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帰宅



「では、次に会える日まで……」


帰り際にそう言ってサリアナの手を救い上げたグレイブは軽く力を込めて握り締めた。

サリアナはそれに応えるように微笑する。


「はい。楽しみにしております」


馬車にはグレイブに頼んで大きなクマのヌイグルミが既に鎮座しており、ミラは小ぶりのヌイグルミを両脇にサリアナが乗って来るのを待っている。

別れの挨拶を終えると見送られる形で馬車の戸を閉められゆっくりと走り出す。

カーテンが敷かれた後部座席の窓から盗み見るよう、離れて行くグレイブの姿を見つめているとミラが話しかけてきた。


「お嬢様、この後はどうなさいますか?」

「……決まっているわ。次はあの方のペースに巻き込まれず今度こそ私が一撃与えるのよ!」

「いえ、そっちではなくて……マリア様とレイル様のお土産のことですよ」

「あっ。も、もちろん。そうよね、まずはレイルの方を済ませるわ次にマリアね」

「かしこまりました」


クスクスと微笑ましそうに笑うミラの視線に耐えれず顔を横に向けるとクマのヌイグルミと目が合う。


(全てはこの子があの方に連れて来られたからよ)


愛らしいその相貌がなんだか腹ただしくなってきて八つ当たりに近いこの感情を昇華すべくまぁるい耳を引っ張った。

――――ふにふに、ふにふにふに……。

手触りの良い柔らかな毛並みにサリアナの胸がうずうずしてくる。

ミラの方を窺い見てこちらを見ていない事を確認にしてから恐る恐る、その体に身を寄せた。

サリアナを包み込む柔らかな感触にほうっと息をつく、柔らかくて気持ちいい、入っていた力も抜け息を吸い込んだその時、微かに残る香水の残り香が鼻腔を擽りサリアナは慌ててその身を離す。


(これって、あの人の……)


感触はサリアナの好みにピッタリと合っていて気に入ったのだが、触れるたびに香る匂いに気づきその匂いから送り主の顔を思い出して触るのも躊躇してしまう。

手を出すに出せない状況になりヌイグルミ相手に睨めっこしだすサリアナをこれまた微笑ましそうにミラは眺めていた。







マリアのお土産に甘さ控えめの花の形をしたクッキーを一袋、レイルには滑らかな書き心地の良いペンを。

そして背後には何故か大きなクマと小さなクマを携えて帰宅したサリアナは出迎えてくれた異母妹と弟に笑顔でただいまと告げた。


「そのヌイグルミどうしたのお姉さま」

「大きい、ですね」

「ええ、ちょっと大きいのだけど……ほ、欲しくなってしまって」


十五にもなってヌイグルミが欲しかっただなんて言わなければいけない日が来るとは。

恥ずかしさと照れから頬を赤らめて話すサリアナに二人の視線が集まる。

誰から貰ったとは言えず咄嗟に出た言い訳に納得してもらえるだろうか、不安になって逸らしていた視線を二人に向けるとミラから渡された小さなクマをジッと見ながら立っている。

それから大きなヌイグルミに視線を向け、また手元に視線を戻すとマリアは嬉しそうに顔を綻ばせレイルは照れくさそうに眉を下げた。


「可愛いわ!ありがとうお姉さまっ」

「ありがとうございます姉様」

「え、ええ。喜んでくれて嬉しいわ」


素直にお礼を述べる二人にサリアナの罪悪感と良心が同時に刺激されチクチクと針で突かれる感覚に襲われる。


「お菓子も美味しそう」

「見た目が可愛くて思わず買ってしまったのよ」

「また食べ過ぎてドレスが入らないなんてことになるなよ」

「なっ、んですってぇ!そんなこと四回もしないわよ!」

「三回もしてたら一緒だろアホ!」


ぎゃいぎゃいと行われる言い合いは追いかけっこにまで発展し屋敷内を元気よく駆け回る二人の足音とそれを追いかける使用人の足音がリズムを奏でだす。

走って行ってしまった二人を見送り残されたのはサリアナとミラ、そしてヌイグルミを持つ従僕だけとなりサリアナは苦笑してしまう。

後で二人には走り回った罰として何をさせようか、そんなことを考えながら自分の私室へと足を向ける。

元気なことは良い事だ、辛気臭いことよりもああやって明るい声が響いている方が気分が良い。


(だからと言ってそれを許すかは別ものね)


従僕に二人掛けソファーにクマを置くように指示し、ミラの手を借りてドレスを着替える。

外されたリボンを鏡台の前に置きそう言えばとサリアナは今日の事を思い返した。


(リボンのこと、何も言われなかったわ)


やっぱりサリアナ当てではなかったのだろうか。

過ぎった考えに表情が曇る。

ミラがお茶を用意しているのを待ちながらソファーに腰を下ろした。

大きなヌイグルミには同じリボンが飾ってある、もしかしたらこれも異母妹マリアに?

考えたら考えただけ嫌な方向へ行きそうになり頭を軽く振って振り払う。


「馬鹿ね、ちゃんと私に渡していたじゃない」


クマの大きな手をにぎにぎし少しでも癒されようと無意識に手を動かす。


「お嬢様、今日はとても良い雰囲気で終わって良かったですね」

「……ミラ、良い雰囲気って」

「あら?信じられませんか?」

「だって、私あの方にやられっぱなしだったのよ?言ったでしょう?今度は流されないって」

「確かに仰いましたが、お嬢様もちゃんと良いパンチ繰り出してましたよ」

「――?」


ふふっと笑うミラの態度はからかってるわけでもなく穏やかで優しい。

思い返せば返すほど、今日はずっとグレイブ・ソルドバーレイの空気に流されていたとしか思えない。

ミラの言うサリアナの良いパンチとはどこで出されたものなのだろうか。

不思議に思っているとミラは「まぁ、そういうものは本人にはわからないものですわ」っと言って部屋を出て行った。

温かい、サリアナ好みの温度の紅茶を一口飲んでポフリとクマに身を預けた。

それと同時に香ってくる匂いにハッとして身体を離すがこの部屋に誰もいないことを思い出しておずおずとまた横に身体を倒していく。


「悪い人では、ないのよね……」


誠実で仕事熱心でサリアナの事も気遣ってくれて、きっと家庭を大事にしてくれる人だ。

瞼を閉じると忘れかけていた昔の両親が浮かび上がってくる。

理想の夫婦だった二人の姿は今は記憶の中でしか見ることは出来ない。

瞼を少し開けサリアナの呟きは誰にも聞かれることなく消えていく。


「理想は、結局理想でしかないもの……」






誰かが扉を叩く音が聞こえる。

扉越しに名前を呼ばれているのもなんとなくだがわかった。

サリアナは閉じていた瞼を開け、ぼんやりとした思考の中で辺りを見渡す。

何時の間にか寝ていたらしい、窓から見える空は黒く染まり数多の星が輝き月が部屋の中を照らしている。

ゆっくりと体を起こし最初に視界に入ったクマに涎が付いていないか確認してソファーから立ち上がった。


「――リア様、サリアナ様。夕食のお時間ですよ、皆さまお待ちです」

「もう、そんな時間なのね」


身嗜みを整え扉を開けると心配そうに立つミラが待っていた。


「寝ていらしたのですか?」

「そうみたい。マリアたちには悪いことをしたわ」

「ふふ、お二人ともサリアナ様が来るまで食べないと仰ってずっと待ってらっしゃいますよ」

「では早く行かないといけないわね」


ミラの言葉に食堂で待っているだろう二人の様子がありありと想像できて苦笑する。

この五年、父はマリアやレイルの気持ちを慮って食事を共にすることを遠慮している、母は言わずもがな。

一度だけ、母を食事の席に誘ったことがあるが何とも言えない表情で申し訳なさそうに首を横に振って断られた過去がある。それ以来、母を誘う事が出来ずこのまま行けば両親と食事を一緒に取ったことなんて何時だったか忘れてしまいそうだ。


「今日の夕食は何かしら?」

「グースが今日はお嬢様の好きなモノを作るって言ってましたよ」

「あら、本当?それは楽しみね」


料理長のグースの作るものはどれも美味しいがそう言って出された料理はいつもサリアナの心を喜ばせるものばかりだった。

今日の事は誰にも伝えていない筈なのにグースの無駄に良い勘が何かを感じ取ったのか、まるで頑張ったサリアナへのご褒美みたいで嬉しくなる。

食堂へ向かう足取りも軽くなり美味しいグースの料理と可愛い二人の異母妹と弟が待つ食堂へと急いで向かった。





因みに身長を出すと

サリアナ 155センチ

グレイブ 180センチぐらい(もう少し高めでも・・と考え照る為)

マリア 152センチ

レイル 150センチ

ミラ 167センチ

コーリエ 178センチ



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