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魔族の揺りかご  作者: 広峰
二章 幼体期間

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偽りの喪に服す 五 (夏至後)


 私も魔族達も黙り込んだ。

 この男は魔族の前で、一族の前長だったルルディア様を侮辱した。


(あっ。皆、怒っちゃった。この個体、意地悪なこと言ってるのに、これで良いと思ってて凄いね)

 フォスアンティピナが伝えるまでもなく、周囲から無言の怒りを感じる。

 私だって不愉快だ。この男、何を恩着せがましく言っているのやら。


「若奥様。やはり、リカルドの最後の給金をお渡ししてはどうですか。いくら嘆いても、彼が生きて帰ることはございません。当人達がいなくなってしまっては、本当に伯爵家の弟君かどうか確かめる方法など無いですし、今更、謝罪も何もかも無意味です。

 執事が死んだことだけは確かですから、せめてお金だけでも差し上げては?」


 侍女が形だけ声をひそめている様子で言うと、執事が思いついた、みたいな顔で提案してきた。


「でしたら、形見のブローチをこちらで買い取って、多少金額を上乗せするのはどうでしょう。その方が、どこぞで買い叩かれるよりも良い値になって、お喜びなさるのでは?」


 ちらりと伯爵家の使いの顔を見るに、それが満足のいく対応のようだ。

 魔族達が何を考えているのか分からないが、執事の勧めに従ってここは同意した。


「……そうね。伯爵家がそれでよろしければ」

「おお、殊勝(しゅしょう)な心がけだな。まあ、ご当主様もそれならば、お受け取りになるだろう」


 尊大にうなずかれた。


 執事が一礼して下がる。少しして、重たそうな金袋をチャリチャリ音を立てながら持ち、急ぎ足で戻って来た。


 アラゾニーア伯爵様の使いは、その場で袋の口を開けて覗き込み、にんまりとした。

 そして、一度手にしたリカルドさんの形見を、彼は金と引き換えに何の思い入れも無く、ぽいと返した。


「……ふん、まあ良かろう。前の男爵夫人の謝罪金としては少ないが、既にどちらも死んでいるのだから仕方あるまい。安物のブローチに比べれば、まだましというものよ」


 ブツブツ言いつつ、頬が緩んでいる。


 私の手元にリカルドさんの形見が戻って来たのは良かったが、ちょっとその態度は釈然としない。執事は袋に一体どれだけ金を入れてやったのやら。


「では、邪魔をしたな。夫人もこれを機にせいぜい身を(つつし)むように。私は帰らせてもらう」


 彼は、金を手にしたら用は無いとばかりに、くるりと背を向けた。

 要らぬ助言だ。本当に失礼な。


 意気揚々と玄関を出る後ろ姿へ向け、私達は礼儀正しく頭を下げ、無言で見送った。

 腹が立っても無礼な振る舞いはしない。迂闊(うかつ)なことをすれば、先生にまたお説教されてしまう。

 伯爵家の馬車が出て行くのを、苦々しく見つめながらしばし我慢した。

 

「はぁ、胸が悪くなりそう。むかついたわ」


 行ってしまった後でこぼすと、侍女が冷たい声でうなずく。


「同意見ですわ、ティー様。アレに長居されてはたまりません。小金を握らせてすぐ帰したのは、良うございました」


 それまで黙っていた護衛が、良くない感じの笑顔になった。


「すまないが、ちょっと俺は森の館へ行って来る。長に報告したらすぐに戻る」


 執事が微笑み、意味深な目をした。


「そうですか。では、よろしくお願いします。そういえば、確か今年も吟遊詩人の一団が来ていましたね」


 すると、護衛はぽんと手を打った。


「ああ。そうだった。ルルディア様が居なくて寂しいだろうな。少し話し相手になってやろう」


(うん、クリオスアエラスと同胞達に言いつけるんだね。それで、さっきの個体のお仕置きを決めるの)

 フォスアンティピナがくすくす笑うような気配。

 ルルディア様は吟遊詩人の一団と旅したことがあるそうだから、彼等はより仲間意識が強いだろう。絶対に伯爵家の使者を許さないはず。


 お仕置き。まさかと思うが、道中の馬車を襲ったりするのだろうか。

 しかし相手は貴族だ。後で面倒なことにならなければ良いが、と思った。






 その夜、クリスが本邸へ戻ってきた。連絡しに行った護衛も一緒だった。

 彼は帰るなり私をふわりと抱きしめた。


「ただいま、ティー。今日はありがとう。アラゾニーア伯爵家の使者が来たんだって? 手間をかけさせたね」

「お帰りなさい、クリス。とりあえずお金を持たせて追い返したけれど、それで良かった?」


 心配して聞くと、彼は私を離してうなずいた。機嫌が良さそうだ。艶々の黒髪がはらりと一筋肩からこぼれる。


「勿論だ。張り切って吟遊詩人達が後を追ったよ。有り金を全部巻き上げてやると言ってね」

「どういうこと?」

(お仕置きはどう決まったの?)


 私と一緒にフォスアンティピナが内側から聞いた。

 にこり、と宝石のような緑の目が細くなる。クリスは今日も麗しい。


「まず、使者が帰る途中、何処かに泊まるのを待って、吟遊詩人の一行が同じ宿へ行くんだ。

 宿にとって、吟遊詩人は嬉しい珍客だ。もし泊まらなかったとしても、そこで路銀(ろぎん)稼ぎに数曲演奏すれば、滞在している客が喜ぶだろうし、客寄せにもなる。田舎なら小さなお祭りのようになるくらいだ。どんちゃん騒ぎで、お客はとても寝ていられないよ。きっと使者殿も部屋から出てくる。何しろ、一族の中でも最高の芸達者ばかりだからね」

「狩ったりしないの?」


 彼を見上げて聞くと、楽しそうに言った。


「いやいや。不味そうな匂いだったと言うじゃないか、やらないと思うよ。

 そこから先は、皆の腕の見せ所だ。おだてて誘って、飲ませて金を出させて、最後は酔い潰す。皆が去った後で目が覚めたら財布がすっからかん、を目指すそうだ。旅先で気が大きくなってうっかり度を越したという、よくある話になる予定さ」

「よくある話……。なんだか普通……」


 思ったより平和なお仕置きだった。もっと命に関わる悲惨なことが起こるのでは、と案じていたが、どちらかと言えば嫌がらせに近い。

 私が少しほっとしていると、クリスは笑った。


「そう思うかい? ふふ。これから私はアラゾニーア伯爵家宛ての手紙を書くんだが。

『まさか亡くなった執事が伯爵家の弟君とは、知らぬこととはいえ失礼しました。そちらの使者に彼のお金を全て渡しました。既に母も死んでおり、今までのことはお許し下さるとのこと、今後はよろしくお願いします』とね。

 私の手紙のほうが、伯爵家の使者殿よりも先に着く。アラゾニーア伯爵家は傾きかけているから、リカルドの全財産に凄く期待しそうだね。当てにして無駄に散財しなければ良いが。使者は道中で有り金を全部失う予定だし。

 さて、どうなるのか楽しみだね」

「ぅわぁ……」


(えっ。それ、楽しみ!)

 思わず口から出たつぶやきと真逆の反応を、私の中のフォスアンティピナが示す。

 あの男が手ぶらで帰ったら、当主の伯爵は激怒しそう。

 私はおずおずと聞いてみた。


「ええと。それで執事は、アラゾニーア伯爵家にどれくらいお金を渡していたの?」

「執事の報告では、大銀貨十八枚分になるよう大中小の銀貨を混ぜたのと、銅貨も大中小色々取り混ぜて中銀貨一枚分程度になるようにしたのを、ザラザラ適当に入れてやったそうだ。重量はあるが、金貨は入れていない。

 執事が、ルフェイ家は『男爵風情』らしいですから、それほどやらなくても良いでしょう、と言っていた」


 あらら。執事はあちらの言葉を根に持っていたんだな。

 きっと上の方にピカピカ光る銀貨を乗せて、下は銅貨ばかりにしたのだ。なんだか小賢しい細工で、ちょっと笑える。


 となると、重そうなくらい中身が詰まって見えた金袋なのに、約一年分の執事の賃金と、多めのおまけくらいの金額だったか。まあ、先に言っていた通りではある。でもそれじゃあ、貴族の金銭感覚だと小金ばかりが袋に入っていた感じだ。

 けれど、庶民ならおよそ二年半は生活可能なくらい有るだろう。それを一晩ですっからかんにさせる気か。


「そうそう、昨年ティーが渡してくれたカシィコン産の白葡萄の高級蒸留酒を、吟遊詩人達に持たせてやったよ。 良いよね? 巻き上げた金は、皆の好きにしてくれと言っておいた」

「っ!」


 あれはカシィコン伯爵夫人のアミーナさんからいただいた、お高くて強いお酒だ。もしかして宿で使うつもりか。

 本当に? そんなので引っかかるだろうか?


 ……と思っていたら、数日後「引っかかった」と、ほくほく顔で魔族の吟遊詩人達が森の館へ帰ってきた。


 とても簡単だったそうだ。

 彼等の中でも妖艶系な踊り子の、女性型魔族が横に座ってお酌をしたら、あっという間だったとか。


 酔って良い気分になったところで、可愛らしく強請(ねだ)ったら、泊まり客達の前で堂々と「よかろう酒代(さかだい)ぐらい払ってやろう」と、鼻の下を伸ばして宣言したので、もうそこで勝負は決まったようなものだったとか。


 宿では、突然現れた美声の魔族達が歌う、勇壮な英雄譚の歌物語がうけて、大盛り上がりだった。

 迫力ある歌声と大興奮の客の手拍子で、お祭り騒ぎの中なら、周りに気付かれまいと思ったのか、使者殿が踊り子を下心見え見えで部屋へ誘ったそうだ。

 踊り子は好都合だと付いて行き、何かされる前にキャッと叫んで、魔族の力で軽く殴って意識を奪い、そのまま寝台に転がしてきた、という。

 そして彼が寝ている隙に、金袋を持って宿の主人の前へ行き、流石太っ腹ですねぇと言って、お客全ての酒代と宿代を勝手に精算し、残りは手間賃ですって、と主人へ渡してすっかり空にしてやったそうだ。

 魔族達は歌い終えたら長居せず、さっさと帰って来たらしい。自分達は宿でもらった演奏代の他は、小銅貨一枚も取っていないところが、逆に酷い気がする。


 後で教えてもらった話を、私の中でフォスアンティピナは可笑しそうに笑っていた。

 つられて思わず私も笑ってしまったが、予定をそのままやってのける魔族が恐ろしいと思う。


 なお、アラゾニーア伯爵家へ手紙を届けに行った魔族は、吟遊詩人達とほぼ同じくらい早く、本邸へ戻って来ていた。魔族の足が凄く速いのは分かっていたが、それでも移動が早過ぎる。


 その話によれば、あちらはクリスの手紙を受け取って、大変満足そうだった、とのことだ。

 帰り際に、贔屓の店を呼びにやるところを見たらしい。……あちらはあちらで、駄目そうだ。






 その後。夏至の儀式の後で、と約束していた魔族の商隊が、私の店、エクディキシ商店ルフェイ領本店にやって来た。


 有り難いことに、リンティナとスタヴローノが所属している魔族の商隊は、商品の運搬を請け負っても良いと言ってくれた。

 話し合いの結果、彼等は本隊と別行動になるが、国を出る前に合流出来れば良いだろう、となったらしい。


 私は前払いで報酬を渡し、新商品が詰まった木箱を、彼女とその同胞に預けた。


「届け終わりましたら、報告も兼ねて、またこちらへ寄ります」と、リンティナは言った。

 彼女は、新商品の異国風調味塩を気に入ったようで、自分用にと小さい方の青い硝子容器を買っていた。ちょっと嬉しい。


 同時に、カシィコン伯爵夫人のアミーナさんにも新商品を贈った。

 彼女には、一番最初に品物を差し上げる約束をしていたので、店に並ぶより先に、小さい方の黄色蓋の硝子容器と、大きい方の赤色蓋の硝子容器に詰めたものを選んでおいた。


 ついでに、

『これは内緒ですけれど、先日アラゾニーア伯爵家の使者が突然やって来て、我が家で義母に長年仕えてくれていた執事を、元は伯爵家の者だったからと言って、死んだ執事の最後の給金を取り立てて行きました。あちらから見れば、我が家は取るに足りない(やから)かも知れませんが、喪中の家を訪れておきながら墓参りもせず、縁切りしたはずの親族の金を得たら、すぐ帰ってしまいました。これは普通なのですか、貴族社会に疎いので分かりません。世話になった執事が可哀想に思えてなりません』

 ということを、品物に付けた手紙の中で、愚痴っておいた。


 少しして、アミーナさんからお礼の手紙が届いた。

 美味しいですが大変に刺激の強い辛口な塩ですね、と言いつつ容器がとても素敵です、と喜んでもらえた。約束を守れて一安心だ。


 アミーナさんの手紙には追記で、

『それは普通ではありませんわ。死者への礼儀に欠ける行いです。また、貴重な情報をありがとうございます。アラゾニーア伯爵家は夫ソストースの伯父なので、最近、我が家にも使いが来て、援助を頼まれました。随分と困窮しているようです。先に貴女のお話を知っていたので、金を貸しても返してくれなさそうだと思い、丁重にお断りしたところ、それでも親戚なのかと(なじ)られました。これにはクロディアお義祖母様も不快と感じております。今後は距離を置くことでしょう。この話は内緒にして下さいね』

 ということが書いてあった。


 礼儀作法の魔族の先生によれば、貴族夫人が『内緒にして』というのは、こちらから大っぴらにはしないが、裏で噂が拡散されても構わない、ということだそう。

 本当に秘密にしたかったら、先に関係者の口を封じる策を取り、誰にも告げられないようにするのが貴族なのだから。


 貴族の間で、某男爵家からはした金をむしり取ったとか、親戚に無心(むしん)しに行って断られたとか、金の工面に苦労していることが広まったら、アラゾニーア伯爵家の評判や信用は大きく下がることだろう。

 その後のことはまだ分からないが、何か対策しないと、いずれ人が離れてしまい、落ちぶれていくのは確実だ。






 それから夏が終わるまで、異国風調味塩は驚くほど良く売れた。


 ただ、中身よりも硝子容器が人気なのが、少し不満ではある。

 お客様は、空になったら中身を詰め替えるのではなく、硝子容器入りの方がはるかに高価なのに、最初から容器目当てで新品を買いに来る。


 でも、ついでに、と他の調味塩や商品を買っていく人も多い。お陰でかつて無いほどの売り上げになっている。


 ……まあ私も、色違いの硝子容器を赤青黄緑紫と大小それぞれで揃えているから、人のことを言えないが。


 それはそれとして、このままだと硝子容器の数が不足しそうで心配だ。

 硝子工房には多めに作るよう頼んでいたが、再注文することになるかも知れない。


 そんなことを考えていると、魔族の侍女が私を呼んだ。


「若奥様。カシィコンの支店から連絡ですわ。差出人はロフィーダです」


 そうして、紐で縛って丸めた手紙を持って来た。


 広げ読むと、管理報告の後ろに、以下ご検討下さい、とあり、持ち家であるカシィコン領の食事処、『馬の骨』のことが書いてあった。

 食事処の店から、二階の住居部分へ至る階段に、鍵付き扉またはそれに準ずる物を付けたほうが良い、という。理由は、オストアロゴの母親エラスティが、無許可で他の部屋を使っていたと判明したから。今後、店に来たふりをして、密かに二階へ侵入しようとする人間が現れないとも限らない。

 そう指摘されていた。


 ロフィーダに管理を頼んでおいて良かった、と思った。

 家の管理の他にも色々と気が付いて、こうして助言をしてくれる。


 手紙を畳み、私は大きなため息をついた。

 またあの人か。

 私の家で勝手なことを。


 我が家が喪中で良かったかも。もし、店や取引先へと出歩いている時に、偶然エラスティを見てしまったら、多分、不快になって無意識に冷たい対応をしただろう。

 それくらいには、彼女に対する感情が負の方へ傾いている。


 ……早速、実家の改修工事を請け負った大工に、追加工事を頼むことにしよう。


 ふと、どうせならカシィコン支店も改修しようか、と頭の隅で考えた。


 私の本店で、強盗行為に及ぼうとした平民がいたことから、あの支店も防犯対策が足りないのでは、と思ったのだ。


 どうも私は、長く危機感が薄れていたらしい。

 結婚してから、魔族達が守ってくれていたお陰で、全くその手の心配など無しに過ごしていた。

 そのせいとは言わないが、ここ数年で用心が疎かになっていた。

 それに気が付いたからには、そのままにしておけない。


 カシィコン支店のあの応接室は駄目だ。お高い品物ばかりなのに無防備過ぎる。

 手始めに店の扉を頑丈な物に変えるとか、窓を金属の格子で覆うとか、どうにかしよう。

 あるいは、貴重品を保管する専用の倉庫が必要だろうか。これは建てる時間と資金がかかる。手っ取り早く護衛か何か、店の警備係みたいなのを雇うべきか。


(じゃあ、誰か用心棒を置いたら良いんじゃない?)

 私が考えていると、フォスアンティピナが内側から、さらりと言った。

 用心棒は良いかも。でも、信用出来る人材の当てが無い。


(同胞の誰かを店で雇いたいって、クリオスアエラスにお願いしてみたら?)

 簡単なことのようにフォスアンティピナが言う。

 だが、私は否定的な気持ちになった。

 そんな。魔族を、店の人間の近くに置く? カシィコン支店で魔族を雇うなんて。


(新しく同胞を雇うことの、何が気に入らないの? オラニオトクスもブロフィダクリヨンも、ティシアが雇っているけど、同胞だよ?)

 少しムッとした様子でフォスアンティピナが伝えてくる。


 これは私の気持ちの問題だ。カシィコン支店は特別。あそこは、養父母のトロッフィ商店を継ぐ店だと思っている。


(うん、知ってる。だから尚更、頼った方が良いよ。同胞は、仲間に嘘を言わないし、有能で頼りになるでしょう? 私達(ティピナ)にも優しくしてるじゃない。人間の方が、詐欺をするし強盗もするし、嘘つきだし裏切るし、よっぽど酷いと思う)

 けど、フォスアンティピナ、私もその、人間なんだけど。


(他の人間と違うよ。ティシアは『揺りかご』。大事な身体(うつわ)の契約者。皆はティシアを気に入ってる。大事にしてる。なのに、ティシアは皆が嫌いなの?)

 幼体の責めるような感情に、私はたじろぐ。


 嫌いではない。今では彼等は身近な存在だ。親しみも感じているし、感謝もしている。

 ただ……不安で。

 魔族と人間が、天敵と獲物の関係が……、放牧している飼い主といずれ(ほふ)られる家畜のような間柄なのが、心配なのだ。


(大丈夫。同胞は『揺りかご』を探す為に獲物を求めて旅に出たりするけど、『揺りかご』を探してない時は人間を狩らないから、心配ないよ。侍女達や護衛達は、狩りをしないでしょう?)

 けれど、美味しそうな匂いの個体が現れたら、やはり、追ってしまうんじゃないだろうか。


(そりゃあ、匂いにつられはするけど。必要が無ければ手出ししないと思う。凄く空腹だったら食べたくなるかも。でも私は、食べる相手をちゃんと考えて選ぶよ。ティシアが駄目って言ったら、食べない。皆もそうだよ)


 そうだ、私はフォスアンティピナが、随分と我慢が出来るようになったと知っている。いつも見守ってくれる侍女や護衛を信頼している。

 クリスが私を、とても大事にしてくれていると、知っている。


 そう、かな。大丈夫、なのだろうか……。


(うん。ほら、エレガーティス支店と同じだよ。店では獲物を狩らない。客の人間には手を出さない。そう約束したら、皆も守るよ。信じてティシア。同胞達は、信じてくれた仲間を裏切らない)


 私の周りは魔族だらけだ。言い伝えやお伽話の通り、彼等は人間を獲物とし、契約を持ちかけ、叶えた望みの対価を要求する、圧倒的強者だ。

 私もまた、根底にある彼等への本能のような恐れが、消せないでいる。

 それでも、世話になった年月は私を彼等に慣れさせた。

 少なくとも、私の中で成長してきたこの幼体のことは、信じられた。


 フォスアンティピナの熱心な説得に、心の中で小さくうなずく。


 ……うん。……臆病でごめん。


(ううん、いいの。信じてくれたら、それで。ありがとう)

 安堵したような幼体の感情が、ふわりと心に広がった。


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