姉であること
この五年で異母妹に対する感情とはなんとか折り合いをつけている。
サリアナは国一番の姉になると決めたあの時の誓いを破らぬため異母妹も同じ守るべき家族として見ることにしたのだ。
複雑な思いがゴロゴロしている中で、鬱屈した家の空気を嫌になったサリアナはもう一度、姉になることを決めた。
そう決意を新たにしたのは四年前、最初の一年間はサリアナも異母妹を嫌う感情を宿していた。
幸せだったサリアナの世界を壊した原因だと、そう思うようにしてきた。
けれどある日、なんでもない日常の中でふと、凄く疲れたとそんな感情が芽生えた。
ずっとこんな風に生きて行くのか、鬱々と異母妹を恨み父を憎み心の晴れない日々をすごして生きて行くのか、そこまで考え浮かんだ未来に嫌気が差した。そんな暗い未来を歩むのはごめんだ。
確かに父には腹が立つ、母には同情する、異母妹の母親は会ったことがないから正直わからない。
反抗期真っ盛りで日に日に捻くれていく弟、部屋から滅多に出てこない異母妹。
無性に壊したくなった。
物理的な何かではなく、この家の空気を。
そう思ったが早い、サリアナは侍女に屋敷のカーテンを全て取っ払うように命令し陽が差しこまなくなっていた部屋と言う部屋に太陽の日差しを入れていく。
沈殿する薄暗い靄を吹き飛ばさんと窓も開け風を入れて閉じこもる母を部屋から強制的に出し、別室に移動させる。
そこは異母妹も同じようにした。
書斎で仕事をする父にさっさと母の元へ行き刺されるなりなんなりして来いと言って、勉強中の弟の元へ行き困惑するレイルを連れ出した。
別室に移動させられた異母妹の元へ向かいこちらも困惑していたが無視して彼女も連れ出す。
屋敷の外、庭へと出て二人を交互に見た。
母は同じ弟と母が違う異母妹。
どちらもサリアナの兄弟、どちらも血の繋がった兄弟なのだ。
嫌悪を隠さないレイルは異母妹が居ることを嫌そうにし、異母妹は居心地悪そうにだが怪訝そうにサリアナを見ている。
そんな二人を見つめながらサリアナは大きな声を出した。
「私は!!サリアナ・ロンブル!!ロンブル公爵家の長女!!あなたは!?」
レイルを指差しそう問いかけた。
突然、敬愛する姉が大声を上げ尋ねるものだからレイルは狼狽える。
「え?姉様?あの、レイル・ロンブル、ロンブル公爵家の長男、です」
「では、あなたは!?」
大きな声のまま今度は異母妹に指先を向けた。
戸惑った様子を見せる異母妹は視線が右往左往し何度か口をパクパクさせて閉ざす。
サリアナは一歩前に出た。同時に異母妹も一歩下がった。
「あなたの名は?私に教えてちょうだい」
指していた指を解き掌を異母妹に向ける。
屋敷の窓から何事かと使用人たちが覗いてる中、父と母の姿も見えた。
「わ、たしは……」
「ええ」
「……マリア」
「そう、マリアと言うのね?」
気圧された様子でおずおずと喋ったマリアにサリアナは体中に入れていた力を抜く。
「あなたはマリア・ロンブル。私の異母妹」
上手く笑えただろうか、泣きそうになるのを堪えマリアにまた近づきその体を抱きしめた。
まだ小さい、レイルより大きいがサリアナの腕の中にすっぽり入ってしまう。
ぎゅっと力を込めると腰辺りの服が引っ張られるのを感じた。
姉に抱きしめられている異母妹が許せないのだろう、レイルがきゃんきゃん喚いてる。
サリアナは片腕を解きレイルも迎え入れた。若干不満そうだが、素直に入って来るのだから可愛いくてしょうがない。
そして二人の兄弟を抱きしめ顔を上に上げる、久しぶりに揃って見る両親の顔をじっと見た。
(ごめんなさいお母様。でも私は、もうこんな家の空気いやなの。お母様は怒るかも知れないし嘆くかもしれない。それでもっ、こんなのはいやなの!!)
上と下、離れた距離の分わかり辛いが母の目には涙が見えた気がする。
ごめんなさいお母様、もう一度謝ってからぎゅっと二人を抱きしめた。
「マリア。入るわよ」
返事を待たず中に入るとクッキーの缶を隠そうと慌てるマリアとまだ年若い侍女があたふたしている。
サリアナは盛大なため息をついてにっこりと微笑んだ。
「マリア?」
「う、こ、これは、その」
「マーリーア?」
「ご、ごめんなさい」
言い訳をはじめようとするマリアの名前を呼ぶサリアナは笑顔なのに怖い。
弁解を諦め素直にクッキーの缶を差し出すのでその缶を受け取る。しょうがないわね、と笑っていたのは十歳までの話しだ。
それから一緒になって食べていただろう侍女をひと睨みすると縮こまって謝罪を口にしていた。
この事は侍女頭に報告して注意してもらう事にしよう。
だがまずは。
「マリア、あなたはまたそうやってクッキー食べて。ドレスが入らなくなったらどうするの?せっかくお揃いのドレスを作ったのよ?今度のお茶会には着ていくって約束忘れてしまったのかしら?」
「忘れてないわ!でも、ちょっとだけ、良いかなって……えへ?」
「良いわけないでしょう。料理長がちゃんと考えて配分してくれてるのだから無駄にしない。それと食べた分はダンスの時間に当てましょう」
「うぇ。お姉さまそれだけはご勘弁をぉ」
「自業自得です」
両手を組み崇めるような格好で縋るマリアに呆れてしまうがここで甘い顔をしてはいけない。
心を鬼にして首を横に振った。
まだ成人していないとはいえ貴族の令嬢として有るまじきマリアの行いになぜこうなったのかと悩ましく思う。
最初は恐る恐ると、ちょっと慣れてくるとぶっきら棒になる口調や態度に最初は戸惑ったが心を開いてくれてるのだとわかった時は嬉しかった。まあ、おかげで態度が悪いと怒るレイルと事ある毎に衝突してしまったのだけど。
「ふん、また姉様の御手を煩わせてたのかアホ」
「ああん?ちょっとクッキー食べちゃっただけですけどぉ?」
今でも何かと張り合ったり口喧嘩が絶えず顔を合わせれば二人の間でゴングが鳴らされる。けれど、そこに嫌な気配は感じられない。
ふぅ、零れたため息にレイルと共に来た侍女たちが苦笑する。
「いい加減になさい。レイル、マリア、ちょうどいいからソファーにお座ってお話しがあります」
「はい姉様」
「はぁい」
サリアナの言葉に従い三人掛けのソファーに一人分離して座る二人は期待した目で見上げてきた。
間に座れと意味なんだろうが、サリアナは敢えて二人の前の席に腰を下ろした。
不満そうにしても微笑して返した。
「レイルにも言ったのだけど。今日のお相手の方、どうもマリアに興味を持ってるようなの。だから、今後外に出たりお茶会の席ではマリアは決して一人にならないで。レイル、私が居ない時はマリアをお願いね」
「え?お姉さま相手に縁談申し込んできたのもロリコンだと思ったのに、さらに下の年齢ををご所望なのですかその人?うわぁ真性ですね」
「お前の言ってる意味はあまりわかりたくないが、概ね同意です姉様。嫌ですけどマリアの事は気にかけておきます」
「ありがとうレイル。これからデビューすれば顔を合わせることもあるでしょうけど、それまでは大丈夫でしょう」
「でもでも、イケメンだったんですよね?」
身を乗り出し瞳を輝かせるマリアにレイルが顔を顰める。
「そうね、顔は整っていたのではないかしら」
「近付きたくないけど見てみたーい」
「お前な、危機感なさすぎだぞ」
「しかも、出世するのは間違いなしの優良物件」
「……マリア、あなたって子は」
「アホ!いい加減にしろ。姉様、安心して下さい嫁ぎ先がなくとも僕が養います」
「……レイル」
真顔で言いきるレイルにサリアナは喜べいいのか傷つけばいいのか、微妙な顔になる。
悪気がないどころか本気なとこがまた性質が悪い。
気持ちだけ頂くわっと返そうとしたらマリアが声を上げた。
「ズルい!私だってお姉さまを養うわよ」
「どうやってだ考えなし!」
「なんですってぇ!」
また始まった。
この部屋に居た全員が二人の言い合いに苦笑した。
喧嘩する程仲が良いとは誰が言ったのか、サリアナは口を挟まず黙って言いあいが終わるのを待つ。
これが二人なりのコミュニケーションなのだと思えば微笑ましく見えると言うもの。
「本当に、仲良くなってくれて嬉しいわ」
誰に聞かせるでもないのほほんとしたサリアナの呟きに侍女たちも優しく微笑した。




