第4話_パーティ分断
水路橋に仮封じの銀線を残して、エノクたちは再びヴェルナ旧街道へ戻った。空の黒い星はまだ閉じていない。昼の空に開いたままの黒い裂け目は、太陽の光を奪うのではなく、光の意味だけを薄くしていた。明るいのに寒い。風が吹いているのに、遠くの音が届かない。海辺の草は揺れているが、その影だけが一拍遅れて動く。世界そのものの拍子が、星の船の再起動によってずれ始めているのだと、ハルナは言った。
「地上の歯車に、別の歯車を無理やり噛ませてるみたい」
彼女は歩きながら、黒星片の仮封じに使った針の残数を数えていた。工具帯の中身は心細い。霊脈鉱の針はあと四本。銀線は半巻き。星図同期用の小鏡は一枚ひびが入っている。いつもならそこで「部品代が足りない」と騒ぐはずの彼女が、今は静かだった。静かすぎて、かえって不気味だった。
テイルは地面から目を離さなかった。霊脈が黒星片に噛まれている場所は、彼には熱と痛みとして分かるらしい。時折、彼の足が止まる。土へ掌を当て、竜気を流し、また歩く。そのたびに鱗が指先へ浮かび、額に汗が滲んだ。竜王ザッハの子である彼が疲弊している。それだけで、今起きていることの大きさが分かった。
イーサーは星図板を広げたまま歩いていた。セラフィアの星図は、大陸各地の黒い落下点を赤い点として示している。だが、ヨシュアから継いだ叡智によって、彼の星図にはもう点だけではなく、名を書き込むための空白が生まれていた。赤い点の横に、空白が増えていく。名をまだ知らない村。名をまだ聞いていない森。名を探さなければならない廃都。それは地図としては不完全だったが、イーサーはもう、その不完全さを消そうとはしなかった。
イリスは記録帳を抱え、空を見上げた。黒い星から落ちたものは、金属片だけではない。名の欠片、魂魄の残響、帰る場所を失った者たちの叫び。彼女には、それが祈りを必要としているのか、拒絶を必要としているのか、まだ分からない。ただ一つ分かるのは、彼らを最初から魔物とだけ書いてしまえば、自分たちはまた一つの外殻を作るということだった。
アリスはイリスの少し後ろを歩いていた。魂と器が混ざった帰還者を見てから、彼女は何度も自分の胸元の名の核へ触れている。そこにアリスという名がまだあるか、確かめるように。かつて彼女は死者を縛り、大きな外殻を作った。今、帰還者たちは星の船というさらに巨大な外殻へ戻ろうとしている。混ざれば寂しくない。境が消えれば苦しくない。その囁きが、彼女には分かってしまう。分かるからこそ、恐ろしかった。
アリアは先頭を歩いていた。ヴェルナの道を知る足で、しかし過去へ引き戻される足ではなかった。境界を斬る力を得た双剣は、鞘の中で静かに鳴っている。彼女は何度も自分の怒りを確かめた。ヴェルナを利用した者たちへの怒り。ヤクシャへの怒り。阿修羅の失敗への怒り。空から見ていた者たちへの怒り。そして、何も知らずに逃がされた自分自身への怒り。それらは消えていない。消す必要もない。ただ、暗黒剣へ渡してはならない。
アイオンはいなかった。
それだけが、歩くほどに重くなる。彼が残したのは、戻るという弱い約束だけだった。嘘つきが選んだ、嘘にしないためのぎりぎりの言葉。エノクは何度も背後を振り返った。丘の上から現れて、いつものように「すみません、道を間違えました」とでも言って笑うのではないか。そう思ってしまう。だが、弦の音は戻らなかった。
ヴェルナ旧街道が三つに分かれる石標まで来た時、最初の異変が起きた。
空の黒い星が脈打った。
音はなかった。けれど、全員が同時に胸を押さえた。世界の内側に、外から巨大な拳が触れたような感覚。足元の霊脈が跳ね、街道の石標に刻まれた古い文字が青黒く光る。ハルナの工具帯が一斉に鳴り、イーサーの星図板が赤い点を増やし、エノクの胸元の鍵が熱を放った。
「伏せて!」
ハルナが叫んだ。
だが、間に合わなかった。地面が裂けたのではない。道が裂けた。右へ進む道、左へ進む道、海へ下る道、その三つが、まるで別々の時刻へ引き離されるように歪んだ。視界が三重にぶれ、仲間たちの姿が遠ざかる。エノクはアリアへ手を伸ばしたが、指先は空を掴んだ。イリスの声が聞こえた。テイルの怒号が聞こえた。アリスの小さな悲鳴が聞こえた。ハルナが何かの部品名を叫び、イーサーが星図を開く。そのすべてが同時に遠くなった。
ティンカーベルが鞘の中で怒鳴った。
「名を離すな、未熟者!」
エノクは叫んだ。
「みんな!」
だが、声は三つの道へ裂け、それぞれ別の空へ吸い込まれた。
アリアが落ちたのは、ヴェルナの剣舞祭壇だった。いや、実際に落ちたのか、黒星片が作った記憶の中へ引き込まれたのか、すぐには分からなかった。石畳は濡れている。夜の祭壇。海から吹く風。灯籠の光。遠くで鐘が鳴る。かつてヴェルナが滅びた夜に酷似している。祭壇の中央には、一本の赤黒い剣が立っていた。暗黒剣そのものではない。ヤクシャの残滓。黒星片の侵食に呼び起こされた、ヴェルナに残る最後の刃紋だった。
「まだいたの」
アリアは双剣を抜いた。
剣は笑った。声ではなく、石畳を伝う血のような震えで。
踊れ。今度こそ斬れ。北門を守った程度で、弔いが終わると思うな。お前の国は、まだ私の鞘だ。
アリアは息を吸った。怒りはある。だが、その怒りはもう、ヤクシャのものではない。
「あたしの国を、鞘と呼ぶな」
彼女は踏み込んだ。ヴェルナ王宮式の剣舞。阿修羅の足跡。弔いの伏せ。すべてがひとつに重なる。赤黒い剣は、彼女の怒りへ絡もうとした。父の顔、母の声、逃がされた夜、燃える祭壇、裏切り者の影。それらを次々に見せる。斬れば戻る。斬れば報われる。斬れば、逃げなかった自分になれる。
「戻らない」
アリアは言った。
「戻らないから、弔うのよ」
双剣が交差する。彼女はヤクシャの残滓を斬ったのではない。ヴェルナの記憶と、ヤクシャの呪いの境を斬った。赤黒い刃紋が悲鳴を上げる。祭壇の石に染み込んでいた黒い線が浮き上がり、一本ずつ断たれていく。最後に、剣はアリア自身の影へ食いつこうとした。
アリアは、自分の影へ刃を伏せた。
「ここから先は、あたしの怒り。あなたには渡さない」
赤黒い剣は砕けた。血ではなく、黒い錆となって石畳へ散る。祭壇の幻が薄れ、海風が戻る。アリアは膝をつきそうになったが、踏みとどまった。ヴェルナの祭壇には、もうヤクシャの声は残っていない。全てが終わったわけではない。だが、この場所の呪いは断った。彼女は双剣を鞘へ戻し、静かに頭を下げた。
「ただいま」
誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。
テイルが引き込まれたのは、地下の霊脈裂け目だった。赤い土も、海風もない。そこは大地の内側で、巨大な根と光の流れが絡み合う場所だった。竜神族でなければ立っていることさえできないだろう。霊脈は黒い釘で打たれたように裂け、そこから星の船の根が入り込もうとしている。黒い根は生き物のように蠢き、大地の光を吸っていた。
「ふざけんな」
テイルは竜剣を地面へ突き刺した。
「ここはお前らの餌場じゃねぇ」
根が一斉に襲いかかる。切っても切っても、黒い光が滲んで戻る。力で押し返せば、霊脈そのものを傷つける。テイルは舌打ちした。以前なら、ここで全力で斬り払っただろう。強い者が前に出る。それだけが正義だと思っていた。だが、ザッハは言った。強い者は場を支えることも覚えろ、と。
「親父」
彼は歯を食いしばった。
「見てるなら笑うなよ」
竜剣を抜かず、さらに深く押し込む。テイルは斬るのをやめた。竜気を広げ、黒い根と霊脈の間に自分の力を挟む。根を砕くのではなく、霊脈が食われないよう支える。痛みが腕へ走る。大地の悲鳴が身体に流れ込む。血管が焼けるようだった。
「強い奴が、場を支える……だったな」
彼は吠えた。竜の咆哮は地下の霊脈を震わせ、黒い根を一瞬だけ押し戻す。その間に、霊脈の光が自分で流れを変えた。大地は弱くない。ただ、支えが必要だっただけだ。テイルは膝をつきながら、竜剣を握った。
「よし。行け。お前の道だ」
霊脈の光が黒い根を避け、新しい流れを作る。テイルの腕から血が落ちた。だが、彼は笑った。
「親父、少しは分かった気がする」
ハルナは、黒星核の解析室にいた。解析室といっても、現実の部屋ではない。黒星片に触れた瞬間、彼女の意識だけが星導機巧の記録層へ引き込まれたのだ。周囲には黒い歯車、曲がった星図、割れた炉心、名前のない部品が浮かんでいる。どれも見たことがない。なのに、どれも壊れていることだけは分かった。機械師の耳が、ここでも音を聞いていた。
「うわ……最悪。すごい。最悪にすごい」
彼女は震える手で父の設計図を広げた。図面が黒い空間で光る。ダイダロス式の補助環、黒星核遮断壁、反響律。これまで断片だったものが、目の前の黒い炉心と重なっていく。
「黒星核って、ただの炉じゃない。これは……呼び水? 外の拍子を内へ引き込む反響子。だから世界のライラと合わない。合わないまま無理やり鳴らすから、存在輪郭が腐る」
黒い歯車が回り、彼女の工具へ触れようとする。触れれば、自分の考えも計算の一部として取り込まれるだろう。ハルナは背筋を凍らせた。機械に目がない彼女にとって、未知の構造は誘惑だ。分解したい。見たい。理解したい。だが、黒星核は理解する者を材料にする。
「父さん、あんた、こんなの見てたの」
答えはない。だが、設計図の端に、かすれた書き込みが浮かんだ。父トルクの字。見覚えのある癖。
黒星核は直すな。まず、止め方を探せ。
ハルナの目が熱くなった。
「分かってる。直さない。今は」
彼女は工具ではなく、銀筆を取った。黒星核を分解するのではなく、構造を写す。どこが危険か、どこが遮断点か、どこを触ってはいけないか。機械師として一番苦しい作業だった。触りたいものに触らず、後のために記録する。彼女は歯を食いしばり、黒い炉心の反響図を紙へ写した。
「解析料、高いよ。後で世界に請求するからね」
そう言って笑おうとしたが、声は少し震えていた。
イーサーは、空のない空に立っていた。星図の内側。セラフィアの観測記録とも、ヨシュアの静寂とも違う場所。黒い星の向こう、星の船へ至る航路が、彼の前に浮かんでいる。地上から見れば黒い穴だが、星図の叡智で見ればそれは道だった。外から内へ、内から外へ、世界の境を裂いて船が帰るための航路。
以前の彼なら、その航路を封鎖することだけを考えただろう。大陸全体を守るため、いくつかの霊脈を切り捨てる。合理的で、冷たい判断。だが、今の星図には空白の名札がある。航路の下には村があり、森があり、墓があり、名がある。
「切れば、早い」
彼は呟いた。
星図は答えない。けれど、ヨシュアの声が記憶の奥で響く。地図の線は泣かぬ。星図の点は怒らぬ。記録の数字は名を呼ばぬ。
イーサーは翼を広げた。航路を読む。ただし、切るためではなく、通り道を見つけるために。星の船がどこから再接続しようとしているのか。黒星片がどの地点を足場にしているのか。どの霊脈を守れば、多くを切らずに済むのか。彼は初めて、全体を守る計算の中に、一つ一つの名を入れた。
「星外航路、三層。表層は黒星片落下。中層は魂魄反響。深層は名の帰還路……」
額の銀環が熱を持つ。負荷が高い。だが、彼は目を逸らさない。
「見つけます。切り捨てる線ではなく、戻す線を」
星図の奥で、黒い船影がわずかに揺れた。
アリスは、無数の器が並ぶ場所にいた。陶器の人形、金属の鎧、骨の檻、硝子の球、木箱、黒い棺。そのすべてに魂が詰め込まれている。どの器も、自分のものではない魂で膨れ、ひび割れ、混ざり、泣いていた。帰還者たちの器。星の船の中で、名を失った魂が仮に入れられた容れ物たち。
その中央に、大きな椅子があった。
不死皇帝の玉座に似ていた。
アリスは足を止めた。玉座の上には、彼女自身に似た人形が座っている。もっと大きく、もっと美しく、もっと空っぽなアリス。胸の核は黒く、無数の魂の糸がそこへ集まっていた。
「こっちへ来れば、寂しくない」
黒いアリスが言った。
「器と魂が違っても、混ぜればいい。誰が誰でもなくなれば、置いていかれない」
アリスは震えた。怖い。分かるから怖い。その言葉は、彼女がかつて自分に囁いたものと同じだった。
「違う」
彼女は言った。
「寂しくなくなるんじゃない。誰が寂しかったのか、分からなくなるだけ」
黒いアリスが首を傾げる。
「それでいいじゃない」
「よくない」
アリスは自分の胸元を押さえた。名の核が白く光る。
「わたしは、アリス。罪がある。寂しい。怖い。置いていかれたと思った。死者を縛った。それでも、混ざらない。わたしがわたしでいないと、ごめんなさいも言えなくなる」
黒い玉座の糸が彼女へ伸びる。アリスは逃げなかった。糸を握らない。糸で縛らない。ただ、自分の輪郭を守る。すると、周囲の器たちが少しだけ静まった。魂と器の境界が一瞬だけ戻り、泣き声が言葉になる前の形を取り戻す。
「名を探して」
誰かが言った気がした。
アリスは頷いた。
「イリスが探す。わたしも、手伝う」
イリスは黒い炎の中にいた。そこは村だった。かつて黒い炎に焼かれ、名を失った村。あるいは、大陸各地で同時に焼かれている名の集まりが、彼女の祈りへ流れ込んできたのかもしれない。家々は燃えている。だが、火に熱はない。黒い炎は木を焼くより先に、表札を焼き、墓標を焼き、子どもが母を呼ぶ声を焼いていく。
イリスは聖印を握り、泣きそうになった。名が読めない。帳面を開いても、文字が黒く崩れる。誰の家か分からない。誰が倒れているのか分からない。名を呼べなければ、祈りは届かない。けれど、ここで諦めれば、黒い炎は彼らを材料にする。
「名を、探しています」
彼女は炎の中で言った。
「今、完全な名が分からなくても、あなたが誰かであったことを、私は否定しません」
黒い炎が強くなる。名前の欠片が燃え落ちる。ミ、ル、ア、ト、セ、オ。音にも文字にもならない断片が、灰の中で光る。イリスはそれを拾うように祈った。
「あなたは、誰かの子。誰かの親。誰かの友。自分の名を持っていた人。黒い炎の材料ではありません」
聖印が白く光る。炎の中で、ひとりの魂が立ち止まった。顔は見えない。名も分からない。だが、輪郭だけが戻る。続いてもう一人、もう一人。イリスは泣きながら、帳面へ空白を作った。名を書くための空白。黒い炎に焼かれても、探すことをやめないための場所。
「いつか、あなたの名を呼びます」
その約束だけが、炎の中で白く残った。
エノクは、ひとり王宮の廊下に立っていた。
ランバード王城。
まだ崩れていない王城だった。白い柱、青い絨毯、壁にかかる王家の紋章。窓の外には炎が見えない。空に黒い星もない。だが、これは現実ではない。胸元の鍵が見せている記憶。王家の血と、パンドラボックスの命令片が結びつき、彼を過去へ引き込んだのだ。
廊下の奥に、若い王と王妃が立っていた。顔は薄い。だが、エノクには分かった。アルクス王。セリス王妃。自分を生かすために、城へ残った父と母。
エノクは声を出そうとした。出なかった。二人は彼を見ていない。過去の影だからだ。王妃の腕には、赤子が抱かれている。エノク自身。傍らには老執事パーカスが膝をつき、涙をこらえている。王は小さな金属片を取り出し、赤子の胸元へ託した。
「これは鍵ではない」
過去の王の声が聞こえた。
「我らの血が、逃げずに封印へ戻るための道だ。だが、子には選ばせよ。血の命令だけで歩かせるな」
王妃が赤子の額へ口づける。
「名を忘れない子に」
エノクの胸が詰まった。
廊下の奥で、黒い炎がちらついた。過去に混じって、星の船の影が入ってきている。王家の記憶さえ、黒星片は侵食しようとしているのだ。ティンカーベルの声が遠くから聞こえた。
「未熟者。戻れ」
「でも」
「見るだけでは足りん。いずれ本物へ行く」
本物。ランバード城。自分が生まれ、炎に包まれ、逃がされた場所。王家の過去へ向かう道は、ここで終わらない。むしろ、ここから始まるのだ。
エノクは過去の父母へ頭を下げた。
「行きます。ちゃんと、自分で」
黒い炎が廊下へ伸びる。エノクは鍵を握り、記憶の扉を閉じた。
気がつくと、彼はヴェルナ旧街道の石標の前に戻っていた。膝をつき、荒く息をしている。ティンカーベルが腰で重く鳴った。
「見たか」
「はい」
「なら、次に行く場所が増えたな」
「ランバード城」
その名を口にすると、胸の奥が震えた。怖い。けれど、避けられない。
やがて、仲間たちが一人ずつ戻ってきた。アリアは祭壇の呪いを断ち、テイルは霊脈を守り、ハルナは黒星核の反響図を持ち帰り、イーサーは星外航路を読み、アリスは魂と器の混交に抗い、イリスは黒い炎の中に空白の名を残した。全員が疲弊していた。誰一人、無傷ではない。だが、それぞれが自分の継承を握ったまま戻ってきた。
ただ一人、戻らない者がいた。
アイオン。
石標の周囲には、彼の気配が一瞬だけ残っていた。細い弦の音。だが、すぐに風へ消えた。イーサーが星図を開いても、アイオンの位置は映らない。イリスが帳面の「戻る道を残す」と書いた頁へ手を置いても、反応はない。アリスが遠くを見つめ、ぽつりと言った。
「また、遠くに行った」
エノクは拳を握った。
「でも、戻るって言いました」
「うん」
「だから、戻る場所を残します」
アリアが石標の先を見た。
「私たちは止まれない。ヴェルナ、ランバード、黒星片、大陸各地。道が増えすぎたわ」
ハルナが反響図を広げる。
「全部同時には無理。分担が必要になる。嫌だけど、効率的にはそう」
テイルが顔をしかめた。
「また分断かよ」
イーサーは静かに言った。
「分断ではなく、複数の道を同時に守るための分担です。ですが、名と連絡を失えば、本当の分断になります」
イリスが記録帳を閉じた。
「では、互いの名を持って行きましょう」
彼女は一人ずつ名を呼んだ。エノク。アリア。イリス。テイル。アリス。ハルナ。イーサー。ティンカーベル。そして、少し間を置いて。
「アイオン」
風が吹いた。返事はなかった。だが、その名は消えなかった。
空の黒い星は、まだ回り続けている。大陸各地で黒星片が霊脈を汚し、帰還者たちが目覚め、王家の過去が鍵を呼び、消された弦は姿を消したまま。戦いは一つの道ではなく、無数の傷へ分かれ始めた。
それでも、一行は互いの名を持って立った。
たとえ道が分かれても、名が残る限り、完全には離れない。
そう信じて、彼らは黒い星の下で次の行き先を選び始めた。




