8-06
「はいはいじゃあおビールねぇ」
さおりが缶を持って注いで回る。ゆきのとめぐみは、ウーロン茶。かくして全員の前にグラスは並び、全員の前に溶き卵が用意された。
「煮える前に乾杯しましょう」ブルーローズが仕切った。「その前に事後報告がありますね。サンフラワー、お願いします」
「はい。───それでは僭越ながら、祝杯の前のご挨拶ということで、少々お時間頂戴します」サンフラワーが、グラスをちゃぶ台に置いたままで、言った。「みなさんご苦労様でした。みなさんの活躍によってクリスタルは無事お縄につき、日本社会でいう検察庁に連れていかれました。今後彼は裁判を受けることになります。精神体がどう裁判するかってことは聞かないでください、僕も知りません。
シトリンとアメジストは、捕縛されたクリスタルが権利の制限を受けているため現在消滅しています。存在はしているかもしれませんが誰もアクセスできません。肉体はみなさんの活躍によって失われましたし、クリス・ピーターズバーグとエイミー・ブルームスベリー、そして広島もえぎの存在は、ロウシールドによって自動的に社会から抹消されました。誰かをどうにかして操るしくみがあるんだと思いますが、退社・退学の手続き、それぞれが籍を置いていた自治体で死亡届の作成・受理まで完璧にこなしちゃうのがロウシールドです。
そしてモーリオンなのですが……ニュースやってませんでしょうか」サンフラワーはぴっとテレビをつけた。ちょうど六時五〇分を回ったところで、関東の地方ニュースが始まるところだった。
アナウンサーの曰く。
『警視庁は、鈴木征功さん七五歳の公開捜査に踏み切りました……本日未明、通いの使用人が、自宅に鈴木さんの姿がないと警察に通報し……警視庁では、調度品の多くがなくなっていることから、事件の可能性が高いと見て捜査を進めていましたが、目撃情報に乏しく、今回の公開捜査に踏み切ったものです……鈴木氏の経営する会社は外国資本に買収されていましたが、この外国資本が本日突然撤退を行ったことと関連があるものと見て……』ニュースは淡々と続き、やがて天気予報に変わる。
モーリオンを葬り去っためぐみが少し肩身を狭くしている。「えっと……これから、どうなる、の?」
「気にすることはありませんよ」ゆきのが言った。「みんな、すべきことをしたんです」
「うん」めぐみはこくりとうなずいた。「あたし、何も間違ったことはしてない」
違う、と思ったが言葉にしなかった。みんな、間違ったことをしたんだ。でも、それを気に病む必要は何もない。
「別に僕もめぐみさんを咎めたいわけではなくて」サンフラワーが続けた。「ロウシールドでも修正しきれないひずみが生じたってをお伝えしたいんです。モーリオンはあくまでも失踪扱い、死亡処理されたクリスタルたちと違って、自動的にこの世界から消えることはありません」サンフラワーは言った。「もともと、生きているのにあの体を手に入れたことがイリーガルなのですから、どうにもなりませんね。失踪後、法に定められた期間の後に誰かが死亡届を出さない限り、彼は地球法上生きていることになります」
「それでどうなるの?」めぐみはまだ心配そうだ。
「まぁ、警察が時効まで無駄な捜査をするだけです。直接の影響は何もありません」めぐみがほっと胸をなで下ろす。「ただ、間接的には、こうしたひずみが何らかの影響を及ぼす可能性は否定できません。これも我々の今後監視していかなければならない部分です」
「カイシャどうなるのかなぁ?」さおりが言った。「今日は別にいつも通りだったけど?」
「社員の前で失踪したとは、大きな声では言わないと思いますよ」ゆきのが答えた。「社長がいなくなっても会社がなくなるわけじゃないですし。それより、クリスタルもいなくなって、あそこの社長誰がなるんでしょう」
「あー、それねー、社長の次にエラいのが三人いてねー、もめてんのー。クリスタルがいきなり社長になって、ちょっと落ち着いててー、またもめるかもしんない? まーあたしカンケーないけど」
「……わかりました、その監視も僕がやります」さおりに手伝わせる気だったのか、サンフラワーはちょっと落胆した様子だったが、すぐに気を取り直して続けた。「それから、ひずみが大きくなると、それにつけこむ者が現れないとも限りません。そういう意味でも、みなさんの通常任務は今後も変わりません。地球に降り立ち、文明に干渉したり滅亡を妨害したりする悪意と不法行為があれば、それを残らず排除する。その目的のため、ローズフォースは、今後もこのメンバーで活動を継続します。
実を言うと、クリスタルの野望はほんの少しだけ達成されているんです。彼の行動は、地球を囲む十重二十重の異星人に向けて、この星が資源惑星としていかにすばらしく最適格であるかをアピールしたようなものなんです。クリスタルは彼らに対して先鞭を付け、道筋を切り拓いたパイオニアとなることに成功しました」
グラスを掲げるあたしの手が震え始めた。「挨拶の長い男は嫌われるぞ、ヒマワリ」




