8-05
あたしたちは唖然とした。
「ブルーローズさんって……」
「こういう性格だったの?!」
「知らなかったんですか?」ふきんで手を拭いたサンフラワーが、あたしの代わりにさっさか春菊を鍋に入れつつ、憮然として言った。「僕がどれだけ苦労してるか少しでもわかっていただければ……おっとっと」ブルーローズがキッと鋭くにらんだので、サンフラワーはさっと目を背けた。
「てやんでぇ、忠臣のささやかな楽しみを奪うこの悪党め」あたしは袖を捲り上げた。「表ぇ出ろ。もう一回ローズサイコパスをぶち込んでやる」
ブルーローズは、ふ、と鼻で笑って答えた。あたしは完全に見下されている。
「戦闘行為自体、認めません。あなた方の存在と、またその存在によって生じるあらゆる権利は、我々から与える一時的な設定である原則を今一度よぉく反芻なさい」
「きったねぇ……ことここに至ってそんな原則を……サンフラワー、なんで連れてきたんだよ!」
「いや、たまには発散対象をよそに向けてくれないと僕の身がもたないので」サンフラワーはいけしゃあしゃあと言いつつ、鍋越しにあたしに耳打ちした───「でも、ブルーローズ様があんなふうになさるのはご機嫌な証拠です。かまってあげるとなお喜びますので、すみませんが少し調子を合わせていただけませんか」
そりゃまぁ、精神体は感情表現が直球だってのは理解してるけどさ。……クリスタルが、精神体の快楽は崇拝であると言っていたのを思い出す。禁欲主義者であるはずのブルーローズは、つまりなんだ、身内でストレス発散ってか? えげつないっ!
「じょ、冗談じゃねぇぞ!」あたしは拒んだが、
「女王様ー、ジヒー」さおりは何のためらいもなく、けらけら笑って言った。「おなかすいて死にそぉー」
「よろしいっ」ブルーローズはさおりに満足げな笑みを向けた。「あなたにはこの場における自由を認めます。自由に食材を取ってよろしい」あ、そう来るのか!
「さおりお姉ちゃん、ズルぃっ」めぐみが手を上げる。「あたしもー、慈悲っ!」
「はい、よろしい」ブルーローズはめぐみにも笑みを向けた。
「あ。え。えと」ゆきのは、ブルーローズと、鍋と、あたしとを見比べていたが、やがて鍋にひとしきり注視して、それからブルーローズに頭を下げた。「慈悲をお賜りください」それからあたしに向かって言った。「みずきさん、ここは上司のワガママを立てるのが処世だと思いますっ!」
形勢逆転。いや、この状態を形勢というのかどうかもよくわからないが。ともかく、全員の視線が、あたしにいっせいに集中した。何も悪いことをしていないのに、水戸黄門に悪事を露呈せしめられた悪代官のような、いや、代官じゃなくって今は鍋奉行なんだが。
「ちっきしょー、ずっけぇてめぇ、弱い立場につけこみやがって。鍋やるときに、煮立てるとこまでリーダーなんて、そんなのありかよぅ!」あたしは視線をくるくる回しながらまくしたてた。この孤立無援でやるせない現状を、なんとかするすべはないのか。あぁ、愛しも尊敬もしていない我が父よ、あなたが毎夜毎夜酔っ払って娘が不快になるほどに愚痴り続けた中間管理職板挟みの苦悩とはこれのことですか!
で、悪徳なお奉行様はここでたいてい悪あがきをするわけだ。「証拠もなくそのような言いがかりはよしていただきたい」ってな。ところがあたしは悪事をしていたのだった。そして、その悪事を包み隠さず記した証拠物件にブルーローズはすでに気づいていた。
「レッドローズ、法を超える慈悲などこの世にはなく、法の原則にこそ従うとあなたが思うのならそれはとてもうれしいことですが、それならばそれで私はあなたに別の罰を下す必要があるかもしれません」
ブルーローズは四つん這いになってちゃぶ台をくるりと回り込むと、あたしが床に放り出しておいた買い物袋から、レシートを拾い上げた。……いつ頃からだろうな、スーパーのレシートにびっしり商品名まで出るのが当たり前になったのは? ブルーローズは、レシートの中の数行を指差して言った。「未成年者飲酒禁止法が日本にはあるはずですが」
「みずきさん?」ゆきのが冷ややかな視線であたしを見た。くすん。「そ、それは地球法だし、それに、その、未遂で、」ムダだ。あたしは弁護士じゃない。ここで他人を論破できるほどご立派ではない。「今日だけ、いいじゃんかよぉぅ」
「では私の慈悲にすがりなさい」ブルーローズの声は落ち着いたものだったが、あたしの耳にはとてつもなく居丈高に響いた。「あなたが素直な心で慈悲を求めるならば、私はすべてを許します」
キッタネェ。
そう思う心とは裏腹に、あたしは陥落し、こうべを垂れた。「ブルーローズ様、慈悲を」
「よろしい」ブルーローズはにっこりと笑った。続けて、さおりに呼びかけた。「ピンクローズ」
「え、あたし?」火の調節をしていたさおりが驚いて手を止めた。
「この部屋の中ではあなたが保護者です。レッドローズが飲酒行為を行う場合、監督責任はあなたにあります。未成年者飲酒禁止法が法の対象とするのは成人であり保護者ですから」
「え、どういう意味?」
「あぁ───そういえばそうですね」ゆきのが言い、さおりにいつものように翻訳した。「つまり、この部屋に警察が踏み込んできて、みずきさんがお酒を飲んでいるぞ二十歳以下なのにけしからん、ということになったら、捕まるのはみずきさんではなくさおりさんだということです」
「けーさつ、来んの?」さおりは言った。
「呼ばなきゃ、来ないでしょう」ゆきのが答えた。
「じゃ、いーんじゃん? オサケくらい」さおりの答えにゆきのは頭を抱えた。あたしだってあまりの簡単さにあきれ返るほどだった。
「安易な判断ですね」ブルーローズも言った。「未成年者の飲酒体験のほとんどは家族の薦めであるという調査結果もあります」
とはいえ、ブルーローズの穏やかな笑みは変わらなかった。本当に機嫌がよいようだ。「───しかし、ここでは、ピンクローズの判断を優先しましょう? きっとロウシールドもその行為を阻みはしないでしょう。法の基準なんて、それはそれは曖昧なものですから」
「……それって、クリスタルに言ったことと違くない?」
「違いますね」
「なんでさ?」
「さぁ、なんででしょう」
ブルーローズはエラっそうに振る舞える自分に満足し始めたようで、悠然としたものだった。ちぇっ。
法解釈の話なら多少なりともゆきのが噛みついてくれてもよさそうなものだが、彼女にとっては重要な話ではないようだった。彼女は何やら、うれしそうにはにかむように微笑んでいる。
「どうかしたか?」
「いや、あの」ゆきのが言った。「ブルーローズさん、私たちのことを、家族だって……」
鍋の周りに、ぱっと同じはにかみが広がった。本当は違う、そんなことはみんなわかっている、でもそう表現されてなんとなくそれぞれにうれしかったのだ。




