今後は、教えて欲しいことがあったり難曲の練習がしたくなりましたら、教会へいらして下さいませ」と、微笑まれた。
それから、先生に言われた通り毎日リュートを弾く時間をとり、練習を続けるようにしている。
すっかり習慣になってしまったのもあるが、無心で曲を奏でていると、雑念が消えて気持ちが落ち着くと知った。思わぬ効果だ。
そんな時は、幼体も静かになって一心に音を聞いている。音色を聞いているフォスアンティピナは心地良いらしく、暖かな感情が私にも伝わってくる。
本能的に魔族は音楽が好きなのかも。
雪解け直後、カシィコン伯爵夫人のアミーナさんから手紙が来た。
手紙の内容は、「今年の夏、カシィコン伯爵家が王都へ行くときに、以前私が着けていたような薄い手袋が欲しいので、職人を紹介して欲しい」だそうだ。私の伝手を頼りたいという。
それで、私は手袋の工房に連絡を取って、アミーナさんの依頼を受けるようお願いした。
すると、工房の魔族の職人がカシィコン伯爵家へ見本を持って会いに行ってくれた。
後日、お礼の手紙が送られてきた。とても対応が良かったらしい。出来上がりも凄く早くて、「大変素晴らしく、今までに無いほどときめいた」そうだ。
そんなに絶賛するなんて、どんな美しい手袋が出来たのだろうか。彼女は自分に似合う物が分かっていそうだから、ちょっと興味がある。
何にせよ、気に入ったのなら良かった。
来年はルフェイ男爵が王宮へ行く年に当たる。私も今から登城の用意をした方が良いか……。
近頃、クリスがかなり領地の為にお金を使っているので、新しい衣装をあつらえるのは気が引ける。
ルルディア様のお直しした衣装でも大丈夫だろうか? 何年も前のドレスなんて、きっと誰も覚えていないだろうし、流行りの付け袖をするとか、やり方によっては誤魔化せるはず。節約は大事だ。
そんなことを思って考え込んでいると、クリスが声をかけてきた。
「何か困っている? それは、カシィコン伯爵夫人からの手紙かい?」
「ええ。手袋の職人を紹介したら、お礼の手紙をいただいたの。……それで、そろそろ私も来年の衣装を考えておかないと、と思って。手直ししたルルディア様のドレスでも平気かしら?」
そう答えると、彼は納得したように息を吐いた。
「そうか。ティーの好きにして構わないよ。私は君に合わせよう。
……実は先日、ソストース様が元アラゾーニア伯爵子息を採掘場から解放するように言ってきてね。彼の親戚で友人なんだそうだ。信用問題になるから当然拒否したが。もし君の所にそういう話が来たら、絶対に相手にしないで」
「分かったわ。大丈夫、アミーナさんもクロディア大奥様も、前のアラゾーニア伯爵と距離を置いていたはずよ。何も言ってきてないわ」
そう答えると、クリスはうん、とうなずき口角を上げた。
「ならば良かった。外出する時は気をつけて。最近、カシィコンから道路工事の様子を見に彼の配下が来ている。君の店の荷馬車も、絡まれないように」
「様子見って、他領の道路の整備なんかを、わざわざ? まさか私が頼んだせいで、何か問題でも起きた?」
驚いてたずねると、クリスは首を振った。
「いいや。彼は単に、道を利用する人と物を見ておきたいだけだろう。一応カシィコン側には、ルフェイ領からカシィコン領側に出るための道を整備していると伝えてあるが、大きな道があれば、旅人や荷馬車だけでなく武装した人馬も通れてしまうから、念の為に道の規模や様子を確認したいんだよ。
ソストース様は、ついでに岩塩坑へも様子見で手の者を送って来そうだ。そちら方面への外出も、なるべく避けた方が良い」
(ふうん。あの臭くて不味そうな若様、そんなこと気にするんだね)
フォスアンティピナが感想を漏らす。
ソストース様は領地関連の事になると敏感なんだな、と思った。
今のところ侍女の話では、貴族社会でソストース様の評判は良いそうだ。
醜聞により父親が早い引退をしたせいで、カシィコン家の評価は今ひとつになったが、逆に彼の事は若いのによく頑張っている、と思われているらしい。
私がうなずくと、クリスは言った。
「くれぐれも気をつけて」
クリスの忠告を受け入れて、早春から私は店の荷馬車に護衛を増やすことにした。
護衛は人間ではなく魔族だ。
本当は、本店で先に雇っていた魔族の護衛を使おうとしたのだけれど、「それでは店舗の防犯が不安です」と、店員達に渋られた。
そうしたら、用心棒で雇っていた魔族が、「では、自分の代わりに知り合いを紹介しましょう」と言うので、それじゃあ頼もうか、となり、新たに雇い入れた。
結果、何故か取引量が増えた。
仕入れ先が優先的にこちらへ品物を回してくれるようになったのだ。
伝言でお礼を言ったら、「こちらこそありがとうございます。新しい護衛さんにもよろしくお伝え下さい」と返ってきた。
どうも、魔族の護衛達は強く力持ちで、その上親切で美形なので、行った先々で気に入られているらしい。
訪問先は、また彼等に来て欲しくて取引を増やしているようだ。……魔族、恐るべし営業力だ。
護衛を付けてしばらく経った日、私の店の荷馬車が物盗りに狙われた。
場所はルフェイ領とカシィコン領のちょうど中間。
しかし、増やした護衛達が防いでくれたので、事なきを得た。
護衛達は、襲ってきた賊を捕らえたので、道路整備に付随して新しく設けたルフェイ領の門に戻って、番人へ引き渡してきたという。
賊の知らせを聞いて、胸がどきどきした。
荷馬車に積んだ商品に、いつもの調味塩類だけでなく、出来上がったばかりの布小物と雑穀のファゴピルムも積んであったのだ。
危なかった、護衛を増やしていて良かった。
ただ、その後が問題だった。
賊は、「ルフェイ領は最近、羽振りが良いらしいから荷馬車を襲うと儲かる、奪ってきた物を高く買い取ってやろう、とそそのかされたんだ」と言って、命乞いをしてきた。
そして、「カシィコン領の貧民街で見知らぬ男に誘われた」とも証言した。
しかも、「後腐れ無いように、品物を奪ったら男は皆殺しにし、火をかけて荷馬車を燃やすといい」と言われたという。
門番がかなり厳しく取り調べたけれど、賊の言った男が誰なのかはっきりしなかった。実行後に賊が男と落ち合う予定だった場所へ人をやったが、結局、誰も来なかったそうだ。
通常、商隊を狙う盗賊に下される罰は、縛り首か斬首だ。勿論、今回も例に漏れず縛り首になった。
護衛がぽろりと、処刑人は密かに同胞に人気の仕事なんだ、と口にした。そんなこと、知りたくなかった。
それにしても、町が賑わってくるとこういう事も増えてしまうのか。恐ろしい。
賊の知らせを聞いたクリスは、盗賊に憂える様子など少しも無く、美しくも冷たい笑みで、
「おやおや、あちらから新しい獲物が来てくれるとは。楽で良いな」と、言った。
ルフェイ領の門は、追加で魔族の官吏が増え、出入りの監視が厳重になった。
それから、新しいといえばもう一つ。
今年も硝子工房を呼んで、追加の容器を作らせることになった。あの、とても辛い異国風調味塩の容器が人気過ぎて、圧倒的に数が足りないのだ。
作成にあたり、懸念材料だった炉の燃料を、荒れ地を開墾した時に出た雑木や廃材類で賄うことにしたから、ちょっとは楽になるだろう。
しかし、うっかり森が一つ丸々消えてはたまらないので、期間を決めて寒くなる前に終わらせたい。そして品物は数量限定の予約制にして高く売るのだ。でないとやってられない。
硝子工房の職人達は、快く仕事を受けてくれた。その中には、昨年弟子入りした魔族も居て、一緒にルフェイ領へ来てくれた。
私は、来訪の挨拶でやって来た硝子工房の者達に、軽い気持ちで
「容器作成のついでに、親指大くらいの飾りボタンを作れますか?」と、たずねてみた。
前回、王都を散策したとき、飾りボタンが庶民の間でも流行り始めていた。これを一歩進めてキラキラする硝子で綺麗な飾りボタンを作ったら、きっと素敵だと思ったのだ。
「もし出来るようでしたら、上手くいった物を買い取りますので、細工の練習か何かのつもりで、少し作ってみて下さいませんか?」と、硝子職人達に言ったら、親方が何だか刺激を受けたのか急に真剣な目になり、
「ほう。良いでしょう、やってやりましょう」と、挑戦的な顔で答えが返ってきた。
フォスアンティピナが(ティシア、挑発上手!)とワクワクした。
えっ、そういうつもりではなかったのだけど。
すぐに、「無理ならいいから気にしないで」と慌てて言ったのだが、かえって頑なに「お任せ下さい」と押し切られた。
何だか気を悪くさせたのでは無いかと少し心配だ。
そんな風に春が過ぎて、初夏になった。
今年の夏至の魔族の宴は、昨年のような契約者騒ぎも無く、静かに終わった。
クリスが森の館へ行っている間、私は、エクディキシ商店の支店へ指示を出す手紙とか、事務仕事や確認作業などをして、本邸で大人しく過ごしていた。
約束通り、今年も儀式の何日か前にリンティナとスタヴローノら魔族の商隊がルフェイ領へ来たので、エクディキシ商店の本店へ出向いてもらった。
今回もまた、彼等から新しい植物の種を得た。
私が気になって手に入れたのは葉野菜の種だ。今度も栽培方法と食べ方を庭師と一緒になって聞いた。
それと、昨年収穫した雑穀ファゴピルムを、リンティナとスタヴローノに味見してもらった。
やはり二人も、平焼きに卵と塩漬け豚の燻製肉を合わせたものを特に喜んで食べていた。本邸の料理人が色々と工夫した料理は彼等の口にも合ったらしく、とても満足したようだ。
この雑穀を使った各種料理の作り方は隠したりせず、種を渡すときに領民に教えてある。是非とも周囲に広めて欲しい。
リンティナの魔族の商隊には、また商品を積んで荷運びをしてもらった。今回は新しく布小物類が増えている。
それと、帰りにはエレガーティス領で流行っている物を持ち帰って欲しいとお願いした。今後の参考にするつもり。
そんな感じで、夏至の前後は困りごとなど無くわりと静かだった。
ただ……夏至当日の夜、また昔の夢を見た。
私がお義父様と一緒に仕入れ先へ行った時の夢だった。
あの時は豆を買ったのだった。帰り道でお義父様は気を遣ったのだろう、近くまで来たからと、ちょっとだけ私の実家へ寄って、久しぶりに家族と会わせてくれた。
皆元気だったけれど、少しよそよそしかった。
今思えば、農繁期だったところへ、事前の連絡もしないで突然現れたのだ。さぞ慌てたことだろう。それに、私がつぎあての無いこざっぱりとした格好で、すっかり商家に馴染み、お嬢さんと呼ばれていたから、きっと変わってしまったと思われたのだ。
両親は、私を見て久しぶりと口にしたが、子を手放した後ろめたさか、私と視線を合わせなかった。汚れるといけないと言って、抱きしめもしなかった。痩せ気味の兄姉は口数少なく眉をしかめているし、弟妹がおどおどと見知らぬ者を見る目を向ける。
機嫌をとるように、お義父様がお土産だよ、と弟妹へ干し葡萄が入った袋を手渡すと、兄弟達は歓声を上げて走り去って行った。結局、兄弟姉妹とは一言も言葉を交わさないまま別れた。
あの後、段々忙しくなっていき、私が再度里帰りすることは無かった。
……しまいに店は無くなったし。
それでも、若い麦穂が揺れる風景を鮮明に覚えている。
翌朝、フォスアンティピナのお陰ですこぶる体の調子が良くなっていた。妙な夢のせいで気分は下降気味だが、全く寝不足感が無い。
そんな私に、夏至の儀式から帰ってきたクリスが悪戯っぽく言った。
「もう少ししたら、しばらくぶりに君の養父母のお墓参りに行ってみるかい? 今夏はカシィコン伯爵が不在だ。支店へ顔を出しても、どこかの宿に泊まっても、ソストース様に会う心配が無いから安心だよ。 墓参りだったら、喪中でも咎められまいよ」
私は、はっと顔を上げた。
そうだ、王宮へ行っているから伯爵夫妻は不在だ。ならば、疎かになっていた義父母の墓参りがしたい。
笑顔でありがとうと言うと、クリスは優しくうなずいた。
カシィコン伯爵夫妻が領地を出てたと聞いて、私は控えめな格好で隣の領地を訪れた。
濃い灰色のチュニックワンピースと薄い灰色の肩掛け、黒い手袋とベルトと短靴、まとめるように結い上げた髪には濃い灰色の飾り紐。深緑の肩掛け止めブローチの他、装飾品は無し。すごく暗めの色合いだ。喪中の外出だからそれらしく気を配った。
護衛と侍女が付いてくるのは変わりないが、そちらも常より一層目立たないように気をつけた。馬車も店の物で簡素にしている。ついでに、支店へ運ぶ荷物を馬車に載せているけども。
先に、カシィコンの教会の墓地へ向かった。
私が義父母の墓へ花を供え祈りを捧げている間、護衛と侍女は後ろでずっと待っていてくれていた。
墓の前で、私は義父母のことを考える。
義父母は今の私をどう思うだろうか。出来ることはしてきたと思うが。
確かにクリスに言った私の願いは叶った。
その上、かつての家を取り戻し、私は新しく店を広げている。お義父様の仕入れ先を引き継ぎ、食品と生活雑貨を扱う、トロッフィ商店と似た店だ。
……でも、前のご領主様は生きているし、その愛人も元気だ。
果たして、女神様のお側にいる義父母は、今、満足しているだろうか?
(本当は義父母じゃなくて、ティシアが満足してないんでしょう?)
祈っていると、フォスアンティピナのささやきが胸に響いた。それは、酷く苦く刺さった。
(ティシアは、仇のことを考えると、すごく腹立たしいんだよね? だから今も不快。……だよね?)
思わず私は組んでいた指を離し、両手で顔を覆った。
(どうしたの、ティシア……?)
幼体は私の気持ちなんてお見通しだ。本当は墓前に来るたびに胸の奥が痛んでいた。
(ティシア……痛い? 怪我してないのに苦しそう。どうして?)
どうしてって、そんなの決まっている。
義父母がどこにもいないからだ。墓の中には遺体さえなく、形見の品のみ。
そして、私の家族を殺した奴が生きているからだ。
せめて罪を後悔しているとか、今の境遇に嘆いていてくれれば、少しは気がすむのかも知れないが、平穏無事に、のんびりと暮らしているのだ。
(もしかして、怒ってるの?)
怒ってはいない。ただ、悔しく辛いだけ。
時々、世の中の理不尽さと、どうしようもなく強い孤独感を感じるだけ。
(ティシア、私の大事な『揺りかご』。泣かないで……)
鼻の奥がツンとして、私は涙がやって来る前に無理矢理立ち上がった。
そろそろ昼過ぎだ。初夏の陽射しが強い。眩しい太陽を背に、重たい気持ちで墓を後にした。
馬車へ乗り込んだ私の顔を見て、侍女が「少し暑気あたりしましたか?」と心配した。
いいえ、と首を振る私の中で、幼体が謝る。
(……ごめんね。私、ティシアが触って欲しく無かった気持ちを、掘り返した)
いいえ、あなたは悪く無い。
フォスアンティピナはまだ幼く、人間を学び中で、魔族が正直な生き物なだけ。
私が深く沈んでいるからか、すまなそうな様子で幼体が言う。
(ねぇ、何処か食事に寄っていかない? お腹が空いてきちゃった)
空腹の訴えを聞いて、私は「馬の骨」へ進路を変えた。
久しぶりに訪れた私の家は、変わらぬ懐かしい佇まいを維持していた。管理しているロフィーダのお陰だ。
乗ってきた馬車を、カシィコン支店へ寄って荷を下ろした後で迎えに来るよう、御者の男性型魔族にお願いした。そして私は、魔族の護衛と侍女を連れて店に入った。
いつもの席が空いていたのでそちらへ目をやると、窓際に異国風調味塩の硝子容器がいくつか並んでいて、つい笑みがこぼれた。
「まあ、男爵夫人。こちらへいらしていたんですのね。お久しぶりですわ」
声をかけられて後ろを向いたら、ロフィーダがアピリーを連れて店に入って来たところだった。
私達を見て優しげに笑んでいる黒髪の美人と、目を輝かせている金髪の幼女に笑みを返す。二人は明るい緑の差し色を襟と裾に足した生成りのチュニックワンピースを、親子お揃いで着ていた。品が良く似合っている。
「今日は。ええ、お久しぶりですね。義父母の墓参りの帰りなんです」
(二人とも元気だった?)
挨拶する私の中では、フォスアンティピナが嬉しそうに同胞の様子をうかがっている。
「これからお食事なのでしたら、ご一緒しませんか? ……あちらの席へ皆で移りません?」
私が護衛と侍女達も誘って、広い方のテーブルを指すと、彼等は了承した。
アピリーが期待の目でロフィーダを見上げ、彼女はくすりと笑ってうなずいた。
皆が席に着くと、店の給仕係の女性が注文を聞きに来たので、人数分の今日のお勧め料理を頼んだ。
オストアルゴは姿が見えない。厨房に居るようだ。
「男爵夫人も皆さんも、お元気そうで何よりです。お会い出来て嬉しいわ」
「ロフィーダさんもお変わりなく安心しました。アピリーさんは大きくなりましたね」
そう言って、幼い魔族の子供の頭を撫でると、幼女は仔猫のように目を細めた。手袋越しの指に髪の他は何も当たらない。触角を隠す頭巾が不要になったようだ。
「はい。随分と背が伸びました。良く遊び良く食べる元気な子ですわ」
慈愛の目で子供を見るロフィーダ。皆も暖かな表情を浮かべてアピリーを見ていた。魔族は同族意識が強いから、自分の子でなくても大切にする。
料理が来ると、皆は当たり障りの無い季節や天気の話をして、談笑しながら食事をした。
フォスアンティピナが言う。
(こっそりこっちを見てる個体が、いくつか居る。好奇心、羨望、あと緊張感)
緊張感? それって、監視している?
……私を、だろうか。
(分からないけど、多分そう。同胞も気が付いてる)
前に言っていた、カシィコン伯爵家の監視だろうか。自分の家なのに気が抜けないなんて、面倒だな。
「……男爵夫人、そういえば、階段に新しく付けた扉をご覧になっていませんでしたわね。確認していかれますか?」
ふと、ロフィーダが思い出したように言った。すると幼体がささやいた。
(内緒の話がしたいみたい)
「あっ、そうね、見ていこうかしら。皆はゆっくりしてても構わないわ」
護衛と侍女に言うと、どちらもうなずいた。アピリーのことも見ててくれるようだ。
私はそっと立ち上がって、ロフィーダの後ろに付いて行った。
内緒話とは珍しい。何だろう?
階段前に着くと、ロフィーダが紙を一枚取り出した。
「これは、先日カシィコン領主が命じたものです。私、ついさっき告知板の前に行って書き写して来たんですの。この夏からカシィコン領で、市場強制権を発動するそうですわ」




