お見合い再び1
姿見の前で可笑しな所はないか、身嗜みを何度も何度もチェックし納得出来たところで深呼吸を三回ほど繰り返す。
父にお願いした手紙の返信は思っていたより早く来た。
やはり父に頼んで正解だったと手紙を受け取ったサリアナは自分の判断を褒めた。
あのような形で別れた事もだが小娘相手に脅されたことを考えれば怒って手紙を見ずに捨てられてしまう可能性が高かったからだ。
渡された手紙の内容は簡潔で、了承を記した文字とリボンが添えられていた。
色は落ち着いた薄紅色の布地に黄色と白色の花柄が刺繍された可愛らしいデザインでお茶会などに付けて生きたくなる一品だった。
趣味は悪くないんだと少し感心してからいや、もしかしたらこれは異母妹に送ったのかも知れないと勘ぐってしまい。
もう一度最初から最後まで読んでみたがお見合いについての了承しか書かれていなかった。
「そのリボン、とても似合っています」
「そう、ありがとう」
複雑な思いを隠してその賛辞に微笑する。
贈られた品を使わないのは失礼かと思い前日まで悩んだ末、使うことにした。
纏め上げた髪に揺れる薄紅色のリボンが鏡に映っている。
サリアナの準備を手伝ってくれているのは前回の時とは違う侍女だ。
今回は前回の事を思い返して、同じ侍女を連れて行くのは止めた。事情を把握できている者を起用すべきかは多少悩んだがここは別の侍女を選択した。
外した要因は彼女の感情の起伏の激しさと口の軽さだった。玄関での件が決定打とも言える。
個人的には彼女の事は気に入っているが、それとこれとは話は別だ。
サリアナは誰にもバレないように願って玄関ホールまで急ぎ足で屋敷内を歩く。
結局なんて説明しようか悩んでいるうちにお見合いの日が来てしまい、まだレイルたちには言えていない。
隠れるように屋敷を出て行こうとするサリアナの背に普段なら部屋にいるマリアの声が呼び止めた。
「お姉さま?どちらに行かれるの?」
「ま、マリア。ちょっと出かけて来るわ。お土産を楽しみにしていてね」
「……ちょっと、ですか?」
「ええ。ちょっと」
小首を傾げ不思議そうにするマリアの視線に笑ってその場を切り抜けんとすると今度はレイルがやって来た。
「姉様?どこかへ行かれるのですか?」
「ええ。直ぐに帰って来るわ」
「わかりました。因みにどちらまで?」
「町へ小物を見に行くだけよ」
別にお見合いの件がバレたわけでもないのに胸がバクバクと五月蠅い。
そう言えば二人に隠し事なんて初めての行為ではないだろうか。
状況を呑み込めていない侍女はサリアナとマリア、そしてレイルに視線を動かしそしてサリアナに視線を戻すと主の意を汲んで口を挟むことはしない。
自分の選択は間違っていなかった。
黙ったままでいる侍女に感謝しサリアナは大切な弟と異母妹に優しく話しかける。
「お土産をたくさん買って帰るわ。楽しみに待っていて」
「え?お土産!なら美味しいお菓子が良いわ」
「マリアってば、わかったわお菓子ね」
「……姉様」
「レイルは何が良いの?」
マリアのリクエストをクスクス笑って聞いているとレイルが真剣な表情で近寄って来た。
レイルはサリアナの手を取り、ぎゅっと握る。
「小物を、見に行くだけですか?」
「ええ。そうよ、だから心配しないで」
「……。なら、僕はペンが良いです。今使っているペンの先が割れて来たので」
「わかったわ。街で一番良い物を選んでくるわね」
にこっと笑うレイルに頷いて返しサリアナは二人に手を振り屋敷を出て馬車に乗った。
馬車が走り出して数分、黙って同車する侍女に話しかけた。
「今回のお見合いの件、二人には言わないでちょうだい」
「……宜しいのですか?」
「ええ、話す時が来れば自分で話すわ。侍女仲間にも話しちゃダメよ」
「畏まりました。お嬢様」
頭を深く下げ承諾した侍女に鷹揚に頷いて返し、車窓から見える景色に視線を向けた。
さて、これからどうするか。
実は相手を骨抜きにすると誓ったは良いものの、恋愛事も男女の関係もゼロ歳児のサリアナは既に行き詰っていた。
サリアナが知ることと言えば母に連れらて言ったお茶会での妻たちの愚痴と不満と噂話しが主で、友人とのお茶会ではデビュー前なので名前しか知らない貴族の子息を思い浮かべての妄想談義に花を咲かせているだけ。
つまり、参考に出来る経験話しも技術に関する話も聞いたこともなければ知りもしない、サリアナにとって男を骨抜きにする何て行為は装備品なしにモンスター退治に行くようなものだった。
このままノープランで挑むのか、そう考えるだけで気が重い。
(と、兎に角。前回の事を謝ってなんとか水に流してもらうのが一番の目標。それがクリアされたら……えっと、何したらいいのかしら。一般的にお見合いって言ったら相手を知ることから始めるのよね?でも、資料で大体は把握してるしあっちだって流石に今回はちゃんと調べてるはず……やだ!何話せばいいかもわからないじゃない!?くっ、思ったより難敵だわ)
考え過ぎでドツボに嵌まっていることに気づかないサリアナに侍女が何気なく話しかけてきた。
「お嬢様、ご気分でも悪いのですか?」
「え?違うわ。平気よ」
「それならば良いのですが……」
サリアナの身を心配する侍女へ顔を向け微笑する。
今回サリアナが選んだ侍女は四歳の頃から側に仕えているミラと言う気心の知れた侍女だった。
サリアナが屋敷中のカーテンを取っ払うように指示した時も彼女は側に控えていた。
その時、サリアナの頭の中にある閃きが舞い降りる。
斜め前に座るミラをジッと見つめ黙り込むサリアナにミラの表情に困惑が混じる。
「お嬢様?」
どうしたのかと聞くミラはサリアナよりずっと年上で我が家の庭師と好い仲だと聞いたことがある。
それはつまり――。
「ねぇ、ミラ」
「は、はい」
「男を骨抜きにする方法ってどうすれば良いのかしら?」
「――っ!?」
サリアナの知らない未知の世界を知る身近な存在だと言うことだ。
突然の質問に虚を突かれたミラは息を吸い込んで軽く咳き込み、ちょっと涙目になっている。
しかしサリアナには時間がなかった後数十分で目的地に着いてしまう。
サリアナは身を乗り出しミラに詰め寄り、鬼気迫る勢いで尚も言い募る。
「男性はどんな仕草に弱いものなの?色気ってどうすれば出るかしら?なにを話せば心を掴めるの?やっぱりそれには男女の関係が必須なの?それとも胸?胸なの?胸が勝因を決めるの?やっぱり大きい方が良いの小さいのはダメ?後、恋の駆け引きって何がいるの?道具?やっぱり道具がいるのね?それと誘うってどうするものなの?」
「まっ、待ってください!突然何をっ!落ち着いてお嬢様っ」
「何って!あの男を私に屈服させるためよ!」
「お嬢様はお見合いに行くんですよね!?」
ミラの切羽詰まった質問に何を言ってるのだと眉を顰め頷く。
もちろん、お見合いに行くのだ、強い決意を秘めたサリアナの瞳を見たミラは半泣き状態で言葉を探す。
幼い頃より見守って来た少女からのまさかの内容の質問の嵐に少々頭が混乱している。
もう一度サリアナを見やればその顔は真剣そのもの、気迫すら窺える。
「あー」とか「うー」などと言葉にならない声が口から出て行き諦めの境地で喋ることにした。
「お嬢様は相手の方を射止めたいのですね?」
「そうね!出来たら私の言いなりにさせたいわ」
「何でですか!?え?言いなり?お嬢様は相手の方に好意を抱いてるんですよね?」
「敵意なら既に搭載済みよ!」
「なぜ敵意!?」
自信満々に言い放ったサリアナの言葉を聞き混乱に困惑が挨拶をしてきた。
「お嬢様、相手の方を本当に射止めたいのですか?」
「もちろんよ!」
「わぁ、良いお返事ですねぇ」
グッと拳を作ってシュッシュッっと前方へ繰り出す仕草にミラの返事も棒読みになる。
何を射止める気なのか、聞く勇気が持てない。
「と、兎に角。一旦落ち着いて下さいお嬢様」
「あら?私は至って普通よ」
「……」
もう何も言うまい。
ミラは言いにくそうに、だが主の命を忠実に守ろうと先に進むことにした。
「えーっと、ですね。異性の好みは人それぞれです。まずはそのことを念頭に入れておいて下さいませ。まずは笑顔、コレが一番大切です。仏頂面では相手の方も気構えてしまいますから。それから相手の好きな話題の選択、相手のこともわかりますし何を見て考えているのかも知れます。それから――」
馬車が走る中、ミラの話しを聞き逃すまいとするサリアナは心の中のメモに書き記していく。
「ねぇ。男女の関係については?」
「それはまだ早いです!」
「えー。そんなことないわよ」
「まずは初心者コースですよお嬢様。さっ、いざお見合いへ」
「あら?いつの間に着いていたのかしら。話しに夢中になり過ぎてしまったわ」
ミラに背中を押される形で馬車を下り、前回も使った王都で有名な紅茶のお店のVIPルームへと案内される。
扉が開かれるのをまるで時間がゆっくりになった感覚で見つめ、開始のゴングが高らかに鳴った気がした。




